千夜千食

第172夜   2015年1月吉日

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金沢「乙女鮨」

名にし負う金沢鮨の名店である。
ハイパー塾前乗りの面々で意気揚々と乗り込んだ。
ここに来ずして金沢の鮨はやはり語れない。うん。

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 5年越しである。金沢に来るときは、まず「小松弥助」の予約をする。そちらが取れれば、夜は「みつ川」をキープする。たいていこのセットが整い次第金沢に来るのだが、二泊すると翌日も鮨には行けるのでここ「乙女鮨」も何度もチャレンジしていたが、ずーっと駄目だった。そもそもが、日曜休みであるので、チャンスは土曜の夜しかないのであるが、これが実に狭き門なのである。

 今回は、松岡正剛師匠率いるハイパー企業塾の合宿である。11月にはすでに予定が発表されていたのですぐさま予約した。さすがに二ヶ月前なので余裕で取れた。さて面子はどうしよう。

 幹事組のみなさんをお誘いしたのだが、おひとり以外からははかばかしい返事が得られない。そうこうしているうちに、他の留年組からぜひとも鮨をご一緒したいというお声もいただき、予約していた4席がめでたく埋まった。

 いよいよ当日。現地集合である。こちらのお店は金沢の繁華街である香林坊から少し入ったところの路地のどんつきにある。教習所にあったようなクランク状になったところの最初の角でタクシーを降り、路地を真っ直ぐに進むと入り口がある。灯りに浮かび上がる建物は、さすがに金沢の有名鮨といった良い風情である。ガラリ。こんばんは。お、一番乗り。しかし、すぐさま全員が揃う。さすがに企業人のみなさまは、ちゃんと定刻には来られる。

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 さてと。日本酒のメニューだけでも見応えがある。とくに左側のふたつ。手取川の古々酒大吟醸と菊姫のBY大吟醸。古々酒大吟醸は三年寝かせた熟成酒。BYというのはBrewery Yearで醸造年を意味するらしい。今年のBYは平成24年の酒造年度であるかな?一年ものの若い大吟醸、数量限定なので、なかなかお目にかかれないレア物らしい。まろやかな年増にするか、フレッシュな乙女にするか。うーん、迷う。が、ここは乙女鮨。まずは乙女を味見してから、年増へと行くのが順番であろう。

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 さて、乙女のツマミ攻撃はというと。初っ端は平目であります。コリコリ。活かってる。続いて立派なアカイカ。パラパラと胡麻と塩が降られている。そして軽くシメた鯖。この三品だけで、ここが紛れもない名店であることはすぐにわかる。色鮮やかな九谷に乗っているのは、ヨコワとつぶ貝。ヨコワのフレッシュさと言ったらどうだろう。貝は塩でいただく。ゴリゴリの食感。そして、待ってました。こういうの大好きなんですが、カワハギを肝で和えた一品。うーん。このへんから魚卵とか肝責めのうれしい予感がする・・・

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 もういっちょ、待ってました!これは、そうそう大好物のタラの白子。フレッシュで清楚で、だけどその奥にとろとろの濃厚さを秘めている。そしてノドグロの焼き物。旨いっ、旨いっ、旨いっ。ああ、ノドグロよ。錦織圭も好物というあのノドグロ。昔は日本海側に住む人だけの密かな楽しみだったであろうこの魚も今や全国区。(余談だが、ケイが日本に帰ったら何したいですかという問いに、ノドグロ食べたいと言ったおかげで今年はノドグロの値が高騰しているのだそうだ。金沢のいろんな人から聞いた・・・)続いて出されたのは、寒ブリのカマ。いえね。冬の金沢の至宝が蟹とブリであることは知っている。どちらも大好物である。しかし、金沢で食べる寒ブリがこんなに素晴らしいとはいまだかつて想像したことすらなかった。氷見のぶりは冬の関西ではわりと流通しているし、鮨屋でも出される。しかし、さすがに目の前の漁港で揚がった寒ブリの旨さにはかなわないことを身を持って知る。なんだ、このブリは。みっしりと滋味のつまった肉厚の身。蓄えられた脂肪の層が連なって、煮られてなお、こちらを攻撃してくるのである。これだけでも、来てよかったとしみじみ思うのである。

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 いよいよ握りの部に突入である。まずは甘エビ。美しいエメラルド色の卵が乗っている。まったり甘く、とろりと舌の上で溶けていきながら、独特の余韻を残す。ううむ。続いて、平目の昆布締め。これも並大抵の仕事ではない。旨い。そしていよいよ真打ち登場である。冬のダイヤモンド、加能蟹。(加賀と能登で獲れるから頭文字をとってこう呼ばれている。いわゆるずわい蟹です。これが越前で水揚げされると越前蟹、山陰なら松葉蟹、間人なら間人蟹と名前が変わるのである。)味噌をさりげなく乗せてあるのを見るだけで涙が出そうである。軽く炙ったノドグロはこれもいかん。いかんぜよ。コハダが出てきたのはご愛嬌であるな。ま、コハダの酢で、興奮状態のアタマと舌を休めるという意味があるのだろうか(笑)。いや、そうではなかった。これは、次に出されるもうひとつの真打ちの脂を最大限に楽しむための大将の用意周到な戦略であった。そう、出されたのは脂まみれのブリ。お腹のゴリゴリのとこ。うほほほほ。わざわざ金沢まで来たご褒美であるな、この味は。蟹、ノドグロ、ブリ。冬の金沢のゴールデントリオであります。こんなに美味しいものが目の前で獲れるのである。金沢にはやはり蟹の解禁後の冬に来なくっちゃ。今まで、5月ばかりに来ていたこの年月を少し後悔するが、そこはそれ。こうして違う季節に来ると、古都がまたひとつ胸襟を開いてくれたという気がするのである。

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 しかも。この日、前日になってやっぱり鮨が食べたいと言い出したハイバー幹事のW氏約一名。乙女鮨の予約は今さら人数も増やせず、後ほど二軒目で合流ねということになっていたのだが、カウンターのお客様が一組早めに帰ったのである。大将に聞けば、今からでも大丈夫というので、電話した。喜び勇んで駆けつけたW氏。高速で至福の鮨を堪能し、感激の様子。いやあ、よかった。この素晴らしさは共有した人でなければわからないものね。シメにトロ鉄火をいただいて、焼き目も香ばしい穴子でフィニッシュ。薄味の赤だしもたいへんに美味であった。

 翌日、松岡師匠に「昨日、鮨はどこ行ったの」と聞かれ、「乙女鮨です」と答えると、「金沢は弥助か乙女らしいね」とニヤリ。ええ、師匠。鮨ですから、私、ハズシませんとも。心の中で私もニヤリとほくそ笑んだ。