千夜千食

第174夜   2015年1月吉日

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金沢主計町「太郎」

しんしんと雪が降リ続ける寒い日には
名物の寄せ鍋が身も心もあたためてくれる。
浅野川の畔、主計町にある鍋で有名な老舗にお邪魔した。

 ハイパー塾二日目のお昼ごはんは、ひがし茶屋街のすぐ近く主計町にあるなべ・割烹料理の「太郎」に集合となった。このあたりも料亭や茶屋が並ぶエリアで、古都金沢の面影を色濃く残している。こちらは、なべなら金沢随一との呼び声高く、秘伝のだしと日本海の新鮮な魚貝や地場の野菜でつくる寄せ鍋が絶品であるという。

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 二階に上がると、すでに鍋の準備ができている。みんな好きな場所に陣取り鍋を囲む。寄せ鍋の具材は、鯛、鱈、牡蠣、鶏肉、鶏団子、筍に銀杏、しいたけにえのき茸、葱に菊菜に白菜と、盛りだくさんである。仲居さんがすべて取り仕切ってくれる作法となっており、頃合いを見計らい取り分けてくれるので、気分はお大尽。だしは秘伝というだけあって、薬味なしでじゅうぶんに美味しい味である。

 部屋の中は鍋の湯気で暑いくらいであるが、外は雪景色である。そのうちに、ゴロゴロドーンと大きな音で雷が鳴り始めた。長年こちらで働いているという年配の仲居さんが、「ああ、ブリ起こしやねえ」とおっしゃる。「何ですか、ブリ起こしって」と聞けば、この季節に鳴る雷のことをこの土地ではそう呼ぶのだと教えてくれた。「これが鳴ったら、大雪になるね。風も強くなってねえ」ともおっしゃる。

 ブリ起こし。

 初めて聞く言葉である。12月から1月にかけて、ブリの穫れる時期に鳴る雷のことをこう呼ぶのである。これが鳴ると、風も雪もどんどん強くなるのだという。そして、ブリ起こしと呼ばれるくらいであるから、この雷の音で海の底の方にいたブリが驚いて網にかかると信じられているのである。実際、この時期が寒ブリのまさにシーズンなのである。

 やがて、本当に雪が激しくなってきた。風も強くなり窓をガタガタ鳴らす。だが、ブリ起こしが鳴るということは、寒ブリが大量にやってくるという合図でもあるのだ。脂がたっぷりのったブリがいちばん旨い時期。漁港はブリ漁でおおいに活気づくのだろう。

 気象をあらわす言葉が、風土や生活に密着している。このような土地にこそ、四季折々のほんとうの生活というものがあるのだなと思う。北陸の滋味がたっぷりしみだした鍋を食べながら、そんなことをしみじみと考えた。

 来年もブリ起こしを聞きに、そして脂ののったブリを食べに、金沢へ行きたいと思う。