千夜千食

第173夜   2015年1月吉日

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金沢「金城樓」

ハイパー企業塾の夜、今年は料亭である。
しかも、金沢の高級料亭のお座敷なんである。
仲居さん全員が黒留袖を着ていたのに驚かされた。

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 料亭「金城樓」はひがし茶屋街のすぐ手前、浅野川にかかる大橋の手前にある。隣の大樋美術館へは金沢を訪れると必ず行くので、いつも前は通っている。見るからに豪奢な建物で、料亭でありながら旅館でもあるとは聞いていたが、値段も値段だしあまり食指が動かなかった。

 今回のハイパー塾の晩餐はここで、とのことである。なんという豪勢さであろう。玄関に立ち驚いたのは仲居さんが黒留袖を着ていたことである。一人や二人ではない。全員が着ているのである。黒留袖というのは既婚のご婦人の正装で、素人は身内の結婚式のときにしか着ない、着られない着物である。だが花柳界では、お正月の正装としてはもちろん、舞妓さんから芸妓さんになったときにも正装とし着るようである。あと「お化け」という風習。花柳界を舞台にした小説などを読むとけっこう出てくるのであるが、節分には邪気払いの習慣として「お化け」を模した衣装で邪気を払う風習があるようで、このときの正式な装束も黒留袖だという。

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 金城樓では、松の内のあいだは仲居さん全員が黒留袖を着る習わしであるという。我々塾生たちは雪国での合宿というので、防寒第一にダウンコートにブーツ、ジーンズなど、みんなおもいっきりカジュアルな服装で来ている。いくら大広間での食事とはいえ、黒留袖に相対すのが普段着というのは非常に忝なく、申し訳なく思う。

 さてと。一年前にも書いたが(第21夜)、いくら仲居さんが黒留袖の正装であろうと、場が金沢随一の料亭であろうと、勉強に来ているので酒は飲ませてもらえない。そのことはよくわかっている。わかっているつもりである。食後には講義もある。よくわかっている。

 そこで、おちゃけの出番である。ううむ、日本酒をこんなふうに湯呑みにどぼどぼ大胆に注いで飲むのは素敵。そういう気分になりながら、お茶で酒の妄想をする。想像力さえあれば、それはそれで楽しいのである。

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 冬の金沢のご馳走。なにしろ松の内であるし、仲居さんは黒留袖の正装だし、まことに晴れ晴れしい。八寸には「立春大吉」と書かれた短冊が添えられている。五目豆、昆布巻き、数の子、紅梅梅、田作り。お正月気分満載である。お椀の蓋にも富貴長命と書かれている。こういう言葉は縁起物で、いつまでも健康で、長く富貴を謳歌できますようにという願いがこめられている。自分でもそう願いつつ、蓋をあけるとくわいの真丈にお餅。白と赤と緑のコントラストが黒塗りの漆になんと映えることか。金沢のお出汁はもちろん関西風である。すーっと染み渡る滋味。お造りは寒ブリ、ヤリイカ、すずき。盛られた皿にも文字が書かれてい、お造りに隠れているがこれは福という字であろう。使ううつわひとつひとつにも、新春のめでたさを寿ぐメッセージがある。煮物は能登産の合鴨を使用したという治部煮。金沢名物である。小麦粉をまぶした鴨と金沢のすだれ麩、きのこなどを、濃いめのとろりとしたたれで煮た一品。わさびを添えているのも特徴である。名前の由来は諸説あって、治部右衛門某が持ち込んだとか、じぶじぶ煮るからからだとか、鴨を使うからジビエがなまったとか。どれもそれらしいけれど、定かではないようだ。面白い。続いて名物のかぶら寿司である。私はずっと若狭のへしこのたぐいだと思っていて今まで食べたことがなかったし、冬のオンシーズンに来たこともなかったので今回はじめて食べたのだが、これには素直に感動した。蕪を塩漬けにし、そこへ塩漬けにしたブリの切り身を挟む。これを人参や昆布と一緒に糀に漬け込み発酵させるのである。カリカリした蕪の間に旨さをねっとり熟成させたブリが存在を主張する華やかな一品。さすがにこれをおちゃけでいただくのだけは、辛かった。酒の肴としては最高の部類に入るであろう。あつあつのごはんでも行けそうだし、深夜の茶漬けにもチャレンジしてみたい。

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 焼物は、柳鰆の照り焼き。柳鰆というのは、瀬戸内海で獲れるあの鰆ではない。こちらで揚がるのはカジキマグロで、それをここでは柳鰆と呼ぶのである。これに気づいたのは何年か前に近江町市場の鮨屋に行ったときのことである。壁に貼られた短冊のリーズナブルグループのかたまりの中にサワラとあり、イカとか下足と同じ値段がついていたのである。これはおかしい。あのサワラの地位がこんなに低いなんて。職人さんに聞いてみると、ああこっちでサワラと呼ぶのはカジキマグロのことです、と教えてくれたのである。もちろん、カジキマグロであったとしても、味はけっして悪くない。蓋物は加賀野菜の七福神蒸しである。加賀蓮根、くわい、加賀芹、一本葱、五郎島金時、源助大根がこの蓮根のすり流しの下に隠れている。食事は天然ヒラタケと原木しいたけの炊き込みごはん。デザートは苺、キウィ、杏仁豆腐、黒蜜ゼリーの入ったフルーツポンチ。

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 大満足のご馳走であった。料亭の座敷や調度品に、仲居さんの黒留袖の裾模様に、料理のテーマやうつわのすみずみにまで金沢独特の美があふれていた一夜。この後、ゆるゆると別室に移動したのだが、そこにはまた別の至福が待っていた。アーティスト・ミヤケマイさんの極上の掛け軸である。ハイパー塾今期のテーマが「アートとサイエンスのあいだ」であるので、美の都金沢にふさわしいゲストとしてミヤケマイさんが師匠のお眼鏡にかなったのである。

 いやあ、お酒を我慢するとこういう眼福に出会えるのである。