千夜千食

第113夜   2014年7月吉日

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恵比寿「ラ・ベイエ」

いつ来ても安定した美味しさがある。
こんな店を各ジャンルで一、二軒持っておくことが
人生を豊かにしてくれるのには欠かせない。

 5月に続いて今年二回目(第78夜参照)の訪問である。カウンタースタイルの店の楽しみのひとつに、椅子に座ってふうっと一息ついて、「さてと」と、黒板メニューを眺める時間がある。それは、まるで歌舞伎の演目と配役を確認し、うん、この段は気合を入れて観なければと、姿勢を正すのとよく似ている。書かれたメニューからその皿の内容をいろいろ想像したり、どの皿とどの皿を組み合わせようかとあれこれ思案する時間の楽しさよ。シェフにおすすめを聞くのもいい。どんなふうに料理するのか具体的に教えてもらうのもいい。組み合わせるメニューを言ってみて相談するのもいい。いずれにしてもこの作業、その日の食事を盛り上げるためのプレリュード。外せないのである。

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 前回堪能したアジのマリネを黒板に発見した。前は千葉のアジだったけど、今回は静岡のである。玉ねぎや人参が入っているのは変わりがないが、アジは少し小さめ。シメ具合もキツめ。で、なんとペルノソースで和えられている。ペルノとはアニス系リキュール。水を加えると白濁するヤツで、独特の香りがある。フランスのパスティスとかギリシャのウーゾとか、すべて同じ系統のものである。これをソースにするとなかなかイケる。何より、シメたアジに不思議にマッチするのである。さすが風見シェフ。メニューに変化球を隠し持っている。

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 スープは冷たいコーン。ていねいに裏ごしして作った一品。本当にトウモロコシって美味しい、としみじみする旨さである。春巻きの中に入っているのは稚鮎である。パリパリの皮の中に初々しい苦味が隠れてい、タルタルソースのほのかな甘味がそれをやさしく包む。うーん。いいね、これ。日本の食材を使い、日本人シェフが作るのだから、美味しくないわけがない。完全なるジャパニーズ・フレンチ。最後は、イカ墨のリゾットアスパラ添え。(ま、パスタとかリゾットがあるなら、フレンチじゃなくってイタリアンじゃないかという疑問は置いといて)このスクエアな皿がまた心憎い。イカ墨の黒と、皿の白、アスパラガスのグリーン、ベーコンの赤。自然の素材だけが表現できる豊穣の色が皿の中にあふれている。イカ墨の微妙な塩気が半生の米の食感にまとわりついて、そのまったり具合をときおりアスパラガスでシャキッと正気に戻す。そんな感じのひと皿だ。

 あ〜今日も美味しかった。今日もデザートはお預けである。