2015-04

同心「CHINESE TANAKA」

 会社からもっとも近いチャイニーズである。すでに一度千夜千食している(第59夜)がサッと食べただけなので、こちらの本当の実力をゆっくりと味わえていない。ランチには通っていても、あまりに会社に近いのでなかなかちゃんと夜食べに行けないという事情もある。が、ある日、イシス編集学校の仲間たちとの会合があり、その帰りというか、打ち上げというか、決起集会というか、要はお題目は何でもいいのだがごはんでも食べようとという話になり、5人で立ち寄った。

 中華の魅力のひとつが、人数が多ければ多いほどいろんな皿をシェアできるということだろう。なので、コースもあったのだが、メニューを見ながら店のおすすめや気になる料理を注文した。こちらは紹興酒だけでなく、ワインもグラスで楽しめる。

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 幸い、オープンと同時ぐらいに入店したので、私たち以外にまだ客は入っていない。チャンスとばかり、矢継ぎ早に注文した。プチ貸切状態である。まずは、サクサクの春巻き。筍と春雨が入った餡はあくまでもとろりと熱く、ふはふはとその甘露を噛みしめる。海鮮の豆鼓炒めは季節の野菜の彩りが美しい。豆鼓の魔法をかけられた海老やイカの美味なることよ。酢豚はこちらの看板メニューで長崎の芳寿豚を使っているのがウリ。この芳寿豚、レアでも食べられるくらい健康的に育てられているのだそうで、ジューシーで柔らかいのが特徴である。黒酢を効かせた味付けも絶妙。魅惑の蟹玉は、なんと通常の蟹玉の上にさらに玉子の白身でつくった餡がかけられた贅沢なひと皿。玉子好きの血が騒ぐ一品である。そしてまた海鮮ものを(メニュー名を失念!)頼んでしまったのだが、こちらの料理も海老と白身魚の新鮮さが生きている。鶏の唐揚げも、豚の角煮も、正統派。いや、ほんと、5人もいたら食べたいものバンバン頼めちゃう。そろそろシメに・・・と担々麺を。胡麻がしっかり入った濃厚かつ贅沢な旨味。そして伊勢赤鶏の冷菜サラダ仕立ての後は、あら、こんな穴子もなかなかいける・・・デザートにミニ春巻きをいただいて、怒涛のチャイニーズディナー全11品。これだけの料理をたったひとりで、たったひとつの中華鍋をふるって、作ってくれるのである。

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 それからしばらくたったある日、今度はふたりで訪れた。まずは、鯛の中華風サラダ。こちらは毎日のようにその日穫れた魚を仕入れており、いろいろ好みやおすすめで料理してくれるのである。その日仕入れた魚は、フェイスブックで紹介しているので事前にチェックできる。本日のスペシャルメニューには、白川豆腐さんのピータン豆腐というのがあり、それも頼む。白川豆腐というのは近所にある豆腐屋さんで、何度か豆乳を買ったことがあるが、そこの豆腐にざくざく刻んだピータンが乗せられており病みつきにある味である。白川豆腐も実においしい。こういうのも地産地消の一種と言えば言えなくもない。伊勢赤鶏の冷菜黒芝麻醤はしっとりした鶏の味わいにこってりがからみ、箸が進むったらありゃしない。海鮮と季節の野菜の豆鼓炒めは前回もいただいたけど、大好きな味である。もちろんスペシャル&デリシャスな蟹玉も頼まずにはいられない。もう一品、スペシャルメニューの大阪産の穴子と茄子の揚げ物柚子ソースというのも頼んでみた。素材の取り合わせが何ともクリエイティブな上、柚子ソースというのが新鮮である。和の素材と香りが中華という方法によって、こんなにも魅惑的な一品になるなんて。デザートには胡麻のプリンをいただいた。

 こういう店が会社のすぐ近所にあるのは、ランチの充実という意味では喜ばしいのだが、夜なかなか行けない(あまりに近すぎて行きにくい)のが残念である。いや、行けばいいんだけどね。

2015-04-30 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

ミレービスケット

 いわゆるスナック菓子と呼ばれる袋物はほとんど食べない。たまに、コンビニなどでかっぱえびせんを見つけ、懐かしくなって買うくらいである。

 ところがである。

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 ある日妹が高知で見つけたとお土産に持たせてくれたのが、このミレービスケットである。「やめられんようになる美味しさやから」のひと言が気になり、家に戻って早速試してみた。一袋がまたたくまになくなってしまった・・・。

 十円玉を少し大きくしたくらいのミニビスケットである。まわりには、海水天日塩がまぶされており、軽い甘みと塩味がうまい具合にミックスされている。そして、驚いたのはその食感である。サクサク、サクサク、サクサク。どこまでも続くサクサクの中に、昔懐かしい油のフレーバーをほのかに感じる味。何だろう、この懐かしさ・・・

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 パッケージには、「まじめなおかし」とある。「おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんも食べたミレーはおいしいまじめなおかしです」と大まじめに書いてある。製造者の欄には野村煎豆加工店とある。

 煎豆!そうか、この味はあの揚げた豆菓子の味なのである。

 さっそく、ホームページを覗いてみる。あった、あった、豆菓子を揚げるようにミレービスケットを油で揚げている写真が。この美味しさの秘密は、豆菓子を揚げている油なのである。豆のエキスが油ににじみでて、味に深みが生まれているのだそうである。なるほど〜

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 それにしても、これ、やめられないのである。一袋などあっという間である。妹がスタンダードなミレーと一緒に、「昼のミレービスケット(生生姜)」と「真夜中のミレービスケット(にんにく味)」もくれたので、そちらも試してみたが、なかなかの味である。とくに真夜中の方は、かなりガツンと来る。はたまた、「健康ミレー」というのもあって、こちらは無塩タイプだが、塩をまぶしてなくても、ミレーらしさを保っているのは、やはり豆の油の力が強力であるからであろう。

 素朴な味わいと言えば、味わいではある。しかし、素朴さに安心していると、知らず知らずのうちに中毒になっているという恐ろしいお菓子である。油断していると骨抜きにされること間違いなしである。しかも、油で揚げているということは、カロリーはそれなりに高い。注意しなければいいけない悪魔の菓子である。

2015-04-28 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

「文楽」&「本湖月」

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 そろそろ回會でも本文楽に行かなければと思っていた。11月には久々に国立文楽劇場での公演がある。「文楽」どうですか?との誘いに、4名中3名が乗ってくる。素晴らしい。関西で回會をやるなら次は「本湖月」に行こうという三浦さんの言葉も思い出し、文楽&本湖月行きを決行することにした。

 今回のスペシャルゲストは作家の玉岡かおるさん。なんと、彼女のベストセラー「お家さん」に登場する鈴木商店の大番頭金子直吉は、ないとうの若旦那の曽祖父だったという凄い事実。

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アマゾンでお家さんを購入

 発端は若旦那のお家でランチをご馳走になった日である(千夜千食第3夜)。庭をぶらぶらしていたら、お宅の廊下にある本棚に目が行った。あれれ、「お家さん」がある。「わかだん、玉岡さんなんて読むのね」と言えば、「あ、あれに出てくる人僕のひいおじいちゃんやねん」「え?え?それって金子直吉?」「うん、そうやねん」

 え、えーーーーーーーーーー。玉岡かおるさんは、大学のゼミ友なのである。

 すぐさまメールした。

 「まじーー?直どん、出たーっ。ぜひ会いたいですー。」という返事。

 というわけで、かれこれ一年の時を経て、両者ご対面の機会をつくることができたのである。

 メンバーでの初文楽、演目は「双蝶々曲輪日記」である。東京国立劇場では歌舞伎も同時に上演されている。侠気と侠気がぶつかる任侠世界の世話物の名作。これを通しで上演するというハードルの高さにもかかわらず、回會メンバー誰一人落ちることなく大いに楽しんだというのは、さすがとしか言い様がない。最後の「八幡里引窓の段」では、老いてもなお子を思う気持ちに少しだけ泣かされる。これも情感たっぷりの文字久大夫さんの語りの力であろうか。メンバーもみな「面白かった」と口を揃える。すでに文楽観劇の先達である玉岡さんの解説も面白く、みな文楽に興味津津。また次回も行きたいとの声も出た。上々の首尾である。

 終演後は、本日のメインイベント。近所の喫茶店に移動して、改めて作家と金子直吉曾孫のご対面である。そもそも玉岡さんが金子直吉に興味を持ったのは、「天涯の船」執筆時の調べ物のときであると聞く。主人公である松方幸次郎がヨーロッパで後の松方コレクションの礎となる美術品を買い集めていたとき、鈴木商店の大番頭である金子直吉が幸次郎に何くれとなく便宜を図り、収集資金の立替にも快く応じたのだという。玉岡さんはその心意気に惚れ、それがきっかけとなり鈴木商店というものに興味を持った。その侠気、もとい男気の持ち主の曾孫との対面はどんな心持ちであったろう。金子直吉という人がいなければ、大作「お家さん」は生まれていなかったかもしれないし、もとより若旦那も生まれていないのである(ちょっと強引)。若旦那のお祖母様が金子直吉の末娘にあたる。ほとんど昔のことは知らないとはいえ、親戚のおじさんから聞かされたという当時の話で大いに盛り上がる。若旦那が唯一、曽祖父直吉に倣っているのはヘアスタイル。少しでも曾祖父さんに肖りたいと坊主にしたという。(いや、知らなんだ・・・)それにしても、別々に親しくしている人たちに意外な関係があったということにも縁というものを感じずにはいられない。

 玉岡氏さんと回會メンバーの距離が一気に近づいたところで、ゆるゆると法善寺横丁「本湖月」へと向かう。ここは、平成14年に「中座」火災のあおりを受け、延焼。その三年後に三浦さんところの三角屋の設計によって再建。古い法善寺横丁の立地をうまく活かした三階建てで、一階は白木のカウンター席、二階三階が座敷である。総勢7名であったので二階のお座敷に通される。このお座敷がまた素晴らしいのだ。床の間には、紅葉のお軸、備前の花生けには照葉や柿が投げ込まれている。空間そのものが束になって「秋のみのり」を表現しているのである。

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 もともと大阪で回會をやるなら「本湖月」へ行こうというのは三浦さんの希望であった。大好きな南森町「宮本」のご主人が修行した店でもあるし、なにしろ大阪中にその名は鳴り響いている。異論があろうはずがない。満を持しての会食なのである。

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 最初に香煎が出された。これは茶懐石ですよという合図ですな。ぽってりとした肌合いの汲み出し、心惹かれるものがある。先付には銀杏を乗せ美しい色の紐で結んだように絵付けした陶器の小筥が出された。季節の贈り物、そんなメッセージがこめられているのだろうか。わくわくしながら蓋をあけると、そこにはスルメと柿のなますがびっしり。その下には伊勢海老が隠れている。雅味なるサプライズである。スルメもこんな風に使われるとは思っても見なかったろう。続いてはカラスミをお餅にはさんで炙った一品。ふはふは、うふふとかぶりつく。若旦那が幸せやと溜息をつく。玉岡さんもにんまりする。この青花のうつわがまた魅惑的。袂にこっそり入れて持って帰りたいほど趣味である。朱で白鳥を描いたお椀をあけると、またまたサプライズが。この細く切られたものは、なんと、松茸なのである。もう普通に松茸なんて食べ飽きたでしょ、こうしていただくも乙なもんでっせ、というご主人のメッセージか。いやいや、なんと贅沢な発想でしょう。たねは蟹しんじょ。みな言葉がない。だが、顔を見ると全員がうっとりと至福の顔つきをしている。

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 お造りは、鯛と鰆という瀬戸内海のハーモニー。文句のつけようがありませんな。枯れ葉をかたどった小皿には、伝助穴子。そう伝助くんは11月からが旬なのである。山椒がたっぷりとかかっている。そして竹籠の上に懐紙を引いて、その上に照葉を盛った八寸には、みなから歓声があがる。秋真っ盛りの色、色、色。そっと懐紙をはずせば、竹籠の中には目にも絢な色、色、色。柚子釜の中の朱色のイクラは黄身おろし和え、葉っぱのお皿には塩麹漬けにしたホタテ、王子サーモン、銀杏、菊菜としめじの白和え、渋い小皿にはとびあら海老の麹漬け。もう、日本酒が進むったらありゃしない。なんかお銚子が空になったら、誰かが自動的に注文して、もうどれくらい飲んだのかもわからない。続いて湯葉を張った小鍋。中には和歌山のクエが入ってる。スープも美味しいのに、このスープでおじやはしないと言うのである。なんで?なんで?なので、飲み干す。黒潮の恵みの露をしみじみといただく。山かけのおそばをいただいた後、シメは堂々の鯛めし。お頭まるごとのエキスをたっぷりと含んだ米が、ふっくらとつややかに光っている。ご主人の目玉はどなたが?の声に、威勢よく「はい!はあ〜い!」と手を上げる。

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 デザートは柿とサルナシ。サルナシを品種改良したものがキウィと聞いてびっくりする。知らなんだ。添えられているソルベはカルピス、三ツ矢サイダーのジュレがかけられている。これ、ご主人の郷愁の味なのだそうだ。我々にとっても懐かしい子供の頃の味である。

 大阪割烹の真髄ともいうべき懐の深い流れに圧倒される。ほんとうにご馳走様でした。お座敷という空間のしつらえ、審美眼あふれるうつわの数々、厳選された美味素材、そしてひとひねりもふたひねりもある料理の工夫。さすがにすべてが素晴らしく、全員が文句なしに満足した夜であった。文楽の情というものに触れ、金子直吉の物語を共有し、その一日のフィナーレを「秋のみのり」という時候のテーマで飾れるなんて。みのり多き、秋かおる五回會であった。

◎追記

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今回は、玉岡さんと事前にどんな着物を着ていくかで、いろいろ楽しい相談をした。それぞれ紬であるが、色もかぶらず、むしろ黒対白で互いのコーディネイトをそれぞれが引き立てている感じ。大人になるとこういう着物の楽しみ方があるのねと納得。この顛末、いずれにほん数寄の『きもの』コーナーで紹介する予定。

2015-04-22 | Posted in 回會記No Comments » 

 

上本町鮨「原正」

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 明日は久々の五回會(回會記参照)。文楽が午前の部なので大阪前泊である。回會は着物を着るというお約束があるので、アタマを美容院でセットしてもらわないといけないのである。明日のスペシャルゲストは作家の玉岡かおるさん。彼女とは大学のゼミ友で、前日の夜も何か美味しいものを食べようという目論見がある。

 ところが、彼女は完全肉食人種で、私とは嗜好が違う。なので、はなから鮨はあきらめていたのである。
 以下、メールのやりとりである。
私:金曜は美味しいとこはもちろんだけど、ジャンルは何がいい?鮨以外で(笑)
玉:寿司以外ならなんでも(笑) 天ぷらとか、いいなあ
私:玉造にミシュランの★とった居酒屋があるんだけど・・・天ぷらもあるかも。
玉:それ、いいねえ。千夜千食にある?
私:まだない。何年も前に行ったんだけど。予約してみる。

 ところが、いろいろ電話で話しているうちに、思わぬ展開となったのである。玉岡さんがいちばん苦手だという鮨に行ってみたいと言い出したのである。まじ?何でも、鮨ばかり食べている私のFBを見てチャレンジする気になったのだというではないか。
以下、再びメールのやりとりである。
私:天王寺に行ってみたいミシュラン二つ★の鮨がある。予約してみようか・・・
玉:うわーー!よさげ。
私:もし、取れたら、そっちに乗り換える?
玉:うん、おまかせ。千夜千食の取材にもなるね。^ ^
私:よし、満を時しての鮨。8時半からだけど予約取れたよ
玉:ありがとー! なんか、運命の鮨な予感。^ ^

 いよいよ、当日である。めざす店は谷町九丁目から東へ一本目、千日前通を南に入ったところにひっそりとのれんを掲げていた。ここや、ここや。「原正」という看板がもうすでに旨い鮨を出すオーラをまとってる。

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 カウンターはわずか8席。二組が中国人らしき外国人。さてと。まずは日本酒である。義侠はるかという兵庫の酒。これがなかなか旨い。赤い切子のグラスもなんだか妖しくて素敵。一品目はアワビである。滋味をたっぷりと含んだコシのある柔らかさ。アワビそのもののセレクトもいいのだろうが、丁寧な仕事をしていることがわかる味。もうこれだけで目も舌もめろめろである。アワビで壁ドンされてる感じ・笑。明石のタコも唸る柔らかさ。やっぱり大根で叩くのでしょうかね(聞き忘れた・・・)。そして明石の鯛。もう、こんな状態で出せるなんて、それだけで感動モノである。コリリとした歯ごたえの中にとびきりの柔がある。「美味しい!」この三品で玉岡さんもすっかりノックアウトされたようである。続いて、ふぐ。コリコリ、しこしこ、強気の弾力。皮はむっちり、にっちり。大好きな三千盛のからくち純米吟醸をいただく。もう言うことありませんな。そうこうしていると、鰆を串に刺し、サッと炙ったたたきが出された。ううむ、鰆そのものが大阪ではレアなのに、この妙味、この炙り具合。焼き魚は太刀魚。脂の乗りがまたなんとも悪魔の味わい。ここで箸休めのお椀が出されるのだが、箸休めだなんてとんでもない。箸が動く、動く。お椀の中身は鱧ですな。いやあ、関西の極上素材の連打であります。噂に凄いとは聞いてたが、ここまで卓越しているとは。ネタへのこだわり具合、活かし方、たいした職人魂が横溢しているのである。

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 いよいよ握りである。こ、このイカの繊細かつ優美な切れ込みといったらどうだろう。職人技が工芸の域に達していると思うのは私だけか。唸る、嘆じる、ため息が出る、感服する。サヨリもくるりんと巻かれ、麗しい全盛期の吉永サヨリ様。鯛は、ひたすら端正である。凛として、明石の出であることを誇っている。マグロのヅケ、中トロの連打は、ただただ口の中の福を噛みしめる。いや、噛むというよりは、艶やかな脂が上品に溶けていくのを惜しみながら味わう。コハダでちょっと小休止して・・・見てください、この穴子。ふっくらと大らかで、やさしさを湛えたこの風情。もちろん、口のなかでほろりほどけて、至福の時へと連れていってくれる。イクラを盛った小さな丼も称賛に値する。そしてシャコの登場。みずみずしいのである。あのシャコが。あまりもの興奮と三千盛の飲み過ぎで、ほとんどへべれけになった私は迂闊にも写真を撮り忘れる。

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 ここからは玉岡さんによる撮影である。彼女は、もうおなかいっぱいとそろそろリタイア宣言をしたようだが、写真によるとこの後私は、からすみと白身(何だかわからない・・・)、雲丹の軍艦、トロ鉄を平らげたらしい・・・そしてシメに滅多に飲まない赤だしまでいただいたようである。

 いやあ、名にし負う「原正」。ここまでのクオリティだとは思わなんだ。それが証拠に、鮨はちょっと苦手と思っていた玉岡さんが美味しいとほぼ完食したのだから。これぞまさしく、運命の鮨である。玉岡さんの予感は的中したのであった。

2015-04-20 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

大阪新地「カハラ」

 本日からミシュラン店三連発である。こんな機会はめったにあることではない。

 この店のことはいろいろ噂になっているので、何度か耳にしたことはある。何より強烈なのは「世界のベストレストラン50」というガイドブックの「アジアのベストレストラン50」で堂々33位にランクインしているという噂である。調べてみるとたしかに2013年度には33位に選ばれている。イギリスの業界誌「レストラン」による作成で、アジアではシンガポールや香港のレストランが圧倒的に多い。過去の世界のベストワンにはエル・ブリやノーマなどが選ばれているので、それなりに権威もあるようである。

 こういう店には適度なミーハー心を持っている妹分と行く。出てくる料理ひとつひとつにきゃあきゃあ言うぐらいでないと面白くないもんな。

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 時間指定である。店の都合に合わせてこの時間に来い、ということである。第1回はこちらの就業時間中なので、仕方なく2回目の8時40分スタートにする。この時間しか取れないというのと、この時間に来いというのでは、ずいぶん違う。が、この時間制システムを取っている店、けっこう多いのである。それが嫌なら行かなきゃいいだけの話で、それでも行こうと思うのだから文句は言えない。苦笑。

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 店は鉄板カウンター8席のみ。藍の陶板が壁面に飾られており、これがひと続きの絵になっている。歴史を感じさせる佇まい。食前酒には発酵を途中で止めているという生ワインが出される。これは大阪柏原のワイナリーで作られており、敷地内にはこの店専用のワイナリーがあるのだそうだ。これだけ聞いても、並大抵のこだわりではないね。フルーティなやさしい味である。最初の一品はモリーユ茸(アミガサ茸)の上にとんぶりが乗っている。どこかで食べたような記憶もあるが定かではない。銀杏が添えられており、フランスと日本の山の恵みを見事に合体させている。秋ならではのプレゼンテーションとも言えるのだろうか。続いて(写真を取り忘れたが)焼き茄子と海老、さといもにキャビア、マグロのヅケ、バージンオイスター、なにわ黒牛を少しずつ。素材のセレクトと組み合わせがなんとも新鮮なひと皿である。

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 小さなシューは、こちらの名物であるらしく、中にはカレーが詰められている。ひと口でパクリと食べられるサイズ。米油とコーヒー豆からつくるコーヒーオイルが添えられており、カレーの辛味をやわらげる。続いては吉田牧場のカチョカバロを焼いて海苔でくるんで食べる。備前のプレートに乗っているのは、松きのこ、アワビ、天空かぼちゃ、赤穂の塩葱。これを米粉と塩で作った特製淡雪塩につけていただくのである。

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 度肝を抜かれたのは蕎麦である。気前よくオータムトリュフを乗せている。これをバターを浮かべたつゆにつけて食べるのである。蕎麦の香りとトリュフの香りがミックスされて、素晴らしい芳香が立ち上る。またしてもの日仏合作。陶板の穴に入っているのは左はカニ身の上にカチョカバロを削ったもの、右はフカヒレの煮込みである。グリーンの液体は塩葱のスープ。

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 そうこうしているうちに、何やら儀式のようなものが始まった。メインである牛肉のミルフィーユである。これだけは、目の前の鉄板で作られるようである。カウンターの人数分、薄く切り5枚に重ねた牛肉がうやうやしく並ぶ。それをシェフが目の前で焼いてくれるという寸法だ。重ねられらた中の薄切り肉はほんのりピンクのレア状態。薬味はわさびと焼いたニンニク、大根おろしをたっぷり入れた割り下の二種類。そうめんかぼちゃと大浦ごぼうのソテーもついてくる。さすがに旨い牛肉で、量的にもちょうどよい。サラダはふじみ菜にプチトマト。蕎麦の実の食感がよい。シメのごはんには、からすみのパウダーがてんこ盛りである。

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 デザートはベネチアングラスに盛られたメルロー、チャイ、特製のチョコレート。
2時間15分のコースはこれで終了である。

 ひとつひとつの皿は、厳選された素材を贅沢に使いつつ、意表をつく組み合わせで驚かせるし、たしかに旨い。が、コースという全体で考えると、実に脈絡がないと思うのは私がコンサバであるからか。モリーユ茸ととんぶり。蟹にカチョカバロ。蕎麦にトリュフ。こういう異業種の組み合わせは、面白いといえば面白いのだが、コースの中で連打されるとなんだかなあ。正直言って、しんどいのである。もちろんこちらは創作料理ということであるから、フレンチでも和食でもなく、シェフのクリエイティブを楽しむ店であることは重々承知している。ひと皿ひと皿の味のクオリティは素晴らしいのだ。これは、私の嗜好の問題である。店は悪くない。ま、私的にはに妹分がずーっときゃあきゃあ喜んでくれたのが、救いである。

2015-04-17 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

六甲鮨「魚光」

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 前にも嘆いたと思うが(第38夜)、近所にあった御用達の鮨屋が忽然と消えてからというもの、それに変わる店はいくつかはできたものの、あいかわらず地元六甲で鮨難民であることに変わりはない。なにしろ、そのご近所鮨はコストパフォーマンスの部分でも光っており、毎週行っても懐がびくともしないということでも得難かったのである。

 こちらの店は、魚屋さんがやっていて、魚好きにはこたえられない店であるという噂。大昔一度だけ行ったこともあるのだが、正直あまりよくは覚えていない。だが、家から歩いていける距離に鮨屋はほしい。なわけで、とある週末の夜に出かけることにした。

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 オープンと同時に入店したが、瞬く間に席が埋まっていく。カウンターは10〜12席ぐらいか。後ろには10人ほど入れそうなお座敷もある。突き出しは、湯葉を茶碗蒸しのように仕立てた一品。湯葉の風味が濃い目の出汁にからまってこっくりと美味しい。日本酒は奥播磨の深山霽月(みやませいげつ)の純吟。下にお皿を引いてなみなみと注いでくれるスタイルだ。(余談だが、私はこのスタイルがちょっと苦手。いつも、あふれさせなくていいからとぎりぎりぐらいでお願いする。だって、お皿に残った日本酒残すわけにいかないでしょ。そうまでして飲みたくない。どうせなら、きれいに飲みたい。)

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 さてと。では、本日の活きのいいお魚を盛り合わせてもらおうか。淡路の鯛、かれい、鰆、愛媛のカンパチ、日高のぶり、五島の剣先イカ、マグロ・・・充実のラインナップである。カウンターの中に生け簀があるので、魚の種類はとても多い。そして、好物の鱈の白子。これはもうメニューにありさえすれば、どこででも必ず注文する一品である。調子に乗って酢の物も注文した。海老、穴子、鯖、子持ち昆布にタコなどが気前よく盛られている。でもって、隠岐ののどぐろの焼いたの。目玉が実はいちばん好きなので、これは連れに遠慮せずもらう。骨まできれいにしゃぶるようにいただいた。私は猫またぎの女なのである。

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 鮨は、ぶり、カンパチ、大トロ、雲丹、玉子はこんな楽しい巻き巻きスタイルで出してくれる。穴子は蒸して軽く炙ったのと、焼き穴子。ネタも新鮮で種類も豊富、そして適度にカジュアルという店の雰囲気は、普段使いの鮨屋としてはじゅうぶん合格である。

 それにここはかなり近隣の人たちに人気があると見た。家族連れが多いのである。それはそれで悪いことではない。隣に座った親子4人連れなどは、親は鮨を食べているのだが、まだ小さい子供たちは玉子焼きと海苔、焼穴子をもらって、それをおかずにごはんを食べている。ううむ、こんな鮨屋の使い方があったのか。親がよっぽど鮨が食べたくて、それで無理やり子供も連れてくる。あまり生ものを食べさせるわけにはいかないけど、玉子焼きとか穴子ならおかずになるし。なるほどねえ。勉強になります。だけど、隣で酒をへらへら飲むことにちょっとだけたじろぐ、躊躇する。お子さんの横で、べろべろになって暴れたりできないではないか。いや、暴れはしないけどね。イメージの話です。

 小さな子連れだけじゃない。夫婦だけでもない。なんだか親戚連れとか、ご近所さん同士とか、きわめてファミリーアトモスフィアな店内。ある意味、プライバシー筒抜け状態である。ま、それが地元の店の良さでもあるけれど。足繁く通って常連になったら、財布を忘れてきてもオーケイみたいになりそう。そういうわけで、まだまだ私にとってはアウェイ感いっぱい、常連になる日は遠そうである。

2015-04-15 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

瞬花

th_40・2014年5月17日・瞬花

【瞬】 シュン またたく まばたく まじろぐ
声符は舜(しゅん)。[説文]に「目を開闔(かいかふ)してしばしば揺かすなり」とあり、寅声とするが、寅声六字のうち、この字のみ声が異なる。寅は矢に左右の手を加えてその曲直を正す形。字をまたしゅんに作ることからえいば、矢によって目を瞬く意かと思われる。1・またたく、まばたく。2・まじろぐ、めがうごく。3・しばらく、またたく間。(白川静『字通』より一部抜粋)

2015-04-14 | Posted in 千花千態No Comments » 

 

艷花

th_39・2014年5月16日・艶花

【艶】【豔】エン うつくしい あでやか
正字は豐(豊)+盍。[説文]に「好にして長(たけたか)し」とし、豐に從ふ。豐は大なり。盍(かふ)聲」とするが、声が合わない。豐は俎豆に穀物を盛って神に供薦すること。盍は蓋物の形。神薦の美をいう。1・うつくしい、いろふかし。2・婦人の美しさをいう。あでやか、なまめかしい、美しくたけ高し。3・いろ、つや、つややか、婦人の顔色の美しいことをいう字となり、艶としるす。4・楚調の歌辞の名。(白川静『字通』より一部抜粋)

2015-04-14 | Posted in 千花千態No Comments » 

 

香花

th_38・2014年5月15日・香花

【香】コウ(カウ) キョウ(キャウ) か かおり におい かんばしい
正字は黍に従い、黍(よし)+曰(えつ)。[説文]に「芳なり」とあり、黍と甘との会意字とする。甘はもと甘美の字でなく、嵌入の形であるから、甘美の意を以て会意に用いることはない。字の初形がなくて確かめがたいが、黍をすすめて祈る意で、曰は祝詞の象であろう。1・か、かおり、におい、よいにおい。2・かんばしい、美しい。3・たきもの、こう。(白川静『字通』より一部抜粋)

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楚花

th_37・2014年5月14日・楚花

【楚】 ソ しば むち くるしむ
声符は疋(よし)。[説文]に「叢木なり。一名、荊なり」とあって、叢木(にんじんぼく)を本義とする。[詩、周南、漢広]「言に其の楚を刈る」、[詩、王風、揚之水]「束楚を流さず」、[詩、小雅、楚茨]「楚楚たるものは茨」など茨棘(けいきょく)の類をいう。これを以て鞭笞(べんち)とするので、またむちの意となる。西周中期の金文[きじ]に「王の南征に従ひ、楚荊を伐つ」とあって楚荊を連言しており、楚をまた荊ということもあった。1・にんじんぼく、とげのある灌木、しば、ばら。2・むち、しもと。3・うつ、いたむ、くるしむ、かなしむ。4・そに通じ、連なる。5・楚楚、茂る、うつくしい。6・国の名。(白川静『字通』より一部抜粋)

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逞花

th_36・2014年5月12日・逞花

【逞】テイ ほしいまま たくましい
声符は呈(てい)。呈は祝じゅ(示偏に壽)を収める器サイを捧げて、天に向かって祈ることをいう。[説文]に「通ずるなり」とし、「楚にては疾行を謂ひて逞と為す」と方言を以て解し、また[左伝]「何ぞ欲を逞(ほしいまま)にせざる所あらん」の文を引く。勝手なことを祈ることを逞という。1・ほしいまま、ほしいままにする。2・たくましい、たくましくする、きわめる、強く求める。3・はやい、とおる。(白川静『字通』より一部抜粋)

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慈花

th_35・2014年5月11日・慈花

【慈】ジ シ いつくしむ
声符は茲(じ)。[説文]に「愛なり」とみえる。古くは子をその意に用い、金文の[大盂鼎]に「故に天、異(翼)臨し、子(いつくし)みて先王を法保したまへり」、また[也き]に「懿父(いほ)は廼(すなは)ち子まん」のように用いる。1・いつくしむ、いつくしみ、なさけ、あわれみの心。2・父母にやさしくつかえる。3・また子の字を用いる。(白川静『字通』より一部抜粋)

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玩花

th_34・2014年5月8日・玩花

【玩】 ガン(グヮン) もてあそぶ
声符は元(げん)。重文の字はがん(貝偏に元)に作り、貝に従う。[説文]に「弄ぶなり」とあって互訓。[詩、小雅、斯干]は新室の祝頌詩で、男子が生まれると玉璋、女子には瓦器を弄せしめるという。玉、貝、土器は魂振りの呪器として、新生の子に持たせた。これを玩弄という。1・もてあそぶ。2・なれる、あなどる、けがす。3・むさぼる。(白川静『字通』より一部抜粋)

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泡花

th_33・2014年5月7日・泡花

【泡】ホウ(ハウ) あわ うたかた
声符は包(ほう)。包に包みこまれたものの意がある。[説文]は水名とするが[方言]や[広雅]に「盛んなり」とあり、泡立つような水の状態をいう。泡沫の意。1・あわ、うたかた。2・あわだつさま、その水勢。(白川静『字通』より一部抜粋)

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悩花

th_32・2014年5月1日・悩花

【悩】ノウ(ナウ) なやむ
旧字は惱に作り、のうは腦の初文でその象形。[説文]に正字をのう(女へんの腦)に作り、「恨痛する所有るなり」とする。また「今汝南の人、恨む所有るをのう(女へんの腦)と曰ふ」と方言を以て解している。婦人に懊悩のことが多いので、のう(女へんの腦)を正字とするのであろうが、惱の字を用いることが多い。1・なやむ、うらむ、わずらわしい。2・いかる、はらたつ。3・国語で、のう、やまい。(白川静『字通』より一部抜粋)

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幸花

th_31・2014年4月27日・幸花

【幸】 コウ(カウ) さいわい
手械(てかせ)の形。これを手に加えることを執という。[説文]に「吉にして凶を免るるなり」とし、字をぎゃくと夭(よう)とに従い、夭死うぃ免れる意とするが、卜文・金文の字形は手械の象形。これを加えるのは報復刑の意があり、手械に服する人の形を報という。幸の義はおそらく倖、僥倖にして免れる意であろう。のち幸福の意となり、それを願う意となり、行幸、侍幸、幸愛の意となるが、みな倖字の意であろう。1・倖と通じ、さいわい。2・こいねがう。3・めぐむ、したしむ。4・みゆき、いでまし。(白川静『字通』より一部抜粋)

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染花

th_30・2014年4月25日・優花

【染】セン そめる そまる しむ しみる けがす
水+朶(だ)。朶は木の枝葉のしだれている形。木の枝葉をたわめて水に漬け、染色をする。[説文]に「絹を以て染めて色を為す」とあり、[周礼、天官、染人]に染草の法をしるしている。古くは染料に多く草木を用いた。1・そめる、そまる、色をつける、色をしませる。2・しむ、しみる、うつる。3・けがす、よごれる、色がつく。(白川静『字通』より一部抜粋)

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清花

th_29・2014年4月23日・清花

【清】セイ シン すむ きよい きよらか きよめる

声符は靑(青・せい)。[説文]に「朗らかなり」とあり、清朗の意とし、また「澂みたる水の兒なり」と清澄の意とする。澂は澂てつ(ちょうてつ)、澄みきった水をいう。1・すう、すみとおる、水がすむ。2・きよい、きよらか、きよめる。3・あきらか、あざやか。4・おさまる、やわらぐ、しずか。5・のみもの。(白川静『字通』より一部抜粋)

 

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燿花

th_28・2014年4月19日・耀花

【耀】 ヨウ(エウ) かがやく ひかり あきらか
声符はてき。てきに曜、耀の声がある。耀が正字であるが、今多く耀を用いる。耀は[説文]にみえず、北魏の碑に至ってその字がある。1・かがやく、ひかり。2・あきらか、てらす、しめす。(白川静『字通』より一部抜粋)

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鐘花

th_27・2014年4月9日・鐘花

【鐘】ショウ かね つりがね
声符は童(どう)。童に撞・憧の声がある。[説文]に「樂鐘なり」とあり、祭事や宴席などに用いた。西周後期には編鐘も作られ、戦国期には律呂のことも精密となり、音階楽器として用いられた。1・かね、つりがね、楽鐘。2・とき、ときうつ鐘。(白川静『字通』より一部抜粋)

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宴花

th_26・2014年4月7日・宴花

【宴】エン たのしむ うたげ
宀+えん。えんは女子の頭上に玉(日)を加えて魂振りする意。廟中で行うを宴、秘匿のところで行うをえんという。これにより心が安らぐので、宴安、宴楽の意となる。1・やすらか、たのしむ。2・宴飲の意に用いて、うたげ、さかもり。(白川静『字通』より一部抜粋)

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儚花

th_25・2014年4月2日・儚花

【儚】この字は『字通』では探せなかった。
かわりに忄に夢とかいて、ボウ、くらい、というのがあった。声符は夢(ぼう)。夢に定かでない意がある。[説文]に「明らかならざるなり」とあり、心意のぼんやりした状態をいう。1・定かでない、明らかでない、くらい。2・もだえる、なやむ、みだれる。3・おろかな、わるい。(白川静『字通』より一部抜粋)

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硬花

th_24・2014年4月1日・月花

【硬】コウ(カウ) かたい
声符は更(こう)。更に梗塞するものの意がある。[玉篇]に「堅硬なり」とあり、石質をいう。1・かたい。2・つよい。3・さまたげる、さわる。(白川静『字通』より一部抜粋)

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笑花

th_23・2014年3月31日・笑花

【笑】ショウ(セウ) わらう
巫女が手を上げ、首を傾けて舞う形。若も巫女が両手をかざして舞う形で、その前に祝詞の器であるサイをおく。両字の構造は近く、竹は両手の形である。1・わらう、ほほえむ。2・よろこぶ。3・花さく。(白川静『字通』より一部抜粋)

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群花

th_22・2014年3月28日・群花

【群】グン むらがる むれ
声符は君(くん)。[説文]に「輩なり」、[玉篇]に「朋なり」と訓するが、もと獣の群集する意である。羊や鹿の類には群集する習性があるので、羊には群という。これを人に移して群衆という。1・むらがる、むれ。2・とも、たぐい、しな、みうち。3・あつまる、あわせる、ととのう。(白川静『字通』より一部抜粋)

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狐花

th_21・2014年3月21日・狐花

【狐】コ きつね
声符は瓜(か)。[説文]に「妖獣なり。鬼の之れに乗る所なり。三徳有り。其の色は中和、前を小にして後を大にし、死するときは則ち丘首す。之れを三徳と謂ふ」とあり、瓜声とする。丘首とは、死するとき故丘に頭を向ける意。狡猾な獣とされる。国語のキツネの語源は擬声語とされるが、狐もその鳴き声をとるものであろう。1・きつね。2・短狐。(白川静『字通』より一部抜粋)

2015-04-14 | Posted in 千花千態No Comments » 

 

新地ステーキ「榊原」

 肉食だと思われがちであるが、私は肉食ではない。

 「千夜千食」を読んでくれている人なら、私が圧倒的に魚が好きであることをご存知であろう。別に肉は嫌いじゃない。ただ、肉か魚かと問われると、魚!なのである。

 そもそも、焼き肉は選択肢にない。ステーキハウスとか肉を食べさせる鉄板焼きなどは、長く生きているのでまあちょくちょくはある。フレンチやイタリアンなどのメインでも普通に肉は食べる。ただ、今日は肉を食べるぞ!的肉食の人のような意気込みはないのである。それでも、今まで二軒だけ、印象に残っている店はある。

 一軒は神戸のステーキハウス「麤皮(あらがわ)」。こちらは、神戸でも垂涎かつ最高峰の神戸牛を出す名店で、完璧な火加減の炭火で焼かれたたステーキの旨さは今でも舌が覚えている。シンプルな塩胡椒だけなのに、濃厚に甘く、とろけるように柔らかい霜降りの肉。そのあまりのリッチさは、向こう一二年、もう肉は食べなくてもいいやと思わせるくらいの質量であった。もう一軒はニューヨーク・ブルックリンにある「Peter Lugar」である。こちらはなかなか予約が取れないのでも有名で、行こうと決めてからタイミングの良い時間が取れるまで三年の月日を要した。NYに住む友人たちと4名ほどで行ったのだが、予約してくれた友人によると予約の一週間前には先方からコンファームの電話があったとか、カードは使えないから現金をちゃんと持ってこいとか言われたようである。おまけに、店の隣には ATMまであって、そのちゃっかり具合には思わず笑ってしまった。ブルックリンへと向かうタクシーの中で、今日はPeter Lugarだから現金握りしめてきたなど会話を交わし、盛り上がったこともよく覚えている。そして肝心の肉も、ちゃんとしたアメリカン・ビーフがいかに旨いかを納得させてくれるものだった。肉はポーターハウスという部位で、T字型の骨付き肉。骨を境にフィレとストリップに分かれており、柔らかな部位と脂味の多い部位両方を楽しめるのである。特筆すべきはここのクリームドスピナッチ(ほうれん草のクリーム煮)で、とろとろに煮込まれたほうれん草に塩が効いた味わいには正直ノックアウトされたものである。

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 前置きがすっかり長くなってしまったが、今夜はそのポーターハウスを大阪新地でいただいた。ここは、クライアントのおじさまご贔屓のお店で、ときどき連れてきてくださるのである。メインにいたるまでの牛刺しとか、アスパラガス&ベーコンとか、バターコーンとか、コブクロとか、無造作に、ごろんと皿に乗せられ出されるのだが、すべて素材で勝負しているから文句なしに旨い。丸ごと揚げたにんにくのほくほくで甘いことと言ったら。そして、どどーんと出されるポーターハウスは、「どや」という顔でご覧のとおりの豪快さ。フィレとサーロインを交互にいただくのであるが、これは肉食の人にはたまらないであろう。普段あまり肉を食べない私でも、ついぱくぱくといっちまう。がそれにしても、8ピースくらいが限度である。

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 シメはセイロン風カレーで、これはここの名物である。コースのシメにカレーというのは10年ほど前からちょっとしたフレンチなどでも定着しているが、元々はここが発祥であるとも聞く。シャバシャバしたタイプのカレーを私は“シャバこい”と呼んでいるが、そのシャバこい好みのタイプである。薬味は5種類ほど。面白いのはイカの塩辛で、これが意外にカレーと相性がよいのだ。辛さも、中辛、辛口、大辛、激辛と選べるので思い切って辛口にしたが、最初こそ口の中が燃えるのだが案外平気であった。最後は野菜ジュース。これにウォッカを入れて飲むとカレーで真っ赤になった口の中が、すーっとおさまるのである。

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 たまに肉食というのも悪くない。

2015-04-13 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

京都三条「ブランカ」

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 東京での仕事帰りに、京都に立ち寄った。友人のガラスアーティストの個展をのぞくためである。ギャラリーの営業終了後、京都でごはんを食べる約束をしている。

 目指す店は御幸町三条。京都・三角屋の三浦さん推薦の店である。もともとの町家に匠の知恵と今風のセンスを加え使い勝手のよい店に改装して、そこに合う店子を探してきて貸すというスタイルでやっているのだそうだ。なるほどね。貸す側は店のイメージを保てるし、借りる方はイメージさえ合えばすぐに営業できる。双方にメリットがある方法である。こういうの、メイクセンスって言うんだろうね。

 肩の力の抜けたナチュラルさを感じる入り口である。なにしろ「カジュアルで旨い店ならここや」というお墨付きである。中はカウンターと手前にテーブル席。メニューを見ると、選ぶのに悩んでしまうくらいの充実度である。最近、おまかせばかりを食べているので(それはそれで悪くはないのだが)、たまには主体性を持ってその日その時間食べたいものを注文するというスタイルでやりたい。ここは、その欲望をかなえてくれそうな予感。

 事前にこちらの大将が、石垣島の辺銀食堂で料理を作っていたという情報も耳に入っている。辺銀食堂には行ったことがないが、ご存知のようにあの石垣島のラー油で一世を風靡した店である。料理もすこぶる旨いと聞いている。いやがうえにも、期待が高まるではないか。

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 今日は、食べるぞ〜。いや、いつも食べてはいるけどね。この手のスタイルの店だと、やっぱり気合が入る。それに今夜は三人だから、じゃんじゃん注文しても大丈夫であろう。まずは・・・生のピーナッツに銀杏。見てよ、このツヤツヤの質感。素材が生き生きしていると、それだけで嬉しくなってくる。ビールも進む。続いての春巻きもお野菜がぎっしり、みっしり。胡瓜と春雨、海老がつまったこのピチピチ具合。野菜や海からの贈り物をいただいているという実に有難い気持ちになるの。

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海老シュウマイも、もちもち、しこしこ。この色鮮やかなのは牛肉のサラダ。これにもたっぷりお野菜、そしていちじくまで入ってる。また、沖縄のスパイスがふんだんに入ったドレッシングが超絶技巧なの。白いのはパパイヤの茎のサラダ。パパイヤはベトナムに行ったときハマったけど、シャキシャキのみずみずしい食感がたまらない。こういうのを食べると、ホント全身が透明になっていくようなヘルシーな気分になれる。豚の唐揚げにも、炒めたお野菜がどん、と乗っている。タンパク質とお野菜というゴールデンコンビですな。グラタンのような白いのは、白菜とベーコンのクリーム煮。まったりやさしく、懐かしい味。黄ニラはくったりしながらも、噛むとシャキッと歯切れがよい。ジャージャー麺の甘辛いタレには独特の食感の麺がからんで、もう三人で取り合うようにして食べる。まだまだ、はいるぞ。で、シメは椎茸と豚肉のあんかけ焼きそば。全11品。ほとんど無言でガツガツ食べた。さほどに、旨い。

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 素材が生き生きしている。新鮮な素材を、手早く、ダンドリよく、チャーっと料理する。そこに香草と香辛料を効かせたソースやドレッシングが絶妙にからむ。沖縄や東南アジアのエスニックな気分と日本とが、腕利きの料理人の手にかかりうまい按配でちゃんぷるされている。

 京風町家で食す、めくるめく沖縄&アジアン料理。
 あっぱれである。

2015-04-09 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

神宮前「イートリップ」

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 仕事仲間でもあり、友人でもあるスタイリストのNちゃんが、原宿になかなか素敵なお店があるのと言う。予約を取ってくれたので、現地で待ち合わせすることにした。

 原宿を目的地にするなんて何年ぶりだろう。南青山にはしょっちゅう行ってても、明治通から上(地図上、原宿駅に向かって)には長らく足を踏み入れていない。あの辺は若い人の街という感じがするし、店にもあんまり用がない。だから久しぶりに明治通りを横切って、表参道を上がった(上がるという言い方が正しいのかどうかはわからないけど・笑)。めざす店は、ちょうどザラの裏手の路地の奥にある。入り口がわかりにくいというのは、最近の隠れ家風レストランのトレンドである。

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 ようやく探し当て、木が生い茂る小道を歩く。期待すべき今夜の夕餉へのわくわくする道行きである。店の入り口の壁には大きなリースが飾られている。ぎいいとドアを開くと、そこはフェミニンさが横溢する異空間。欧米生活が長くって、自然派の暮らしを実践していて、料理が上手で、センスのとびきりよい女友達の家のリビング。そんなきわめてインティメイトなイメージである。キャンドルの灯りを効果的に使っている。

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 アルボワシャルドネのレ・フォラスをボトルでいただく。ジュラの白はバランスの豊かな香りがあり、切れ味もよい。アミューズに出て来たのは銀杏。前菜は木のプレートにバランスよく盛りつけられた根菜や魚のマリネサラダ、レバーやのパテ。ヘルシーで、素材本来の味を大事にしているのがよくわかる。卵のフェトチーネはカリフラワーと相性がいい。ローストしたナッツがアクセントになっている。麺のしこしこ具合とトッピングのカリッとした食感とのマッチングで魅了するパスタ。こういうの、家でも作ってみたい。メインは金目鯛のポワレ。ソースはローズマリー風味。こちらも皮がパリッとしていて、味と食感のデリシャスなコンビネーションが際立っている。デザートはアップルパイにアイスクリーム。健康的でありながら、自然派のトレンドを意識したメニュー構成である。雑誌「KINFOLK」的な匂いも少々。

 この店の名前は「eatrip」。eatとtripを組み合わせているわけで、ネーミングの秀逸さにはうーん、やられたって感がある。そうなのよね。食べるって、旅でもあるんだ。人の営みのなかで、世界どこへ行っても食という行為は共通しているし、食を通じて理解する知らない世界はいつだって新鮮で刺激に満ちている。私の場合、訪れた土地の記憶のほとんどは食にまつわるものであるし。さほどに、食は人生から切り離せないものなのだ。

 こちらを経営しているのは、フードディレクターの野村友里さん。お客さんは圧倒的に女性が多い。というか、ここは都会に住んでバリバリ仕事しつつ健康に気を使っている女性にはたまらなく魅力的な場だと思う。料理はおいしいし、店の雰囲気も素敵だし、値段もそこそこリーズナブル。ただ、正直に言うと、私にはどうも居心地が悪い。こういう健康的な店のテイストが私のライフスタイルにないせいだ。私が限りなくおやじ志向であるからか。どうも、少々やばいぐらいのこってりさとか、卵尽くしで身体に悪いものとか、店の灯りでもロマンティックなのではなく、ファンキーかつエロティックな灯りとか。はっきり言うと、お宗旨が違うのである。

 が、いつまでも、そういう店ばかり好んでいては身体に悪い。これをきっかけにこういった店にもちゃんと来て、規則正しい生活をあたりまえのように送れる真人間になりたいとは思っているのである。思ってはいるのだけど。

 今度、ランチに来てみよう。

2015-04-08 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

中目黒「シャポードパイユ」

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 仕事でロケのときの朝ごはん。すでにスペシャルなばくだんおにぎりは第42夜で紹介したが、こちらは女性スタッフにたいそう人気のサンドイッチである。

 ある日、タレントさんやヘアメイクさんが、なにやらきゃあきゃあ騒いでいる。どうした、どうしたと近づいてみると、サンドイッチの種類がいろいろあって、どれを選ぶかで大騒ぎになっているのである。なあんだ、そんなことか。たかがサンドイッチじゃん。そのときはさほど興味も抱かず、食べもしなかったのであるが・・・あるとき口にしてびっくりしてしまった。ソーデリシャスなのである。

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 バゲットを半分に切って、ハムとアボガド&トマトや、エビ、アボガド、卵のオーロラソースとか、スモークサーモンとクリームチーズなどを挟んでいる。バゲットがパリパリで香ばしく、具の組み合わせにセンスがある。たしかに女性陣がきゃあきゃあ言うだけのことはある。以来、ちょっとしたスペシャル撮影のときのリクエストメニューとなった。

 ここのシェフは、パティシェをめざし宝塚ホテルで修行した後、フランス、オーストリアのパティスリーを渡り歩き、いったん帰国。再びパリで研修を受けた後、レストランでシェフパティシエに。その後、2010年に店をオープンさせた。目玉は、もちろんパリ風サンドイッチ。パリのケーキ屋でパティシェ修行をしていたときによく食べていたという味を再現するため、皮が薄めで香ばしいパンを焼くことからスタート。小麦のおいしい味がするフランスパンになるよう何度も何度も試作を重ねたという。具にしているハムもフランスの職人さんから学んだ手作り無添加のもの。三週間ソミュール(塩水)に漬け込み、香味野菜と香辛料でコトコト煮込んだ本格派。ベーコンだってちゃんと乾燥&スモークさせて、自家製ブイヨンで煮込んでいるという、凝りに凝ったサンドイッチなのである。しかも、青カビチーズに胡桃と蜂蜜とか、季節のジャムにクリームチーズなどもあって、組み合わせもユニーク。金柑ジャムにクリームチーズなどという和洋折衷のアレンジも実に楽しいのである。

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 普通のバゲットはだいたい長さ30センチくらいだろうか。これは、それを真っ二つに切って、具をはさんでいる。だいたい幅15センチくらいか。女性だったら、それひとつでじゅうぶんお腹がいっぱいになる量である。だけど、サンドイッチの種類は定番もので約10種類。これにときたま気まぐれサンドイッチというシーズンメニューもあるし、発酵バターを折り込んで焼いたクロワッサンのサンドもある。いろいろ食べたいので、あるときからひとつのサンドイッチを半分にカットしてもらうことにした。これなら、少なくとも二種類は楽しめる。みなさんにも大好評。おやつにしたいフレンチトーストやパン・ド・ショコラも美味しい。ロケのときはロケバスさんが朝早く買いに行ってくれるので大丈夫だが、個人的に食べたいときは少なくとも昼までに行かないと売り切れてしまうことが多い。売り切れと同時にお店も閉まるのだ。

 どうしても食べたいときは。午前中に電話して取っておいてもらうというワザも使える。が、これも売れ行きのよい日は早く閉まるので、それはそれで早めに取りに行かないといけない。美味しいパンは午前中勝負。あ、うどんと一緒だ。

2015-04-07 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

岡山鮨「ひさ田」

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 噂には聞いていた。岡山のちょっと奥の方に、凄い鮨屋があることを。岡山だったら、実家に帰るついでにも寄れるし、神戸からだって日帰りできる。行こうと思えばいつでも行ける。グーグルで検索したら、その店は岡山の赤磐市という郊外にあった。岡山市ではないが、ま、その近くだろうと高を括っていた。

 ちょうど、松岡師匠の秘密倶楽部の終了が岡山市内で5時頃である。終わってから、ちゃっと寄ってちゅっと食べてさっと帰れるではないか。ところが、岡山市内からタクシーに乗ったはいいが、運転手さんが「かなり遠いですよ」と言う。知ってるようで知らない岡山市。市街地を外れ、旭川のほとりをタクシーはどんどん上流に向かって走るのだが、グーグルマップというもの市街地では威力を発揮するが、郊外に出ると距離感覚がどうもつかめない。走っても走ってもたどりつかないのである。「ほんまに遠いですね」と言うと、「ほんま遠いです」と運転手さん。まだかまだかと現在地を確かめながら、ほぼ40分。ようやくめざす店に近づいて来た。住宅街である。運転手さんが「ほんまにこんなところに鮨屋があるんですか」というが、ほんまにこんなところなのである。

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 すし処「ひさ田」は住宅街の中に突如として出現する。「あ、ここです。運転手さん」「ああ、お店ですねえ」と会話を交わし、車を降りた。予想していなかったタクシー代に少しびびるが、しかたない。タクシーのテールランプを見ながら、運転手さんに頭を下げる。

 こんばんは、とのれんをくぐると、そこは端正なインテリアの、紛れもなく旨い鮨を出す店の佇まい。カウンターのいちばん端っこ、私がポールポジションと呼ぶいちばん好きな席に案内され、さてと。大将は、フレンチレストランのソムリエのような鮨屋らしからぬおしゃれな風貌。ちょっととっつきにくい感じ・・・。

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 ところが、鮨や酒について尋ねると、相好を崩すというか、たちまち嬉しそうな顔になる。おすすめに従い、東北泉の雄町純米を注文。雄町の米は、ここ赤磐で育てられているのである。郷土愛がにじみ出ていて好感が持てる。まずはおまかせでツマミから。いきなり鱧しゃぶの登場である。う、旨い。鱧、旨い。続いて太刀魚を軽く炙って土佐酢のジュレをかけたもの。風味絶佳である。

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そして先ほどから串に刺し炙っていたのは、だ、大好きな鰆。じゅうわあ〜んと脂がのりきっている。岡山に来たら、やっぱり鰆でしょ。わくわくしながら待っていると、いきなりですね。チーズを出してきて、鰆の上で削り始めるではないか。いや、チーズを組み合わせるというのは聞いていた。期待もそれなりにしてきたつもり。だけど、それを貴重な鰆にやるの?も、もったいない。鰆のたたき・吉田牧場のチーズがけ。まるでパルミジャーノのようにたっぷりと鰆にかけるのである。ほんまに、これ合うのかいな・・・・半信半疑で口に入れると、ものすごく合うのである。何?この組み合わせ!目が白黒しちまうくらいの旨さなんである。大将はヨシダジャーノですと得意満面。ここで、同じ雄町純米の今度は吟醸で綿屋という日本酒をもらう。ぐびぐび飲みながら大将の所作をチェックしていると、こんどは何やら小さな豆腐状のかたまりをさくさくと半分に切り盛りつけている。え、これは?そう、吉田牧場にとくべつに作ってもらったという小ぶりのモッツレラ。軽く塩に漬け込んでいるのだそうだ。わさび醤油でいただくそれは、チーズというより本当に押し豆腐のよう。歯ごたえもある。これがまた美味しいの。たまらず日本酒を追加!宮城の墨迺江という特別純米酒。今まで鮨にワインを合わせている人たちを冷ややかに眺めていた私。チーズと日本酒を旨いと思う日が来るなんて。もっとも、モッツレラは癖がないし、わさびと醤油のマジックで日本酒とも違和感なくマッチする。しかし、ここ、凄い。面白い。愉快。ファンタスティックかつファンキー。愉悦のツマミ攻撃である。

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 これは握りも期待できるい違いない。そまずは中トロ。美しい。旨い。脂ののり具合が均一で、舌の上ですーっと爽やかに溶けていく。キスも皮と切り目を美しく配した一品で、キラキラしている。これも旨いのだ。特筆すべきは大胆にざくざく切ったガリ。これを文字通り、ガリガリ食べる。ここで呉の宝剣という酒を。ハリイカはねっとり蠱惑的。マグロのづけは、天身といって中心に近い筋のない極上の部位。今までの赤身の概念がくつがえされる。清楚な風情のサヨリ、こういうのを吉永サヨリというのだな。

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この上ない締め具合の鯖、車海老にいたっては表は赤いが裏は半生。これ、どうやって加減するんだろう。我慢できずに上喜元の純米吟醸を注文。笠岡のイワシには芸術的な網目が施されている。鰤の端正さといったら、どうだろう。ウニはもちろん瀬戸内海の赤ウニである。世界でいちばん美味しいヤツね。そして先ほどチーズをまぶされていた鰆は今度は辛味大根を乗せられ再登場。いいね、いいね。そしてシャコ。こういうのをいただくと瀬戸内にいるという気になってくる。イクラはご愛嬌。だけど、このクオリティも素晴らしい。スープ状のものはあらら、魚のアラのスープである。握りの最後は煮穴子。しっとり柔らかで、うっとりする食感。シメは、沢庵の古漬けとハーブの巻き。えっ、ハーブと思うのだが、最後に口中をすっきりさせてくれる。立方体の卵は、三つ葉が入ってふわふわ。でもって最後のデサートはなんとうれしいあんこ玉。うふ。

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 それにね、鮨を置いてくれる陶板がまたシブいのよ。ご当地の備前焼。酒器もツマミのうつわも、唐津や瀬戸で大将はそうとうにこだわってる。

 来た甲斐があった。はるばるタクシーに乗った甲斐があった。

 こんな鮨屋があるなんて。大将にタクシーに乗ってきた話をすると、事前に電話をすれば岡山駅でも最寄りの瀬戸駅(最寄りとはいえここからでも20分)でもひさ田専用タクシー(少し安めの定額料金)があるのだという。つまりですね。タクシーに乗ってでもここに来たい客が全国にいる、ということである。

 いやあ、恐るべし。ひさ田に骨抜きにされた夜でありました。また、絶対行く。

2015-04-03 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

旅館「くらしき」

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 私にとって、倉敷というのはとくべつな地である。子供の頃何度か大原美術館には連れて行ってもらったし、高校時代は倉敷の寄宿舎で生活したにもかかわらず、倉敷という町の良さがわかったのはずっと後のことである。

 きっかけは、民藝である。この日本再発見物語の追体験をしているうちに、こんなに近くに、しかも自分とも多少のゆかりある地が、その運動を支えた中心的場であったことを知る。民藝運動に大原孫三郎という実業家が賛同しなかったら、駒場の日本民藝館は建設されなかったかもしれないし、今の倉敷の町のかたちもずいぶんと違ったものになっただろう。

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 エル・グレコで知られる大原美術館だが、私はここへは民藝コレクションを観に行く。バーナード・リーチ、河井寛次郎、濱田庄司、芹沢銈介、棟方志功・・・大原孫三郎との親交によって駒場に匹敵するくらいの名品が展示されている。並びにある倉敷民藝館も、ゆっくりとその世界に浸ることのできる大好きな場所である。そして、長年一度は泊まりたいと思っていた宿が、旅館「くらしき」であった。遠い記憶の中に(たぶん雑誌かテレビだと思うが)、着物を着た臈長けた女将の姿があり、泊まるにはそうとうな経験を積まなければと思わせるような迫力が感じられた。ところが、縁というものはあるもので、二期倶楽部の山のシューレで知り合った女性が旅館「くらしき」の女将であったのだ。しかも彼女は同郷人。今では、高松が誇るあの企業が経営支援をしているのだという。ぐぐっとこの宿が精神的に近くなったのは言うまでもない。いつかは、泊まりに行かなくてはと思っていた。

 その機会は案外早くやってきた。松岡師匠が主宰する秘密倶楽部が倉敷で開催されることになったのである。金曜の夜、前乗りして旅館「くらしき」に泊まろう!というアイデアを早速実行に移す。

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 旅館「くらしき」は倉敷美観地区の真ん中、倉敷川が曲がるところに建っている。入り口の看板は、芹沢銈介氏の手になるもの。もうこれだけで、民藝好きにはたまらないのである。宿は、江戸時代の旧家砂糖問屋の母屋と米蔵三棟を改装しており、問屋時代の本瓦葺、白壁、格子窓、土間、雨戸、欅の柱や梁をそのまま活かしている。手がけたのは倉敷国際ホテルや倉敷アイビースクエア、倉敷市民会館などの建築で知られる浦辺鎮太郎氏である。大原孫三郎、總一郎の父子二代の後ろ盾を受け、当時まだ倉敷レイヨンの営繕部長だった時代の仕事だという。昭和32年完成というから、古民家改装などがポピュラーになるはるか前にこういう改装アイデアがあったということに驚く。古いものを大事にしながら、少しずつ修繕し、次世代につなぐ。高度経済成長時代以前は、そんなものを大切にする精神があたりまえのようにあったのだろう。

 つまりこの旅館は、倉敷という町が観光地化される前の大原孫三郎、總一郎父子の志と尽力、浦辺鎮太郎の才能、そして当時の女将との人的つながりでできあがったといっても過言ではないのかもしれない。

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 そんな宿の歴史を反芻しながらチェックインした。「蔵の間」という部屋に案内される。米蔵の棟をそのまま利用しており、一階は座敷とベッドの置かれた寝室、二階にも座敷がある。何人かで泊まれば楽しそうだが、今回はひとり。部屋がもったいない。いくつか部屋が空いているというので、三部屋続きの「奥座敷」を見せてもらい、そちらに替えていただくことにした。旅館の方では、お一人様だと広すぎて寂しくないかと気を遣ってくれていたようだが、大丈夫。広いところに一人は好きなのだ。

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 夕食は、庭に面したテラス席でいただいた。瀬戸内海の海の幸中心の懐石スタイルである。地元森田酒造の日本酒「荒走り」がなかなかよい。お品書きが行方不明ゆえ料理の説明は省かせていただくが、まだ若いであろう女性が給仕をしてくれた。老舗の手だれの仲居さんというわけにはいかないが、こちらの質問に一生懸命に応えようとするその気持がすがすがしく、好感が持てた。わからないことはわからないから聞いてきますの一言は重要である。ここのスタッフはみんな若かったが、それぞれが真摯に目の前の仕事をしていたように思う。企業経営であるということは、効率も求められるだろうし、スタッフの入れ替えなどもあるだろう。だが、老舗の看板を背負い、名に恥じない接客を心がけようとする気持ちがあれば、名旅館としてこれからも長く愛されるだろう。

 当日女将さんは不在であったが、翌朝、隣の珈琲館で少しだけ話をする時間が持てた。老舗の宿を引き継いで運営していく苦労はさぞや大変だろうと想像するしかないが、倉敷の町や人々に教えられ、助けられているという言葉が印象的だった。大原孫三郎の、そして先代の女将の時代から、この地はそういう場所や人を育てていく懐の深さがあるのだろうと思う。次回は、司馬遼太郎や棟方志功が好んで泊まったという「巽の間」に泊まってみたいと思う。

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◎旅館内のショップで、「匠たちの名旅館」という素晴らしい本を購入した。旅館「くらしき」も、もちろん掲載されている。

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アマゾンで「匠たちの名旅館」を購入する                                                   

2015-04-02 | Posted in 千夜千食No Comments »