大阪中崎町「入道」
新年早々のプチ同窓会を大阪でやることになった。
新春にふさわしい店で、おいしくて、肩がこらないところ。
大阪にはあるんだよね、そんなときにうってつけの店が。
この店、昔は堂山の交差点をすぐ入ったところにあった。最初に連れて行ってもらったのは、もう30年ほど前になる。おいしい魚を中心に食べさせる高級サラリーマン御用達の店という雰囲気に満ちており、店内はグレー一色。圧倒的にスーツを着た男性客中心の店であった。ふぐをカジュアルに食べさせることでも定評があった。東京の友人を連れて行くと、みんな感動してくれた。ふぐの皮を白子で和えたものなど、当時の東京ではよほどの高級店でしか出なかっただろう。まだ、そんなに出回っていない頃に水ナスの美味しさに目覚めたのもこの店である。最初は背伸びして行っていた店も年を重ねるにつれ、だんだん自分の「分」というものに近くなり、やがて肩のこらない旨い店としてリストに入れられるまでになっていた。
ところがある日忽然と店が消え、移転したという情報を耳にした。今の場所に移り、リニューアルしたのである。お魚(おとと)三昧というキャッチも店名の前についた。10年ほど前のことである。新しい店は、中崎町の路地の奥にあって、入り口だけ見ると隠れ家のような佇まい。ところが、ガラリと引き戸を開けると、中は広々としたオープンキッチンのまわりをカウンターが取り囲み、テーブル席もゆったりしている。和食というよりは、フレンチレストランのようなモダンな空間である。
料理は基本、変わっていない。その日の一品一品を、大将が個性的な達筆の筆文字で書いているところも昔と一緒である。だけど、料理のダンドリや大将の包丁さばきをカウンターから見られるようになり、料理を待つ間ワクワクさせてくれる。移転してからも、そう頻繁ではないが、時折思い出し伺っている。昔から日本酒の品揃えも充実しており、ブレイクするずっと前から獺祭の発泡したものとか普通に置いていた。しかし、これはまもなく消えた。(理由を女将さんに聞いてみると、発泡しているので誰もいない深夜に勝手に栓がポンポン抜けるのだそうである。たしかに、それはちょっとまずい。だけどその様子を想像したら、なかなか愉快な光景ではある。)
年明けてすぐ、アメリカから友人が帰省しているというので、四人ほどで集まり食事することになった。場所をまかせられ、思いついたのはここである。
コースを頼むと、大将手書きの絵献立が手渡される。これを眺めるだけでも、期待値が上がる趣向である。日本酒を注文すると、黒豆と苺を白酢で和えた一品がまずやってくる。この洒落た一品の写真を取り忘れたのが残念であるが、黒豆と苺という取り合わせで軽いジャブをくらったという感じになる。お椀は、ふぐのあら汁。ふぐのヒレをあぶったものも入っているし、隠し味にはベーコンまで入った個性的な一品。ふぐの香ばしさはちゃんと活きている。普通はふぐにベーコンとは思いつかない組み合わせだろう。このセンスが、大将ならではのクリエイティビティなのである。これがまた、日本酒と相性がよい。
お造りは、ふぐのぶつ切りと冬の七草を混ぜたもの。本日は七草なのである。関西の和食はこういうところは絶対外さない。本日はそれにマグロ、イカ、平目。縁側のコリコリ具合がたまらない。続いて、パリっと炙った海苔の上に、帆立のつけ焼き、さらに雲丹を乗せた一品。海苔でくるりと巻いて、磯辺焼きのように食べる一品。アメリカに住んでいる友人もこういうのは大喜びである。備前の大皿に乗っているのは、皮をパリパリに焼いた鯖。一見普通の焼き鯖のようであるが、これがめっぽう旨い。脂がのった鯖の生命力が漲る素晴らしい一品である。大根でくるりと巻いた中身はもろみ。これがまた鯖と合うのである。次の一品は、冬の根菜白味噌煮。堀川ごぼう、丸大根、えび芋、こんにゃく、人参、玻璃草それぞれが、しっかりと存在を主張している。まだ正月開けであるから、これは関西風の白味噌雑煮を彷彿とさせる。そして、おしながきにお楽しみ?と書いてあった一品は、えび芋と先ほどの鯖のフライである。細かなパン粉でカラッと揚げられた鯖に、レモンをきゅっと絞っていただく。うーん、これも実に素晴らしい。
シメは牡蠣雑炊であるが、このぷりぷりの牡蠣をごろうじろ。なんとも立派な一品ではないか。雑炊と名はついているが、ごはんはほとんど見えず、牡蠣のスープのようである。いやあ、贅沢な一品。大満足の新春コースであった。デザートは、バナナのアイスと金柑。この特製バナナアイスがまたまったりとしていて馬鹿馬なのである。
久しぶりの入道。大阪の割烹料理はやっぱりええわ。旨いのに、どこか庶民的。それなりのしつらえなのに、緊張しない。かしこまらないし、気取ってないし、ゆったりくつろげる空気感。こういう店は大事にしないといけない。