新地鮨「黒杉」
しばらく足が遠のいていたが、はた!と思い出した。
遊び心とチャレンジ精神はそのままちゃんとある。
むしろ、パワーアップしている感じ。いいぞ、いいぞ。
もう、十年ぐらいになろうか。新地で新進気鋭の鮨があると聞いた。店主はまだ若く、二回転めには新地の名店のシェフたちが集まってくるという噂もあった。鮨好きとしては行かねばなるまい。だが、そうそう新地に通っているわけではないので、そうしょっちゅうは行けない。それでも、クライアント様や、仕事のパートナー、懇意にしている鮨職人や友人、社員と、いろんな人を連れて行った。ここしばらくは足が遠のいていたのだが、久しぶりに訪ねることにした。
まだ少し肌寒いので日本酒をぬる燗にしてもらう。初っ端はトマトである。三島のうつわにぽんと盛って、塩をぱらり。まずはこれで口中をすっきりさせる。ツマミ第一弾は、田辺の初鰹。春、黒潮に乗って太平洋岸を北上する元気のいいやつ。生と表面を炙ったの、それを北海道の行者にんにく醤油と淡路の新玉ねぎのぽん酢の二種類で楽しむ。明石の鯛は、さすがにコリッと小気味良く、淡路の平目はねっとり旨みをたたえている。この店が好きな理由はいろいろあるが、ツマミの付け合せにワカメを出してくれるのがうれしい。大根よりダンゼンワカメだ。
ぬる燗が終わったのでそろそろ冷酒にする。ここも、近頃の例に漏れず、日本酒をというとネタに合わせて大将がセレクトしてくれる。で、なんと大好きな三千盛の純米大吟醸である。ミチ(三千盛のことを勝手にこう呼んでいる)は本醸造でもけっこう鮨に合うのだが、純米で大吟とくればキリッとした辛口がまろやかになり、たしかに旨い。そのミチにまた合うのが鹿児島の筍と桑名の蛤。いいよね、こういう一品。尊王攘夷派と佐幕派が、仲良く皿の上で交わってる。さて、この茶色い物体は何でしょう。あん肝ではありません。なんとこれは、エイ肝をルイベにしてスライスしたもの。味の系統は似ているけど、舌の上に乗せると体温でルイベが柔らかく溶けていく。それをさらにミチで流し込む。至福、ですな。
串は、うなぎの塩焼き。黒杉名物である。うなぎを串にぐるぐる巻いて、炙って、塩をパラパラっと振った香ばしい一品。赤玉のうつわには子持ち昆布とクラゲ、胡瓜の酢の物。うなぎの脂をひとまずなだめる感じ。洒落たスクエアなガラス器に入っているのは、甘海老の紹興酒漬け。とろとろの食感の中にそこはかとなく香る紹興酒。塩ブリをお椀に仕立てたものをいただいて、めくるめくツマミの連打が終わる。
どうでしょう、このツマミの流れ。素材のセレクトはきわめて正統的なんだけど、出し方に緩急があるのがよい。順番の妙というものかね。初鰹は少しクセのある薬味で出しておいて、白身を二種。で、筍&蛤の煮物。エイ肝、うなぎと濃厚なものの後に酢の物。最後は、甘海老、塩ブリ。たいへんけっこうである。
さ、後半戦である。再びスタートは鰹から。これはヅケにしている。フレッシュな初鰹が、ねっとり醤油をまとって衣替え。続いてはコハダ。しっかり仕事のされた江戸前の味わい。ここからは奥播磨の大吟で攻める。トロになりかけているマグロは宮崎からやってきた。日向灘も黒潮が北上しているのだ。近海物はさすがに旨い。にやにやする。この巻き巻きしているのは鯖である。軽く昆布で〆た鯖を手巻きにしているのである。うふふ、手巻きを出されると楽しいな。カウンターの向こうから、「はい」とか「ほい」てな感じで手渡されるとそれだけで、大将との間がぐっと近くなる。鮨屋の間合い。とてもよい。
続いてはイカ。ねっとりに、どっきり。しっとりに、うっとり。今日の雲丹は北海道の馬糞である。陶器のスプーンで口に運ぶ。こってりしているのに、すっきりとした後口。馬鹿馬。合間に味噌ソープをいただいて、濃厚さを洗い流した後は鯛の昆布締め。ツマミでもいただいた明石の鯛が、身悶えしているように妖艶に変化している。さすがはアミノ酸のパワー。そして、もう一度手を出してと言われ、素直に手を出すと小柱を刻んだ小ぶりの握りが手のひらに乗せられる。ゴマがかかっていて、見るからに美味しそう。いや、実際、旨いのだが。そして玉子。ていねいにじっくりと焼かれた逸品である。そして煮穴子。甘いツメを塗ったものと塩でいただく二種類で〆る。
この黒杉、夏には移転(2015年7月にすでに移転)するそうである。引っ越し先は新地に突如出現する新しいビルディング、新ダイビル。そこに4店だけ選ばれた店が入るのだそうだが、なんとその一店になるそうだ。これは楽しみ。落ち着いた頃、また行ってみよう。