千夜千食

第72夜   2014年5月吉日

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金沢の天ぷら「小泉」

紅花油でからっと揚げる関西風。
軽くいくらでも入るからある意味危険。
こちらもうつわには相当なこだわりを持っている。

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 こちらは「みつ川」の大将に教えてもらった店である。鮨ばかりに気をとられていたが、旨い魚が穫れる地なら天ぷらだって旨いに違いない。しかも、店があるのは「みつ川」があった場所。それだけでもこちらにとってはなじみがあるし、商売としても縁起のいい場所であろう。

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 初訪問のとき、カウンターに置いてある皿に見覚えがあった。軽やかに歪んだ織部の四角い皿。「え、これって、作助さん?」「そうです、作助窯です」というのに、びっくりしてしまった。私も同じ皿を持っているからである。こういうシンクロニシティがあるだけで、前から知っている店のような気分になるし、何よりちょっとした趣味の一致はうれしく、楽しいものである。もうひとつ驚いたのは、木のお椀だと思っていたものが、古い大樋焼の骨董だったこと。軽く、薄く、木にしか見えない手触りに唸り、しばしうつわ談義が弾んだ。

 肝心の天ぷらも申し分がない。「みつ川」の大将が推薦するだけあって、からっと揚がった天ぷらは、噛むとさくっと柔らかく、もういくらでも食べられる軽さなのである。大将の小泉さんは関西出身。胡麻油ではなく紅花油で揚げているというから、軽やかさの秘密はそこにあるのだろう。そしてこちらでもイカを三枚におろすところを目撃した。「弥助さんスタイルだね」と指摘すると、なんだか大将はうれしそうだった。連綿と続いていくであろう金沢の作法である。(第70夜・71夜参照)

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 コースをお願いすると天ぷらの前にいろいろ突き出しが出てくるが、これがめっぽう美味である。よもぎ豆腐の上に、白魚の昆布締めをあしらったもの。独特の弾力に、ねっとりした海老がからんで、後を引く旨さ。続いてやなぎ鰆の炙りのサラダ仕立て。もちろんこの鰆とはかじきのことである。日本酒は、富山の羽根屋という生原酒。このフルーティさが鰆に合うのだ。そして再び、あの驚きの大樋焼のお椀で出されたのは、能登牛のしゃぶしゃぶ風に筍、ふきの炊合せ。たっぷりの花山椒が乗ってい、おつゆもふんだん。胃がやさしくあたたまったら、いよいよ天ぷらのスタートである。

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 海苔の上に雲丹を載せたもの。前回も同じものが出てきてびっくりしたのだが、海苔はカリカリなのに、雲丹は半生でとろけ、口の中で多彩な食感が混じりあう。そして才巻海老。こちらもさくっと噛めば、なかは絶妙な半生。口直しのらっきょうやトマトをいただいた後は、きすと空豆。はふはふ言いながら頬張る幸せよ。立派なアスパラも、さくさくでジューシー。天つゆでも、塩でも、どちらでもいける。そして鮎は泳いでいた時のように立ってサーブされる。手前は穴子。もうぱくぱく夢中になって食べている。めごちもさくさく、イカはふんにゃり柔らかい。白子はポン酢でいただく。シメはかき揚げの天茶。もっともっと食べたかったが、ランチだし夜もあるので我慢した。いや、ここまででも、充分にいただいているのではあるのだが・・・。

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 こちらの大将。素材を厳選し新鮮な魚介類や野菜を仕入れるだけでなく、ちゃんと食感を計算しつつ、絶妙のタイミングで天ぷらを揚げている。技術だけでなく、心意気も、うつわへのこだわりも、光っている。「みつ川」の大将と競い合うようにして、うつわや骨董を探しているとも聞いた。なにより、大将を眺めていると「くまのプーさん」に見えてしようがないのである。大将にはいささか狭いであろう(失礼)カウンターの中で、美味しいものを一生懸命にこしらえている姿がそう見えるのである。美味しいものに目がない「プーさん」がつくるものが美味しくないはずはないだろう。