白金高輪「酒肆ガランス」
多国籍料理をオリジナルフュージョンに仕立てた
妖しい雰囲気ぷんぷんの大人の居酒屋。
好きだな、こういうセレクトショップ的な店。
白金「モレスク」のオーナー福島さんが、昨年いっぱいで店に立つのはやめるという。ええ〜、なんで〜と聞けば、「モレスク」はナンバー2の前田くんにまかせて、今年からは白金高輪に移転する別の店の助っ人に行くのだと言う。いつもの店で会えないのは寂しいが、まあここだって白金界隈。行こうと思えばいつでも行ける。
そう思っていながら年が明けたが、なかなか行くチャンスがなかった。が、ある日ふと思いつき、訪ねることにした。店は移転したオー・ギャマン・ド・トキオ(第155夜)があった場所である。
ロケーションを知っているとはいえ、新しい店に行くのはやはりドキドキする。店の名前は、「酒肆ガランス」という。酒肆というのは「しゅし」と読む。文字通り酒を飲ませる店という意味だが、さかのぼればこれは中国に端を発するようである。かの地ではなんと紀元前には米の酒が流通しており、春秋戦国時代にはすでに居酒屋のようなものが出現しているのである。唐の時代には、庶民向けの居酒屋ができ、これを「酒肆(しゅし)」とか「酒楼(しゅろう)」、「酒家(しゅか)」などと呼んでいたのだそうだ。
で、調べてみたら、李白の漢詩にも出てくる言葉であった。
金陵酒肆留別 李白
白門柳花滿店香
吳壓酒喚客嘗
金陵子弟來相送
欲行不行各盡觴
請君問取東流水
金陵酒肆とある。李白といえば唐の時代の詩人。その時代すでに居酒屋というものが庶民にも親しまれていたことがわかる。そういう非常に古い呼び名である酒肆に、フランス語で茜色という意味を持つガランスという言葉をくっつけているところに、店主の並々ならぬネーミングセンスを感じてしまう。これは料理もおおいに期待できそうである。メニューを見ると意表を突く構成になっている。前菜・野菜・串・揚げ物・温菜・ステーキ・炭水化物・デザートという分類で、フムスやファラフェルがあるかと思えば釜石珍味セットがあり、ガスパチョの隣にはインド風サラダ、サルサピカンテと合鴨のつくねが並んでいる。和洋中だけでなく、中近東、インド、メキシコまで網羅した実に多彩なフュージョン料理である。
福島さんが「やっぱり蟻でしょ」というので、蟻(擬黒多刺蟻)とアマランサス入りグリッシーニを注文する。擬黒多刺蟻はクロアリと読む。立派な食用である。滋養強壮に効くらしい。おまけにアマランサスも昨今の雑穀ブームで注目されている。それにしても、こうまで蟻をまぶされると、やはり「ぎょえ〜」と戸惑うことは間違いない。目をつぶってグリッシーニをカリカリするのだが、なんだか口の中が蟻でジョリジョリするのである。別に大好物になるような味ではない。あくまでネタとしていただく(笑)。
フムスは、ひよこ豆ベースのニンニクの効いたペーストで、チャパティにつけていただく中東の定番料理。美味しい上に低カロリーで健康にもよいとあって、近頃いろんなところで目にするメニューである。昨今は豆ラバーという人種もいるようで、ひよこ豆の人気はかなり高いと聞く。私はそんなに豆ラバーではないのだが、これを食べるとわかるような気がする。ほっこりやさしくて、滋味がある。続いての前菜は、才巻海老の紹興酒漬け。ねっとりした悪魔のような味である。ここまでの三品ですでにイタリアとトルコと中国と三ヶ国を旅しているような気分にしてくれる。
じゃことキャベツのサラダはアボガドオイルドレッシングで食す。じゃこのカリカリとキャベツのパリパリ、その上に海苔がかかった一品。いったん日本に帰国した感じ・笑。 ケークサレで小休止。甘いパウンドケーキに見えるけど、ブロッコリーやきのこの入った塩味のケーキ。が、これはフランス生まれである。せっかく帰国したのに、またフランスに行ってしまう。そうこうしていると福島さんがキッチンに立ち、何やら手早く切ってジャーッと炒めている。で、出てきたのがトマトや胡瓜の炒め物。これがなかなか美味しいの。パリのカフェで小洒落た塩ケーキを食べていたかと思うと、今度は兄貴が手早くつくるプライベートキッチンにお邪魔している気にさせてくれる。
さて、メインはどうしよう。メニューの三番目にある串という分類が気になるので、このコーナーから串を一本ずつ頼んでみる。まずはエビのソテー ロメスコソースサルサ・ピカンテ。今度はスペイン気分。ぴりっと辛いソースがエビによく合いますな。次にやって来たのは、手前から合鴨のつくね、豚カシラのソテーサルサメヒカーナ、牛タンにキュウリの白バルサミコソース。ううむ、ここでも日本とメキシコとイタリアが同居した三国同盟である。〆は裏メニューのカレー。たっぷりのキャベツというのがフィニッシュにカレーを食べる罪悪感をヘルシーというキーワードで誤摩化してくれる。
店は、キッチンをぐるりとカウンターが囲むレイアウト。調理しているのがしっかり見えるから、他のカウンターの人が注文した美味しそうなのを「アレ何?」と聞くこともできるし、 何より素材を切ったり、炒めたりする音がダイレクトに視床下部を刺激しすこぶる楽しい。そこに、客が乾杯する音やカトラリーが皿にあたる音、楽しげな会話や笑い声が加わり、店全体がさんざめき独特の空気を作っている。メニューも国籍やジャンルにこだわることなく、美味しくて面白そうなものをセレクトしているので、自分でいかようにもコーディネイトできる愉快さがある。ファッションや雑貨のセレクトショップはたくさんあるのに、食のセレクトショップってあまり見かけなかったがここにあった。スタンスとしては居酒屋であるから、お腹をすかせてたらふく食べるのも、軽くつまんで酒をメインにするのも、二軒目の〆に使うのも、自分の好きなスタイルで自由自在に楽しめそうだ。