千夜千食

第211夜   2015年4月吉日

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六甲道「磯料理 魚とし」

家から歩いて行ける住宅街の中にある磯料理。
魚の種類の充実度には目をみはる。
そのうえ、料理と酒を担当しているのは美形兄弟若衆。

 磯料理と聞くだけで、わくわく心躍る魚好き。なにしろ「磯」である。魚でもなく、活魚でもなく、海鮮でもなく、「磯」とエリア名をつけているのに好感が持てる。釣りをする人なら磯釣りとかでおなじみだろうが、そもそも磯という言葉自体が私にとっては非日常。だけれど、美味しい魚が磯で釣れることはわかっているので、何か妙に食いしん坊の琴線に触れるのである。

 調べてみると、ひとくちに磯と言ってもかなり広範囲で、細かい磯用語があるのには正直驚いた。シモリ、ワンド、ワレ、ハエ、ハナレ、ハナ、サラシ、ハケ、グリ、チョボ、コジ、ハケ・・・・ちんぷんかんぷんであるが、どんなものにも専門用語が細かくあるという発見が面白い。たしかに、私の好きな歌舞伎や文楽、うつわや着物だって専門用語だらけで、知らない人にとっては私が磯用語を聞くようなものだろう。

 そんな磯料理の店である。ここは、一時ウォーキングに熱中していたとき、家の近所を歩き回っていて発見した。外から中の様子がほとんど見えないので、超地元の人のための居酒屋かしらんと思っていたのだが、あるとき「あまから手帖」の神戸特集に紹介されていたのである。魚料理が非常に充実しているとあった。店主も元魚屋であるという。これは行かねばなるまいて。

 予約当日。意気揚々と店に入る。左にカウンター、右にはテーブル。カウンター真ん中に陣取ってメニューを見ると、本日のおすすめ天然魚とあり、ズラリ魚のオンパレードである。さすがは磯料理。しかも、書かれているのは料理名ではなく、素材名と調理法のみ。

長崎  ノドグロ 炙り
富山  白エビ
石川  神馬草 ボイル
徳島  石鯛
山口  剣先イカ 刺身
高知  金目鯛 刺身
淡路  太刀魚 刺身
長崎  宝石ハタ 刺身
長崎  赤ハタ 刺身
長崎  スジアラ 刺身
北海道 キンキ 炙り
北海道 ウニ
三陸  あわび 刺身
長崎  アコウ
長崎  ブリ
淡路  黒メバル
淡路  真鯖
愛媛  マナガツオ
淡路  イイダコ 煮つけ
石川  キアラ
淡路  あいなめ
大分  本鮪頭肉 ネギトロ
島根  岩ガキ 刺身
徳島  イラ 炙り
徳島  キツネ鯛
鹿児島 歯ガツオ 刺身
長崎  ヒゲ鯛
長崎  姫鯛 刺身
徳島  イトヨリ 刺身
淡路  甘手ガレイ 刺身
明石  あなご

 どうです。このラインナップ。なんと31種類。キアラとかイラとかキツネ鯛なんて、初耳である。名前のヨコに炙りとか刺身とあるのは、その状態で食べるのをすすめているのだが、煮ても焼いても食えるものばかり。気になる魚を店主に聞いて、どう食べるのがよいか相談できるなんて、なんと贅沢な店なのだろう。唸る。いや、ほんま唸る。

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 メニュー以外にも目の前に美味しそうな鉢がある。なので、まずはイイダコの煮つけを頼んだのだが、どうですこの立派なこと。頭の中にぎっしりつまったイイ。もうこれだけで、ここはいい店だと確信できるクオリティ。少し肌寒い日だったので、酒はぬる燗。地元の小料理屋のカウンターで、目の前の海で捕れたイイダコをつつきながら、リタイアしたら、週一くらいでこういう生活をしたいと妄想しながら、酒をちびちび。いや、ぐびぐびか。

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 刺身はノドグロは食べたいと宣言し、後は今日の活きのいいの(ま、全部だろうけど)で食べたことないのもリクエストして、盛り合わせにしてもらう。魚って、きっと全国の磯の数だけ夥しい種類があるのだろうし、呼び方だって違うと思うが、それでも初めての魚を食べるのは新鮮な気持ちになる。刺身に合わせて、おすすめの日本酒もセレクトしてもらう。新政の美山錦、やまユという純米。木桶仕込みのうるわしい香味。これをワイングラスでいただくという趣向。いいねえ。青いラベルは業界で青やまユと呼ばれているそうだ。(白やまユとか、緑やまユなんてのもあるらしい・・・)

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 メインは、キンキの煮付け。これはもうメニューを見たときから決めていた。煮付けの王者。いや女王か。煮付けはやはり赤魚系に限る。いや、カレイも好きだけどね。しかも、これ、タグ付きである。北海道網走。釣キンキで活〆とある。こんなに自慢げにタグがつくと、なんだかうれしいな。そして、また大将の味付けの上手いこと。醤油と砂糖の甘辛バランス、いやあ、気に入ったぞ。ほっこりした身がきもちよく取れていく快感。ほっこりを口にすれば、ほろほろと溶けていく愉悦。きれいにきれいに骨までしゃぶって、猫またぎの女になる。

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 さてと。キンキでよしておけばよいのに、デザートに穴子の天ぷらを頼んでしまう。いやさ、穴子も好物なんだけど、たまには豪快にぴちぴちを天ぷらにしてもらうのいいではないか。しかし、この量だ。またしても、おなかぱんぱんになったのは言うまでもない。

 こちらは、美形若衆兄弟とお母さんによる完全家族経営。お兄さんが調理を、弟さんが酒をセレクトしてくれる。働き者で、頼もしくて、その上美形のこんな息子たちがいてお母さん幸せ者だよなあと、心の中でかなり羨ましく思う。老後の楽しみのためにも取っておきたい店である。