千夜千食

第103夜   2014年6月吉日

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大阪北新地「サーレペペ」

場所が場所だけにしょっちゅうは来られないけど
「 食感・美感・快感 」という感覚は
こういうものかと教えてくれるイタリアン。

 ここは大昔にクライアント様に連れて来てもらった大阪は北新地のど真ん中にある店である。場所柄、早い時間帯にはいわゆる同伴スタイルのお客様も散見されるが、なかなかエッジの利いたイタリアンを供している。北新地は仕事上のおつきあいで食事するといったシチュエーションのときしか最近は来ないので、美味しいと知ってはいるがなかなか機会がない。だから、本当に久しぶりなのである。こちらのコンセプトは「素材が呼吸するイタリア料理」。吟味した新鮮な素材を使い、ひと皿の中にいろいろな素材や食感を散りばめる工夫をしているという。

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 たとえば、ビシソワーズには桃のジェラートが乗っている。しかもスープの中には桃の果肉が隠れている。じゃが芋の塩気に桃のみずみずしい甘みが利いた絶妙の甘辛具合。カリッと揚げた細切りのじゃが芋が新鮮な食感をプラスしている。前菜は、宮崎のマンゴーにサンダニエーレ産の生ハム、トリュフのブルスケッタにフォワグラのせ、ソルトブッシュラムのソテー、あこう、白アスパラのプレート。サンダニエーレ産生ハムとかオーストラリアのソルトブッシュラムとか、垂涎の素材を使い異なる食感になるよう工夫し、フレンチと見紛うばかりの美感あふれるデコレーションにしている。目で味わい、舌でも楽しむ至福。魚介類は、海の恵みの二大巨頭アワビと雲丹のオーブン焼き。アワビの殻にゴロゴロと豪快に盛ってサーブされる。贅沢と野趣のミクスチュアがよい。パスタはトマトを練りこんだギターラに九十九里のハマグリ。ポピュラーなアサリを使うのではなく、あえてハマグリで勝負しているところにシェフの気概を感じる。メインは、鴨のローストとフォワグラのソテー。トリュフがたっぷりかかっている。もうこの段階になるとおなかがいっぱいなのであるが、鴨とフォワグラの異なる食感を堪能する。食感と美感が、この上ない食の快感を生み出しているコースなのである。

 エッジーなイタリアンやフレンチでは、このような感覚の料理はすっかりポピュラーになってきているように思う。だが、このレベルが大阪のこの店にあるということを評価したい。聞けば、シェフは北新地で一世を風靡した「ジジ」出身なのだそうだ。この店は若い頃によく行ったが、カジュアルで気取らないのに本格的なイタリア料理を出すとあって、老若男女に愛され、いつも行列ができていた名店だった。シェフは「まだ夢ですが、いずれ東京に店を出したいですね〜」と語る。え〜、そんな!なんでも東京に一極集中することがよいとは思わない。だが、腕に覚えのある料理人ならそう思っても仕方のないことなのだろう。願わくば、この地でずーっと頑張ってほしいと思うのはこちらの身勝手か。年に一回来るか来ないかの客が何を言うかということではあるけれど、あのたかじんだって上岡龍太郎だって最終的には東京へは行かなかった。大阪には大阪のよさがあるのである。この店は「ジジ」ほどカジュアルではないが、それでも深夜にパスタだけ食べに来るとかピッツアをテイクアウトするとか、使い方のバリエーションはいろいろある。せいぜい通って、東京行きを阻止しなければ。