白金鮨「いまむら」
ひっそりと灯る看板とさりげなく掲げられたのれん。
北里通りでこの店の前だけが異彩を放っている。
このシブさ、このこなれ具合、痺れた。
ずーっと気になっていた店である。店の前をしょっちゅう通っているので、いつかは行ってみたいと思っていた。何度電話してもタイミングが悪く予約できなかったのだが、ある日とうとう席が取れた。
変形L字カウンター。大将が真ん中に立って、すみずみまで目配りできる上手い設計である。私がポールポジションと呼んでいる一番好きなカウンター左端に座った。日本酒は、山形の純吟出羽桜。渋い唐津の徳利とお猪口で出されるともうそれだけで期待値が高まる。ツマミはマツカワ鰈。別名王鰈とも呼ばれる幻の鰈である。ううむ、初っ端からこういうネタで攻めてくるのかと驚嘆する。タコも丁寧に仕事がされており、柔らかいのに弾力がある。蒸しアワビも、完成度高し。またうつわのセンスがいいの。私好み。ホタルイカは西京漬け。白味噌をまとってねっとり妖しく、勝浦のかつおは藁で燻されセクシャルな香ばしさ。たまらず日本酒をおかわりする。銘柄は、大純吟の山桜桃(ゆすら)。キレのある辛口。これをまた身震いするほど枯れた唐津の徳利に入れてくれる。徳利キープしたいくらい私の好みど真ん中である。掌でためつすがめつ、撫でまくる。焼き物はのどぐろ。備前の角皿の爆ぜ具合も大胆にしてこちらの鮨の景色になっている。スープはすっぽん。まさか鮨屋でいただけるとは。新鮮ネタとひと工夫の仕事でもって、もうすっかり大将の術中にはまってしまう。スープで一服して、いよいよ握りである。
アオリイカ。このきめ細かな編み目のような切り込みを見よ。ここに醤油がからむ複雑系。赤酢の利いた固めのシャリにまたよくフィットする。心の中で、「またひとつお気に入りが見つかった!」と快哉を叫ぶ。あくまで心の中だけで。金目鯛。これも脂がしっかりまわっている。とろとろ。美しい切り込みが入ったかすごの昆布締め。馬鹿馬である。マグロのヅケのぬらぬらした表面感も凄い。大トロにいたっては、もうほとんど吉原のお職のような存在感。後ずさりしそうになる。食べながら目を細め、ただただ唸るしかない。完全にネタのレベルに圧倒されている感じ。コハダの美しい仕事にはうっとり陶然。光モノもこちらのシャリによく合う。
後半戦の鳥貝。なんだよ、このエロティックな姿態は、と思わず呟く。鮨ネタになってなおもくねりまくっている。カツオも攻めてくる。なに?この部位、このマッチョな質感。なだめられている車エビの整然さにほっとするのもつかの間。このネタのルックスにもたいがい威圧される。さらには、雲丹のふてぶてしさといったらどうだろう。穴子にいたってはもう女衒のような手だれ感。最後の玉子でようやくホッとリラックスする。
徹頭徹尾、攻めてくる鮨である。いつも出没しているエリアにこんな凄い店があったとは。デザートのきなこのアイスクリームをいただきながら、たまらず手帳を開き、東京出張を確かめ10日後の予約をした。こんなに短期間リピートははじめてのことである。しかし、この鮨の正体をもう一度、確かめずにはいられない。そう、私はチャレンジャーなのだ。鮨のために働いている。