千夜千食

第122夜   2014年8月吉日

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伊予灘ものがたり

レトロモダンなプチ鉄道の旅。
あえて、ゆっくり景色と風情を楽しむのがいい。
そしてシートに座ったままで酒が飲める・・・♪

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 九州のクルーズトレイン「ななつ星」が話題になっている。豪華鉄道の旅といえば、オリエント急行を思い浮かべる世代であるが、日本では「カシオペア」以降久々の豪華鉄道である。しかもその豪華の度合が半端ではないところが、たまらなく旅情と憧れをかきたてる存在になっている。が、ゴージャスすぎるゆえ、「ななつ星」に乗るのは狭き門である(いつかは乗ってみたいとは思うけど)。

 ところが、今回内子行きを計画しJRの時刻を調べていたら、四国にも「伊予灘ものがたり」という鉄道が走っていたのである。区間は松山・八幡浜間。お値段も1,930円とリーズナブル。これなら、内子から大洲に移動して観光した後に、松山まで乗れるではないか。車両は2号のみで、全席グリーンシートである。路線は4つあって、それぞれ時間は決まっている。松山に夕方につく道後編というのを購入した。他の路線は昼頃の運行なので、予約しておけば土地の有名レストランの豪華弁当が食べられるらしいのだが、残念ながら道後編は時間が遅いので弁当はなし。だけど、まあ何かあるだろう。

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 大洲のホームで待っていると、定刻通り黄金色の車体が滑りこんできた。2号車である。「伊予灘ものがたり」の列車は二両編成。1号車は伊予灘のクライマックスである夕日をイメージした茜色、2号車は太陽と愛媛の柑橘類の輝きを表す黄金色。その2号車に意気揚々と乗り込んだ。車内は海を向いた展望シートと、食事ができるボックスシート、一段高くなった2名用の対面シートである。母と妹は向かい合わせの対面シートに、私は在来線と間違えて大洲から乗ってしまったおじいちゃんと一緒である。そりゃあ列車が来たら、知らずに乗ってしまう人もいるだろう。こういう人にも車掌さんがやさしく接しているのが、微笑ましい。1号車との間にはバースタイルのカウンターがあり、ここでちょっとしたオードブルやアルコールも注文できるのである(しかもアテンダントがテーブルまで持ってきてくれる)。時刻は5時に差しかかろうかというトワイライトタイム。適度なアルコールは、ロマンティックな夕日を眺めるのに不可欠であろう。

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 まずは日本酒「梅錦」が作っているビールに、内子豚のハムや燻製卵、チーズのオードブルを注文。ビールのボトルには、列車がデザインされているし、ビールグラスにもロゴが入っている。新幹線の食堂車(帝国ホテル派だった・・・ビーフシチューがお気に入りであった・・)が大好きだった身としては、ちゃんと列車の中でアルコールやおつまみが供されるのはたまらないのだ(自分で買って持ち込むんじゃなくてね)。車窓の風景を眺めながら、ゆっくりと味わう。メニューにはスイーツもあって、母たちはそれを注文していたが、私は魚肉ソーセージというのも発見してしまった。なにしろ、このあたりは「じゃこ天」の本場である。魚肉ソーセージも旨いに決まっている。で、梅錦と魚肉ソーセージというなかなかファンキーな取り合わせも注文した。列車に揺られながらいただく日本酒と酒の肴は最高である。目の前には伊予灘のおだやかな海景がある。心地よくならないわけがない。

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 「伊予灘ものがたり」は途中何箇所かで、走る速度を落とし風景をゆっくり見せてくれたり、駅に一時停止したりする。アテンダントと呼ばれる乗務員による沿線紹介のアナウンスもある。さらには、途中の駅で駅員さんやご近所の人たちが手を振ってくれるというサプライズもある。それに勇気をもらい、今度は車窓から沿線にいる人たちに手を振ると、田んぼで作業している人や車に乗っている人が手を振り返してくれる。走る列車に向かって手を振る、振り返すというそれだけの行為が、なぜこうも胸を熱くするのだろう。昔は鉄道に手を振る光景はよく見られたものである。だけど、見知らぬ者同士が触れ合うこと自体がどんどん少なくなっている。電車に乗っていても隣に座っているのは赤の他人。挨拶もしないし、口も聞かない。そのほうが安全だし、厄介事も起こらない。そんな時代だからこそ、見知らぬ者同士のいっときの交歓が、こちらの琴線にぐーっと触れ、なんだか涙ぐみそうになるのである。

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 わずか1時間半あまりであったが、見知らぬ人と触れ合う旅情というものを感じさせてくれる旅だった。おまけに酒が飲める。ちょっとしたおつまみやスイーツも食べられる。おだやかな伊予灘の風景も堪能できる。移動することそのものを楽しむ鉄道の旅。ときには急がずに、ゆっくりのんびり行こう。それも旅の醍醐味である。