千夜千食

第209夜   2015年3月吉日

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大阪南森町「宮本」

大好きな懐石の全月制覇を目論みながら、
いまだ果たせないでいるが、二回目の三月訪問である。
あかんな、ちゃんと記録取っておかなきゃ。

 181夜で宮本の全月制覇を目論んでいると書いたが、千夜千食登場六回目にして四回會と月がかぶってしまった。まあ、それはそれでいいのだが、まだ経験していない月がたくさんあるのがちと気にかかる・・・。

 今回は素敵なお取引先様をご案内するので、先方の都合と予約が取れる日が最優先である。

 一週間ほど前だったが、珍しくすんなり予約が取れた。こういうのもタイミングである。月がかぶろうと、一年経つとそれはそれでまた進化しているに違いないし、贅沢を言えばここは週一で通いたいくらいの店である(通えないけど・・・)。

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 さてと。先付けのうつわには見覚えがある。うつわそのものが、ハマグリを開いたカタチになっている。初っ端から、春満開である。季節と素材とうつわの三重奏。こういうのは絶対日本料理以外ではできない芸当である。もっというと、そこに料理人の感覚と食べ手の感性が呼応するというのが理想であろう。まさしく、ここは茶懐石のカタチをぐぐっとカジュアルにした場なのである。さてと。料理はは飯蛸にかたくりと菜の花のおひたしに胡麻だれを添えたもの。頭の部分にぎっしりつまった卵がよい具合に蒸されていてたまらなく色っぽい風情で光っている。春だよなあ。当然、明石の飯蛸であろう。お酒は東洋美人のおりがらみを、スペシャルなデキャンタに入れてもらう。年に一度しか出荷しないという限定の乳白色の旨酒、蔵元は萩の澄川酒造。

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 お椀の蓋を開けると、ふわっと春の香りが立ち上った。はまぐりのお椀である。貝の季節だ。蓬豆腐とわらびも入っている。いつもの澄んだお出汁と違い貝のときは乳白色であるが、この中にはまぐりのエキスがたっぷりと満ちているのだ。はまぐりのうつわではまぐりを予感させておいて、期待に違わず即座にはまぐりを出す。擬から、すっと本物へ。こういう連打大好きだ。

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 お造りは、淡路の鯛、ハリイカ。これをお醤油、塩、スペシャルな酢でいただくのである。鯛は焼き霜づくり。サッと皮にだけ火を通すと、鯛がよりねっとり旨みを増すのである。ハリイカもにとにとの歯ごたえ。(にとにとは私の造語オノマトペアである)この食感は、にとにと以外ないだろう。に・と・に・と。酒は鶴齢の特別純米。こちらのデキャンタもなんともいえない優美なカタチである。

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 メインは、阿蘇の赤牛のヘレをさっとローストしたものと、真魚鰹の塩焼きに花わさびを添えたもの。肉と魚の共演である。赤牛は昨今のブームであるが、神戸牛に代表される霜降りではなく、きれいな赤身なので、牛肉本来の味を楽しめる。私ぐらいの歳になるとサシの入ったリッチな牛肉は、ツーマッチすぎてしんどいのである。とくに和食でいただくのなら、赤牛はちょうどいい。魚と一緒に出されても違和感がない。真魚鰹も大好物。この手の白身でいうと、私は真魚鰹一番、鰆が二番である。

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 八寸は可愛らしい朱のお重に入って出される。蓋をあけると、わあ、と思わず歓声があがる彩り。自家製バチコ、桜肉、ホタルイカ、才巻海老、百合根饅頭、鯛の子、スナップエンドウ、、だし巻き・・・。それぞれの食感も調理法も色合いも微妙に違っていながら、お重のなかでひとつの季節を演出する。自家製バチコの旨さと言ったら・・・たまらず、松の司の大吟醸をお供にする。また、小シブいデキャンタ。これはバカラのアンティークである。黒泡の酢の物をいただいた後は、黒メバルのみぞれ煮である。わらびのみずみずしい緑が季節を感じさせてくれる。

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 シメのごはんは、氷魚ごはん。氷魚というのは、しらすに似ているが鮎の稚魚である。琵琶湖でしか取れない貴重な名物だ。これをふきの苦味と共に味わう春の一品。

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 まもなく四月を迎える三月の終わりではあるが、カウンターのヨコの上にある長押のような小さな空間には、可愛らしいお雛様が並べられていた。すぐには気がつかない場所に置いてあるのが、弥生の名残ということか。そうして、すべての断片がひとつのテーマに収斂していくことに気づく。お雛様にはまぐり、可愛いお重、氷魚にみぞれ。そして・・・しまった。今回は入り口近くの席だったため。お軸を拝見するのを忘れてしまうという大失態。最後のピースがぴたり、と嵌まる気持ちよさを実感したかったのに・・・これで、また来年三月も来ないといけない。