千夜千食

第120夜   2014年8月吉日

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オーベルジュ内子

和ろうそくの柔らかな灯りのなかでいただく
ヌーベル内子キュイジーヌ。
土地の恵みがフレンチスタイルで活かされる。

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 オーベルジュ内子は、内子の町並みを見下ろせる丘の上に建っている。入り口は素っ気ないくらいのさりげなさで、そこがとてもいい。エントランスへと続く小道には、季節の草花が生い茂っている。ロビーは、木の香りが漂う、あたたかさに満ちた空間になっている。客室はわずか5室。全室離れで、部屋は広々としたスイートである。地元の和紙を障子やライトにあしらい、内子の伝統建築を模した「透き」をデザインしている。テレビも時計も、部屋にはない。リビングルームに面したテラスには夏の光が降り注ぎ、青々とした桜が濃い影を落とす。

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 オーベルジュというスタイルは日本でもすっかり定着したが、やはり魅力はその土地の食材を使った料理に尽きる。夕食はこちらで、とチェックインのとき案内されたダイニングルームは木とガラスをうまく組み合わせた開放感のある空間である。ひとふろ浴び、部屋でくつろいでいるうちに、夕食の時間になった。ダイニングルームの照明は落とされ、テーブルには和ろうそくが灯され、幻想的な雰囲気である。そう、ここ内子は木蝋で財をなした町なのである。和ろうそくはその木蝋からつくられる。インテリアの雰囲気づくりに、土地の名産品が貢献するなんて、しかもそれが和ろうそくだなんてなんと素敵なのだろう。灯りもどこか誇らしげに揺らいでいる。

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 内子産のワインがあるというので、まずはそれで乾杯する。内子夢ワイン。ピオーネやベリーA、ロザリオ、やまぶどうなどから、赤白ロゼを作っており、世界でいちばん小さなワイナリーなのだそうだ。軽く、爽やかなぶどうの香りがする。料理1品目は、内子豚で作った生ハム。パイナップルのサワークリームにいちじくが添えられている。山の湧き水を飲んで育つという内子豚は、柔らかな肉質で、しっとりした食感。花オクラのお皿には、宇和島御荘で穫れた岩牡蠣。赤ワインとエシャロットのソースがかけられている。こっくり豊かな味わいの牡蠣である。スープは夏らしくコンソメジュレ。中には隣町の五十崎の工房で作られているリコッタチーズ、フォワグラ、オクラが入っている。そして隣の市である大洲の肱川という鵜飼で有名な川の天然うなぎ。天然のうなぎなど、そうそう食べる機会はない。力強い歯ごたえと、滋味豊かな味わいに唸る。続いては媛っ子地鶏のソテー。これも愛媛県産のブランドである。伊予路軍鶏の血を引いているだけあって、ぷりぷりした歯ごたえが心地よい。口直しのシャーベットはこちらの特産品であるジャバラ(柑橘系の一種で、花粉症などの抑制に効果があるとして注目されている。独特の甘酸っぱさがおいしい)。メインは伊予牛ロースのソテー。言うまでもなく、旨い。しっかりした肉の味がする。デザートは茄子のコンポートである。茄子を赤ワインとシロップで煮ているのであるが、これもたいへんに美味であった。

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 契約農家から届くとれたての有機野菜。内子夢ワイン。内子豚。宇和島の岩牡蠣。五十崎のリコッタチーズ。肱川のうなぎ。媛っ子地鶏。伊予牛。ジャバラ。どれも内子に足を運ばなければ食べられない地元のものばかりである。志の高い生産者たちが、自然のままの栽培方法に真摯に取り組んで、そこで作られたきちんとしたものを地元のオーベルジュが料理という完成形にして出す。理にかなった素晴らしい循環である。こうした取り組みは今さまざまな地方で行われているけれど、ここ内子にはそのきわめて洗練されたひとつのスタイルがあると思う。地方の豊かさは、地方の底力でもある。内子の「身土不二」、それを味わいにまた訪れたい場所である。