千夜千食

第186夜   2015年2月吉日

  • icon_14px
  • icon_14px
  • icon_14px
  • icon_14px

京都「佳久」

エバレットさんから、秘密会合のお誘い。
場所は京都・烏丸御池あたり。
平日の夜だったけど、頑張って駆けつけた。

 写真家エバレット・ブラウンさんとは、松岡正剛師匠のイベントの喫煙所で仲良くなった(第40夜)。今でこそ禁煙しているが、当時はちょくちょく吸っていたようである(笑)。以来、未詳倶楽部でご一緒したり、ブラウンズフィールドに遊びに行ったり、写真展にでかけたりのおつきあいが続いている。

th_写真th_写真[2]

 エバレットさんの日本を視る目にはつねづね感服しているが、もっと魂を揺さぶられるのは彼の写真とその手法である。写真ではなく、正確には湿版光画という。この手法、1850年頃から普及し、乾板写真が発明される1870年頃まで使われていたそうである。エバレットさんも1860年代のカメラとレンズを使い、湿版ネガを用いている。木製の三脚にカメラをセットし、それを担いでどこへでも行く。ガラスに液体状のジェルを敷き、撮影現場で簡易テントのようなラボを組み立て、ガラスのネガを作る。露光に時間がかかるので、大抵の場合被写体は15秒から30秒くらいのあいだ動けないのだそうだ。大変な作業である。その気の遠くなるような手間と引き換えに、湿版光画には私たちが忘れ去っていた時間と空間が写りこむ。深い皺が刻まれた職人の手には、積み重ねてきた時間だけがつくる技の気配のようなものが影向しているし、祭りの中心でこちらを見据えている少年の眦には、まっすぐな矜持とでもいうべきものがみなぎっている。だから、光画に圧倒され、魂が揺さぶられるのである。

 そのエバレットさんから、京都で日本文化に関わる人達と食事するからご一緒しましょうと誘っていただいた。これは、是が非でも行かねばならぬ。ま、大阪北区から京都へは、1時間もあれば行けるのである。早速、指定された店へと出向いた。

th_IMG_3479th_IMG_3481

 烏丸御池。京都市役所の裏手あたりである。目指す店は、いかにもらしい風情でひっそりと佇んでいる。こういう店は教えてもらわなければ、なかなか探せない。のれんをくぐって、引き戸をガラリ。案内されたのは、カウンターの向こうの和室。すでに鍋の準備も整っている。ほどなく、エバレットさんとそのお友達が来られた。久々にお会いする。相変わらず精力的にいろんな活動をされているようだが、今夜の趣旨は日本文化を愛するものどうしの縁をつないでいただくということだろうか。

th_IMG_3483th_IMG_3484th_IMG_3485th_IMG_3486

 私はまずは熱燗をいただく。うっかり細かな食材を取材し忘れてしまったが、それは会話に夢中になっているせい。話は日本の染色に始まって、江戸の祭りにまで飛んでいく。お友達のNさんは、染色の専門家で紋様や意匠などにとてもお詳しい。話が弾んでいる間に、テーブルには小さな七輪が置かれ、なんと鱧を焼いている。鱧って夏の魚じゃないの、と思われる方も多いだろうけど、本来の旬は晩秋である。夏よりも脂が乗っていると好む人も多いという。酒が進んでしかたがない。

th_IMG_3487th_IMG_3488th_IMG_3489th_IMG_3491

 本日のメインは鴨鍋である。こちらの鴨は正真正銘長浜からやって来る。関東の人にはピンとこないかもしれないが、長浜というのは琵琶湖の湖北にある市で、鴨は湖北の冬の味覚として夙に知られている。むろん合鴨ではなく、シベリアから飛来する真鴨であり、天然鴨の猟が解禁になる11月から3月までの限定付きのお楽しみなのである。鴨鍋の旨さを決めるのは、たたき(つみれ)の出来で、鴨の骨ごと包丁で叩き、ミンチ状にしたものをまず鍋に投入する。このたたきからにじみ出る旨みこそが、鴨鍋の真髄である。ひとしきり鍋をいただいた後は、鴨ロースをしゃぶしゃぶにする。このズラリと並んだ美しい色のロースが一人前である。赤ワインが大好きなエバレットさんにおつきあいして、私も鴨ロースは赤ワインでいただく。天然の力をいただくと、身体に野性的な気がみなぎっていくのがわかる。

th_IMG_3493

 鴨鍋をたらふくいただいた後は、いよいよシメである。雑炊か、と思っていると、こちらのお店では鍋の出汁を使って汁そばをつくってくれる。しまった!最初からわかっていれば、鴨ロースを二切れくらいとネギを残しておいて、鴨南蛮にできたのに!後の祭りであるが、鴨のエキスをじんわり含んだ出汁とそばだけで、じゅうぶん美味しい一品であった。当然、汁は最後までずずいと飲み干す。

 食事が美味しいと、盛り上がった話も忘れ、ついつい飲みと食に走ってしまうのは、いたしかたないし、いつものことである。今宵もそんな素晴らしく美しい夜であった。エバレットさん、今度はぜひ東京で。いや、思いっきり辺境で、というのもいいかもね。