南森町「宮本」
ここはいずれ関西の和食をリードする店になるであろう。
松の内はとっくにもう終わってはいるが、
正月に来るのは初めてである。楽しみにやって来た。
「宮本」に関しては全月制覇を目論んでいるので、畢竟この店の登場回数は多くなるだろう。すでに5回目(第2夜、第67夜、第111夜、四回會)である。今回は正月編。といっても、もう松の内は終わっているのだが、そこはやはり日本の季節にとってひとつの節目になる大事な月である。メニューはそれなりに正月の気分に満ちているに違いない。期待感を携え店に向かった。
こちらの外観であるが、マンションの一階とは思えないしつらえで、玄関には信楽(たぶん)の大壺にいつも季節の花が投げ込まれている。今月は、南天に松があしらわれ、これは門松を意識してのことだろう。玄関に入る前からその季節のメッセージが感じられるのは、やはり和食の醍醐味である。
ところで門松をたてない暮らしになって久しいが、今の小学生に聞いたらどれくらい知っているのだろう。宮本のすぐ南側には堀川小学校がある。ここは天神橋商店街という商業地のど真ん中にあるので、父兄の多くは商売に携わっている人も多いであろうから、こういう習慣は親が教えているだろうか。いや、もう門そのものがある家も少なくなっているし、この辺はマンションも多いから、きっと知らない児童の方が多いだろうなと想像する。天満宮も近いし、天神祭のときは神輿も練り歩く土地柄である。教師にとっては日本の文化を教える絶好の地であると思うけど、実際はどの程度教えているんだろう。私がもし教師なら、学校のすぐ北側のお店の玄関に飾っている花を毎月観察してごらんくらいは言うだろう。こういう素晴らしい文化をスルーしてしまうのはあまりにもったいないと思う。
さて、正月の宮本である。こちらでいつも楽しみにしているのが秋田の銘酒新政のナンバー6であるが、今回はお正月バージョンがあった。元旦搾り2015。純米の搾りたて生酒である。絵馬もついている。年の瀬から新年にかけて搾った生を元日に出荷するというめでたい酒である。こいつあ、春から縁起がいいわえ〜清冽な生の味わいである。まことに、まっこと、めでたい。
先付けは甘鯛の昆布締め。鶴の羽をかたどったこのめでたい皿はどうだ。赤い漆の盃と緑の釉が映えて何とも正月らしい風情に満ち満ちている。昆布締めももともとは正月の料理であろう。いい具合に熟成した甘鯛を生酒で味わう正月絶佳。よい心持ちである。次の一品は、このわたの飯蒸しである。ううむ、このわたとおこわ。相性が素晴らしい。そして真打ちのお椀は、こちらもめでたい扇が描かれたお椀で供される。蓋をあけると、白子のしんじょと筍、そしてどん、とどんこしいたけ。馥郁とした香りを堪能しながら、また一献。なんと美しい色合いであろう。造りは、淡路のハリイカと熊本の平目である。どこまでもねっとりしたイカとこりりと歯切れのよい平目の食感の対比。至福であるなあ。
扇面のうつわに重ねられているのは島根からはるばるやってきたもろこである。もちろん子を持っている。文句なしに旨い。この酢の加減がまたよい。酒も進む。お楽しみ八寸は、手前から姫クワイ、カラスミ、湯葉味噌漬け、田作り、黒豆、才巻海老、黒鮑の蒸したの、千社唐、イクラと蛤のみぞれ和えである。今年はちゃんとおせちをいただいていないので、たいへんに嬉しい。ひとつひとつ丁寧につくられてものが少しずつ寄せられた八寸、目にも絢で気分も華やぐ。この吹き寄せのようなアソートの方法は日本の文化そのものであるといつも感心する。
さて、まわりは黒漆、中央は溜塗にリズミカルなラインを入れたこの素晴らしいうつわ。はて、何が乗っていたのか。すっかり失念してしまっている。写真を撮り忘れるほど美味しいものだったに違いない・・・チェンジした日本酒は山形天童の山形正宗。この辛口具合はたまらない。手前の見込みに鐵と描かれたぐいのみは、私のお気に入り作家さんの作品。いろいろ浮気をしても何杯目かの日本酒のときには、結局これを手にとってしまう。古染付のうつわには、海老と湯葉、ほうれん草の炊合せ。お出汁はもちろんずずいと飲み干す。渋い唐津らしきうつわに入っているのは、富山の白海老とラディッシュ。ううむ。絶妙な味わいである。そして、阿蘇の赤牛のごはん。これも、迂闊にも取り忘れてしまった・・・デザートは苺とポンカンのゼリー。ブルーのガラス器が涼しげである。そして女将お手製のわらび餅とお薄をいただいて、正月のご馳走は終わった。
改めてもう一度、床を拝見する。お軸は「松風四山より来る」である。本日の心づくしをすべてありがたくいただいて、心のなかで深々とアタマを下げる。いつも丁寧な素晴らしい仕事をありがとう、宮本さん。