2016-02

京都祗園「千ひろ」

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 3月の京都。南座の花形歌舞伎を観にやってきた。梅もほころび、桃もその可憐な色とかたちを見せてくれる時期である。桜にはまだ少し早いせいか、観光客もさほど気にならない。

 正月の浅草花形歌舞伎に続いて、若手が古典歌舞伎にチャレンジする。座長尾上松也を筆頭に、坂東巳之助、中村歌昇、中村種之助、中村隼人、尾上右近、中村米吉と若手花形がずらりと勢揃い。夜の部の目玉はなんといっても弁天娘女男白波。その弁天小僧を松也が演じる。

 この演目、当代随一の役者は何と言っても尾上菊五郎である。胸のすくような啖呵と鯔背な所作。だいぶ前に観た市川段四郎とのコンビが私の中では最上である。その菊五郎の当たり役を菊五郎劇団の一員である松也が演じるのである。大抜擢である。舞台は若さゆえの未熟さや拙さを吹き飛ばすほどの真摯さを感じるもので、やはり大先輩方をの演技を小さな頃から傍で観てきた人たちは若手とはいえ、その芸をしっかりと継承しているなと感じ入る出来栄えだった。惜しむらくは、声。喉をつぶしていたそうで、それだけが残念であった。巳之助の南郷力丸もなかなか良く、10年後、20年後のこのコンビをまた観たいと思った。

 すっかり良い気分で終演後は祗園のいつもの店へ。夜の部はスタートが三時半で、二幕だけだったので、終演後ゆったりと食事もできるというのがいい。(だいたい歌舞伎は長すぎる。終演後に食事というと、まともなものにはありつけない)

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 まずは、アスパラガスの黄身酢がけ。黄身酢、大好きである。黄身というだけあって、たっぷりと卵が入っている。アスパラのイキイキとしたグリーンに、黄身酢の鮮やかイエロー、付け合せのにんじんレッド。この美しい色を皿の藍と白が引き立てるという趣向である。菱型のうつわだからこそ、この色とバランスが映える。丸皿でも角皿でもこうはいかないだろう。すべては、計算の上に成り立っている。

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 続いては白バイ貝。この立派な姿を見てください。軽く塩を振られたその味は、もう小気味良いくらいにコリコリである。ぬる燗にしてもらった菊姫と最高の相性である。春は貝の季節やもんなあと心の中で目を細めながら、ゆったりと味わう。そして毎回楽しみなのがこの一品。いちばん上はかずのこの粕漬け、時計回りに鯛の肝のゼリー寄せ、ホタルイカをたたいたの、自家製カラスミ、鯛の白味噌漬を炙ったもの。まさしく酒の肴のアソートなんである。漆の大きなお盆に、こだわりの小皿と凝った肴。ほんとうの酒飲みなら、これだけで一升はいけるくらいの(笑)大盤振る舞いである。本日の造りは鯛、トロ、イカに雲丹をまぶした三種。トロの下には、山芋をすり下ろしたのが隠れてい、これをトロにからめながら、岩海苔を乗せて食べるのが楽しいのである。手前の塩昆布は細く刻んであり、鯛はこれでいただくのも乙なんである。

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 お椀のふたをあけると、そこは金の梅林。これは鶯宿梅(おうしゅくばい)と言う。村上天皇の時代、清涼殿の梅が枯れたので紀貫之の娘の家の梅を移し植えたら、その梅の枝に「勅なれば いともかしこし うぐひすの 宿はと問はば いかが答へむ」という歌が結んであり、これに深く感じ入った村上天皇が梅の木を返したという故事にちなんでいる。なんとも風雅な話であるし、きっぱり拒否するのではなく、鶯の宿が変わってしまうことに託して相手に考えさせるという意味では、実にあっぱれな日本ならではの方法である。ゆかしい文の力。ペンは剣よりも強し。この見事な鶯宿梅の蒔絵を施したお椀の中には、蟹しんじょとよもぎ麩、わらび。お椀のなかに早春が満ちている。

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 そして。本日の度肝を抜かれた一品。このわたのお鮨。そう、全面このわた。ええ、雲丹を乗せたお鮨というのは時折ありますよ。それすらかなりの贅沢だというのに、このわただなんて、ああた、もう身悶えするほどぶっ飛んでおりまする。しかも、この量。ほんとうの酒飲みなら、これだけで一升はいけるくらいの(笑)大盤振る舞いである。今度は白甘鯛の酒焼きである。京でぐじと呼ばれる甘鯛のなかでも、最上がこの白甘鯛である。滅多に穫れないと聞くが、そこはさすが祇園の名店である。ちゃんとルートがあるのだろうなと頷きながら、淡白な中に濃厚な脂が乗った旬の味を噛み締める。馬鹿馬である。さっきから美味かつ珍味のオンパレードなので、ここいらでちょいと小休止。レッドグローブに湯葉のすり流しをかけたひと皿。レッドグローブとは皮ごと食べられるブドウ。爽やかな酸味と甘みを、湯葉の滋味がまろやかに包み込む。こういう和洋折衷のスタイルも、この店の特徴だ。ご主人の編集力は並大抵ではない。かき揚げは、山菜と小海老。レモンをきゅっと絞って、さくさくいただく。

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 そして、そして。最後にまたすごいのが出た。蟹の身をていねいにほぐし、かにみそをかけた一品。蟹は間人蟹である。解禁シーズンはとうに終わってはいるが、さすがにたいへん美味ではあった。〆に豆ごはんとお味噌汁をいただいて、早春のコースをたっぷり堪能した。

 花形歌舞伎と早春の懐石。片や真摯でみずみずしく、片や手だれで洗練されている。経験の差はあるにしても、真剣にやっているものだけが人を深く感動させるのだとしみじみ思いなした夜だった。

2016-02-24 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

大阪天満宮「彩肴鮮々」

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 丹ちゃんが、食事に誘ってくれた。うれしいなあ。

 丹ちゃんは、元同僚で今はデザイン会社をやっている。
 丹ちゃんは、こいつはできると思った数少ないデザイナーである。
 丹ちゃんは、クライアントをはじめとする女性陣にかなり人気がある。
 丹ちゃんは、寡黙であるけれどその大きな目ですべてを語る。

 そんな丹ちゃんが、たまには飲みに行きましょうと誘ってくれたのである。場所も僕の行きつけの店でどうですかと言うではないか。10年ほど前、久しぶりに一緒に仕事をして、その夜東京で飲みに行った。そこで、私にすすめられるまま飲んだ日本酒に開眼したのである。以来、けっこうな日本酒党になっているらしい。

 さて、当日。丹ちゃんから電話がかかってきて、わかりにくいから、一号線渡ったところで待ってますという。その場所に向かっていると、赤信号の向こうに、通行人の邪魔にならぬよう控えめに丹ちゃんが佇んでいるのが見えた。いやん、なんだか、不倫の関係みたい。会社の近くで待ち合わせるなんてドキドキするわん・・・てなことを妄想しながら、丹ちゃんに店まで連れてってもらう。

 彩肴鮮々。あら、鯛やヒラメの舞い踊る感じ。いかにも美味しそうだわ。彩肴と書いてさいじと読む。彩りたっぷりの肴ってことかな。その後の鮮々というのがよいではないか。秀逸なネーミングである。丹ちゃん、ここシブいやん。

 そしてメニューを見た瞬間に改めて確信する。刺身だけでも凄いのだ。五島の九絵。富山のホタルイカ、徳島の黒鮑、知多のたいらぎ、坂越のセルガキ、尾鷲の鯖きずし・・・。どうです、このラインナップ。煮魚、焼き魚の部には、九絵はもちろんであるが、淡路のオコゼ、兵庫の黒メバル・・・。大好物だらけである。しかも、日本酒は黒龍がある。超・好みの店である。丹ちゃん、ここまじええやん。

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 まずは九絵を注文する。どうです、この端正かつ優美な姿。薄造りに、芽ネギをくるりんと巻いてポン酢で食べる。うん、たまらんな。フグ、九絵、アラの御三家の中でも、九絵はめったに食べられない(アラも去年の冬、博多で初めて食したが・・・)。そんなに海の中にうじゃうじゃいる魚でもなさそうだし、獲れても高級店や専門店にまず行くのだろうな。(10年ほど前、九絵専門店に連れてってもらったとき、その美味しさに感動したけれど、そうしょっちゅう出会える魚ではない)黒龍の吟醸垂れ口と合わせる。垂れ口とは、搾った酒がちょろちょろと垂れるその口のことである。たいらぎも追加で頼む。いい感じのコリコリ具合。貝柱はダンゼンたいらぎが好きである。正式には平貝(タイラガイ)というらしいが、関西ではたいらぎと呼ぶ。帆立よりずっと旨い。

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 黒龍の後は、上喜元の純米吟醸。まっこと、上機嫌になるわ。この旨そうなのは、焼きたけのこである。醤油をつけ焦がさず上手に焼いている。ほくほくかつ、シャキシャキだ。醤油の香ばしさといったらどうだろう。この間、丹ちゃんとは「美味しい」くらいしか会話を交わしていないのだが、そこは古いつきあい、多くを語らずともちゃんと意思は通じている。そのうえ、今日は僕がおごりますから、などとうれしいことを言ってくれるではないか。

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 よおし、じゃんじゃん注文しようっと。と、メニューを見ていると、フグ白子入りの茶碗蒸しを発見してしまう。白子は白子でもフグを使うというのが贅沢であるな。丹ちゃん、これ頼んでいいと聞けば、目でうんと言う。ついでに、オコゼの唐揚げと季節の魚とタラの芽の天ぷらもオーダーする。オコゼって、やっぱり唐揚げよね。骨まで全部バリバリと平らげる。日本酒は、純米大吟醸の三十六人衆。山形の華やかな酒である。天ぷらは、刺身でもいけそうなホタルイカを惜しげもなく使っており、店主の心意気に感動する。どの品も間違いのない美味しさで、文字通り彩魚鮮々であった。

 丹ちゃんは、わりとここで飲むことが多いのだそうだ。いい店である。大人になったな。

 この後、仕事仲間と別の店で合流したのだが、あいかわらず丹ちゃんはほとんどしゃべらなかった。後日クライアントの女性が、丹ちゃんとはひと言もしゃべっていないのに、すごくたくさん話したような不思議な気がしますと言ってきた。そう、そうなんだ。丹ちゃんって、そういう傍にいてくれるだけで心なごませてくれる稀有な人なんだ。丹ちゃん、今度は私のおごりでまた行こうね。

2016-02-12 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

キヨスク「タマゴロウ」

 ゆでたまごと国鉄。冷凍みかんと国鉄。なんと郷愁を誘う取り合わせであろう。大昔、鉄道のお供といえば、駅弁以外じゃあ、だいたいこのふたつと相場が決まっていた。ゆでたまごも冷凍みかんも別にそうたいして美味かった記憶はないのだが、車内で食べるという行為そのものが子供心にわくわくするほど背徳的であった。だいたい、昔の人は人前でそうそうものを食べるなんてことはしなかった。それが、長距離の車内でなら許されるのである。当時のこととて、お茶がないと喉がつまりそうになるくらい固茹でのたまごではあったが、外側にまぶしてある塩をつけながら食べた記憶は鮮明に残っている。

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 あるとき、JR大阪駅のキヨスクで、この塩たまごを発見した。何の変哲もない網に入ったたまご2個。塩はまぶされていない。なんだか妙に懐かしくなって、つい買ってみた。殻を割り、口に運ぶと、ほどよい塩気。しかもたまごは半熟。

 なに、これ?馬鹿馬ではないか。

 2個入りというのがまた痺れる。軽めのお昼、あるいは食欲旺盛な日のおやつ。ときには朝ご飯がわりに。食べれば食べるほどクセになるシンプルかつ深い味わい。

 たかがたまごと言うなかれ。身の回りの食材で、これほどシンプルにいのちのパワーを感じさせてくれる食べ物があるだろうか。鶏のいのちそのものの貴い滋味。それが海の恵みの塩と合わさると、どんなご馳走もかなわない深みをくれる。この味はいったいどうやってつくっているのだろう。だって、塩たまごでありながら、どこにも塩の形跡がないのである。不思議も不思議、摩訶不思議なたまごである。

 調べてみると。

 タマゴロウは、中日本株式会社という会社の看板商品であった。会社があるのは愛知県豊橋市。鶏卵加工の製造を核としながら、鶏卵の販売、たまご関係の施設の経営など、「たまごひと筋」の会社であるらしいのだ。ホームページによると、ここで使っているたまごは、特定提携養鶏場の恵まれた環境で育てられた健康な鶏からうまれたたまごを最新鋭の設備と徹底した衛生管理で供給しているとある。もちろん提携養鶏場はすべて名前も場所も明らかになっている。

 このホームページを見たとき、たまご好きとして中日本さんに頭が下がるような思いがした。小さなたまごであるが、これほどたまごに情熱を傾けている会社があるなんて。しかも、ホームページには「たまごのがっこう」というのがあり、豊橋には専門の施設がある。新鮮な朝採りたまごを使ったカスタードクリームでつくる王様のシュークリームは、見ているだけで涎が出そうに美味しそうだし、名物のふわもこロールケーキもいっぺん食べてみたいと思わせる幸せな佇まい。ぱぱ&ままガーデンという施設では、たまごのお惣菜や加工品を販売しているらしい。できたてのたまごサラダをパンの中に好きなだけつめ放題できる「たまごサラダつめ放題パン(¥300)」というのは、たまご好きには悪魔のように魅力的な商品であろう。

 タマゴロウ。たまごへの愛情たっぷりの会社がつくった塩たまご。絶品である。

2016-02-02 | Posted in 千夜千食Comments Closed