新幹線アイスクリーム
出張から帰る新幹線の車内で
ちょっとまったりしたいときにいただく
スペシャルなアイスクリーム。
一年のうち三十回くらいは新幹線で東京大阪間を往復している。700系のぞみがどんどん進化するので、今は新大阪から品川まで2時間15分で着いてしまう。たいていはひとりであるのでパソコンを開き、仕事をしていることが多い。そうでなければ、このブログを書いている。かつてイシス編集学校で師範代をしていた頃は、けっこう車内で指南したものだ。いずれにしても、ひとりにしてくれるこの空間と時間は得難く、かっこうのsohoのような場になっている。疲れると車窓の風景を眺め、のんびりする。
ある日、上りの新幹線が京都を過ぎ、関ヶ原を超え、大垣にさしかかろうとするまさに直前に、心が洗われるような景色を発見した。杭瀬川である。はじめてこの川を見たとき、黒澤明の「夢」という映画に出てくる水車のある村のシーンを連想した。川に沿う土手の柔らかさ、流れる水の豊かさ、まわりの田園に美しい影を落とす木々の伸びやかさ。それは、まさしく夢に描く桃源郷のような田園の風景として鮮やかな残像を脳裏に結んだ。以来、関ヶ原あたりにさしかかるとそわそわするのである。今は河岸工事で南側の眺めはかなり変わってしまったけれど、それでも遠くに見える川辺の風情は今もしみじみと夢のようである。大阪を出るのが夕方になってしまうと、ああ今日は杭瀬川が見られないと落胆してしまう。それほど愛している風景なのだ。
もちろん好きな場所はここだけではない。晴れた日の浜名湖の景色、とくに夕景は幻想的だし、何度見ても富士山の姿は神々しく、凛として気高い。東海道新幹線はけっこう曲がりくねっているので、下りに乗って左側(大阪に向かって左側のA席)の車窓に目を凝らしていると、一箇所だけ左の窓の後方から富士山が見えることがあるのだそうだ。俗にいう「左富士」。静岡駅を過ぎ安倍川の鉄橋を渡り、左に大きくカーブする瞬間。わずか数十秒のことだというが、私はまだ遭遇したことはない。時間、天候、それに運というものが三拍子そろった幸せな人だけが見ることのできる絶景だ。
たった2時間15分の旅ではあるが、仕事は捗るわ、絶景は楽しめるわ、何度乗っても飽きることのないのが東海道新幹線の魅力であると思う。
そのうえ。
駅弁は積んである種類に限界があるのだが、新幹線スイーツというのが侮れないのである。クッキーも美味しいのであるが、今回ご紹介したいのはアイスクリームである。もともと、私の中では新幹線スイーツといえばアイスクリームと相場が決まっていて、これは大昔学生だった頃に端を発する。その当時、若い小娘だった私(笑)は、新幹線で隣に座ったおじさまによく声をかけられたものだった。もちろんどこへ行くの、どこまで帰るの、大学生か、などと会話するだけであるのだが、そのおじさまの80%くらいがアイスクリームを買ってくださるのである。ずーっと、新幹線=おじさん=アイスクリームという三角の構図が頭の中には出来上がっていた。この習慣がヌケないので、今でも駅弁のあとにちょっと甘いものでも、というときにはたいていはアイスクリームをいただくのである。条件反射のようなものである。通常売っているのはスジャータのプレミアム系アイスクリームであるのだが、ときたま凄いのが隠れている。
だだちゃ豆アイスクリーム。これは、そんな一品である。
最初、え、東北新幹線に間違って乗ってしまったか、と思ったけれど、ホームも車体もまるっきり違うのでそんなことはない(笑)。これは期間限定なのである。鶴岡のだだちゃ豆アイスクリーム。いかにも美味しそうである。そしてそんなに食べ慣れていない、が、だだちゃ豆が美味しいということはそれなりに知っている。わくわくしながら、ひと匙。これはもう隅から隅までず、ずいとだだちゃ豆でできている。う、旨い。やさしく上品な甘さの中に、ほっこりなごむ豆の味。前世が豆だったことをしっかり残した豆々しい食感。舌の上ですーっと溶けながらも、小気味良く後を引く豆の繊維質。癖になりそうな、実に美味なる冷菓であった。なめるというより、さくさくと食べる感覚。
「だだちゃ」とは枝豆のことである。鶴岡ではお父さんという意味をこめ、だだちゃと呼ぶのだそうだ。(そうだったのか!)そして旬はごくごくわずかであるらしいのだ。たしかに、これ以降一度も東海道新幹線では遭遇できてない。が、去年12月の押し迫りつつある頃には、みかんのアイスクリームというのにも出会った。これも、オレンジシャーベットなどの代物ではなく、みかん、いや蜜柑の果汁がたっぷり入った実に濃厚な静岡&神奈川のアイスクリームであった。あ、もっと思い出した。4月には苺のアイスクリームもあったのである。
新幹線で楽しむご当地シリーズのアイスクリーム。普段は、バニラと抹茶しかないのだが、もっともっとバリエーションをそろえてほしい。