千夜千食

第94夜   2014年6月吉日

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二期倶楽部「バー ラジオ」

一年に三日間だけしか使わないカウンターで
伝説のバーの往時の面影を想像しながらスコッチを飲る。
ここにはゆったりした特別な時間が流れているよう。

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 山のシューレの会場となる二期倶楽部・歓季館の傍らに、そのバーはある。毎年夏のシューレの開催期間だけオープンするバー。世界広しといえども、こんなスタイルでやっているところはほとんどないだろう。

 カウンターは、どっしりした分厚い一枚板。これは、かつて神宮前にあった「バー・ラジオ」のカウンターを移築したものだという。オリジナルの「バー・ラジオ」の誕生は1972年。70年代後半から80年代にかけ、東京の文化人が集まる夜のカルチャーサロンとして知られ、杉本貴志さん率いるスーパーポテトによる初期の傑作としても名高いまさしく伝説のバーなのである。そのオーナーかつバーテンダーの尾崎さんといえば、バー業界では神様のような人。残念ながら神宮前のバーは2002年に休業となったが、30年間活躍してきたカウンターは神宮前の喧騒の時代を終え、那須の自然の中にゆったりと納まっている。

 昨年、歓季館でのシンポジウムを終え、隣にバーがあることに気づいたので、部屋にチェックインする前にこちらでカクテルでも飲もうと入ったのが最初である。料金を部屋付けするお願いをして苗字を名乗ると、バーテンダーが私の下の名前を諳んじているので驚いてしまった。珍しい名前だったので、チェックインのリストを見て覚えていたのだという。それにしても凄い記憶力。いや、こういうのもスタッフの能力の高さであろう。こういう出来事は、宿泊客にとってはたまらない魅力である。かくいう私もそのホスピタリティ精神にすっかり参ってしまったのだから。

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 食後にここを訪れることも、山のシューレに参加する楽しみのひとつとなった。ここでスコッチやカクテルを振る舞ってくれるのがチーフソムリエの金子さんである。物腰柔らかく、正統派バーテンダーという空気をまとっている。今年は、ストラスアイラというスペイサイドの最高に旨いスコッチを二晩続けて楽しんだ。その金子さんに伝説のバー・ラジオの話や尾崎さんについていろいろ伺えるのも楽しく贅沢な時間なのである。今年は「バー・ラジオ」のカクテルブックというのを見せていただいた。これが凄い本なのである。世界中のカクテルのレシピだけでなく、尾崎さんがつくったカクテルのレシピも載っている。しかもグラスはすべて尾崎さんの私物、写真のカクテル制作はもちろん、コーディネイト、アートディレクション、フラワーアレンジメントまでご本人の手になるもの。写真は大輪眞之さんと繰上和美さん、ブックデザインは細谷巖さんである。当代随一のビジュアルブックである。関西に帰るやいなや、アマゾンで取り寄せたことは言うまでもない。

◎追記

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 伝説の「バー・ラジオ」は休業しているが、86年には青山にセカンド・ラジオ、98年にはサード・ラジオができ、現在もサード・ラジオは健在である。しかも、私はサード・ラジオにそれとは知らず連れて行かれ、伝説の尾崎さんにもお会いしていたのである。これがまた話せば長いが、たしか青山スパイラルでの連塾の帰り道である。回會メンバーにくっついて行ってカクテルを二杯ほど飲んだことをはっきりと思い出した。そのとき尾崎さんは、もうしばらくしたら京都に戻るのですとおっしゃっていたような気がする。この歳になると、いろいろ出会う人との不思議な縁を感じてしかたがない。どんな出会いも、けっしてそれだけでは終わらない。それが、セレンディピティというものなのかもしれないけれど。

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