2015-08

ひがし茶屋街「みつ川」

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 土日を利用してのハイパー企業塾の合宿も終了。せっかくの金沢、前乗りは当然であるが、次の日も祝日なので終わってからも居続ける。いわゆる後帰りというやつである。ハイパー塾の幹事でここ3期をご一緒している岡島さんと、一緒に泊まって食事に行く約束をしている。夜の金沢で食事といえば当然鮨である。「みつ川」は日曜もやっている頼もしい鮨屋なのである。

 ハイパー終了後、何人かで別れを惜しみ、居酒屋で香箱がになどをツマミに、軽くは飲んでいる。ご一緒したOさんがこの後私たちが鮨に行くという話を聞きつけ、ぜひとも合流したいという。ううむ。この手の店で当日の席を確保するのは難しかろう。だけどせっかくのことだし聞くだけは聞いてみよう。

 予約は7時である。急遽1名なんとかならんかのリクエストに、7時から8時までの1時間だけならなんとかしましょうということになり、1時間だけでもご一緒することになった。ここは席数も少ないし、今やすっかり金沢を代表する鮨なので、カウンターは時間刻みでフル稼働のようである。当日受けてくれただけでも感謝すべきであろう。よかった、よかった。

 さて、昨年の5月以来(第71夜)であるから、8ヶ月ぶりである。

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 初っ端からタラの白子でが出てくる。うふふ。今やどこに行っても出回っている白子であるが、真冬の金沢でいただくものは鮮度と質がまったく違う。舌の上でとろりと婉然と溶けるのだ。その、ただただ至福の味わいに目を細める、唸る、感嘆する。お造り三種盛りは、平目、ヤリイカ、鯖。どれも素晴らしい活かり具合である。

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渋い唐津の皿に盛られているのは、コリコリしたカワハギに肝をまぶし、さらに葱を加えた極上の一品。黒龍が進むったらありゃしない。そして、当然のごとくノドグロの焼いたものが出てくる。これはもう冬の北陸では欠かせない定番であろう。お次は、北陸の至宝加能ガニと味噌である。うふふ。オンシーズンに来ただけのことはある。ズワイガニって、どうしてこんなに旨いんだろね。端正なのに、複雑かつ深い海の滋味。カニだけを丸ごと食べるのももちろん好きだけど、こうして美味しいところを少しずつ楽しむというのが、大人ならではの美食と言えるのかもしれない。続いて、下足をこのわたで和えた一品。このわたで和えるかな、普通。そうとう贅沢な大将の遊び心である。イクラは大根おろしとすっきりと。これでノドグロやカニの興奮を鎮めたと思ったら、カワハギにたっぷりの肝。ふひょひょひょひょ、だね。いけませんね。すでに黒龍の二合目が終わろうかという按排。そうこうしていると、ついに、ついに、フグの白子が出た。好物を三つあげよと言われると、一にアンコウの肝、二にフグの白子、三に雲丹というくらいのランクであるので、こうれはもう黙ってただただ熱いうちにいただく。香ばしさも完璧な一品。

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 いつもツマミを食べながら、もう少しゆっくり、じっくり味わいながらと思うのに、結局バクバクあっという間に食べてしまう。これをもっと大人の余裕で楽しめるようになることが目下の目標なのだが、まだ修行が足りないのかなかなかそれができない。と言いながら、握りに突入する。まず平目。ほどよくコリッとし、端然たる味わい。イカはいつものように大葉をはさみ三枚におろしたものをさらに細かく刻んでいる。これにより口の中ですぐさまふわりとイカの旨味が広がるのである。弥助にインスパイアされた技が訪れるたびにどんどん洗練されていっている。炙った鰆は、香ばしさと上品さが絶妙なバランスを保っている。甘エビのぷりぷり具合とねっとり濃厚な味わいも、格別。そして、寒ブリ。ああ、冬に来てよかったとしみじみ思うデリシャスさ。身はゴリゴリの筋肉質なのに、そこにサシのような脂肪がバランスよくついていて口の中ですーっと溶けていく。つぶ貝もイキがよい。コリコリ。赤身、アジ、コハダの定番たちも間違いのない味である。そして炙ったのどぐろにいたっては、もう言葉がない。やっぱり冬の脂の乗り方は半端じゃないね。巻物をいただいた後に、パリッとした表面に塩をぱらりと振った穴子、とろとろになった雲丹で〆る。

 いつ来ても、エッジの効いたツマミと握りである。金沢という天然の旨い魚に恵まれた土地と、大将の腕の相乗効果による高次元の鮨イノベーション。ここにしかない鮨という意味では、やはり夜のナンバーワンである。今回の金沢ではずーっと行きたくてやっと念願かなった店(第172夜)もあったが、ここはもはや私にとっては金沢の夜のホームグラウンドのような店である。一泊しかできない場合は、やっぱり迷わずここに来るだろう。

2015-08-28 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

金沢主計町「太郎」

 ハイパー塾二日目のお昼ごはんは、ひがし茶屋街のすぐ近く主計町にあるなべ・割烹料理の「太郎」に集合となった。このあたりも料亭や茶屋が並ぶエリアで、古都金沢の面影を色濃く残している。こちらは、なべなら金沢随一との呼び声高く、秘伝のだしと日本海の新鮮な魚貝や地場の野菜でつくる寄せ鍋が絶品であるという。

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 二階に上がると、すでに鍋の準備ができている。みんな好きな場所に陣取り鍋を囲む。寄せ鍋の具材は、鯛、鱈、牡蠣、鶏肉、鶏団子、筍に銀杏、しいたけにえのき茸、葱に菊菜に白菜と、盛りだくさんである。仲居さんがすべて取り仕切ってくれる作法となっており、頃合いを見計らい取り分けてくれるので、気分はお大尽。だしは秘伝というだけあって、薬味なしでじゅうぶんに美味しい味である。

 部屋の中は鍋の湯気で暑いくらいであるが、外は雪景色である。そのうちに、ゴロゴロドーンと大きな音で雷が鳴り始めた。長年こちらで働いているという年配の仲居さんが、「ああ、ブリ起こしやねえ」とおっしゃる。「何ですか、ブリ起こしって」と聞けば、この季節に鳴る雷のことをこの土地ではそう呼ぶのだと教えてくれた。「これが鳴ったら、大雪になるね。風も強くなってねえ」ともおっしゃる。

 ブリ起こし。

 初めて聞く言葉である。12月から1月にかけて、ブリの穫れる時期に鳴る雷のことをこう呼ぶのである。これが鳴ると、風も雪もどんどん強くなるのだという。そして、ブリ起こしと呼ばれるくらいであるから、この雷の音で海の底の方にいたブリが驚いて網にかかると信じられているのである。実際、この時期が寒ブリのまさにシーズンなのである。

 やがて、本当に雪が激しくなってきた。風も強くなり窓をガタガタ鳴らす。だが、ブリ起こしが鳴るということは、寒ブリが大量にやってくるという合図でもあるのだ。脂がたっぷりのったブリがいちばん旨い時期。漁港はブリ漁でおおいに活気づくのだろう。

 気象をあらわす言葉が、風土や生活に密着している。このような土地にこそ、四季折々のほんとうの生活というものがあるのだなと思う。北陸の滋味がたっぷりしみだした鍋を食べながら、そんなことをしみじみと考えた。

 来年もブリ起こしを聞きに、そして脂ののったブリを食べに、金沢へ行きたいと思う。

2015-08-25 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

金沢「金城樓」

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 料亭「金城樓」はひがし茶屋街のすぐ手前、浅野川にかかる大橋の手前にある。隣の大樋美術館へは金沢を訪れると必ず行くので、いつも前は通っている。見るからに豪奢な建物で、料亭でありながら旅館でもあるとは聞いていたが、値段も値段だしあまり食指が動かなかった。

 今回のハイパー塾の晩餐はここで、とのことである。なんという豪勢さであろう。玄関に立ち驚いたのは仲居さんが黒留袖を着ていたことである。一人や二人ではない。全員が着ているのである。黒留袖というのは既婚のご婦人の正装で、素人は身内の結婚式のときにしか着ない、着られない着物である。だが花柳界では、お正月の正装としてはもちろん、舞妓さんから芸妓さんになったときにも正装とし着るようである。あと「お化け」という風習。花柳界を舞台にした小説などを読むとけっこう出てくるのであるが、節分には邪気払いの習慣として「お化け」を模した衣装で邪気を払う風習があるようで、このときの正式な装束も黒留袖だという。

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 金城樓では、松の内のあいだは仲居さん全員が黒留袖を着る習わしであるという。我々塾生たちは雪国での合宿というので、防寒第一にダウンコートにブーツ、ジーンズなど、みんなおもいっきりカジュアルな服装で来ている。いくら大広間での食事とはいえ、黒留袖に相対すのが普段着というのは非常に忝なく、申し訳なく思う。

 さてと。一年前にも書いたが(第21夜)、いくら仲居さんが黒留袖の正装であろうと、場が金沢随一の料亭であろうと、勉強に来ているので酒は飲ませてもらえない。そのことはよくわかっている。わかっているつもりである。食後には講義もある。よくわかっている。

 そこで、おちゃけの出番である。ううむ、日本酒をこんなふうに湯呑みにどぼどぼ大胆に注いで飲むのは素敵。そういう気分になりながら、お茶で酒の妄想をする。想像力さえあれば、それはそれで楽しいのである。

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 冬の金沢のご馳走。なにしろ松の内であるし、仲居さんは黒留袖の正装だし、まことに晴れ晴れしい。八寸には「立春大吉」と書かれた短冊が添えられている。五目豆、昆布巻き、数の子、紅梅梅、田作り。お正月気分満載である。お椀の蓋にも富貴長命と書かれている。こういう言葉は縁起物で、いつまでも健康で、長く富貴を謳歌できますようにという願いがこめられている。自分でもそう願いつつ、蓋をあけるとくわいの真丈にお餅。白と赤と緑のコントラストが黒塗りの漆になんと映えることか。金沢のお出汁はもちろん関西風である。すーっと染み渡る滋味。お造りは寒ブリ、ヤリイカ、すずき。盛られた皿にも文字が書かれてい、お造りに隠れているがこれは福という字であろう。使ううつわひとつひとつにも、新春のめでたさを寿ぐメッセージがある。煮物は能登産の合鴨を使用したという治部煮。金沢名物である。小麦粉をまぶした鴨と金沢のすだれ麩、きのこなどを、濃いめのとろりとしたたれで煮た一品。わさびを添えているのも特徴である。名前の由来は諸説あって、治部右衛門某が持ち込んだとか、じぶじぶ煮るからからだとか、鴨を使うからジビエがなまったとか。どれもそれらしいけれど、定かではないようだ。面白い。続いて名物のかぶら寿司である。私はずっと若狭のへしこのたぐいだと思っていて今まで食べたことがなかったし、冬のオンシーズンに来たこともなかったので今回はじめて食べたのだが、これには素直に感動した。蕪を塩漬けにし、そこへ塩漬けにしたブリの切り身を挟む。これを人参や昆布と一緒に糀に漬け込み発酵させるのである。カリカリした蕪の間に旨さをねっとり熟成させたブリが存在を主張する華やかな一品。さすがにこれをおちゃけでいただくのだけは、辛かった。酒の肴としては最高の部類に入るであろう。あつあつのごはんでも行けそうだし、深夜の茶漬けにもチャレンジしてみたい。

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 焼物は、柳鰆の照り焼き。柳鰆というのは、瀬戸内海で獲れるあの鰆ではない。こちらで揚がるのはカジキマグロで、それをここでは柳鰆と呼ぶのである。これに気づいたのは何年か前に近江町市場の鮨屋に行ったときのことである。壁に貼られた短冊のリーズナブルグループのかたまりの中にサワラとあり、イカとか下足と同じ値段がついていたのである。これはおかしい。あのサワラの地位がこんなに低いなんて。職人さんに聞いてみると、ああこっちでサワラと呼ぶのはカジキマグロのことです、と教えてくれたのである。もちろん、カジキマグロであったとしても、味はけっして悪くない。蓋物は加賀野菜の七福神蒸しである。加賀蓮根、くわい、加賀芹、一本葱、五郎島金時、源助大根がこの蓮根のすり流しの下に隠れている。食事は天然ヒラタケと原木しいたけの炊き込みごはん。デザートは苺、キウィ、杏仁豆腐、黒蜜ゼリーの入ったフルーツポンチ。

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 大満足のご馳走であった。料亭の座敷や調度品に、仲居さんの黒留袖の裾模様に、料理のテーマやうつわのすみずみにまで金沢独特の美があふれていた一夜。この後、ゆるゆると別室に移動したのだが、そこにはまた別の至福が待っていた。アーティスト・ミヤケマイさんの極上の掛け軸である。ハイパー塾今期のテーマが「アートとサイエンスのあいだ」であるので、美の都金沢にふさわしいゲストとしてミヤケマイさんが師匠のお眼鏡にかなったのである。

 いやあ、お酒を我慢するとこういう眼福に出会えるのである。

2015-08-20 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

金沢「乙女鮨」

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 5年越しである。金沢に来るときは、まず「小松弥助」の予約をする。そちらが取れれば、夜は「みつ川」をキープする。たいていこのセットが整い次第金沢に来るのだが、二泊すると翌日も鮨には行けるのでここ「乙女鮨」も何度もチャレンジしていたが、ずーっと駄目だった。そもそもが、日曜休みであるので、チャンスは土曜の夜しかないのであるが、これが実に狭き門なのである。

 今回は、松岡正剛師匠率いるハイパー企業塾の合宿である。11月にはすでに予定が発表されていたのですぐさま予約した。さすがに二ヶ月前なので余裕で取れた。さて面子はどうしよう。

 幹事組のみなさんをお誘いしたのだが、おひとり以外からははかばかしい返事が得られない。そうこうしているうちに、他の留年組からぜひとも鮨をご一緒したいというお声もいただき、予約していた4席がめでたく埋まった。

 いよいよ当日。現地集合である。こちらのお店は金沢の繁華街である香林坊から少し入ったところの路地のどんつきにある。教習所にあったようなクランク状になったところの最初の角でタクシーを降り、路地を真っ直ぐに進むと入り口がある。灯りに浮かび上がる建物は、さすがに金沢の有名鮨といった良い風情である。ガラリ。こんばんは。お、一番乗り。しかし、すぐさま全員が揃う。さすがに企業人のみなさまは、ちゃんと定刻には来られる。

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 さてと。日本酒のメニューだけでも見応えがある。とくに左側のふたつ。手取川の古々酒大吟醸と菊姫のBY大吟醸。古々酒大吟醸は三年寝かせた熟成酒。BYというのはBrewery Yearで醸造年を意味するらしい。今年のBYは平成24年の酒造年度であるかな?一年ものの若い大吟醸、数量限定なので、なかなかお目にかかれないレア物らしい。まろやかな年増にするか、フレッシュな乙女にするか。うーん、迷う。が、ここは乙女鮨。まずは乙女を味見してから、年増へと行くのが順番であろう。

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 さて、乙女のツマミ攻撃はというと。初っ端は平目であります。コリコリ。活かってる。続いて立派なアカイカ。パラパラと胡麻と塩が降られている。そして軽くシメた鯖。この三品だけで、ここが紛れもない名店であることはすぐにわかる。色鮮やかな九谷に乗っているのは、ヨコワとつぶ貝。ヨコワのフレッシュさと言ったらどうだろう。貝は塩でいただく。ゴリゴリの食感。そして、待ってました。こういうの大好きなんですが、カワハギを肝で和えた一品。うーん。このへんから魚卵とか肝責めのうれしい予感がする・・・

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 もういっちょ、待ってました!これは、そうそう大好物のタラの白子。フレッシュで清楚で、だけどその奥にとろとろの濃厚さを秘めている。そしてノドグロの焼き物。旨いっ、旨いっ、旨いっ。ああ、ノドグロよ。錦織圭も好物というあのノドグロ。昔は日本海側に住む人だけの密かな楽しみだったであろうこの魚も今や全国区。(余談だが、ケイが日本に帰ったら何したいですかという問いに、ノドグロ食べたいと言ったおかげで今年はノドグロの値が高騰しているのだそうだ。金沢のいろんな人から聞いた・・・)続いて出されたのは、寒ブリのカマ。いえね。冬の金沢の至宝が蟹とブリであることは知っている。どちらも大好物である。しかし、金沢で食べる寒ブリがこんなに素晴らしいとはいまだかつて想像したことすらなかった。氷見のぶりは冬の関西ではわりと流通しているし、鮨屋でも出される。しかし、さすがに目の前の漁港で揚がった寒ブリの旨さにはかなわないことを身を持って知る。なんだ、このブリは。みっしりと滋味のつまった肉厚の身。蓄えられた脂肪の層が連なって、煮られてなお、こちらを攻撃してくるのである。これだけでも、来てよかったとしみじみ思うのである。

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 いよいよ握りの部に突入である。まずは甘エビ。美しいエメラルド色の卵が乗っている。まったり甘く、とろりと舌の上で溶けていきながら、独特の余韻を残す。ううむ。続いて、平目の昆布締め。これも並大抵の仕事ではない。旨い。そしていよいよ真打ち登場である。冬のダイヤモンド、加能蟹。(加賀と能登で獲れるから頭文字をとってこう呼ばれている。いわゆるずわい蟹です。これが越前で水揚げされると越前蟹、山陰なら松葉蟹、間人なら間人蟹と名前が変わるのである。)味噌をさりげなく乗せてあるのを見るだけで涙が出そうである。軽く炙ったノドグロはこれもいかん。いかんぜよ。コハダが出てきたのはご愛嬌であるな。ま、コハダの酢で、興奮状態のアタマと舌を休めるという意味があるのだろうか(笑)。いや、そうではなかった。これは、次に出されるもうひとつの真打ちの脂を最大限に楽しむための大将の用意周到な戦略であった。そう、出されたのは脂まみれのブリ。お腹のゴリゴリのとこ。うほほほほ。わざわざ金沢まで来たご褒美であるな、この味は。蟹、ノドグロ、ブリ。冬の金沢のゴールデントリオであります。こんなに美味しいものが目の前で獲れるのである。金沢にはやはり蟹の解禁後の冬に来なくっちゃ。今まで、5月ばかりに来ていたこの年月を少し後悔するが、そこはそれ。こうして違う季節に来ると、古都がまたひとつ胸襟を開いてくれたという気がするのである。

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 しかも。この日、前日になってやっぱり鮨が食べたいと言い出したハイバー幹事のW氏約一名。乙女鮨の予約は今さら人数も増やせず、後ほど二軒目で合流ねということになっていたのだが、カウンターのお客様が一組早めに帰ったのである。大将に聞けば、今からでも大丈夫というので、電話した。喜び勇んで駆けつけたW氏。高速で至福の鮨を堪能し、感激の様子。いやあ、よかった。この素晴らしさは共有した人でなければわからないものね。シメにトロ鉄火をいただいて、焼き目も香ばしい穴子でフィニッシュ。薄味の赤だしもたいへんに美味であった。

 翌日、松岡師匠に「昨日、鮨はどこ行ったの」と聞かれ、「乙女鮨です」と答えると、「金沢は弥助か乙女らしいね」とニヤリ。ええ、師匠。鮨ですから、私、ハズシませんとも。心の中で私もニヤリとほくそ笑んだ。

2015-08-18 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

大阪中崎町「入道」

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 この店、昔は堂山の交差点をすぐ入ったところにあった。最初に連れて行ってもらったのは、もう30年ほど前になる。おいしい魚を中心に食べさせる高級サラリーマン御用達の店という雰囲気に満ちており、店内はグレー一色。圧倒的にスーツを着た男性客中心の店であった。ふぐをカジュアルに食べさせることでも定評があった。東京の友人を連れて行くと、みんな感動してくれた。ふぐの皮を白子で和えたものなど、当時の東京ではよほどの高級店でしか出なかっただろう。まだ、そんなに出回っていない頃に水ナスの美味しさに目覚めたのもこの店である。最初は背伸びして行っていた店も年を重ねるにつれ、だんだん自分の「分」というものに近くなり、やがて肩のこらない旨い店としてリストに入れられるまでになっていた。

 ところがある日忽然と店が消え、移転したという情報を耳にした。今の場所に移り、リニューアルしたのである。お魚(おとと)三昧というキャッチも店名の前についた。10年ほど前のことである。新しい店は、中崎町の路地の奥にあって、入り口だけ見ると隠れ家のような佇まい。ところが、ガラリと引き戸を開けると、中は広々としたオープンキッチンのまわりをカウンターが取り囲み、テーブル席もゆったりしている。和食というよりは、フレンチレストランのようなモダンな空間である。

 料理は基本、変わっていない。その日の一品一品を、大将が個性的な達筆の筆文字で書いているところも昔と一緒である。だけど、料理のダンドリや大将の包丁さばきをカウンターから見られるようになり、料理を待つ間ワクワクさせてくれる。移転してからも、そう頻繁ではないが、時折思い出し伺っている。昔から日本酒の品揃えも充実しており、ブレイクするずっと前から獺祭の発泡したものとか普通に置いていた。しかし、これはまもなく消えた。(理由を女将さんに聞いてみると、発泡しているので誰もいない深夜に勝手に栓がポンポン抜けるのだそうである。たしかに、それはちょっとまずい。だけどその様子を想像したら、なかなか愉快な光景ではある。)

 年明けてすぐ、アメリカから友人が帰省しているというので、四人ほどで集まり食事することになった。場所をまかせられ、思いついたのはここである。

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 コースを頼むと、大将手書きの絵献立が手渡される。これを眺めるだけでも、期待値が上がる趣向である。日本酒を注文すると、黒豆と苺を白酢で和えた一品がまずやってくる。この洒落た一品の写真を取り忘れたのが残念であるが、黒豆と苺という取り合わせで軽いジャブをくらったという感じになる。お椀は、ふぐのあら汁。ふぐのヒレをあぶったものも入っているし、隠し味にはベーコンまで入った個性的な一品。ふぐの香ばしさはちゃんと活きている。普通はふぐにベーコンとは思いつかない組み合わせだろう。このセンスが、大将ならではのクリエイティビティなのである。これがまた、日本酒と相性がよい。

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 お造りは、ふぐのぶつ切りと冬の七草を混ぜたもの。本日は七草なのである。関西の和食はこういうところは絶対外さない。本日はそれにマグロ、イカ、平目。縁側のコリコリ具合がたまらない。続いて、パリっと炙った海苔の上に、帆立のつけ焼き、さらに雲丹を乗せた一品。海苔でくるりと巻いて、磯辺焼きのように食べる一品。アメリカに住んでいる友人もこういうのは大喜びである。備前の大皿に乗っているのは、皮をパリパリに焼いた鯖。一見普通の焼き鯖のようであるが、これがめっぽう旨い。脂がのった鯖の生命力が漲る素晴らしい一品である。大根でくるりと巻いた中身はもろみ。これがまた鯖と合うのである。次の一品は、冬の根菜白味噌煮。堀川ごぼう、丸大根、えび芋、こんにゃく、人参、玻璃草それぞれが、しっかりと存在を主張している。まだ正月開けであるから、これは関西風の白味噌雑煮を彷彿とさせる。そして、おしながきにお楽しみ?と書いてあった一品は、えび芋と先ほどの鯖のフライである。細かなパン粉でカラッと揚げられた鯖に、レモンをきゅっと絞っていただく。うーん、これも実に素晴らしい。

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 シメは牡蠣雑炊であるが、このぷりぷりの牡蠣をごろうじろ。なんとも立派な一品ではないか。雑炊と名はついているが、ごはんはほとんど見えず、牡蠣のスープのようである。いやあ、贅沢な一品。大満足の新春コースであった。デザートは、バナナのアイスと金柑。この特製バナナアイスがまたまったりとしていて馬鹿馬なのである。

 久しぶりの入道。大阪の割烹料理はやっぱりええわ。旨いのに、どこか庶民的。それなりのしつらえなのに、緊張しない。かしこまらないし、気取ってないし、ゆったりくつろげる空気感。こういう店は大事にしないといけない。

2015-08-17 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

最後の「エッグベネディクト」

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 Park Hyatt の寝室は西を向いているのだが、強烈な朝日が入る。何故かというと、お日様が摩天楼のガラスに反射してまっすぐに部屋を直撃するのである。これは凄い。逆反射する朝日を浴びるという、マンハッタンでしか体験できないゴージャスな朝。フライトは正午近いので、10時過ぎにホテルを出れば余裕で間に合う。せっかくのスイートルーム、ルームサービスで朝食を摂ることにする。いや、本当は斜め向かいのNoma’sでもう一度パンケーキのエッグベネディクトを食したかったのではあるが、千夜千食のためにも違うのも食べておかなきゃということである。

 169夜には書かなかったが、昨夜ちょっとしたトラブルがあった。まず、昨日部屋を出て行くときにドントディスターブランプをつけたままにしたことに気づき、一階のレセプションで消し忘れただけだから部屋は掃除しておいてねと伝えたのにもかかわらず、夜帰ってきたら部屋の清掃がなされていない。まもなくパーティでみんなが来るので、タオルとアメニティの補充だけをしてもらった。これだけでもホテルとしては失態であるのに、昨夜はもうひとつイライラする出来事があったのである。みんなでシャンパンを飲んだり、料理をいただくので、グラスとお皿、それにナイフとフォークのセットをルームサービスで頼んだ。電話で対応してくれた男性は、グラスは何に使うのか?と詳細に聞いてくれ、シャンパンとワインの両方飲むならそれぞれ違うグラスがいるね、など気の利いた対応をしてくれ、おおさすがと思っていた。ところが、部屋に届くまでに信じられないくらいの時間がかかったのである。ほとんど一時間。途中何度か電話でプッシュするのだが、もう出ると返事はいいのだが、いっこうに動いてくれない。料理のセッティングが終わっているのに、なかなか乾杯できずみんなイライラ。やがてやってきたおじさんは、ワイングラスを持って来てないし、なんだか要領を得ない。結局、二度往復してもらい、それにも信じられないくらいの時間がかかったのである。

 思うに、電話に出るレセプションの人間はおそらくハイアットの生え抜きであろう気の利いた対応をするのだが、それを実施するルームサービスサイドとの連携がうまく取れていないようなのである。テキパキと洗練された様子と、やる気のないレイジーさの対比がくっきりと浮き彫りになる。アタマとカラダの連携プレイができていない。オープンやリノベーションラッシュのニューヨークのホテルはもはや供給過剰なんだろうなあと思う。実動部隊の教育が行き届いていないから、ハイクオリティな対応がキープできないのである。東京のホテルでも似たようなことはよくある。とくに新しいホテルほど同じような問題を抱えている。

 そんな状況で、そんなにゆっくりも待てない朝食のルームサービスは少し心配でもあったが、15分ほどで迅速に持って来てくれた。運んでくれた人も昨夜とはうってかわったきびきびした物腰で、朝と夜では印象がまったく違っていた。

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 肝心のエッグベネディクトは、軽めのボリュームで申し分がない。サラダの量も少なめで、卵好きとしてはポーチドエッグだけを堪能できるので、さくっと食べたい朝食としてはすこぶるよい具合なのである。白い皿に盛りつけている様も、非常に洗練された印象だ。こういう引き算された洗練こそがハイアットスタイルであろう。何より贅沢な付け合わせは、ビルの谷間から望むセントラルパークの風景である。コーヒーを二杯いただき(部屋で煙草吸いたかったなあ・・・特別に200ドル払うと吸わせてくれるという。部屋のクリーニングのための代金であろう。さすがに、そんな根性も金もないけれど・・・)、ゆっくりしたところで、チェックアウトした。

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 最後に、振り返って部屋を眺める。タマミちゃんが持って来てくれた花が、二日間目を楽しませてくれた。さよなら、ニューヨーク。また来年。

2015-08-11 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

パーティ@Park Hyatt NY

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 ハイアットグループのゴールドパスポートという会員になっている。秋頃に、ポイント交換でNYにできたばかりのPark Hyattのウエストサイドスイートに泊まれるというオファーがあり、ポイントを使い果たせばちょうど二泊分の予約ができることに気づいた。もちろん、通常の二泊分の宿泊料はかかるが、その料金で普通なら絶対泊まれないPark Hyattのスイートに滞在できるなら、これは是が非でも体験しておきたい。

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 チェックイン当日、最初は低層階に案内された。スイートであるから部屋は素晴らしいのだが、隣のビルの部屋が見える。これじゃあせっかくのPark Hyatt、泊まる意味がない。高層階のリクエストもしている。拙い英語でなんとか高層階へ変えてもらい、そちらの準備が整い次第荷物を入れてもらうことにし、街へ出かけた。夕方、ホテルに戻り、部屋に案内され、ひとり歓声をあげる。ビルの谷間からセントラルパークが見える。寝室からは摩天楼が見渡せ、カーテンをあけたままにし電気を消せば夜はマンハッタンの夜景に包まれる。お風呂からの夜景も期待できそう。そうよ、これ、これ。求めていたのはこの景色。そしてはた、と気づく。今までは、ヒップなホテルを追い求めていたので、どうしてもSOHOとかNoMad、ロワーイーストサイドというロケーションが多かったが、NYにはこういった典型的なパークビューホテルというのもあるのだ。昼間はセントラルパークの景色を眺めながら、夜は摩天楼の夜景を楽しむ。こういうベタさを昔は嫌っていた。が、歳とってくるとオーセンティックなものも悪くはないという気になってくる。いや、むしろ、この歳だから泊まってみたい。王道スタイルを余裕で楽しむだけの年季は重ねてきている。摩天楼の帷に包まれて眠るなんて、マンハッタンでしか体験できない贅沢であろう。

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 NY最終日はいつも現地に住む友人たちと食事をするのだが、今回はこの素敵な部屋でシャンパンパーティをすることとなった。タマミちゃんは家の近所にあるというゼイバーズでおいしいスモークサーモンや生ハム、イクラなどをしこたま仕入れ、洗面所を使ってオードブルをじゃんじゃん作ってくれる。家から漆のうつわまで持ってきてくれたのでテーブルはかなり本格的である。フィッシュもシャンパンや美味しいパスタを調達してくれた。ホテルの部屋にそれなりにスペースがあれば、気兼ねなくくつろげるし、酔っぱらっても横にベッドがあるし、とにかくゆっくりできる。そして、窓から見える摩天楼の夜景がなによりゴージャスである。大人になると、こういう楽しみ方もあるのねとしみじみとする。

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 もともと仕事で知り合った彼女たちであるが、以来20年以上もこうして途切れず友情が続いている。年齢も趣味も嗜好もそれぞれ違うが、唯一共通しているのは仕事がライフスタイルの中にあたりまえのように組みこまれていて、好奇心や向上心を磨きながら経験を積み重ねて来た結果がそれぞれの個性を創っているという点だ。会うたびにいろんな刺激をもらうし、現地だからこそ聞ける情報も教えてもらう。彼女たちにも、私から刺激を受けることが少しでもあればいいなと思っている。

 今年も一年お疲れさまでした。来年も変わらずよろしく!!

2015-08-10 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

Noma’s「エッグベネディクト」

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 セントラルパークにほど近い56丁目。5thと6thの間にそのホテルはある。ロビーを入って(56丁目から)奥左手に、朝食で名高いNoma’sがある。というより、帰国する前の二日間だけ泊まったホテルの斜め前にそのホテルがあることを発見した。ル・パーカー・メリディアン。そして、遠い記憶の中でここの朝食がとっても美味しかったということを思い出す。昔は行列に並んでいたが、最近はネットで予約できる。前日の夜にチェックすると8時の予約が取れた。その時間に出向くと、ちゃんと席があるというのはいい。

 ここはエッグベネディクトだけでなく、パンケーキのバリエーションが充実しているのに加え、フレンチトーストやクレープなど魅惑的なメニューがいっぱいある。が、どれも信じられないくらいのボリュームで、しかもクリームやフルーツやシロップてんこ盛り状態。こんなの毎朝食べていたらそりゃあ肥満体になるだろうと思わせるようなものばかり。注文には細心の注意が必要なのである。

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 テーブルにつくと小さなスムージーを持って来てくれる。絞りたてのオレンジジュースもおかわり自由である(量が多いのでおかわりは無理であるが)。それにコーヒーを飲むだけで、少食な人ならおなかがいっぱいになるだろう。メニューを眺めながらさんざん悩んだあげく、エッグベネディクトにした。卵がないとやっぱり朝は始まらない。

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 やがて運ばれて来たエッグベネディクトは堂々たる威容。スプラウトらしき野菜とジャガイモがゴロゴロしているのが一見ヘルシーに思えるのであるが、それがカロリーを上げるのに一役買っていることは間違いない。そのかわり、オランディーズソースはわりあいさっぱりしており、ちょっと安心する。ま、安心するとは言っても、総カロリーはたいそう高いと推察される。ここはアメリカである。そんなことで怯んでいては、美味しいものにはありつけない。さて、いただくとしようか。卵の真ん中にぐぐっとナイフを入れると、あれ、下の台はマフィンではなくて、ふんわりしたパンケーキなのである。

 つまり、ポーチドエッグやハムを味わいつつ、Noma’s名物のパンケーキもいただけるという寸法。これは凄いと思いませんか?せっかくニューヨークに来ているのだから、名物パンケーキは食べたい。だけど、パンケーキだけだと甘ったるくて朝ごはんとしては満足できない。卵やハムをサイドオーダーしてもいいけど、それはそれで量が多すぎる。そんな優雅な迷いをこのひと皿が解決してくれるのだ。それにマフィンよりパンケーキの方が、口当たりもソフトで、このさっぱりめのオランディーズソースともよく合っている。そういうことも計算済みでこのメニューが組み立てられているのであろう。美味しいだけでなく、よくできていると感心する。

 久しぶりのNoma’sの朝ごはん。パンケーキのエッグベネディクトがある限り、私はきっと来年もここに来るだろう。

2015-08-04 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

DOMINIQUE A「クロナッツ」

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 一昨年、ニューヨーク行きの機内誌で目にしたクロナッツ。その記事は、すでに超人気で朝の6時から並ばないと買えないとか、代行で並ぶビジネスが流行っているとか、店を開けたら15分で売り切れるとか、そんなことを伝えていた。ニューヨークの友人も食べたことがないというのだが、ひとりヘアメイクのタマミちゃんだけは、一度撮影現場で口にしたことがあるという。評判どおり、とても美味しかったらしい。そして、手に入れるために朝早くから並ぶのは本当で、並んで買った人が一個100ドルで転売しているらしいという噂もあるようだ。一日の販売数は限定200個。

 こういう話を聞くと、なんだかメラメラとチャレンジ魂のようなものが燃えてくるのである。だけど、朝の6時にSOHOのSpring Streetまで行くだけでも、気が遠くなりそうである。年末である。その時間帯なら気温は間違いなく氷点下であろう。たかが、ドーナツのために、それも一人二個までしか買えない制限がついているようなものをわざわざ買いに行くなんて。ううむ。無理である。

 しかし、手に入れるのが難しければ難しいほど燃えるのである。だからといって1個5ドルのものに100ドル出すほどの根性もないし、そこまで酔狂でもない。するとタマミちゃんが、一ヶ月前にインターネットで指定した日に買える整理券のようなものがあるらしいとの情報をくれた。それに、来年また私がくる頃にはフィーバーは収まっているだろうから、来年のお楽しみにすればと言う。ま、手に入らないものはしかたがない。そうして、クロナッツは一年間のおあずけとなった。

 クロナッツとは、三ッ星フレンチ・ダニエルのパティシエだったドミニク・アンセルが自身の店で販売しているスイーツで、クロワッサン生地を揚げたドーナツの中にフレーバーたっぷりのクリームをはさんだもの、であるらしい。外はクロワッサンのようにサクサク、中はクリームがとろりと溢れだす魅惑の味わいで、一度食べるとその味にハマってしまうという悪魔のスイーツ、であるらしい。

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 一年後の今年。な、なんとタマミちゃんがわざわざ並んでくれ、ついに念願のクロナッツを食することができた。ドミニク・アンセルのロゴが入ったこの美しいイエローのパッケージを見よ。開けると中にはコーヒーグレーズかしら、美味しそうな色がコーティングされ、生地のまわりにはパウダーシュガーがまぶされている。ナイフを入れるとサクっと切れて、うん、やっぱり断面は完全にクロワッサン。そして薄い層の中にたっぷりのカスタードクリームとジャムがはさまれている。

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 カリカリっ、サクっ。ふんわり、そして、とろ〜り。

 この異なる食感と、クロワッサン生地と油とクリームが奏でるリッチなテイスト。ひと口でノックアウトされました。たしかに、美味しい。さすがに、私はドーナツフリークではないので、中毒にはならないだろうけど、もしエルビス・プレスリーが生きていたら店ごと買い占めるだろうと思った。

 タマミちゃん、本当にありがとう。

◎追記

 2015年6月、ドミニク・アンセルが満を持して日本に上陸した。お店があるのは表参道。表参道ヒルズの近くである。しばらくは、長い行列が続くであろう。

2015-08-03 | Posted in 千夜千食No Comments »