NY「Schiller’s Liquor Bar」
懇願して、哀願して、スペシャルに
つくってもらったオニオンスープ。
やっぱり、滞在中一度はここのを食べないと。
ニューヨークのやり手レストラン王、キース・マクナリーが手がけるバルサザール。こちらのオニオンスープとニソワーズのために、ワンブロック横のホテルにかつて泊まっていたことがあると(第12夜)書いた。それくらいバルサザールは大好きなレストランなのであるが、ここはそう気軽に行けないのが玉に瑕だ。朝から晩までいつも予約でいっぱいで、その日思い立って行ったとしても絶対に座れない。だけど、ニューヨークにいる間せめて一度くらいはオニオンスープを食べないと日本に帰れない。
友人とランチしようということになったのだが、彼女が素敵なアイデアをくれた。バルサザールの系列店がいくつかあるので、そちらに行こうという提案である。そのうちのひとつ、ロワーイーストサイドにある店なら、SOHOほどの混雑はないであろうということである。もちろん私に異論があるはずがない。バルサザールと同じあのオニオンスープが食べられるのなら、マンハッタン中どこだって行くよ、飛んでくよ。
131 rivington。店の名はシラーズ・リカーバー。ううむ、名前だけ聞くと昼間っから開いているアル中が通う店のようである(笑)。外観もいかにも古ぼけたダサい雰囲気を匂わせており、そのあえての演出が好事家には「ここはむむ」と思わせるようなつくりとなっている。中に入ると派手なバーカウンターがあるのだが、その一角だけを切り取るとほとんどバルサザールのバーの一部をモザイクのように嵌め込んだようにも見えるから、ファンにとってはここが紛れもなく系列の店であることは一目瞭然だ。
早速テーブルに座り、恋い焦がれたオニオーンスープを注文する。と、ところが、今日は残念ながら準備がないというのである。嘘やろ。それ、メインに来たのに、どうしてくれるんや。こういうトラブル時に、きわめてアグレッシブに、しかし下品にならずクレームを言うのが、友人のフィッシュである。やんわりと、バルサザールの予約が取れず、それでもオニオンスープが食べたくてわざわざ来たのに、と上品にごねる。接客してくれたウェイトレスは、私たちのオニオンスープへの情熱を瞬時に理解し、厨房に聞いてみるといったん引っ込んだ。ま、オニオンスープを出すには、たまねぎを炒めておくという下ごしらえが必要だから、今すぐつくれと要求しても無理なものは無理なのかもしれない。しばらくしてウエイトレスが戻ってき、「できる」といういい知らせを持ってきた。明日の分のストックが厨房にはあったようで、胸を撫で下ろす。ま、材料がないわけではないので作ったるか、とシェフかコックかはわからないが判断したのだろう。こういうシチュエーションのときに、店の実力がわかると私は思う。非常にエクセレントな判断である(笑)。
ではオニオンスープが出来上がるまで、私はベリーニを。グラスに惜しみなくたっぷり入れてくれるというスタイルがうれしいではないか。
待つこと15分。恋い焦がれたオニオンスープがやってきた。そうよ、これこれ。ぽってりしたうつわも、チーズのかかり具合も、ポットの縁にこびりついた美味しそうな風情も、バルサザールとおんなじ。もちろん、お味の方も素晴らしい。ふうふう言いながら、目を細め、喉をごろごろ鳴らしながら、いただく。もちろん、ニソワーズも注文した。こちらはツナが丸ごとどん、と乗っかった豪快バージョンだけど、これはこれで素晴らしく旨い。もうこの二品だけで、ランチとしては充分のボリュームとクオリティ。
デザートには、キーライムパイを注文した。キーライムパイは、フロリダで穫れるキーライムという小さなライムが原料。皮は緑色だが、果汁は黄色く、この果汁に卵黄や練乳を混ぜてフィリングにする。アメリカではとてもポピュラーで、メレンゲをトッピングしていることが多い。甘酸っぱいので、多少大きくてもそうくどくない。これも大昔ニューヨークで初めて食べ、以来ときおり注文するデザートのひとつである。
シラーズ・リカーバー。ここはなかなか穴場である。同じようなメニュー構成のバルサザールの系列店でもう一軒よく行くパスティスというのがミートパッキングディストリクトにあるのだが、こちらも年がら年中混んでいるし、現在は休業中である。なので、来年もまずはバルサザールをあたってみて、そっちが駄目ならこっちに来ることにしよう。