浅草喫茶「アンヂェラス」
昔懐かしいバタークリームは
昭和ノスタルジーなあの味。
レトロなインテリアにも痺れる。
年に一二回ほど浅草公会堂に歌舞伎を観に行くことがある。その道すがら、ずーっと気になっていた店があった。洋菓子喫茶「アンヂェラス」である。レトロな店構えと、チに点々という仮名遣いで、古くからやっている店であることがわかる。店の名前がついた小さなロールケーキは、雑誌でも何度か目にしたことがあるし、かの池波正太郎や太宰治、川端康成などの文豪も通ったと聞く。一度くらいは食べてみたくなる。
一人だったのですんなりと三階席に案内された。一階のショウケースで目移りしたが、食べるのはやはりそのロールケーキにした。ホワイトチョコレートをコーティングした「白アンヂェラス」と、ダークチョコレートの「黒アンヂェラス」がありどちらにするかでも迷ったが、黒にした。ココア生地のスポンジにバタークリームが挟まれている。バタークリーム!ちょっともったりしていて、口どけが独特なあの感じ。なんと懐かしい味だろう。子供の頃のデコレーションケーキといえば、たいていはバタークリームを使っていたものだった。その後生クリームの出現ですっかり忘れられた存在になってしまったが、たしかに我々世代はこの味で育ったのだ。今となっては特別に美味しいものでもないが、逆に今ならこれでじゅうぶん事足りる。
むしろ、最近の洋菓子がリッチすぎるのだ。今や職人がパリで修行するのは珍しくも何ともないし、贅沢な素材にこだわるのもあたりまえという状況がある。どこそこの放し飼いの鶏のたまごだとか、おフランスの高級バターとか、有名牧場の搾りたて牛乳とか。ケーキ職人はいつしかパティシエと呼ばれるようになり、本場顔負けの技術と厳選された素材でつくられたケーキは気取った名前をつけられ、宝石のように美しくショウケースに鎮座する。たまに食べるとその美味しさに感動はするけれど、なんだか最近ツーマッチな感じになってきているのも事実である。味が濃厚すぎるし、何より高カロリーでもある。食事そのものが高カロリー化しているのに、あのリッチなケーキたちを心から美味しいと味わって食べる時間など日常生活のどこにもないのだ。食べてしまうと食事が美味しくなくなるというアンビバレンツ。
黒アンヂェラスを食べたとき妙にほっとしてしまったのは、そういうことだ。サイズも小ぶりで、くどくなく、そのうえ思い出のバタークリームの風味。懐古趣味ではない。洋菓子はもしかすると、本来のデザートという立場を超え単独で進化しすぎてしまったのかもしれない。そんなことをレトロで少し骨太なインテリアの中で思った。