神戸東灘「生粋」
淡路、明石あたりの瀬戸内海の最上ネタを
「 抜粋・生粋・精粋 」して江戸前スタイルで握る。
神戸の地の利をしみじみと有り難く思う。
神戸の鮨である。ロケーションは神戸ではあるけれど、ここは江戸前スタイルである。銀座とか、銀座とか、銀座にあってもおかしくないレベルであると思う。それが、神戸にあるのである。しかも三宮ではなく、東灘にあるのである。この感覚、東京で言うと、中目黒あたりにある感覚だろうか。
生粋。何と言ってもネーミングがいい。秀逸である。これを鮨屋の名前にするというのは、よっぽど腕に自信と覚悟がないとなかなかつけられないであろう。神戸には「守破離」という居酒屋もあるらしいが、こちらにはまだ行ったことはない。守破離とはこれまた大胆な名前をつけたものである。だがどうやら守破離から想起されるようなイメージではないらしい。むしろ名前は凄いけど、という文脈で私のまわりでは語られている。さほどに、店のネーミングというもの難しい。そこへいくと、生粋は名前負けしていないし、なかなか唸るネーミングである。実際、唸るにふさわしい内容であると思う。
神戸の鮨で江戸前のスタイルを取るというのは、二つアドバンテージがあると思う。瀬戸内海育ちで、今も神戸に住んでいると、あたりまえのように瀬戸内海の魚を食べる。だが、長じて行動半径が広がりいろんな土地で鮨を食べるようになると、目の前の海で穫れる魚がいかにクオリティが高くおいしいかということに気づかされる。明石や鳴門の鯛や蛸、穴子。家島の鯵や鯖。由良の赤雲丹。沼島の鱧。枚挙にいとまがないが、こうした播磨灘の精粋の扱いに慣れているというのはこの土地ならではの利点であろう。冬はここにふぐやズワイガニなども含まれる。そのネタを江戸前のスタイルで供するのである。これはもう今の鮨のスタイルとしては全国的なトレンドであろう。実際、赤酢の利いたシャリに慣れてしまうと、関西の甘めのシャリでは物足りなくなってくる。瀬戸内海ネタメインで握る江戸前鮨。この意味において、この店のアドバンテージは揺るがない。
本日の抜粋ネタ。まずはもずく。これから出て来るツマミを堪能させるため、口中をリフレッシュさせるという効果がある。あこうと真子鰈の昆布締め。申し分のないイカり具合である。噛むとじんわりと旨みがある。舞鶴の岩牡蠣。つるりと納まり、噛むとミネラルたっぷりの柔らかな滋味が広がる。金目鯛の蒸し物。このネタはこのへんのではないだろうが、料理としての完成度が高い。鮎の一夜干し。こういう発想があったのかと驚く。苦みと旨みがバランスよく主張する味。蒸しアワビには肝ソースをかけて。これには続きがあって、アワビをいただいた後のソースの上に、な、なんとシャリを置いてくれる。肝ソースを最後の最後まできれいに拭い堪能し尽くす工夫である。こういうアイデアにも唸る。ううむ。岩のりとじゅんさい。これで再び口中を爽やかにして、たこ、貝柱、しゃこを。たことしゃこは、もちろん瀬戸内海産。こういうネタを食べ慣れていると、どこへ行っても苦労する(苦笑)。そして、みょうがの海苔巻きで小休止。いよいよ握りである。キスの昆布締め。キスも子供のときよくいただいたおなじみの魚である。昆布締めにすると旨みが増幅される。剣先イカ。マグロのづけ。中トロ。大トロ。このマグロ三連発は、江戸前スタイルである。コハダ。煮あさり。このネタの連打も完全江戸前スタイルであるのだが、逆にそれが神戸ではかえって新鮮に感じる。そして、真打ち、由良の赤ウニ。相当な雲丹好きであるが、由良の赤雲丹に出会っててからというもの、この小粒でたっぷりの旨みを備えた雲丹には参りっぱなしである。で、北海道の紫ウニ。両者の違いは歴然であり、これを食べ比べるという趣向である。
東京ではいつも江戸前を食べているし、地方に行けばたいてい一度は鮨にチャレンジする。それでも、やはり地元にこういう店があるのは、なんと心強く有難いことだろう。人気店なので直前の予約はすっかり取りにくくなってしまったが、それでも時間があるときは訪れたい店である。