広島鮨「もち月」
市電に揺られ訪ねた地元の名店は
穴子とさわらがめっぽう旨い。
聞こえてくる広島弁もええ感じじゃけん。
鮨(と歌舞伎とシャンパン)のために働いている。
土日と松岡正剛師匠のハイパー企業塾の合宿があるので、前乗りである。広島に行くのは子供のとき以来である。ひとりである。鮨を食べなければいけない。ネットで探す。すると何軒か、これはという店が出てきた。長年の経験上、なんとなく旨い店は匂いでわかるようになっている。よし、ここに決めた。予約する。9時閉店となると7時には入店しなければいけない。会社を少し早めに出て新幹線に乗る。
グーグル地図によると、その店は広島の繁華街からは少し離れている。駅前のホテルに荷物だけ置き広島駅から在来線に乗り換え、横川という駅で降りた。グーグルで見ると最寄りまで市電が出ているらしい。横川の駅を出ると、広電の横川駅がすぐ目の前にあった。出発寸前の電車に飛び乗ったが、どうやってお金を払うのかがわからずに少々パニックになるのが我ながら可笑しい。しかし、市電は妙に楽しく、まったく知らない街を探検している気分になれる。これぞ格好のヴィークルだ。
舟入町というところで降りる。目的の店「もち月」は歩いてすぐ。店に入ると、地元の常連客でぎっしり。アウェイ感満々の雰囲気で、闘志がわいてくる。日本酒は地元の賀茂鶴の純米吟醸。少々甘口だが、その土地に行けばその土地に従うというのが作法である。むしろ、こんな酒で鮨を食べるのだなという発見があるので大歓迎だ。大将が握っているカウンターの後ろには、片岡球子の富士山の絵。「お好きなんですか」と問うと、お客さんにいただいたとの声。だけど、ちょっとしたこういうものがカンバセーションピースとなってくれる。肝心の鮨は、やはり広島でしか食べられないネタが秀逸である。たとえば、穴子、たこ、牡蠣、そして驚いたのは鰆である。せいぜい岡山、児島、高松くらいでしか食べられないものと思っていたが、さすがに瀬戸内海は地続きである。広島にもあるのだ。軽く炙ったそれは、紛れもなく私の大好きな鰆であった。一通りネタが出尽くしたところで、今一度穴子と鰆を追加したのは言うまでもない。
カウンターでは広島弁が飛び交い、なにやら人生相談も始まっている。が、その妙に深刻な内容も広島弁で語られると、2時間サスペンスのドラマのようで面白くもあり、哀しくもあり。それを肴にまた一杯。これだから知らない土地の鮨屋に行くのはやめられない。