2016-05

越後六日町「龍言」

 週末は、松岡正剛師匠が主宰する未詳倶楽部で栃木の草津温泉に行く。土曜の昼過ぎに、草津の温泉旅館にて集合である。金曜まで東京で仕事だったので、移動は東京からである。上越新幹線に乗り、高崎でローカル線に乗り換える。時間によっては上野からノンストップで行ける特急草津というのもある。所要時間は2時間半である。ううむ、けっこう時間がかかる。時刻表とにらめっこしながら、ふとある考えが頭をよぎる。

 何も、東京に泊まらなくても、草津温泉へ前乗りすればいいではないか。

 さっそく近隣の良さそうな宿をいろいろ探すのだが、どうもぐっと来るところがない。別に草津でなくても、朝移動する時間はじゅうぶんにある。少し範囲を広げて調べていると、越後六日町にある「龍言」という宿がヒットした。名前だけはよく知っている宿である。

 10年ほど前、おつきあいのある呉服屋さんが、新潟にとてもよい宿があり、とくに冬は庭にかまくらを作ってくれ、そこで食事したり酒が飲めるから、と熱烈に誘うのである。なかなか予約も取りにくいので、ぜひともとご一緒しましょうと言うのである。こういうお誘いに乗ってしまうと、悪いと思い着物を買ってしまうはめになるので、もちろん行かなかったが、ネットで調べてみた「龍言」はたしかに魅力的だった。

 場所は越後湯沢から在来線に乗り換え、20分ほど。さほど時間はかからない。翌日も越後湯沢から高崎まで新幹線で行ける。これはなかなか良さそうだ。電話してみると、まだ大丈夫というので予約した。

 週があけると、次の週末はゴールデンウィークである。今年は東京も関西も桜の満開のタイミングがほぼ同時で、その上東京では満開の桜の翌日に季節外れの雪が降り、大騒ぎ、大はしゃぎよなったのが記憶に新しい。4月下旬ともなれば気持ちはもう新緑の季節へと向かっていたのだが、上越新幹線に乗っていて愕然としてしまった。

th_IMG_2415[1]

 越後湯沢の手前のトンネルを抜けると、そこはまだ雪景色。関西の人間にとっては、信じられない光景だったのである。いや、日本の地形も気候も頭ではわかっている。桜の開花情報だって南から北まで上がって行くことも理解はしている。だが、実際にリアルに目にするとやはりびっくりするのである。トンネルひとつで風景が一変する。新幹線によって東京までの時間は短縮できたであろうが、ここの気候はやはり新潟なのである。この落差をなんとかして埋めたいと切望したのが田中角栄で、地元で圧倒的支持を受けた理由は上越新幹線に乗ってトンネルを越えただけでもよくわかる。

 越後湯沢から在来線のほくほく線というのに乗り換え、20分ほどすると六日町である。宿の人がシャトルバスで迎えに来てくれる。ほどなく「龍言」に到着した。

th_IMG_2472th_IMG_2484th_IMG_2481th_IMG_2466

 堂々たる庄屋屋敷の体である。

th_IMG_2429th_IMG_2433

 この広大な宿、本日の客はどうやら数人のようである。ゴールデンウィーク直前だもんな、ほとんど貸し切り状態。うひょひょ。部屋は二間続きで、囲炉裏もあるし、掘りごたつもおいてある。このへんの豪農の家に泊めてもらっているような感覚である。

th_IMG_2504th_IMG_2513th_IMG_2454

 夕食の前にひと風呂浴びるとするか。露天風呂も貸し切り状態である。鍵をしめ、好きなだけ泳げるではないか。(温泉に行くと必ず泳いでしまう悲しい性・・・いや、バタフライとかじゃなく、静かに平泳ぎですけどね・・・)露天風呂は鄙びた風情の岩風呂で屋根はついてはいるが、宿の奥の木立からその奥の山まで見渡せる気持ちのよい空間である。空気がこもらないので、隠し持って来た煙草をこっそり一服。悪いな、私。温泉は好きなのだが。普段から早風呂なので、出たり入ったりを繰り返しているとだんだん飽きてきて、30分の貸し切り時間を持て余す。

th_IMG_2453th_IMG_2452

 露天風呂からの帰り道、図書コーナーのような休憩スペースがあったので一休みする。予期はしていたが、田中角栄関連本が何冊か置いてあった。やはり、このへんの人にとっては神様のような存在なんだろうな。親が子へ、子から孫へと語り継がれる越後の偉人。(私も小さいとき栗林公園の前に建っている三木武吉の銅像の前で、三木さんの偉業をさんざん祖母から聞かされた)たしかに上越新幹線のおかげで、私もこんなに気軽に越後に来られたわけだし。感謝。

th_IMG_2525

 食事の前に八海山泉ビールというのを飲む。ご存知八海山が作っているビールである。苦味の少ないやさしい味わい。風呂上がりの身体に染み渡っていく。

th_IMG_2520th_IMG_2532th_IMG_2527th_IMG_2529th_Unknown-1

 さてと。運ばれてきた御膳、見た目は昔ながらの旅館の夕食然としているが、とりたてて特徴というものがない。まあ、そういう場所なのかもしれないが、名物はなんだろう。給仕してくれた女の子に聞いてみると、郷土料理であるのっぺい汁というのをすすめられる。これは大根やにんじん、蓮根、絹さや、お揚げなどが入ったお汁で、かすかに醤油の風味がする。が、はっきり言って関西の人間には少々ハードであった。で、宿自慢の魚の炭火焼きを。じっくり焼かれた鮎はさすがに旨い。まあ別に料理目当てできたわけでもないので、こういうときはおとなしく味わう。ただ、最後に米どころのこはんを期待していたのだが、筍ごはんだった。もちろん季節のものだからそれはそれで美味しかったけれど、せっかくだから南魚沼産コシヒカリというものを銀シャリで味わいたかったというのはこちらの勝手なわがままか。どうも私の料理への期待度と実際の料理の方向性に微妙なズレがあった。まあ関西の舌と新潟の舌が違うということなのか、それとも季節が悪かったか。

th_IMG_2420th_IMG_2426

 料理に関してはまったくもって個人の好き好きだと思うので、こういうこともあろう。私に合ってないだけかもしれないし。何より、それ以外の部分にこの宿の魅力がある。建物の多くは近隣の古民家を移築したもので、玄関横にはその象徴のような約250年前の武家屋敷を活かした幽鳥の間がある。豪壮とでもいうべき平屋が連なる独特の風情は、それを味わうためだけに一泊する価値があろう。庭園に面した露天風呂や土蔵造りの大浴場など、風呂も素晴らしい。かまくらの季節などに訪れると、きっとこの宿本来の魅力をたっぷり味わえるのだろうと思う。

2016-05-24 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

恵比寿「ラ・ベイエ」

 白トリュフ。白きくらげ。白子筍(第216夜参照)。白甘鯛。白桃。白金豚。食材に「白」という色がつくだけで、とたんに有り難みが増す。白アスパラガスもそんなひとつである。

 私が子供の頃はむろんグリーンアスパラガスもまだなく、アスパラガスといえば缶詰と相場が決まっていた。当時は缶詰といえどもけっこう高級品で、しかし独特の香りが強烈で、その割に食感がふにゃふにゃでさほど美味しいとは感じなかったが、ホテルなどでハムサラダに缶詰のアスパラガスが入っていると珍しさも手伝ってかよく食べた。

 そのうちに生のグリーンアスパラガスが出回るようになり、アスパラガスがこんなシャキシャキした野菜であったことに驚いたものである。そして、ここに来て生の白アスパラガスが登場したのである。白アスパラガスは、葉緑素を作らないよう陽の光をあてずに栽培することで白くなる。グリーンアスパラガスと品種が違うわけではなく、育て方が異なるのだそうだ。出回りだした頃は、圧倒的にヨーロッパ産が多かったが、さすがに日本の農業は優秀で、またたくまに国産のレベルの高い白アスパラガスがメジャーになった。何と言っても野菜は採れたての新鮮なものであればあるほどいい。

th_IMG_2387th_IMG_2389

 東京日帰り出張で、比較的仕事に余裕のあるときは、この店にサッと寄って、混む前に注文して、チャッと食べて、8時半くらいの新幹線に乗って帰る。この日も、店のオープンと同時にカウンターに座り、黒板メニューを見ると、白アスパラのムニエル生ハム添えというのが目に飛び込んできた。早速注文する。白アスパラが見えないくらい生ハムが乗っており、白菜、卵を刻んだものが散らされている。溶かしバターのソースをからめてその上に生ハムをのっけてかぷっと食べる。最初はシャキシャキしているのに、口の中でむにゅ〜と柔らかくなるこの食感、緑のではこうはいかない。卵好きであるのでオランディーズソース(あのエッグベネディクトにかかってるヤツね)をかけるのも大好きである。お次はイサキとブロッコリーの温サラダ。イサキがカリカリにソテーされて、これもこたえられない美味しさ。ブロッコリーはイサキの下にたっぷりと隠れている。

th_IMG_2394th_IMG_2395

三品めは、こちらの名物塩ウニとじゃがいものガレットである。今日はスペシャルで生しらすバージョン。こちらのお店に初めて来るなら、絶対外せないのがこのガレットである。スライスしたじゃがいもに塩ウニをからめ、セルクルに入れカリカリに焼く一品。桜えびの季節は桜えびのジャリジャリ具合がまた絶妙なのだが、生しらすの柔らかな食感もこのガレットにはよく合っている。また塩ウニの独特の味が、じゃがいもにメリハリの効いたを添えるのだ。いや、風見さんは天才だわ。

th_IMG_2396

 ここいらでやめとけばいいのに、やっぱりパスタを食べないと収まらない。で、スモークサーモンと菜の花のペンネ、トマトソースである。旨いのはいうまでもない。

th_IMG_2398th_IMG_2404

 そして、パスタを食べただけでもよくないのに、調子に乗ってデザートまで注文してしまう。しかし、前にも書いたが(第78夜)こちらのモンブランは絶品なのである。スポンジケーキをサイコロ状に切り、そこにアマレットを垂らし、その上に生クリーム、さらにたっぷりの栗のピュレを乗せてくれるのである。栗のピュレには栗のつぶつぶした食感が残っており、なめらかな生クリームとの微妙なテイストの違いがこたえられない至福の時間を生み出してくれるのだ。

 ああ、今日も幸せな心地。あとは新幹線で爆睡するだけだ。

2016-05-19 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

京都祗園「千ひろ」

 筍をしみじみ美味しいと思うようになったのは、ごく最近である。若竹煮を筆頭に、土佐煮や筍のお吸い物などをいただくと、春の滋味が五臓六腑にしみわたる。ふきやうど、わらびなどの山菜や、わけぎのぬた、あるいは卯の花など、若い時分には年寄りくさいと敬遠していたものが無性に好きになるのは、やはり年を重ねたせいかもしれない。

 卯月の京。とっておきの筍をいただいた。いつもの店である。

th_IMG_1936th_IMG_1937th_IMG_1938

 まずはアスパラと菜の花の黄身酢がけ。上にはお出汁のジュレが乗っている。目の覚めるような緑に生命力漲る卵の黄色。自然の色というものの強さに目を瞠る。普段積極的に野菜を食べないのに、こういう一品だとがぜん前のめりになるのが我ながら可笑しい。続いては琵琶湖の鮎。この清楚で気品のある姿といったらどうだろう。琵琶湖産と聞くだけで、有り難みを感じるのがスノッブかしらん。この皿にもみずみずしい緑のいんげんが春を演出している。続いて、鯛の白子のポン酢仕立て。春の鯛のふくふくした命をいただく口福。

th_IMG_1939th_IMG_1941

 お待ちかねの小皿アソート。左からサヨリのカラスミ和え、鯛の白味噌漬けを軽く炙ったもの、鯛の子ゼリー寄せ、一寸豆、真ん中はホタルイカをたたいたものである。こちらは、これも楽しみで、酒飲みにはうれしい肴オンパレードである。菊姫のぬる燗をちびちび飲りながら、少しずつ旨肴をついばむ。お造りは、鯛に赤貝、マグロである。いつものようにお醤油だけでなく、細く切った塩昆布も出る。鯛などはお醤油より、ダンゼン塩昆布で食べたほうが旨い。

th_IMG_1944th_IMG_1945

 そして本日のメインの登場である。お椀の蓋には扇と短冊。蓋をあけると、ふわりと春の香気が立ち上った。蓋の裏には蒔絵の竹林が、お椀の中にはたっぷりの筍としんじょ。この香りと柔らかさは尋常ではない。これ、大原野の朝掘りで白子筍というらしい。大原野のある京都洛西地域の山林には、テンコと呼ばれる白い粘土質の土壌があり、炭酸カルシウムやミネラルなど栄養分が豊富に含まれ、最上の筍が育つのだという。しかも穂先が土からほとんど出ていない状態で掘るので、ほとんど陽を浴びていない。真っ白で繊維質が細かく柔らかいのはそういう育ちであるからなのだ。まさしくこれは筍界の深窓のご令嬢。季節も4月のほんのわずかなときしか出まわらないのだそうだ。こんなに厚切りなのに、びっくりするほど柔らかい歯ごたえなのである。こういうのを、妙味というのだろうか。

th_IMG_1947th_IMG_1948

 筍の余韻まだ冷めやらぬ間に、今度は小さなお椀。蓋をあけると、小さな雲丹丼である。天草の赤雲丹。ため息が出る。こんな贅沢を貪っていいいのかという後ろめたい気持ちになりながらも、心のなかで(せっかくだから、いいのだ)と思いながらいただく雲丹の旨さよ。

th_IMG_1949th_IMG_1955th_IMG_1957th_IMG_1959

 さ、後半戦だ。藍のうつわに入っているのは、小浜の桜鱒。ほろりと上品な身離れ。これも絶品である。おまけに、うつわは竹虎。これ、真ん中に虎が描かれているのだ。実に楽しい。白いのは湯葉をすり下ろしたもので、中には焼きバナナ。フルーツをうまく湯葉と組み合せるのは、千ひろさんところの得意技である。季節によって、桃やぶどうなどを使われるが、本日はバナナなんである。魚はめひかり。名前の通り、目に尋常ではない力を感じたので、アタマからがぶりとやる。揚げ物は、富山の白海老のかき揚げである。すだちをキュッと搾って、塩でいただく。

th_IMG_1960

 最後にもう一度、白子筍のごはんが登場。すでに満腹であったが、こんなものを出されては食べないわけにはいかない。人が手をかけた自然のやさしさから生まれた、しみじみと優雅な味わい。いやさ、こんなの知ってしまうと、この先困ってしまうではないか。

 さすがは、京都の名店。垂涎ものの仕入れルートを持っている。

◎追記

th_IMG_1776th_IMG_1793th_IMG_1791th_IMG_1810

 三月に続いてまたこの店に来れたのは、海老様のおかげである。南座での特別舞踊公演。幕間には、立礼の茶席が出ていたので、桜を模したきんとんとお薄で一服。この日は、先斗町ご連中の総見であった。食事どきまで時間があったので、先斗町をぶらり。舞妓さんの後ろ姿があまりに可愛らしくて、後ろから写真を撮らせてもらう。芸妓さんの後ろ姿は、やっぱり粋。

th_FullSizeRender[1]th_FullSizeRender[2]th_FullSizeRender[5]

2016-05-02 | Posted in 千夜千食Comments Closed