千夜千食

第228夜   2015年5月吉日

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台北車站「臺鐵雛腿便當」

台北車站で買いこんだあったかい便當を
道連れに台中まで、高鐵に乗る。
素朴で、やさしく、潔い味であった。ファンになる。

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意外と「鉄」なのさ。

 もしかして私って鉄? そう気づいたのはごく最近のことである。いわゆる業界での呼び方でいうなら「乗り鉄」に分類されるであろうか。確かに、東京出張のときはダンゼン新幹線派である。飛行機で行くことは滅多にない。国鉄、もといJRに乗るのが大好きである。なんでだろうと思いを馳せれば、それはやはり幼心を喚起するからであろう。以前、JR東西線が開通したとき、わざわざ休みの日に乗りに行った。車内には明らかに乗車することだけを目的にした乗り鉄たちがいたが、その中でひときわ興味深いおじさんがいた。平静を装ってはいるが、駅に着くたびにウキウキとする心を抑えきれず、それがめまぐるしく動く目線や口元のほころび方に如実に表れているのである。ああ、おじさん、今童心にかえってる。わかる、わかるよ。私だって、本当は子供のように窓に向かって座りたい。駅ごとに降りて写真を撮りたい。でもって、はしゃぎたい。だけど、外側は大人なので、いちおう平然さを保つ。その外と内のアイダで揺れる心持ちを楽しむのが、大人の「乗り鉄」の味だろうと思う。

 さて、台湾の鉄道である。台湾中部にある日月潭というところに行くので、台湾の新幹線「高鐵」というのに乗って台中へと向かう。高鐵は正式には台湾高速鉄路といい、台北から高雄までノンストップなら一時間半で結ぶ。最高速度は300キロというから、東海道新幹線より速いのだ。しかも車両は700系を改良したもので、システムもほぼ一緒、ほとんど日本の新幹線なのである。

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 刻限はそろそろ昼。台湾の駅弁はなかなか秀逸と聞いた。これはぜひとも買わなくちゃ。台北駅に赴くと、あったあった、臺鐵夢工場という看板。若い女性が販売している。排骨、素食、八角排骨、雛腿、宜蘭風味・・・うーん、迷うなあ。もう一軒、臺鐵便當本舗というのもある。こちらは行列ができている。が、なんだかファストフード店のようなカウンターで大量生産の匂いがする。内容がそんなに変わらないのだとすれば、夢工場の可愛らしいお姉さんから買いたい。これは、まあ、気分の問題ではあるけれど・・・。

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 臺鐵雛腿便當 100元というのを手にいよいよ高鐵に乗り込む。台北から台中へ向かうので、サウスバウンドプラットフォームに降り立つ。南下月台とある。月台、なんとも風情のある言葉ではないか。その昔、月を愛でるのにつくった台のことをそう呼んだらしい。今でも、宮殿のバルコニーは月台というらしい。こういう典雅な言葉の由来があるなんて、さすがに四千年の歴史を誇る中国文化圏であるなと感心する。

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 旅の必読書「街道をゆく」の「台湾紀行」を手に携え、出発である。余談であるが、司馬遼太郎が紀行文を書いた場所に赴いたときは、帰ってから必ず「街道をゆく」を読むことにしている。かつて、上海や韓国の慶尚北道を旅した後に読んだら、旅先で疑問に思ったことの答えがすべて書いてあり、旅の追体験としてこれほど贅沢なことはないと強く思ったからである。予定では、「台湾紀行」も帰ってから読むつもりであったが、今回ばかりは待ちきれず読みながらの旅である。(ところが、期待は少しはずれ、紀行でありながら人との縁の話が中心である。これはこれでもちろん面白いのではあるが・・・)

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 高鐵の商務車(グリーン車)は、お茶とスイーツをサービスしてくれる。もちろん便當のためにお茶を所望、そして便當をあける。真ん中に鎮座しているのは、鶏の腿肉。煮込んだものをローストしている。その横には煮染められた卵。ごはんの上には煮たキャベツが敷かれ、緑のはシャキシャキの葉野菜。漬物も隠れている。手前と向こうの茶色いのは豆包(ドウバオ)という湯葉のようなもの。日本でいうお揚げの感覚である。これもたっぷり味が染みていて、旨いのだ。おまけにごはんは、ほかほか。炊きたてのごはんをよそって、素材を乗せただけともいえるシンプルな便當であるが、それが何とも言えず旨いのである。市場の食堂で食べた朝ごはん(第226夜)に通じる素朴さと、余計な味が一切ついていない潔さ。そして、心のこもった(そう感じた)シンプルの貴さ。

 臺鐵便當、これはハマりますな。