千夜千食

第146夜   2014年11月吉日

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西麻布ワインバー「ゴブリン」

唐津からやってきた銀ちゃんのご縁で知った店。
ワインバーとしての充実はもちろんであるが
美味しい料理を出すダイニングバーとしても秀逸である。

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 銀ちゃんの出張鮨の会場となったのがこちらのゴブリン。ゴブリンって変わった名前だよなあと調べてみると、ヨーロッパに伝わるイタズラ好きの妖精のことだった。たしかに、ロゴには猫のシルエットのような耳がついてるので最初飼ってる猫の名前かしらんと思っていた。この妖精、日本でいうと天邪鬼的な存在らしく、イタズラだけでなく悪事を好み、人を怖がらせたり困らせたりするらしい。まあ、誰しも酔っ払うとイタズラしたくなるし、人間を困らせることもあるだろう。どんな意味を持たせたくてこの名前にしたのか、今度オーナーに聞いてみたい。

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 平日は深夜3時まで開いていると聞いていたので、ある日打合せの食事の後、一杯飲みに立ち寄ってみた。すでにアルコールも回っていたので、苺を使ったカクテルを頼む。このとき出されたオードブルの味がなかなかだったので、ちゃんと食事をしたくなる。

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 日を改め、今度はカウンターに陣取った。まずは、グラスシャンパンを頼む。ペルネ&ペルネのプルミエ・クリュ。軽やか。黒板メニューをあれこれ物色して、唐津ネタを発見したので早速注文した。唐津あこうのカルパッチョ。はるばる唐津からやってきたとは思えないプリプリぶりにノックアウトされつつ、寒ブリのサラダ仕立てにもとりかかる。こちらは軽く火が入っていて、バルサミコの上品な酸味とよく合う。この二品だけでも、私好みの味である。メインをどうしようか悩みつつ、黒板の下の方に書かれているビュルゴー家シャラン鴨のローストというのが気になってしかたがない。

 シャラン産の鴨はいろいろ出回っているが、ビュルゴー家といえば、はい、あの窒息させた鴨ですね。鴨を屠るとき首の後ろに針をさし仮死状態にし、血を抜かずに処理する。すると鴨はうっ血状態になり、結果血が肉全体にまわり、鴨のあの独特の野生味あふれる風味になるのだそうだ。処理の仕方を聞くとすごく残酷な気がするが、これも美味しく食べるための方法であり、食文化なのである。このビュルゴー家シャラン産鴨を一躍有名にしたのが、かのトゥール・ダルジャンである。(行ったことないけど・・・一回くらいは行ってみたいけど・・・)

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 その鴨のロースト、よく血がまわっているだけあってご覧のとおり美しすぎるほどのローズ色である。これぞ、窒息鴨の面目躍如。皿を眺めるだけでごくり、と喉が鳴る。そして味はというと、もうこたえられませんな。濃くて、深い。じんわりと香ばしく、野性味あふれる歯ごたえであるのに柔らかく、噛むとジューシーな肉汁がほとばしる。「逢い戻りは鴨の味」とはよく言ったもので、こういう旨さが何層にもなった複雑かつ深い滋味のことを男女の仲にたとえた先人たちの感覚というのはさすがであるなと、いらぬことすら連想してしまう。さらには、鴨にオレンジやブルーベリーの酸味系ソースを合わせるという食べ方も、この野性味をなだめるための最上の方法なんだろうと思う。きちんとつくったオレンジソースは、見事に鴨の脂を中和させ、まろやかな後味をつくってくれる。実に理にかなっている。

 唐津のあこうとシャランの鴨を前菜とメインに食べるという実に楽しい経験をさせてもらった日仏融合の夜であった。いい店である。かくして、お気に入りがどんどん増えていく。それはそれでうれしいことではあるが、東京滞在は限られているし身体はひとつしかないので、どの店に行くかを決めるのが毎回悩ましいところである。