2014-11

油面イタリアン「メッシタ」

 イタリアンも大好きなのであるが、近場(ホテルから)になかなか適当な店がない。こういうときはモレスクの福島さんに聞くに限る。すると、僕が凄く応援している女性シェフの店があると、ここを教えてもらった。調べるとなかなか予約が取りにくそうであるが、運良く一発で取れた。こういうのも店との縁かもしれない。

 目黒通りから一本入ったところにある小さな店。カウンターが厨房を取り囲むというレイアウトはよくあるが、こちらはその逆。奥に厨房、そこに向かって3席、後はメニューを書いてある片方の壁、そして路地に面した窓側二面にカウンターがある。客はそこに腰掛けるので、厨房の前のカウンター以外、誰とも顔を合わせないという面白い構造である。そしていたるところに、おもちゃ箱をひっくりかえしたように雑貨が無造作に置いてある。きわめてカジュアルなスタイルの店である。

th_写真[4]th_写真[5]

 壁の黒板を見ると、どのメニューにもそそられる。一品の量がわからないので、カウンターの中の男の子に聞いてみる。前菜を二品言うと、パスタかメインかどちらかしか無理ではないでしょうかとサジェッションされた。うーん。迷いに迷い、パスタに決める。

 カウンター全10席くらいか。きわめて狭い厨房でシェフは実に鮮やかな手際で次から次へ調理してく。見ているだけで惚れ惚れする段取りである。

th_写真[1]th_写真[6]th_写真

 前菜一品目は生シラスのフリットオクラ添えである。うわあ。何、この大胆な一品。シラスをぐわしと団子状にしてカリッと香ばしく揚げているのである。こんなの初めて食べたよ。シラスの塩気がいい塩梅で、空きっ腹にズドンとくる。そして中は半生。火加減の具合も凄い。素揚げしたオクラも旨い。続いては、穴子の白ワイン煮。あはは。これ、穴子一匹まるまるを白ワインで煮てるんだ。しかも煮る前にカリッと炙った後にワインで煮ているという手の込みよう。穴子の下には、煮汁がしみたくったくたのじゃがいもが隠れてる。もうこの二品で完全にノックアウト状態である。

th_写真[3]th_写真[2]

 ラディッキオのサラダも大胆素敵。この無造作の美を見よ。フランスではトレビスと呼ばれるこの野菜、シャキシャキで、ちょっとほろ苦いチコリの仲間。この葉っぱをむしって、甘酸っぱいドレッシングで和えた一品。どうしても食べたくてメインをあきらめてまで注文したのは天然真鯛のパスタ。真鯛の身が太めのパスタにからむオイルソース系。見事な塩加減。もういくらでも食べられそう。量は決して少なくない。だけどこの味をこの勢いで食べるなら、メインも充分いけたかもと後悔するも、後の祭り。

 素材そのもので勝負しようとしている。そんな店である。ガシガシ作って、皿にどんと乗せる。見栄なんておかまいなし。だけど、そのストレートさが、かえって料理の旨さを想像させる。「どうよ。美味しいでしょ」シェフのそんな心意気が、ひと皿ひと皿を見るだけで、黙って食べるだけで、ひしひしと伝わってくる。うん、ここ大好き。とりあえず、黒板メニュー全制覇しなきゃ。

2014-11-29 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

再び白金鮨「いまむら」

 わずか10日後の再訪である。気に入った店を間髪入れず訪れるのは私の癖ではあるが、それにしてもこんなことは珍しい。さほどに、初回で魅了されたということもあるし、本当に良い店かどうか今一度確認したいという意味もある。

 攻めてくる鮨と前回書いたが(第79夜参照)、10日後ならさほどネタのバリエーションが変わっていることもないだろう。今日は、冷静に鮨を楽しもうと出かけた。

th_写真[3]th_いまむらth_写真th_写真[1]th_写真[2]th_写真[4]th_写真[5]th_写真[6]th_写真[7]th_写真[8]th_写真[9]th_写真[10]

 本日の日本酒は会津中将純吟。福島の銘酒である。これを、渋い備前のとっくりに入れてくれる。この鄙びた肌あいを見てください。ぽってりとした盃の見込みには緑色の釉がかかっていて、この何ともいえない取り合わせに痺れてしまう。ツマミが来る前に、ぐびり。ああ、いいお酒をいいうつわでいただく幸福よ。さて、ツマミ第一球は、真子鰈。あらら、前回はマツカワ鰈だったけど、ちゃんと鰈のバリエーションがあるのね。第二球はタコ。そして鮑のやわらか煮。この二品は前回と同じ。紛うことなき旨さである。そして、ここでいきなり茶碗蒸しが出た。これははまぐりのお出汁でつくった茶碗蒸しなのである。このタイミングでこれを出すなんて、凄い変化球である。そして、イワシ。脂が乗っていて、凄いのなんのって。しかも、このうつわ。唐津の作家さんらしいけど、この枯れかた尋常じゃない。いつまでも眺めていたい。ポケットに入れて持って帰りたい(笑)。続いてはシコシコのバイ貝を串に刺したもの。茶碗蒸しといい、串刺しといい、やっぱり普通では終わりませんぜと意表を突いてくる。カツオも、ねっとり具合に唸らせられる。日本酒は前回もいただいた大純吟の山桃桜(ゆすら)。前回も堪能した唐津の徳利とお猪口で出されて、たまらないうれしさ。このひと揃いもポケットに入れて持って帰りたい(笑)。本日の焼き物は太刀魚である。酢橘をきゅーっと絞っていただく。そ、そして酒の肴にもう一品所望してみると・・・

 バチコである。

 東京でバチコ(バチコはナマコの卵巣。クチコとかコノコとも呼ばれる)をいただけるとは思っても見なかった。これは、金沢の「みつ川」が得意とする必殺ネタである。そ、それがお江戸白金にあるのである。生のバチコを軽く炙った絶品。この美しいオレンジ色といったらどうだろう。少しずつ齧りながら、山桃桜をちびちびとやる至福。それにしても、なんという守備範囲の広さであろう。

th_写真[11]th_写真[12]th_写真[13]th_写真[14]th_写真[15]th_写真[16]th_写真[17]th_写真[18]th_写真[19]th_写真[20]th_写真[21]th_写真[22]

 そろそろ握ってもらう。まずはアオリイカ。例の複雑系である。どうよ、この端正な切り目。「小松弥助」の大将(第70夜参照)が三枚おろしなら、こちらは網の目切り(そんな言い方があるのかどうかわからないけど)。どちらも口に入れたときのふわっとした食感を大事にしたいという気持ちからこうしていることはよくわかる。職人のこだわりのひと手間である。金目鯛も美味。最近は流通が良くなって、関西でもときどき食べられるけどやっぱりお江戸は伊豆に近いのね。よくイカってる。小鯛の昆布締め。前回と同じくかすごですな。昆布でシメられたねっとり具合が非常によろしい。続いてミル貝。これは今回初登場。独特のコリッとした食感に唸ります。マグロのヅケ、大トロ。相変わらず、威圧感のあるマグロである。実に男らしい。高倉健のような、惚れ惚れするほどの存在感である。一方、コハダは小股の切れ上がったいい女風。清楚にして端正である。そして、例のエロティック鳥貝。あいかわらずのエロさである。アジにいたっては、こんなにご開帳されてなんという姿態か。そして車海老、雲丹、穴子と安定したラインナップが攻めてくる。最後にトロたくをいただいて、おなかパンパンになりながらもそれでもデザートのアイスクリームは別腹である。

th_写真[23]th_写真[25]

 ううむ、やっぱりここ、とんでもない鮨屋である。ネタのバリエーション、まだまだありそうな懐の深さを感じる二回目だった。今回若いカップルが少々はしゃいでいたが、大将きっぱりと「もう少しお静かに」と注意していた。カウンターを完全に支配している大将。貫禄というにはまだお若いだろうが、鮨にも場の仕切りにもしっかりと目を行き届かせている店である。わずか8席しかないカウンター、予約は困難になりつつあるらしい。こういうお店が、家か会社の近所にあればいいのに。後30回は行きたい(笑)。

2014-11-28 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

火曜日の「中華スープ」

th_写真[23]th_写真[1]

 前夜に続いて、残業弁当の話。毎回、お弁当にお味噌汁をつけてもらう。たいていは、豆腐と若布とか、きのこと厚揚げとか、大根と葱とかの定番スタイルである。で、ときどきスペシャルで豚汁や粕汁、コーンスープとかが来るのであるが、そのスペシャルバージョンに「中華スープ」というのがある。

 これが、めっぽう旨いのだ。

 口をつけると、ぷん!と胡麻油のよい香り。人参と白菜と春雨がたっぷり入っていて、生姜のきいた鶏団子がゴロゴロ入っているの。一度レシピを聞いて、家でも作ってみたことがあるけど、こっそり味覇(ウエイパー)をごくごく少量入れるらしい。こういうケミカルなものも使いようだなと思う。要は調理する人のセンスですね。

th_写真[22]

 この中華スープ、大好物である。あったかくて、白菜がいっぱいで、春雨もとろとろで、心がほんわか柔らかくなる味。ところが、ママはおかずのリクエスト受け付けますとつねづね言っているので、中華スープは週に1回はほしいと言っては見たものの、なかなか作ってくれないのである。ま、これ鶏団子をつくるだけでも、けっこう手間だからね。だけど、しつこい私は、「中華スープ、中華スープしてよ〜」と言い続けた。す、すると、ちょくちょく出るようになったのだ。ところが、タイミングが悪く、東京に夕方移動の金曜日とか出張でいない日に限って、中華スープが出てくるらしい。「いないときに限って、中華スープでしたよ」「また、出張のとき中華スープでした〜」など聞かされるとなんだか無性に腹が立ってくる。弁当係に「あんた、わざと私のおらん日に頼んどるやろ」とか「いやがらせやな」などさんざん暴言をはき、「そんなことしませんって」と顰蹙もかいながら一年ぐらいが過ぎた。しつこく中華スープは?と言い続ける日々。ところが、ここ半年くらい、とうとう火曜日が中華スープの日となったのである。

 しばらくは、半信半疑であった。毎火曜日の夜に、ああ今日も中華スープだと胸を撫で下ろし、それが5回ほど続いた頃、ああついに火曜日は中華スープの日になったのだと心から安心した。だから、火曜日はなるべく外食のアポイントメントをいれない。できれば出張もしたくない。私の火曜日は、完全に中華スープに左右されている。

2014-11-27 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

「果林」の残業弁当

th_写真th_写真[1]th_写真[2]th_写真[3]th_写真[4]th_写真[5]

 今日も残業、明日も残業。残業は我々の業界ではあたりまえ。就職して以来、長年ずーっと残業食を食べて来た。たいていは、定食屋さんとかお蕎麦屋さんとかお好み焼き屋さんとか。どうしても丼ものとか揚げものが多く偏っていて、とてもじゃないが健康的とはいえなかった。が、選択肢もないので、長年そうせざるを得なかった。仕事のパートナーと独立してからは、天神橋商店街のお世話になってきた。忙しい平日の夜はしかたがない。これはもう宿命のようなものなので、普段はほとんどあきらめてきたのである。

 ある日、ランチをよく食べに行っていた近所の喫茶店の味が、いつもヘルシーで美味しいので、夜のお弁当を作ってもらえないだろうかと頼んでみた。契約成立。残業弁当なるものをママに作ってもらえることとなったのである。さすがに毎日だと飽きるのと気分転換も兼ねて水曜だけはなし。週のうち4日間は弁当を作ってもらえることになった。リクエストは、できるだけバランスよく、野菜も多め。お味噌汁もついている。毎日、3時ぐらいまでに弁当がいらないときだけ弁当係に報告する。特別に何も言わないでいると、夜6時になると自動的にお弁当がやってくる。ママの店は会社から50メートルくらいのところにあるので、毎晩お弁当を取りに行くのは新入社員の仕事である。

th_写真[6]th_写真[7]th_写真[8]th_写真[9]th_写真[10]th_写真[11]th_写真[12]th_写真[13]th_写真[14]th_写真[15]th_写真[16]th_写真[17]th_写真[18]th_写真[19]th_写真[20]th_写真[21]th_写真[22]th_写真[23]

 どうです。なかなか壮観でしょ。揚げ物、焼き物、煮物、酢の物、和え物とレパートリーは多彩、素材も肉や魚、野菜、季節になると若竹煮とか松茸ごはんなんてときもある。会食や打ち合わせ、友人と食事するとき、無性に何かを食べに行きたくなるとき以外は、たいてい会社でこの弁当を食べている。社員みんな基本的には健康でいられるのは、このお弁当のおかげかもしれないと思う。ママは京都山科出身なので、どれも基本は薄味。若い社員の中には、ぬただとか白和えを食べたことのないものもいて、かえってそういうおばんざい的なものを新鮮に感じているらしい。

th_写真[25]th_写真[26]th_写真[27]th_写真[29]th_写真[30]th_写真[32]

 日々、どういうものを食べるか。これは生活のクオリティに関わる問題だと思う。できれば、作っている人の顔がしっかり見えて、素材や調理法も信頼できる。心をこめて丁寧につくられたものを、きちんといただく。これがいちばん大事なことである。そういった意味では鮨も、カウンター割烹も、ママの作ってくれるお弁当も、同じである。ところが、最近の新人約一名は、このお弁当が嫌だといって食べない。私がいつも残すなとうるさいのもあるのだろうが、毎晩コンビニでインスタント麺やサラダを買ってきて食べている。我々世代にはコンビニ食なんぞ、あくまで非常食であって主食になどしたくもないが、若い世代にとってはしっかりつくった手作り弁当よりコンビニ弁当の方がいいとは、なんとも切ない話である。社員の健康のことも考え頼み始めた弁当ではあるが、時代は変わりつつあるのだろうか。ま、食べたくなきゃ、好きにすればいいけれど。強制はしていない。

2014-11-26 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

撮影ランチ「チオベン」

 「ね、ね。タコメシって知ってる?」ある日、女性カメラマンが耳打ちする。「何、それ?知らん」と答えると、食いしん坊と自称するそのカメラマンが、「タコメシのお弁当、大好き」と何やら哀願するのである。さっそく調べてみると、それは女性編集者やスタッフのあいだで噂になっているお弁当であった。

 正式には「チオベン」と言う。山本千織さんという女性が作っているので、千織(チオリ)+弁当で、「チオベン」という愛称になったらしい。ホームページを見ると、見るからにおいしそう。しかも、おかずのデコレーションが天才的。これはいい!早速、タレントさんの撮影用に、スペシャル弁当を注文してみた。

 チオベンだ!もう、皆さんの喜ぶことと言ったら。

th_写真[1]th_写真[2]

 ここ何年か、何度かお願いしてつくってもらったチオベン。どうです。この素敵なデコレーション。あるタレントさんが、「こうやってひとつひとつ丁寧につくっていて、大変だけど、心がこもっているよね」としみじみおっしゃった。そうなのだ。このデコレーションを完成させるまでの、材料の調達と、下ごしらえと、調理の手間を考えると、いったいどれだけの時間がかかっているのだろうと思う。心のこもった素晴らしくアーティスティックな盛りつけ。おかずは、すべて皮まで残さずきれいに食べられるものばかり。ごはんはしこしこのタコが入ったおこわである。山椒の実がアクセント。必ず入っているのが、春巻き。毎回いろんな具に工夫を凝らしていて、飽きさせない。

th_写真[4]th_写真

 あるとき、いちばん上の左側の写真のお弁当の中にちいさな渦巻いている貝のようなものが入っていて、これはなんだろうという話になった。誰もわからない。すると、いちばん若いカメラマンのアシスタントが「これ、チョロギです」と言うではないか。「え〜、チョロギって何〜」と大騒ぎになった。調べてみると、あった。チョロギ。シソ科の多年草の植物の球根で、祝い事とかの際に縁起物として食べるらしい。甘露子、草石蚕、長老木とか書かれることもあるそうだ。Facebookにあげると、友人からも「お節に使ったよ」とのメッセージ。アシスタントくんの株が上がったことは言うまでもない。

 そんな知らなかった食材も含めて、毎回新鮮な驚きのあるチオベン。美味しい、ヘルシー、美しい。撮影現場で不動の人気ワンバーワン弁当である。

th_チオ弁

◎山本千織さんによる初のレシピ集。
アマゾンで『チオベン 見たことのない味チオベンのお弁当』を購入

2014-11-25 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

「ちょろり」でディナー

 ついに叶った。ついに来た。午後7時のちょろり。ディナータイム。深夜のシメでしか来たことのない店に、堂々と晩御飯を食べにくる日が来るなんて、少々気恥ずかしい。深夜にいつもいる(鶴のような)おじさん、当然この時間帯にもいる。きっと面は割れているだろう。

th_写真

 厨房の上に高々と掲げられているメニューをゆっくりと見る。いつもは右のラーメンコーナーからワンタンめんの麺半分に味付玉子をトッピング。それにビールぐらいなのだが今夜は違う。左のおつまみコーナーをゆっくりと見て、さあ、何から行こうか。私が、いつもちょろりの話をするので、いっぺん行きたいというスタイリストたちとウチの会社の子と、今夜は4人連れである。なんでもばんばん食べられる。

th_写真[3]th_写真[4]th_写真[1]

 まずは、味付肉盛。すごいど直球ネーミングである。肉というのは、関西では当然牛肉だが、東京では豚肉をさす。ここは基本ラーメン屋だし、牛肉メニューはどこにも見当たらないから、豚肉であろう。そういう肉問題にももう慣れた。ようがす。味付豚肉盛、行きやしょう。ゴロゴロした豚肉の塊の上から、醤油ベースの甘めのたれがかかった一品。わしわし、とビールと共に。いいねえ。続いて、味付もやしと中華冷や奴、それにギョーザ二人前。もやしのシンプルさに痺れちゃう。ギョーザもカリカリで馬鹿馬である。

 ところが、すでにもうお腹いっぱいと弱音をはくもの約三名。私以外はもうラーメンも一人前食べられるかどうかわからんというではないか・・・。ようがすよ。そろそろラーメンタイムにしましょうか。みんなは半分にしたらいい。私は、いつもは麺半分にしてもらうワンタンめん、今夜はちゃんと一人前麺を食べるから。

 おじさあ〜ん。私はワンタンめん、味付玉子入りね〜

th_写真[2]

 ああ、なんとゴージャスなんでしょう。カンペキなちょろりのワンタンめん。憧れのフルバージョン。麺はしこしこのちょっと太めのストレート麺。ワンタンはつるつるのトロトロ。そこに焦がし葱を浮かせた香湯(シャンタン)系の醤油スープが絶妙にからむ。さっぱりしているのに、香ばしく、普段ラーメンなどあまり食べない私もこの味には参っているのさ。しっかり固めの味付玉子はちゃんと双子になっている。シャキシャキめんまと、このキヌサヤがまたいいの。今日はスープも全部飲んじゃお。

 ラーメン通に言わせると、ここは台湾系のお店だと聞くのだけれど、どこで修業したかとか、どこ系の流れをくんでいるのとか、きっと調べると面白いんだろうな。ま、東京ラーメンはここがあればいいや。

2014-11-24 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

清春芸術村「高原ランチ」

 知らないだけで、日本の地方にはいろいろな美術館や施設がある。こちらも今回初めて知った場所である。山梨県北杜市、清春芸術村。開村は1980年。83年には、白樺派が建設しようとして果たせなかった幻の美術館を、武者小路実篤や志賀直哉を敬愛し親交のあった吉井長三氏(銀座、吉井画廊オーナー)が「清春白樺美術館」として実現させた。設計は谷口吉生氏。私にとってはMIMOCAやMOMAで親しみのある建築家である。先月の金沢でも鈴木大拙館を訪れたばかりである。こちらのルオーコレクションは、圧巻である。油彩画だけでなく、版画、陶器作品も収蔵されているし、白樺派の縁で民藝の作家たちの作品も多い。

th_写真[9]th_写真[6]th_写真[7]

 敷地にはルオー礼拝堂、梅原龍三郎アトリエ、藤森照信設計の茶室、安藤忠雄設計の光の美術館なども併設され、一画には見事な白樺が群生している。今回は、この白樺を背景に、まさしく白樺のような佳人の写真を撮るためにはるばる来たのである。

 佳人というのは、黒田知永子さんである。長年、我がクライアントと一緒にオリジナルブランドのウェアをプロデュースしてくださっている。卓越したファッションセンスでもって新鮮なアイデアをいつもいただき、細部にひねりのきいた大人のカジュアルウェアを作っている。仕事をご一緒するようになってずいぶん長いが、本当にいつお会いしても気持ちのよい人である。ただ美しいだけでなく、可愛らしさと無邪気さと正義感がうまい具合にミックスされて、人としての真っ当さがきちんとある、そんな印象である。もちろん大人世代のファッションアイコンとして、ナチュラルに年を重ねた美しさと、スリムなスタイルをキープしているところは、さすがあっぱれとしか言いようがない。

 奇しくも撮影当日が、黒田さんの誕生日であることがわかった。芸術村をネットで調べると、レストラン・パレットというのがあり、電話するとランチを用意できるという。担当の女性といろいろ話をして、バースデーケーキも手配してもらえることになり、乾杯用のシャンパンもお願いした。当日、ランチの打合せのため、レストランに赴くと、なんと電話でお話した女性がシェフなのであった。こちらも美しい人であった。

th_写真[4]th_写真[5]

 昼過ぎには撮影終了。いよいよ、バースデーランチである。最初に、シェフが手作りケーキを運んでくれる。まさか、手作りしてくれているとは思いもよらず、それだけでもサプライズである。超大型の四角ケーキ。フルーツがふんだんに飾られて、女性シェフならではの心遣いを感じるデコレーションである。ロケバスさんだけがノンアルコールビールで、後は全員でシャンパン(すみません、手違いでスパークリングワインとなってしまいましたが・・・)でハッピーバースデーの乾杯。

th_写真[1]th_写真[3]th_写真th_写真[2]

 グリーンの彩りがきれいなヴィシソワーズは、初夏にふさわしい冷たいスープ。やさしくまろやかな味である。サラダはまるでフラワーブーケのような盛り付け。サラダ菜、にんじん、タコのマリネ、カボチャ、プチトマト、ソーセージと大根、甘酢のビーツ、ソーセージなどの彩りを計算しながら、リースのようにデコレーションした一品。美しい。野菜の滋味をしみじみと堪能する。メインはカリカリにソテーされた地鶏と牛脂でくるんだ牛肉の煮込み。どちらも丁寧につくっていることがわかる奥行きのある味。美味しゅうございます。そしてデザートは、シェフ手作りのバースデーケーキ。ホールもゴージャスで素敵だったけど、こうして切り分けられているのを見ると、スポンジが三段になった豪華さ。スポンジがみずみずしく、甘さもくどくないので、フルーツとも生クリームともなじんで、ぱくぱく食べられる美味しさ。

 この日の清春芸術村は、訪れる人もほとんどおらず貸し切り状態。白樺の林も、ここレストラン・パレットも、シェフも、私たち撮影隊、そして黒田さんのためにあるかのような気分を味わえた。天気にも恵まれた初夏の一日。素敵な時間であった。

 お誕生日おめでとうございます。この一年も美しく、麗しく、健康で。

吉井

清春芸術村を開村した銀座吉井画廊オーナーによる画廊開設や開村までの苦労話、作家、芸術家たちとの交流譚が描かれた一冊。解説は安藤忠雄。こういう裏話、好き。
アマゾンで吉井長三の『銀座画廊物語』を買う

2014-11-23 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

祇園「にしむら」

th_写真

 京都の、いわゆるカウンター割烹ではじめて行ったのが、こちらの店である。その頃ちょくちょく行っていた神戸の和食の大将推薦である。もう二十年前以上のことだ。以来、何度か通ったのだが、どうもタイミングが合わず、そうこうしているうちに京都のベスト、という店ができてしまったので、本当にこちらは久しぶりなのである。

 長い間ご無沙汰だった店というのは、自分の中のイメージと実際の誤差が意外とあるもので、あれ、こんなレイアウトだったっけと記憶の曖昧さに驚くのだが、それでも大将の顔や雰囲気はしっかりと覚えている。ここはミシュラン関西版ができたとき掲載拒否したとも聞いた。いい意味で“へんこ”の大将、嫌いじゃない。

th_写真[4]th_写真[5]th_写真[13]th_写真[9]th_写真[12]th_写真[15]

 この日の先付けは、定番の胡麻豆腐から。なめらかで端正な味にまったりした胡麻ソースがからむ。一匙で昔もたしかに美味しくいただいたことを思い出す。お椀は鱧と細かく叩いたオクラ。朱のお椀の中で、白と緑が美しく映える。京都らしい水のようなお椀である。この味が大好きなのである。ほっと一息つく。お造りは明石の鯛、そして雲丹。大昔、明石の最上の鯛を仕入れているという大将の自慢話(笑)を聞かされた記憶が蘇ってくる。その自慢をきちんと裏づける歯ごたえの素晴らしい鯛の状態であった。そしてここで、またしても名物鯖鮨が出る。これはもう絶品である。(秋から冬にかけては、たしか千枚漬けで巻くのである。今ではすっかり有名になってテイクアウトもできるらしい)八寸は、トウモロコシと空豆の天ぷら、厚焼き玉子。たこの梅酢。白ずいきとたいらぎの和えもの。奥は、山芋とろろに海苔。小さな盃に入れて出されたのはアワビの肝。これが、旨いのなんのって。焼き物は、鯛のお頭。魚はアタマが大好物。もう目玉の回りのゼラチン質には目がないのだ。骨までしゃぶりつくす。そう、私は猫またぎの女なのである。続いて、白味噌仕立ての炊き合せ。上に乗っているのは煮鮑である。日本酒は、純米大吟醸の桃の雫。これ一本。シメは豆ご飯。といっても、贅沢にも錦糸卵を散らし、その上にはローストビーフが乗っている。取り合わせが実にユニークである。デザートは苺のジュレがけ。

th_写真[7]th_写真[10]th_写真[14]th_写真[1]th_写真[3]th_写真[2]

 いわゆる京都の正統的な懐石の流れから行くと、こちらは少々個性が強く、いわゆる“アク”を感じる店かもしれない。すーっと流れていかないコース構成や、時折投げられる変化球がいろいろあるからである。だが、それも食のお楽しみの一部であると思うし、胡麻豆腐も鯖鮨もここでないと食べられない味になっている。独特のオリジナリティ、私はけっこう好きである。久しぶりに来て、改めてそう思った。

 大将は昔の印象のまんま、軽妙で饒舌な人である。ほとんどの料理の下ごしらえは奥の厨房でなされ、最後の仕上げだとか、お造りを切るという見せ場だけがカウンターでプレゼンテーションされる。その間も、素材の話、うつわの話、祇園の噂話など、途切れることなくトークサービスしてくれる。はじめて訪問したらしき若いカップルが二組いたが、祇園のそれなりのしつらえで普通だったら緊張するであろう空間である。その緊張を解きほぐす柔らかでフレンドリーな対応はこたえられないだろうし、佳き思い出として残るであろう。こういう肩肘張らない対応の積み重ねが長く愛される店づくりには欠かせないのだろうと思う。名店が立ち並ぶ祇園も、今や飽和状態である。味にさほど差がないのであれば、大将の人柄や対応が丁寧だったり、楽しかったり、心がこもっていると感じるほうに行きたくなるのは自然な感情であろう。また、機会をつくり、訪れたい店である。

2014-11-22 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

六本木「龍吟」

th_写真[14]

 三年ほど前に一度伺って、シェフの独特のセンスと大胆なプレゼンテーションに驚かされた。以来、なかなか機会を作れなかったのだが、ついに松山倶楽部で実現した。

 予約の際に、二階に待合ができていることを聞いたので、友人とはそちらで待ち合わせることにした。先に着いたので、二階に通されお茶を飲んでいたときのことである。入って左手奥にはカウンターがあり、その後のガラスケースにはミミズクの剥製が飾ってあった。広い待合空間には私ひとり。と、ところが、何かがその空間の中で突然動いたのである。何がって、その剥製がである。手に持った湯のみを取り落としそうになり、腰が抜けそうになるほど驚いたのなんのって!!

 それは、生きているミミズクだったのである。

 思わず、立って近づいてみた。猫のようなまん丸い可愛らしいお目目。すると、今度はいきなり首を180°回転させるのである。エクソシストである。ミミズクは正面から見ると実に愛らしい顔をしているが、横から見るときわめて獰猛、さすがは猛禽類という面構えである。そして端っこにはもう一羽のミミズクが。聞けば、このカウンターのガラスケースの中で飼っているのだそうだ。度肝を抜かれるというのはまさしくこのことだ。まもなくやってきた友人も同じように腰を抜かしていた。

th_写真[16]th_写真[17]th_写真[18]

 茶事では待合の床に掛けられている軸でその日の趣向をなんとなく推し量る。ミミズクは一体何を暗示するのだろう。ミミズク衝撃の余韻を引きずりながら、いよいよ席入りである。

 店内は、満席である。空間の中ほど、全体が見渡せる気持ちのよい席に案内された。まずは、グラスシャンパンで乾杯。友人はランチの量を半分に調整して来たという。私も朝から何も食べていないので、おなかがぐーぐー言っている。ビルカール・サルモンの2004年が空腹の身体を駆け巡っていくのがわかる。

th_写真[5]th_写真[8]th_写真[1]

 一品目の前菜は、貝尽くし。みる貝やとり貝、ホッキなどの貝類に酢橘をたっぷり絞って。何気なく出されるのだが、ひとつひとつの素材の火入れや炙り方を変えているので、素材によって食感も温度も違う。初っ端から何これ?と顔を見合わせる出来栄えなのである。また、この藍と金彩の伊万里の皿が独特というか、悪趣味ギリギリのところで踏みとどまっている。素晴らしいファーストインプレッションだ。二品目は雲丹のジュレがけ茶碗蒸し。からすみがふんだんにかけられ、小さな山芋、エディブルフラワーが散らされている。雲丹のこっくりした味わいが後を引く旨さ。うつわは、さすがに龍吟というだけあって、龍の胴が大胆に描かれている。お椀はオーソドックスに鱧。かなり立派な大きさで、脂がしっかりのっている。このお出汁に浮いている脂を見よ。さりげなく蓴菜も浮かんでおり、この味もさすがとしか言いようがない。

th_写真[12]th_写真[10]th_写真[11]th_写真[13]th_写真[3]th_写真[4]

 お造りは備前の陶板に乗った土ものの小皿尽くしでサーブされる。海の幸七皿の盛り合わせ。手前下からアワビ、アオリイカ海苔添え、ぼたん海老、カツオ、真子鰈、あん肝、そして真ん中には毛蟹をアワビの肝で和えたもの。どの順番で食べるか迷ってしまうのだが、迷った果てにどう食べたっていいのだわと気づき、アワビから時計回りに片付けていく。七皿すべてに違う薬味を厳選し、味の変化もきちんと計算されており、シェフの心意気がありありと伝わり、日本酒が進んでしかたがない。讃岐の凱陣、磯自慢、而今。どれも大純吟クラスの名品揃いである。続いての小皿、手前はホタルイカにスナップエンドウ、向こうは無花果の下にフォワグラが隠れている。焼き物は、ぷりぷりの黒ムツ。この火加減は絶妙。大根おろしにも、向こう側のバジル風味のおからにも合うように考えられている。どういう発想でこういう取り合わせになるんだろうね。シェフのアタマの中をのぞいてみたくなる。そして、メインは阿蘇の赤牛フィレの炭火すき焼き仕立て。このコロッケのようなものの中身は半熟の玉子なのである。これを赤牛にからめていただくという趣向。アイデアが楽しく、にんまりしてしまう。気の利いたサプライズですな。そして、シメはからすみ茶漬け。ほんま、たまりませんな。


th_写真[15]th_写真[9]th_写真[6]th_写真[7]

 デザートは名物マンゴー飴である。最初凍った状態で出され、この上にマンゴーのあったかい果肉を載せる。すると写真のような具合になる。まわりのマンゴーアイスは、ほとんどパウダー状である。そしてもう一品。瑞穂の国のデザートであるということをしっかりと意識したプレゼンテーション。お酒のスフレとソフトクリーム。熱燗と冷酒に見立てている。最後の最後まで、意外性と創造性を追求した一品を出してくる。最後はお薄でフィニッシュ。このきめ細かな泡を見よ。こういう状態に点てるにはそれなりの技術がいる。新しい茶筅を使わないとこうはいかない。

  龍吟という名前のごとく、店内のインテリアもうつわにも、徹底的に「龍」が現れる。この執拗なまでの徹底は、料理にも当然の如く向けられており、ミミズクの暗示は徹頭徹尾のサプライス仕立てということであろうか。オーソドックスだったのは鱧のお椀ぐらいで、後は意外性の連続だった。素材と素材の組み合わせ方、調理の多様性、味の奥行きの計算、盛り付けのセンス。どれをとっても、強烈なオリジナリティが迸っている。いささかツーマッチ気味のひと皿もないわけではないが、それでもシェフの気概とチャレンジし続ける精神が和食をエンターテイメントに変えている。未知と既知をまたいで、和とかフレンチとかの領域を超え創発し続けている姿勢がある限り、彼はまだまだ進化し続けるのだろう。年に一度くらいは、その進化を楽しみに通いたい店である。ミミズクにも逢いに行きたいし。

2014-11-21 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

逗子の「シネマアミーゴ」

th_写真[3]th_写真[4]

 逗子の住宅街の中にある古い一軒家。それを見事に利用して、カフェ&シネマにしているのがここだ。映画好きのオーナーが、映画を観ながら食事ができるようにと改装している20席ほどの小さな映画館。店の名前は「シネマアミーゴ」。洒落ている。

 ここ逗子では毎年ゴールデンウィークに逗子海岸映画祭「海の映画館」が催されている。これは、「Play with the earth」地球を遊ぼうをコンセプトに、国内外の優れた映画を海岸で上映するという屋外型映画祭であるらしい。逗子、葉山、鎌倉などの人たちが中心になって運営されているらしいのだが、さすがに湘南は民度が高い(ような気がする)。こちらのカフェにも、縁のあるクリエーターの作品や書籍などが展示販売されており、そこはかとなくインテリジェンスを感じる空間になっている。

 本日はこちらで撮影の仕事なのだが、カフェも兼ねており、マクロビ料理を作ると聞いていたので、撮影スタッフの朝ご飯とお昼ご飯の両方をお願いした。一カ所でどちらも賄えるというのは、時間的にも有り難いのである。

th_写真th_トップ]

 朝食は、おにぎりに麸焼き、豆腐、きんぴら、筍などの焼き物。どれも、丁寧につくられていて、滋味という言葉がぴったりのやさしい味だった。お待ちかねのランチは、スタッフから「色がきれい!美味しそう!」と歓声があがった色鮮やかなプレート。一見、凄いカラフルで人工的な色に見えるのだが、実はどれも自然の生き生きした色なのだ。ショッキングピンクのスープは、ビーツのポタージュ。今ではすっかりおなじみになったが、あの赤い色したサトウダイコンの一種は、こんなにもヴィヴィッドな色になるのである。適度な酸っぱさをとてもうまく調理した佳い味である。プレートは上から時計回りにチキンとキャロットのオープンサンド、グリーンピースとじゃがいものペーストを乗せたオープンサンド。パンがカリカリで、チキンもペーストもしっかり味が乗っており、美味しくいただいた。紫色はデザートのヴィーガンカップケーキ。ヴィーガン(vegan)とは、卵も乳製品も動物性の食材を一切使っていないということで、きわめてマクロビと近い考え方の元作られている。(私には一生縁がないと思うが、ベジタリアンの世界も、ポロタリアンとかペスキタリアンとかいろんな階層があるらしい。)6時の位置にあるのが真鯛のローズマリー焼き、カンパチとルッコラの生春巻き、二色の人参と根昆布のサラダ。どれもひと口サイズなのが可愛い。こういうメイン的なものをいろいろ小ぶりでいただくと、幸せな気持ちになります。グラスに入っているのは3色トマトのマリネ。ミントの香りもフレッシュ。そして地野菜のリーフのアンチョビソース添え、野菜をバリバリ食べるとそれだけで健康的なことをしている気持ちになる。ソースとの相性もばつぐん。そして最後にパッションフルーツでお口の中をすっきりさせる。とまあこんな具合。

 こういうランチがいただけるのなら、映画を観ながらの食事もおおいに期待できそう。だけど、今のところ、夜、逗子に来るというのはなかなか実現しそうにないので、近くの人がうらやましい。

2014-11-20 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

白金鮨「いまむら」

th_写真th_写真[1]

 ずーっと気になっていた店である。店の前をしょっちゅう通っているので、いつかは行ってみたいと思っていた。何度電話してもタイミングが悪く予約できなかったのだが、ある日とうとう席が取れた。

th_写真[12]th_写真[7]th_写真[2]th_写真[3]th_写真[5]th_写真[22]th_写真[8]th_写真[6]

 変形L字カウンター。大将が真ん中に立って、すみずみまで目配りできる上手い設計である。私がポールポジションと呼んでいる一番好きなカウンター左端に座った。日本酒は、山形の純吟出羽桜。渋い唐津の徳利とお猪口で出されるともうそれだけで期待値が高まる。ツマミはマツカワ鰈。別名王鰈とも呼ばれる幻の鰈である。ううむ、初っ端からこういうネタで攻めてくるのかと驚嘆する。タコも丁寧に仕事がされており、柔らかいのに弾力がある。蒸しアワビも、完成度高し。またうつわのセンスがいいの。私好み。ホタルイカは西京漬け。白味噌をまとってねっとり妖しく、勝浦のかつおは藁で燻されセクシャルな香ばしさ。たまらず日本酒をおかわりする。銘柄は、大純吟の山桜桃(ゆすら)。キレのある辛口。これをまた身震いするほど枯れた唐津の徳利に入れてくれる。徳利キープしたいくらい私の好みど真ん中である。掌でためつすがめつ、撫でまくる。焼き物はのどぐろ。備前の角皿の爆ぜ具合も大胆にしてこちらの鮨の景色になっている。スープはすっぽん。まさか鮨屋でいただけるとは。新鮮ネタとひと工夫の仕事でもって、もうすっかり大将の術中にはまってしまう。スープで一服して、いよいよ握りである。

th_写真[23]th_写真[19]th_写真[13]th_写真[16]th_写真[15]th_写真[11]

 アオリイカ。このきめ細かな編み目のような切り込みを見よ。ここに醤油がからむ複雑系。赤酢の利いた固めのシャリにまたよくフィットする。心の中で、「またひとつお気に入りが見つかった!」と快哉を叫ぶ。あくまで心の中だけで。金目鯛。これも脂がしっかりまわっている。とろとろ。美しい切り込みが入ったかすごの昆布締め。馬鹿馬である。マグロのヅケのぬらぬらした表面感も凄い。大トロにいたっては、もうほとんど吉原のお職のような存在感。後ずさりしそうになる。食べながら目を細め、ただただ唸るしかない。完全にネタのレベルに圧倒されている感じ。コハダの美しい仕事にはうっとり陶然。光モノもこちらのシャリによく合う。

th_写真[21]th_写真[20]th_写真[14]th_写真[10]th_写真[18]th_写真[17]

後半戦の鳥貝。なんだよ、このエロティックな姿態は、と思わず呟く。鮨ネタになってなおもくねりまくっている。カツオも攻めてくる。なに?この部位、このマッチョな質感。なだめられている車エビの整然さにほっとするのもつかの間。このネタのルックスにもたいがい威圧される。さらには、雲丹のふてぶてしさといったらどうだろう。穴子にいたってはもう女衒のような手だれ感。最後の玉子でようやくホッとリラックスする。

th_写真[4]

 徹頭徹尾、攻めてくる鮨である。いつも出没しているエリアにこんな凄い店があったとは。デザートのきなこのアイスクリームをいただきながら、たまらず手帳を開き、東京出張を確かめ10日後の予約をした。こんなに短期間リピートははじめてのことである。しかし、この鮨の正体をもう一度、確かめずにはいられない。そう、私はチャレンジャーなのだ。鮨のために働いている。

2014-11-19 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

恵比寿の「ラ・ベイエ」

 こちらも大のお気に入りフレンチビストロである。ただし、閉店がけっこう早いのと(早いと言っても10時半まではいける)、混んでいるときはものすごく混んでいるので、今年はずーっと振られっぱなし。5月も後半になってやっとこさ予約が取れたのである。

 最初に連れてきてくれたのはカメラマンM3氏である。彼の大のお気に入りということで紹介してもらい、定宿の近くということもあって、ちょくちょく伺うようになった。
  
 店はカウンターのみ。料理もサービスもオーナーシェフの風見さんがひとりで切り盛りしている。私は、こういったスタイルの店をこよなく愛している。なにより、これからいただくご馳走を作る人の顔が見えるというのが素晴らしい。それだけで店との距離が一気に縮まるし、使っている食材や調味料、作り方についていろいろ教えてもらえるのも有難い。今年のトリュフはキロいくらだとか、今頃の千葉のアジはめっぽう味がよいとか、このペーストはブランダード(注1)だとかね。食にまつわる幅広い知識を積み重ねておくと、どんな店に行っても楽しめて、何より会話が弾む。食に関するコミュニケーションを愉しむことこそが、カウンター店に行く醍醐味であろう。店によっていろんな学びがあるし、実際に行かないとわからない発見もある。さらには、シェフの人柄に触れることもできる。

th_写真[2]

 そういう意味でも「ラ・ベイエ」は風見シェフの卓越した感覚が随所にあふれるカウンターフレンチである。注1のブランダード。私はこれをここで初めて知った。南仏ではこのブランダード(干しダラのディップ)をパンにつけて食べるのだそうだ。土地の伝統料理であるらしい。風見さんは、鯛のアタマの身にじゃがいも、ガーリックを入れて、オリジナルブランダードを作っている。これとパンとワインだけでも、食事が成立するくらい旨い。が、あまり食べすぎるとほかのお皿が入らなくなるので、いつも抑え気味にしている。

th_写真th_写真[3]

この日は、カリフラワーのスープからスタートした。クリーム仕立てだがしつこくなく、カリフラワーの味がしっかり生きている。アジのマリネは今とても味がよいという千葉県産アジを使っている。シャキシャキの玉ねぎや人参もふんだんに入ったヘルシーメニュー。アジのシメ具合、神業の如し。メインは、カマスのソテーアンチョビソース。和食ではいつも淡白な滋味という印象のカマスが、カリカリにソテーされると攻撃的な一品になる。アンチョビソースの濃厚さに負けないカマス!そのコーディネーションの妙に唸る。シメは春キャベツと白魚のパスタ。キャベツが生き生きしている。そこに清楚な白魚が絶妙な塩気をまとって、からんでいく。ふうう。やっぱり、素晴らしい。フレンチなのになんでパスタがあるの?なんて野暮は言いっこなし。

th_写真[5]th_写真[1]

 こちらは、デザートも悪魔級。この日は我慢することができたが、私が大好きなのはモンブラン。アマレットを吸わせたスポンジケーキの上に栗のピュレを無造作に乗せるというもので、こたえられない一品である。次回は絶対にいただこうっと。

2014-11-18 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

有楽町「ヘイフンテラス」

thエントランスth_写真th_写真[3]

 ヘイフンテラスは有楽町ザ・ペニンシュラ東京の中にある。ここのホテルは部屋も含めインテリアはグッドテイストなのだが、いかんせん一階のロビーが狭く、朝ごはんを食べたりお茶をするにはあまりくつろげない。その上、休日の昼頃ともなると、アフタヌーンティーの順番を待つお客さんの長蛇の列でロビー全体がとても喧しい。だが、二階にあるここは別である。イメージは蘇州の中国庭園。鳥かごなども吊られ、一瞬ここが日本であることを忘れそうになるくらいインテリアには凝っている。オープン当初何度か来てからは何となく足が遠のいていたのだが、久々に思い出しやってきた。まあ、有楽町で昨夜のリベンジをしておかないと、という向こうっ気もある(笑)。

th_写真[5]th_写真[6]th_写真[7]th_写真[9]

 ランチメニューに「石垣島菜譜」とある。島豆腐とか石垣産もろみ豚とかパパイヤのローカル食材に惹かれ、チャレンジすることにした。前菜は、手作り点心入りの盛り合わせ。翡翠色の蒸し餃子には海藻がたっぷり。手前の二色の金魚には、ぷるぷるの海老が入ってる。スープは、海鮮とキヌガサ茸、アオサ、島豆腐入り。この島豆腐、しっかり大豆の味わいが残っていて美味。アオサが入っているのもいかにもヘルシーで、小気味良く喉を通って行く。中華といえばカロリーが高そうで、脂っこいイメージがあるが、こんな沖縄の食材なら大歓迎である。メインは、石垣島産もろみ豚と冬瓜の黒豆ソース煮込み。泡盛の酒粕を食べて育ったもろみ豚は、今やあぐー豚と肩を並べるブランドになっているのだそう。酒粕で育てられるなんて、なんと幸せな豚だろう。柔らかな肉質である。黒豆ソースとも相性がよい。シメは石垣島産白ニガウリとフィッシュスープの沖縄そば。一見濃厚に見える白いスープは魚のエキスがたっぷりで、まったくしつこくない。ニガウリにスープがよく染みこんでむにゅりとした絶妙の食感である。デザートは石垣島産パパイヤのプリンと胡麻団子。ひんやり冷たいプリンとあつあつの胡麻団子のコーディネーションが実に心憎い。軽やかで、ヘルシーで、しっかり美味しいランチコースであった。

th_写真[10]th_写真[8]

 最初にグラスシャンパンを頼んだので、おつまみには胡桃の飴だきが出された。実はこれ、大好物。大昔、こちらのホテルに泊まったときは、スペシャルに部屋に持ち帰る分までもらって帰ったことがある。胡桃を贅沢に飴だきして、胡麻をかけただけのデザートであるが、これが何とも癖になる味なのだ。ま、シャンパンと一緒にというよりは、ソファに寝転がってビデオでも見ながらカリカリ、ポリポリしたい贅沢おやつであろう。(カロリーのことは考えない・・・)

 こちらのヘイフンテラスにはもうひとつ名物メニューがある。「豚バラ肉の角煮 宝塔仕立て」。東北産のプラチナポークのバラ肉を、甘辛いタレで煮込んだいわゆる角煮なのだが、この角煮を四角くつなげて切って、塔に見立てて重ねていくというユニークな形が売り。これを蒸しパンに包んで食べるのである。とろとろに溶けかけている角煮とそののエキスを蒸しパンが頼もしく吸い取ってくれるのである。その甘美な味わいに、きっと誰しもがくらくらしてしまうであろう。大人数で行くなら、絶対おすすめである。二人ぐらいだと、それだけで食事が終わってしまうのでなかなか注文できないが。

2014-11-17 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

銀座のイタリアン

 基本ネガティブなことはあまり書きたくない。美味しいとか不味いとかはあくまで主観的な話であるからだ。だけど、ときに書かずにいられなくなるときもある。第57夜は店のサービスだったが今夜は両方だった。この日の宿は有楽町。銀座に到着するのは9時半頃。最近イタリアンを食べていないので、名古屋を過ぎるあたりから、口が完全にマンジャーレ状態になっていた。ネットで銀座の店を調べていたら、この店がヒットした。電話するとうまい具合に空いていた。ラストオーダーは10時。5分前に駆け込む。ここは前菜、パスタ、メインをメニューから選べるプリフィクススタイル。客層は圧倒的に若い。できるだけオーソドックスなメニューを頼んでみた。

 前菜は、注文するやいなや、というくらいの早さで出てきた。マグロとアボガドのタルタル。チコリの上に乗っていて、浅葱がかかっている。私でも簡単につくれるシンプルな料理だから、プロはどんな味にするのだろうという期待があった。だが、これなら私でもつくれそう。それにやや味が濃い。どうってことはない。パスタはクリームスパゲティ。パスタはいい具合のアルデンテではあるが、いかんせんクリームソースが塩辛い。メインは秀味豚のカツレツルッコラとトマトサラダ添え。泣きたくなるほど普通だった。こちらもかなり塩辛い。

 店の向かいにもうひとつ店があるのか、はたまた洗い場があるのだろうか。スタッフがバタン、バタンと大きな音を立て、入り口から何度も出入りする。二重になったドアの建て付けが悪いのだろうか、かなり大きな耳障りな音だ。とても気になる。店全体がざわざわしていたり、スタッフの声が気持ちよく通っているような活気ではなく、ここに満ちているのは雑音だ。ホールの給仕もしっかりした女性が二人いるにはいるが、男の子はぎこちなく、不躾で、年配の男性も気が利かない。店自体はチープなつくりである。それならそれでもっとフレンドリーな雰囲気を演出すればいいのだが、それもない。これなら、今どきのファミリーレストランの方が、ずっといいのではないか。そんな気持ちになった。

 昔は美味しくいい店だったのかもしれない。だが、店が大きくなり、作り手が変わり、客が押し寄せはじめると、当初の味とサービスをキープし続けるというのはとても難しいことだ。気軽なカジュアルさをめざしていることはよくわかるが、カジュアルということとただの無造作というのは違う。私が厳しいのかもしれないけれど、大人も若者も一緒に気軽に楽しめてこそのカジュアルである。それに味の濃さ、塩辛さ。私が年を取り薄味になったのか?など自問自答してみるが、ちゃんと塩気がフォーカスするところは他の店でもいっぱいある。やはり、ここの味は全体に塩辛いと結論づけてもよかろう。

 今回選んだメニューがたまたま悪かった?これだけで結論を出してしまうのは、申し訳ない?いろいろ考えてはみたが、店との出会いもやはり一期一会。もう一度試してみたいと思わせるには何かが決定的に足りない。非常に残念な夜であった。

2014-11-16 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

ご存知「焼きそばUFO」

 鮨旅行を満喫して、家に帰り着いたのが午後11時過ぎ。昼、夜と、天ぷら&鮨を食べているのに、深夜が近づくと小腹が空いている。ちょっと近所のコンビニでお茶を買うだけのつもりでいたが・・・・

 年3〜4回、私は無性に「焼きそばUFO」が食べたくなる。それも適度に酔っ払っている深夜の魔の時間帯。いろいろ新商品は並んでいるのに、ヤツはちゃんといちばん目につく棚に鎮座しているのである。いかん、いかん、と思う。思いながらも、手がUFOへとすでにアフォーダンスしている。

th_写真th_写真[1]th_写真[2]

 会計を済ますと一目散に家に戻り、すぐさま湯を沸かす。バリバリと外側のビニールを剥ぎ、トップのシールを半分はがすと、そこへ生卵を一個割り入れ、常備している成城石井の自家製ポークウインナーを2、3本入れ、湧いたお湯を注ぐのである。3分経っても卵は半熟のまだ手前。そこへ付属のソースを入れ、麺になじませているうちに卵が麺にからんでいく。ふっふ、これ、たまりませんな。

 高校3年間、そして大学も入れると7年間を寄宿舎で暮らしてきた。ちゃんと3食完備していた環境ではあったが、なにしろ若い。深夜になるとおなかが空いて空いてたまらない。そこで食べるのが、「焼きそばUFO」をはじめとするインスタントラーメン系だった。いちばんよく食べたのは明星食品の「ちびろく」である。小さなインスタントラーメンが6個セットになっていて、これをマグカップに1個入れお湯を注いでラップをかけると、ちょうどよいミニラーメンになるのである。あの頃、寄宿舎のどの部屋にも常備されていたヘビロテアイテムだったはずだ。せんだみつおが出ていた軽薄なコマーシャルも懐かしい。

 そこへいくと「焼きそばUFO」は別格だった。ラーメンではなく、焼きそばがお湯だけで作れるのである。あの当時オタフクが作っていたというソースの味は、その頃流行り始めたマクドナルドやケンタッキーフライドチキンよりもっと強烈に若い味覚中枢を刺激したのである。以来、その味は大脳皮質味覚野の深いところに確実にインプットされ、年に数回、その味への熱望がまるでプログラムされているかのようにある頻度を持って出現するのである。さんざん鮨三昧などしたこの日も、久しぶりに発作が出た。

 いっとき、「ペヤング」も美味しいという人がいて、酔狂なことに「焼きそばUFO」と同時に食べ比べたことがある。さすがに、「ペヤング」もなかなかのものだった。だが、「ペヤング」は昔は関東でしか売っていなかったのである。大脳皮質に味の記憶がないのである。これはどうしても、やっぱり、「焼きそばUFO」に軍配が上がろう。甲乙つけがたい焼きそばも、すでにインプリンティングされている味にはどうしたってかなわないのである。

2014-11-15 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

金沢・鮨「あいじ」

 本当は空腹でちゃんと伺うべきであった。鮨旅行の最後の最後、早めの夕食をと予約していたが、さすがに鮨だけ4連発はキツイと思い、最終日のランチに天ぷらを入れた。そのせいで、ランチの後かなり歩いてはみても思ったほど空腹にはなっていない。それでも、次来るのはたぶん一年後になると思うと、ついつい欲張ってしまうのは悲しい性である。

 こちらのお店も犀川のすぐ傍の路地沿いにある。時間が早いので他に客はいない。あまりお腹が空いていないので、申し訳ないですが軽めでとお願いする。快く「では食べていただきたいものをメインにお出しします」との返答。鮨はこういうとき、自分のペースで食べられるので本当に便利である。もちろん、要望にきちんと応えてくれる鮨屋であるからこそであるが。

th_写真[1]th_写真[2]th_写真[3]th_yにth_写真[4]th_写真[5]th_写真[6]th_写真[7]th_写真[9]th_写真[10]

 とはいいながらも、いきなり鮨は食べない。やはり少しだけでもツマミは味わいたいのである。塩でいただくタコ。がすえびのお椀でほっと一息ついて。お造りは、アラの生と炙り二種、アカイカ、ヒラマサ、のどぐろの炙り。金沢でアラをいただけるとは思わなかった。もっとも、いまだにクエとアラの区別が厳密にはできない。そしてまとう鯛のポン酢。鮨は甘海老の昆布締め。これは初めていただく。昆布で締めることで、ただでさえねっとりした甘海老が、昆布のエキスをまとい究極のにちにち状態に。煮はまぐりもとろける食感で、非常によい仕事がなされている。今度はキンキの昆布締め。キンキという魚も大好物なのであるが、あの脂が昆布によってなだめられ、おだやかかつまろやかな味になっている。続いて雲丹の蒸し寿司。こちらの自信作らしいが、雲丹の上に熱々のあんがかかっている。生ものばかり食べているから、あたたかいものが間に入るとホッとする。初日の「八や」でも蒸し鮨が出たが、これはやはり北国金沢ならではの配慮なのだろうか。こういうのがその地方地方で特徴的に感じられるのが、日本のいいところであるし、旅先で必ず鮨に行く愉しみでもある。お次はまとう鯛。マナガツオに似た旨味が凝縮した味で、これも初めていただいた。いろいろ知らない地の魚をいただけるというのが、鮨好き、魚好きにはこたえられない鮨旅行の醍醐味である。

 こちらの店は、ガリの代わりに野菜の浅漬けが出るのもユニークである。鮨が続いているので、ガリの酢ではない野菜の甘さとシャキシャキした食感が新鮮に感じられたということもあっただろう。

 だけど、鮨だけでなくご馳走というもの、やはりおなかをぺこぺこにして食べなければ、店にも悪いし後味もよくない。何事もやり過ぎ(食べ過ぎ)、ツーマッチにならないようにと自分自身を戒める。しかし、二泊三日の鮨旅行。こちらも含めて初めての店にも行け、たいへんに充実した日々であった。また、一年後。

2014-11-14 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

金沢バー「bar quinase」

th_写真[3]

 この店は、「小泉」の大将に教えてもらった。金沢の飲食店口コミ数珠つなぎである(笑)。「スコッチとかを飲むのに感じのいいバー」というリクエストで、真っ先に名前が上がった。初めて行って、いろいろ話をすると「みつ川」の大将も、もちろん「小泉」の大将もよく来る店であることがわかった。さらに、一年後に来てみると、マスターが私の顔を見るなり「みつ川」の帰りですか?と話しかけてきたので、その凄い記憶力にも驚嘆させられた。

 鮨や天ぷらもいいが、食後のスコッチのために、多少は余力を残しておかなければいけない。もちろん、ここに来るために。

 店があるのは片町。香林坊裏手の猥雑で少し妖しい繁華街を歩くと、「bar quinase」の看板が出ている。ドアを開くと、そこは別世界。手前右に小さなテーブルがふたつ、そして右手には奥まで続く長いカウンター。きわめてオーセンティックな大人のバーが出現する。店名の「quinase」はオーナーである木名瀬さんの名前をベースに、ちょっとした遊び心でもってフランス語風に「qui」をつけている。洒落ているではないか。

th_写真[2]th_写真[1]

 カウンターはかなり長いのにもかかわらず10席しかない。つまり、広々とした気持ちのよいカウンターで、ゆったりとくつろげるバーなのである。私はほとんどスコッチしか飲んでいないのだが、知らない名前のレアスコッチもたくさんそろえているし、回りの人が飲んでいるカクテルなどもすこぶる美味しそうである。イギリスの生ビール「bass pale ale」を樽で出したりもするらしいし、オリジナルジンジャーエールを使うモスコミュールも評判であるらしい。マスターである木名瀬さんは、とてもお茶目で気さくなキャラクター。この長いカウンターと手前のテーブル席すべてをひとりで仕切りながらも、いろんなおいしいもの情報はもちろん、ウイスキーやカクテルについてもいろいろ薀蓄を語ってくれる。こういう店を旅先でひとつ押さえておくと、たいへんに心強いのである。

 観光都市金沢にふさわしく、私が伺う連休には関西からの客も多い。今はまだ圧倒的に関西方面からの観光客が多いようだが、新幹線が開通する春以降は関東からの客でもきっと賑わうだろう。

2014-11-13 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

金沢の天ぷら「小泉」

th_IMG_5875

 こちらは「みつ川」の大将に教えてもらった店である。鮨ばかりに気をとられていたが、旨い魚が穫れる地なら天ぷらだって旨いに違いない。しかも、店があるのは「みつ川」があった場所。それだけでもこちらにとってはなじみがあるし、商売としても縁起のいい場所であろう。

th_IMG_5876th_写真[14]th_写真[15]

 初訪問のとき、カウンターに置いてある皿に見覚えがあった。軽やかに歪んだ織部の四角い皿。「え、これって、作助さん?」「そうです、作助窯です」というのに、びっくりしてしまった。私も同じ皿を持っているからである。こういうシンクロニシティがあるだけで、前から知っている店のような気分になるし、何よりちょっとした趣味の一致はうれしく、楽しいものである。もうひとつ驚いたのは、木のお椀だと思っていたものが、古い大樋焼の骨董だったこと。軽く、薄く、木にしか見えない手触りに唸り、しばしうつわ談義が弾んだ。

 肝心の天ぷらも申し分がない。「みつ川」の大将が推薦するだけあって、からっと揚がった天ぷらは、噛むとさくっと柔らかく、もういくらでも食べられる軽さなのである。大将の小泉さんは関西出身。胡麻油ではなく紅花油で揚げているというから、軽やかさの秘密はそこにあるのだろう。そしてこちらでもイカを三枚におろすところを目撃した。「弥助さんスタイルだね」と指摘すると、なんだか大将はうれしそうだった。連綿と続いていくであろう金沢の作法である。(第70夜・71夜参照)

th_IMG_5878th_IMG_5884th_IMG_5898th_写真[1]th_写真[2]

 コースをお願いすると天ぷらの前にいろいろ突き出しが出てくるが、これがめっぽう美味である。よもぎ豆腐の上に、白魚の昆布締めをあしらったもの。独特の弾力に、ねっとりした海老がからんで、後を引く旨さ。続いてやなぎ鰆の炙りのサラダ仕立て。もちろんこの鰆とはかじきのことである。日本酒は、富山の羽根屋という生原酒。このフルーティさが鰆に合うのだ。そして再び、あの驚きの大樋焼のお椀で出されたのは、能登牛のしゃぶしゃぶ風に筍、ふきの炊合せ。たっぷりの花山椒が乗ってい、おつゆもふんだん。胃がやさしくあたたまったら、いよいよ天ぷらのスタートである。

th_写真[5]th_写真[6]th_写真[7]th_写真[8]th_写真[9]

 海苔の上に雲丹を載せたもの。前回も同じものが出てきてびっくりしたのだが、海苔はカリカリなのに、雲丹は半生でとろけ、口の中で多彩な食感が混じりあう。そして才巻海老。こちらもさくっと噛めば、なかは絶妙な半生。口直しのらっきょうやトマトをいただいた後は、きすと空豆。はふはふ言いながら頬張る幸せよ。立派なアスパラも、さくさくでジューシー。天つゆでも、塩でも、どちらでもいける。そして鮎は泳いでいた時のように立ってサーブされる。手前は穴子。もうぱくぱく夢中になって食べている。めごちもさくさく、イカはふんにゃり柔らかい。白子はポン酢でいただく。シメはかき揚げの天茶。もっともっと食べたかったが、ランチだし夜もあるので我慢した。いや、ここまででも、充分にいただいているのではあるのだが・・・。

th_写真[10]th_写真[11]th_写真[12]th_写真[13]

 こちらの大将。素材を厳選し新鮮な魚介類や野菜を仕入れるだけでなく、ちゃんと食感を計算しつつ、絶妙のタイミングで天ぷらを揚げている。技術だけでなく、心意気も、うつわへのこだわりも、光っている。「みつ川」の大将と競い合うようにして、うつわや骨董を探しているとも聞いた。なにより、大将を眺めていると「くまのプーさん」に見えてしようがないのである。大将にはいささか狭いであろう(失礼)カウンターの中で、美味しいものを一生懸命にこしらえている姿がそう見えるのである。美味しいものに目がない「プーさん」がつくるものが美味しくないはずはないだろう。

2014-11-12 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

ひがし茶屋街「みつ川」

th_写真[12]

 初めて訪れたときは、犀川沿いの歓楽街の雑居ビルの中にあった。店の前の路地を奥まで行くと、犀川の堤防が見えるロケーション。店はきゅっとコンパクトでカウンターのみ。そのカウンターからきりっと軽快で見目の良い鮨を握っていて、いっぺんで気に入った。昼に「小松弥助」に行ったばっかりだったので、大将がイカの三枚おろしをしていたのに思わず「あ、その切り方って・・」と言ってしまった。すると「うん、そうです。だけどあいだに大葉をはさんでいるから完全ぱくりじゃないですよ」と茶目っ気たっぷりに返された。「小松弥助」の森田親方の方法は、こうして金沢の若手にしっかり受け継がれているのである。いいと思ったものはちゃんと敬意を表しながら、積極的に取り入れていく。こういった姿勢はどんな分野でも大事なことだろうと思う。

 犀川沿いの店に二度ほど通った後に、浅野川の向こうにあるひがし茶屋街に移転したとの案内をもらった。ひがし茶屋街は観光地金沢の中でも、出格子のある古い街並みが残った昔ながらのエリア。夕刻ともなると軒灯りがともり、独特の風情が漂う。その目抜き通りから一本脇に入った路地のどんつきにある連子格子の町家。ひっそりとのれんがかかっている。地の利を得た、最高のロケーションである。カウンターは8席。座れる人数が前とほとんど変わっていないのがとてもよい。拡張ではなく、さらなる充実を選択した意気込みを感じる。インテリアも、さりげない中にこだわりが光る。和紙を網代組にすることで光をやわらげた天井、すがすがしい檜のカウンター。正面に置かれた皿は、前の店でも使っていた大樋焼。店が新しくなったからといって変えないものがきちんとあることも、軸がブレていないことの証拠であろう。

 一年ぶりである。日本酒はアンティークバカラや切子の徳利やグラスで供される。これもわざわざパリへ探しに行くと聞いたことがある。そのこだわりは半端ではない。大樋焼にはじまって、九谷の名品もさりげなく使っている。名工八十吉について常連さんと語っていたこともある。考えてみれば、金沢は空襲を受けず、街そのものが江戸時代と地続きの土地である。名品も多く残っていることは想像に難くない。それに何より、大将本人がうつわが好きなのだろう。焼き物の話もここではいろいろ弾むのだ。

th_IMG_5824th_IMG_5826th_写真th_IMG_5831th_写真[1]th_写真[2]th_写真[3]th_IMG_5841

 今回は、黒龍をいただきながらもずく酢。生姜を利かせてあり、この酢で胃袋がぎゅっと収縮し食欲が高まってくる。バイ貝とイカの酢味噌あえは、弾力ある歯ごたえがたまらない。ぱくぱく食べる。皿に並んでいるのは真子鰈、アカニシ貝、アオリイカ、そしてがすえびである。6月中旬までしか食べられない例のえび三兄弟のひとつである。ねっとりと舌にからみつく。鰆の西京焼き。瀬戸内海のとは微妙に違うのだが、金沢でも鰆はもちろん穫れるのである。ただし厳密にはこちらではかじきのことを鰆と呼ぶらしい。ホタルイカのあえもの。これはもうこの地のお家芸的ネタであろう。盤石の味わいである。タコとイカは少し甘めの出汁に浸かっている。カワハギには肝ソースがかかっている。これも絶品。最後に、のどぐろの頭の煮付けと若竹煮。いちばん美味しいところである。目玉も大好物。ゼラチン質の身が、面白いようにぽろりとはずれる。

th_IMG_5846th_IMG_5849th_IMG_5851th_写真[4]th_IMG_5855th_写真[5]th_写真[6]th_写真[7]

 握りは石鯛。コチ。こういう白身の変化球、大好きなんである。きりり端正なこちらの酢飯に、よくマッチしていると思う。すみいかの歯ごたえもこたえられない。白えびも関西ではなかなか食べられない地元ネタ。軽く炙ったかつおは香ばしく、バイ貝も金沢ならでは。一応江戸前なので大トロも。そしてあじ、さより、煮はまぐりときて、穴子。軽く炙って塩でいただく。うにはイカの上に乗っている。こちらも塩で。そして最後はのどぐろの手巻き。これがまた、旨いのだ。こちらの定番的シメの一品である。デザートにはもちろん玉子をいただく。気分よく酒を飲み、ぱくぱく食べ、よい心持ちになる。

th_写真[8]th_写真[9]th_IMG_5862th_写真[10]th_写真[11]th_IMG_5869

 久しぶりなので大将といろいろ話していて吃驚した。新しい店を近江町市場に出したという。そちらは、もっとリーズナブルに鮨を食べられる店らしい。そして、もうひとつ驚いたのは、まもなく新幹線が開通する金沢駅にも二号店を出すという(今現在、金沢駅の中にあるらしい)。こちらのお店で修行したお弟子さんがそちらの新店には出るらしいのだが、店を拡大するというよりは本店とそのデフュージョンブランドといった関係のようである。こちらで充分満足しているし、めったに来られない地であるから行く機会はなかなかなさそうだが、万が一本店の予約がとれないときは立ち寄ってみたいと思う。

2014-11-11 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

金沢「小松弥助」

 噂はいろいろ聞いていた。どんな鮨を出すのか、それがどんな風に旨いのか、なぜアパホテルの中にあるのか。行ったことのある人からは、大将のさまざまな伝説がいろいろ脚色されて面白いように語られた。初めて行くとき金沢の駅からタクシーに乗り行き先を片町のアパホテルと告げると、運転手さんに「弥助」さんに行かれるの、とも聞かれた。雑誌の鮨特集でもいつも常連である。こんなふうに、行く前から詳細な事情やプロフィールが語られる店などあまりない。(次郎もそうかもしれない)

 だけどはじめて伺ったとき、ああなんだかんだと言われてはいるけれど、結局みんなこの人柄に惹かれて来るのだということがよくわかった。とにかく、この店には何かとてつもなくやさしい気配が満ちているのだ。開店直後の一回めだったせいもあり、全員が席について大将の登場を今か今かと待っており、するとお職の登場とばかりに大将がカウンターに入るのだが、それがちっとも嫌味じゃない。いつも微笑みをたたえている人っているけれど、大将もそんな感じの柔和さ。そしてひとりひとりに親密な様子で声をかけていく。「どこから来たの〜」とか「今日はお天気がいいね〜」「おいしい鮨食べていってな〜」てな具合。そうしてひとりひとりにどう食べるかを聞いていく。基本はおまかせである。この時点で、全員が笑顔になるのである。

 やっぱり度肝を抜かれたのは、噂に聞いていた口の中でふわりほどける握りである。あらかじめネタに切り込みを入れたり、細かくしているので、口の中に入れるとシャリとネタがすぐさま渾然一体となるのである。なかでも、吃驚したのはすでに切るだけの状態になっているイカをカウンターで三枚におろすのである。そのおろして薄くしたイカを今度は細かく刻み、それを掌に適量とり握るのである。こんなイカの握りははじめてであった。(このイカの三枚おろし、金沢では流行っている。若い鮨職人や料理人がこぞって真似るのである)このイカを幸せそうに頬張っていると、大将に「おいしそうな顔して食べてくれてるなあ」と言われたことがある。そういうコミュニケーションも含めて、口福だけでなく、降伏させられる店なのである。

th_写真th_写真[1]th_写真[2]th_写真[3]

 今回でもう足かけ7年くらいになるのだろうか。昼間だけれど、加賀鳶の純米大吟醸をまずはちびりちびり飲る。最初のアテはざくざくと切ったマグロにこのわたをかけたもの。これね、あきまへんのよ。マグロだけだったら、普通で終わってしまうところだけど、これにこのわたをかけようという発想がさすがに手だれ。お昼ということを忘れそうになる。続いて、鯛、バイ貝、中トロ。これもご覧のように、鯛も食べやすいように切り込みが入っているし、中トロもざくざく切っている。この一見無造作にやっているように見える作業が、実は口の中で繊細な味を引き出すための巨匠が行き着いたテクニックなのかもしれない。ここでもう少し何かいる?と聞かれたので、もう少し、と言うと、例のイカと雲丹が出る。お昼の日本酒は一瓶と決めているので(それでも300ml入ってる)ほんとうに、ちびちびと飲る。

th_写真[4]th_写真[5]th_写真[6]th_写真[7]

 そして握り。まずはマグロのズケ。こちらもお約束の切り込みがちゃんと入っている。そして、今回はテーブル席だったので、盛り合わせで例のイカ、甘エビ、バイ貝、煮はまぐり、大トロの炙り。そしてトロにとろろをかけ雲丹を乗せた小どんぶり。シメはうなきゅうの手巻き。ここまでが一人前の握りである。これで足りなきゃ、追加でお好みを言うシステム。穴子とネギトロでシメた。

th_写真[9]th_写真[10]th_写真[8]

 昼だけの営業で11時半スタート、終了は4時頃。御年80を超えていると聞く大将がこのサービス精神でお昼三回転もしたら、たしかにとてもじゃないけど夜の営業はできないだろう。カウンターの中にいるのは大将とお弟子さんひとりだけだし。このお弟子さんがまた、非常に段取り良くてきぱきと下ごしらえなどを仕切っていて、いつも見ていて気持ちがいい。大将にはいつまでもお元気で握りつづていただきたいと切に願う。

◎追記 その1

 こちらのテイクアウト鮨がとても楽しい。その名も「弥次喜多」というばくだん鮨おにぎり。細かく刻んだネタを醤油で和え海苔で包んだものを具に握るおにぎりで、関西に帰る日に立ち寄ったときはいつもお願いする。サンダーバードの中で、これを頬張っているとホントに弥次喜多道中しているみたいで、無性に愉快な心持ちになってくる。

th_写真[12]

◎追記 その2

 私はこちらで使っているうつわもとても好きで、作家さんを奥様に教えていただき何年か前にその作品を手に入れた。ただし、この握りが乗っているのは、今はもう焼いていないと言われあきらめていたのだが、今回この写真をうつわ屋さんにしつこく見せるとオーダーできるということになり、ついに念願の弥助皿(勝手にネーミング)が手元にやってきたのである。別に家で鮨は握らないけど・・・買ってきた鮨をこの皿に盛るだけで気分が違うやね。

th_写真[5]th_写真[13]

2014-11-10 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

金沢郊外「鮨 八や」

th_写真[21]th_写真[1]

 連休後半。ここ5年ほどこの時期になると決まって金沢に行きたくなってくる。たいていは興味ある美術展と鮨とのセットという名目ではあるが、ま、これははっきり言って鮨旅行である。

 そして決行には条件がある。昼に「小松弥助」が予約できるかどうか。「小松弥助」のOKが出ると、自動的に夜は「みつ川」を予約する。このふたつが揃ったところで、ホテルとサンダーバードの予約をするという按配。盤石のこの二軒をまず押さえておいて、新店開拓などを目論むのである。

 今回は二泊。二日目の昼と夜が決まっているので、移動日の夜をどうするか。他に行きたい店もあったが満席で、いろいろ探していたら家庭画報金沢特集にこの店が紹介されていた。ま、このクラスの雑誌なら、そうそうハズレはしないだろう。ということで「八や」を予約した。お店があるのは金沢郊外。タクシーが停まったのは住宅街の中。ん?こんなところにお店があるのと思いきや、すぐ先の一軒家がめざす「八や」であった。中はけっこう広々としてカウンターも気持ちがよい。

th_写真[2]th_写真[3]th_写真[4]th_写真[5]th_写真[6]th_写真[7]th_写真[8]th_写真[9]

 最初に出てきたのは、煮はまぐりの潮汁。うーん、いきなりこれは意表を突いてくる。そしてそのお出汁を取ったはまぐりの握り。そんなにお腹がペコペコな顔してますか?私?どうやらこれはこちらの店の流儀であるらしい。ひとまず胃を休ませてからスタートしていただきたいという配慮の行き届いた一品なのである。涼し気なガラスのうつわに入れられたお造りはしめ鯖、がんど、バイ貝、真子鰈、さより。がんどというのは、ぶりの小さいのを言うのだと大将が教えてくれる。

 コズクラ→フクラギ→ガンド→ブリと北陸ではなるらしい。
 ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ、これが関西バージョン。

th_写真[10]th_写真[11]th_写真[12]th_写真[13]th_写真[14]th_写真[16]th_写真[17]th_写真[18]

 地方によって、いろいろ呼び名が変わるのが面白い。というかこれだけ取ってみても、日本という国の豊かな多様性を感じてしまう。鮨屋でも文化人類学は学べるのである。ホタルイカは、軽く燻製したのと、酢味噌和えと。横にはしこしこの真河豚の幽庵焼き。お椀に入っているのは、なんと蒸し寿司である。能登宇出津(うしつ)で穫れる白子をとろとろにして蒸し、二杯酢をかけており、これもこちらの名物なのだそうだ。ここにしかないメニューというのがあるのはやっぱりいい。大根をたっぷり盛っているのはこちらも宇出津のマグロ。軽く炙っており、上品な脂が乗っている。そしてこのわたとイカの巻物。この取り合わせも初めてだが、イケる。そして、ここからは握り。マグロ、コハダ、大トロの炙りと続いて、海老三種。手前からしろえび、がすえび、あまえび。しろえびは4月解禁、がすえびは6月中旬まで。三種揃い踏みはこの季節ならではである。それぞれにねっとりと独特の旨味がある。こういう海老の楽しみ方ができるのも、北陸という地ならではの贅沢である。続いて、うに、がんど、のどぐろと食し、玉子はだし巻き風と海老入りの二種類。最後にトロ鉄火をいただいた。

 場所柄、地元の人も多そうだし、わざわざ足を伸ばす観光客も多いという。こんどは真冬に来てみたい。

2014-11-09 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

イカリスーパーの「鮭鮨」

 JR大阪駅構内にあるいかりは、会社へ向かう前についふらふらっと立ち寄ってしまう魔窟のようなスーパーである。通勤客をターゲットにしているので、お惣菜や弁当がとても充実しているし、悔しいけれど地元のいかりよりずっと大きいので新商品チェックにも欠かせない。ここである日、鮭鮨に出会ったのである。

 流通の悪かった子供の頃のうどん県では、鮭といえばお歳暮にいただく塩鮭くらいしかなかったし、普段に食べる鮭もあるにはあったがとても塩辛く、もっぱらお茶漬け用だった。筋子(すずこと呼んでいた)は好物だったけどこちらもかなり塩辛く、スモークサーモンは当時は高級品でそんなに頻繁には食べさせてもらえなかった。ほんとうに美味しいイクラを食べたのは、ずっと後である。だから、大人になって北海道などへ行くとイクラ丼に夢中になったものだし、お取り寄せして大量のイクラをひとり占め丼にするなんてこともそうとうやってきた。その鮭が、イクラが、今や生状態になって、しかも鮨ネタになって、スーパーで売られているのである。

th_写真[2]th_写真

 最初夢中になったのは、鮭の親子鮨である。酢飯に錦糸卵、きざみのりを乗せたものを台にし脂がたっぷり乗った鮭の切り身を惜しげも無く広げ、その上にイクラがこれまた大漁に乗っている。どこから箸を入れればいいのか迷うほどのゴージャスさである。いっときハマって、週のうち2日くらいこれを食べていた時期もある。そしてある日、またまた見つけたのがサーモン尽くし鮨である。鮭の握り、切り身の巻きずし、その巻きずしの上にイクラを乗せた3種が交互にアソートされており、このこれでもか攻撃にもノックアウトされてしまった。ここで買う弁当は、たいていこの二種類のどちらかである。

 こんなに同じものばかり食べていて、大丈夫か?とも思うのだが、今や、鮭にはオメガ3脂肪酸が豊富に含まれていることがわかっている。うん、オメガ3脂肪酸。いっときイワシや鯖など青魚に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)が話題になったが、それにさらにALA(a-リノレン酸)をプラスした三種の脂肪酸のことで、これが理想的に含まれているのが鮭なのである。アタマが良くなる。血液がサラサラになる。中性脂肪が減る。そう信じて、食べ続けている。

 何事もやり過ぎ、食べ過ぎが良くないってことはじゅうじゅう知っているのだが・・・。

2014-11-08 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

南森町の割烹「宮本」

 今年二回目の宮本である。今回は会社の女の子を連れてきた。勤続二十年。御年大台に乗っかった祝いも兼ねてである。フレンチと宮本、どっちがいい?と聞くと、間髪入れず「宮本」と帰ってきた。いいね、いいね。ナイスなセレクトだ。

 四月の宮本は、春の峻烈な香りで満ちている。

th_写真th_写真[1]th_写真[2]th_写真[3]th_写真[4]th_写真[5]th_写真[7]th_写真[8]th_写真[9]th_写真[10]th_写真[11]th_写真[12]

 先付けは、ゆずを纏った赤貝の白味噌和え。これがはまぐりのうつわに入って出てくる。味覚と視覚で愉しむ貝の競演。もちろん日本酒はお気に入り新政のナンバーシックスである。お椀はアブラメ。葛打ちされて、ぷるぷると出汁のなかで震えている。下に隠れているのは蓬豆腐。木の芽の香りが春の野に誘う。お造りは鯛とすみいか、鮪。どれも最高の状態にキープされており、とくに鯛は心地のよい歯ごたえである。ナンバーシックスの後は同じ新政の杉樽貯蔵酒なまざけをいただく。焼き物は見事な筍である。いい状態のものが入った時しか使えないという京の筍。この時期、継続的にと努力はしているけれど、自然のものゆえにずーっとあるとは限らないという。出会えるかどうかは、まさしくご縁。こちらにもたっぷりの木の芽が添えられている。筍と木の芽。春にはこの取り合わせに勝るものはないと思う。視覚、嗅覚にまで訴えかけてくる季節のご馳走である。八寸は可愛らしいお重に入ったお寿司やお豆、玉子焼き、和え物。手前の桜の香合に入っているのは、筍の木の芽和え。春の風情を視覚と嗅覚で満喫する。そして歓声をあげたのが、ふつふつと煮えているしゃぶしゃぶ。上にたっぷり乗っかっているのは実山椒である。ぷちぷちが口の中ではじけ、ピリリとした辛さが、しゃぶしゃぶたれの甘さに喝を入れ、こたえられない美味を生む。

 木の芽と実山椒。知らなかったのだが、木の芽は山椒の若芽を摘み取ったものなのだそうだ。使う直前に軽く叩いて葉の細胞をつぶすことで香りが増す。いっぽう実山椒はちりめん山椒などに使われることが多く、こうして料理にスパイスとして使っているのははじめていただいた。同じ山椒でも、収穫時期とどこで取れるかによって成長の度合いが違うので同時に料理に使うということができるのだろう。狭いようで、南北に長い日本。桜前線のように魚も野菜も産地によって成長の度合いが違うというのはとても面白い。それに、それだけ流通が発達し、ありとあらゆる季節の素材を調達できるようになったということでもある。

 それにしても和食というもの、やはり四季のある日本という風土からしか生まれなかった料理であるとつくづく思う。今や、食のシーンにおいて、五感すべてを動員して感じられる春夏秋冬はここにしかないかもしれない。そして、四季の移ろいの狭間にある食材をいかに効果的に使い、来る季節と往く季節を楽しませるか。そこに料理人の資質のようなものが現れるような気がする。

 まだまだお若いご主人である。今後がもっともっと楽しみであることは言うまでもない。メニューは月ごとに変わるらしいので、頑張って毎月訪れたいと願うのだが、なかなかままならない。

2014-11-07 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

「バル・デ・オジャリア」

 東京に住む大学時代の友人と久しぶりに食事することになった。こういうとき、どこへ行く?あそこはどう?とあれこれやりとりするのはすこぶる楽しいダンドリだ。で、スパニッシュ、それもバルということに落ち着いた。私が銀座にいるので、銀座近辺の店を指定してくれた。銀座コリドー街。その店は、ちょっと妖しい感じで発光している。内装が赤を基調にしているので、そう見えるのである。

th_写真th_写真[1]th_写真[2]th_写真[3]th_写真[4]th_写真[8]

 ほどなく友人登場。ビール党の彼女もせっかくだからとワインをつきあってくれる。ここのシェリーの品揃えはなかなかの充実である。女ふたり誰はばかることなく、食べたいものをじゃんじゃん注文していく。イベリコ豚のハムをのっけた小さなバゲット。おすすめタパスの盛り合わせ。甘エビ、マッシュルーム、ドライトマトのアヒージョ。半熟フライドエッグにフライドポテト、チョリソーを細かく砕いてミックスしているスペイン風スクランブルエッグ。豚バラ肉の煮込み。昔話に花を咲かせながらふたりでうはうは食べながら、そろそろシメをどうするかの相談。こちらの真打ちはオジャなのだそうだ。すると彼女が突然「おじやの語源って、ここから来てるのよ」と言う。ええ〜そうなんや。それは知らなんだ。

 そういえばこちらの店名は「バル・デ・オジャリア」。店のホームページには〜「オジャOlla」とは、古くは「ドン・キホーテ」(1605年)にも登場する煮込み料理のことで、日本の「おじや」の原型に当たります。「オジャリア」はそんな「オジャOlla」を食べさせる場所という意味の造語です〜と書かれている。

th_写真[5]

 もともと「オジャ」とはスペイン語で蓋付きの鍋のこと。転じてその鍋でつくる煮込み料理のことも指すようになったらしい。実際、こちらのお店で「オジャ」を注文するとどっしりしたフォルムの「オジャ鍋」に入ってサーブされ、もうそれだけで異国情緒満点、ラ・マンチャを旅しているような気分にしてくれる。

 「おじや」が本当に「オジャ」から来ているかどうかはよくわからない。カルメラ、カステラ、天ぷら、コンペイトウなどポルトガル語由来の日本語は有名であるが、お隣のスペイン語由来というのはほとんど聞いたことがない。

 ネットの語源由来辞典によれば、〜おじや語源には、「深鍋」や「煮込み料理」を意味するスペイン語「Olla(オジャ)」に由来するといった俗説がある。オジャという煮込み料理がおじやと似ており、発音も近いことから生まれた説で、元は女房詞であった詞がスペイン語に由来するはずがない。「お」は接頭語で、「じゃ」は煮えるときの音や様子を表した「ジャジャ」と考えられる。現代では擬音語・擬態語で「ジャジャ」といった表現はされないが、近世には「ジャジャ煮る」といった例が見られることから、上記の説で間違いないだろう〜とある。『語源由来辞典より一部抜粋』

th_おじゃth_写真[7]

 こういった俗説も含めてああだこうだと「オジャ」を食べながら会話するのが楽しいのであって、私たちはたっぷり魚介とお米のメロッソというのを注文した。メロッソというのはリゾット風。ゆるめのパエリヤを想像していただくとわかりやすいかもしれない。ジャジャと煮込まれたそれは、香ばしいスパイスの香りと海老やムール貝のエキスをたっぷり感じるとてもやさしい味であった。

2014-11-06 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

歌舞伎座の「めでたい焼き」

th_写真[2]

 旧歌舞伎座でできたてのほかほかスイーツといえば、私は断然人形焼だった。ちゃんと職人のおじさんのブースがあって、いつでもあつあつのを食べられた。一階西側の奥には、まるで浅草仲見世のように猥雑で人いきれのする売店コーナーがあって、ちょっとした歌舞伎テーマパークの様相を呈していた。歌舞伎の楽しみに「か・べ・す」というのがある。菓子・弁当・鮨の頭文字を取ってこう言われる。つまり先頭の菓子は昔から歌舞伎観劇にはなくてはならない庶民の楽しみなのである。

 この旧歌舞伎座の三階にひっそりとあったのが、「めでたい焼き」である。昔は一階に喫煙所があったので、三階にはほとんど行ったことがなく、別にたい焼き以外にも一階に人形焼やら最中やら、スイーツはたくさんあった。

 ところが、歌舞伎座が新しくなり、喫煙所は三階だけになってしまった。煙草が吸いたくなるとしかたなく三階まで上がるのだが、その喫煙ブースの入り口にこの「めでたい焼き」は売られている。懐かしく、幕間にひとつ買って食べた。少し大きめのたい焼きの中に、白と赤のお餅が入っているのでそれが目出度いということで、「めでたい焼き」というネーミングがついている。お値段は250円とちょっぴり高め。ま、外で150円で買えるペットボトルのお茶だって中では250円なんだから、当然といえば当然か。それにじゅうぶん250円の値打ちのあるおいしさである。

th_写真th_写真[1]

 歌舞伎座の杮落し公演が始まってすぐぐらいはまだ、一階から三階までエスカレータで移動してもそんなに並ばずにこのたい焼きは買えた。ところが、あっという間に人気となって、行列に並ぶのにどんなに走っても三階席の人にはかなわない。目の前であえなく、売り切れという事態を何度か経験すると、こちらも少し意地になる。何としてでもこのたい焼きをゲットしなくてはという気持ちになるのは、私の性格を考えてみても当然のことであった。

 そして、ひねり出した策はというと。

 私はちょいちょい演目(舞踊のときが多い、すみません)によっては、松屋に買い物に行ったり、ナイルでゆっくりしたり、三原橋角っこにあるプロントの二階の喫煙コーナーでへらへらしたりすることがある。それで歌舞伎座に帰ってくるとたいていまだ上演中である。なので、誰も並んでいない売店に行き(たいていはお兄さんは休憩している)、次の幕間にピックアップするからとテイクアウトを予約しておくのである。テイクアウトたい焼きは箱に入れてくれるので、5個か10個。これはお土産にするのだが、そのとき箱入りとは別に幕間で食べる用を1個別に言っておくのだ。

 ふふふ。これを次の幕間のときに、悠々と取りに行き、おやつとして食べる。実にめでたい。

2014-11-05 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

麗しの「朝ごはん」

th_写真

 エッグベネディクト。初めて食したのは大昔のニューヨークでである。まだ、The Plazaが健在だった頃、ここのダイニングルームにブランチを食べに来て発見した。エッグベネディクト?メニューの下に書いてある文章から読み取れるのは、ポーチドエッグであることと、オランデーズソースがかかっていること。それくらいであった。が、卵好きである。どんなもんだか注文してみた。

 そして・・・やられちまった。トーストしたイングリッシュマフィンの上にバターとハム、さらにその上に中が半熟のポーチドエッグ、そしてオランデーズソースがたっぷりかかっており、これがダブルで皿の上に乗っているのである。なんと豪勢なものをアメリカ人って食べるのかしら。もちろんThe Plazaのそれは値段もそうとうに豪勢だったように記憶している。

 以来、The Pierre、The Carlyle、St Regisなどなどニューヨークのコンサバティブ系ゴージャスホテルの朝食を食べに行くのにハマっていた時期がある。豪勢なお値段といっても、そこは朝食。ランチやディナーに比べれば、じゅうぶん手が届く。どのホテルもそれぞれに美味しかったし、ホテルによってバリエーションも多彩だった。ハムの代わりにベーコンというのもあるし、ある日メニューにエッグフロレンティーンというのが並んでいるのも発見した。これはほうれん草が入っている。サーモンベネディクトというのもある。ハムではなくスモークサーモンを使う。かように、エッグベネディクト兄弟はいろんな顔を持っている。

 友人のミサコがフェイスブックで「イースターには卵を食べるのよ」などと発言しているのを見た直後に、むらむらと卵への欲望がアタマをもたげてきた。ちょうど、完全オフでちょっとお気に入りのホテルに泊まっていたので、さっそくルームサービスメニューをめくる。あった!エッグベネディクト!これよ、これ。今日の気分は!早速電話する。

th_写真[1]th_]

 やがてうやうやしくワゴンに乗せられ部屋にやって来たエッグベネディクトは、ほうれん草のソテーとスモークサーモンの上にポーチドエッグが乗っているというゴージャスさ。私は断然ハムよりスモークサーモン派。それにほうれん草が入っているというだけで、なんだかちょっとヘルシーな気分にもなってくる。しかも、オランデーズソースは自分で量を調整できるよう小さなうつわに入っている。調整できるとはいえ、結局黄身たっぷりのオランデーズソースは全部かけられてしまう運命にはあるのだけれど。このレモンの酸味がたまらないの。マヨネーズよりも高級バージョンって感じがする。だってサラダオイルの代わりにバターたっぷりだからね。

 さて、エッグベネディクトの美しい食べ方である。美しくは食べたいが、やはり卵を食べていることを改めて目でも楽しみたいので、ひとつは大胆にポーチドエッグを半分に切る。黄身がとろ〜り流れだしオランデーズソースと混じり合う。これをですね、台のマフィンとほうれん草、サーモンと一緒にタテにフォークで串刺しておもむろに、おもむろに、口に運ぶ。皿に流れている黄身とソースは、マフィンできれいに拭う。そうしてひとつめを完食した後、もう片方の卵にとりかかる。ポーチドエッグまるごとまるのままで口に入れたくなる衝動をかろうじて押しとどめなから、あれこれと逡巡したあげく、結局はまたナイフで半分に切る。黄身がとろ〜り流れだしオランデーズソースと混じり合う。やはり、エッグベネディクトの食べ方はこれでいいのだ。これが正解なのである。これ以外にはない。

 そういえば、ニューヨークで長い間、朝ごはんを食べていない。日本では、かのクリントンストリートのパンケーキに行列ができているし、ベーグルショップも流行っている。今年の年末、久しぶりに本場のパンケーキやベーグル(ロックスが大好物!)そしてエッグベネディクトを食べたくなってきた。

 その場合、昼は抜きにしておかないと恐ろしいカロリーになるので、朝を取るか昼を取るかでけっこう悩むところである。ま、今悩んでもしょうがない。行ってから、悩むとするか。

2014-11-04 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

引き続きの「ナイル」

 ナイルのメニューは、実はとても充実している。なのに、食べたことあるのはムルギランチと卵クシンバー(スクランブルエッグ)くらい。長年通っているのにこれではいけない。

 そこで、ある日意を決して、別メニューに挑戦することにした。まず、トマトスープ。(海老様お気に入りだそうだ)これは濃厚なトマトジュースに塩コショウがくっきり効いている。そして海老カレー。しかし、海老カレーを待っている間も、周りはみんな例のムルギランチを食べている。それで、はた、と思いついたのである。ナイルさんに、ムルギランチのごはん抜きってできる?と聞けば、できるよですって。そうなのだ。ごはん抜きにすればムルギランチと海老カレー、両方食べられる!

th_写真[5]th_写真[7]th_写海老カレー真[6]

 海老カレーには白いご飯がついてくるので、ちょうどいい。

 右側から海老カレー、左側からムルギランチのルーを交互にかける。なんと贅沢なことをやっているのだろうと、我ながらうっとりしてしまう。海老カレーは、たまねぎがどっさり入ったサラサラのカレーだが、これが強烈な一本気の辛さ。食べた後から、ガツンと口腔にやって来て、思わず口をふはふはしてしまう。ムルギランチがレンジの広い奥行きの豊かな辛さだとすれば、こちらはツンと一方向へ抜ける辛さ。どちらも甲乙つけがたい。しばらくはこのダブルカレー体制を楽しもうと思う。

 ところでご存知の方も多いと思うけど、このナイルという店。創業者のA.M.ナイル氏は知る人ぞ知るインド独立運動家で、京都帝国大学に留学していたときに日本陸軍と接触し、日本にすでに亡命していたボースを通じて頭山満や大川周明らとも出会っている。太平洋戦争時にはインド独立運動に尽力し、終戦後には東京裁判のため来日したパール判事の日本調査に協力したり、日印平和条約の非公式顧問に任命されたりと、日印親善に大きく貢献した人物である。1949年に銀座に日本初の本格インド料理店「ナイルレストラン」を開業。1984年には、独立運動の功績が認められなんと天皇陛下より勲三等瑞宝章を授与されている。

th_写真[10]

 現在は二代目のG.M.ナイルさんが店を引き継いでいるが、一階の壁面にはナイルのオリジナルカレーと一緒に、この偉大なお父上の回想録が並べられている。ずーっと気になっていたのだが、いつも店が忙しそうだったのでついついそのままになっていた。この日は、3時もまわっていたので、ナイルさんにあの本ほしいとケースから出してもらった。お父上の回顧録『知られざるインド独立闘争』とG.M.ナイルさんの『銀座ナイルレストラン物語』。その日のうちに読んだ『銀座ナイルレストラン物語』には、なぜずーっとムルギランチにこだわっているのか。そして、なぜナイルレストランが銀座という地で長年人気レストランとして繁盛しているのか。そのへんの秘密がしっかりと明かされていた。

 変わっていいもの。変わってはいけないもの。レストランのメニューひとつ取ってみても、変わらないものがいかに大事かをこの本は教えてくれる。

アマゾンで『知られざるインド独立闘争』を購入
アマゾンで『銀座ナイルレストラン物語』を購入

この二冊は「ナイルレストラン」でも購入可能。

2014-11-03 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

ナイルの「ムルギランチ」

th_写真[4]

 もう15年くらい前の話だ。テレビの海老様特集で、「俺、歌舞伎座のとき、ほとんど毎日カレー食べてる。旨いんだよ」という発言を聞き、ここかしらと旧歌舞伎座の三階にあったカレースタンドに行った。別に普通のカレーである。ここではない。歌舞伎座の係員のおねえさんに、「海老様ってどこでカレー食べてるの?」と聞いてみると、「ああ、きっとあそこですよ」と教えてくれたのがナイルだった。

 はじめて行って、定番ムルギランチを食べ、コロリと信者になってしまった。そのうち、歌舞伎座に行く前にランチを食べるようになった。しかし、だいたい歌舞伎の昼の部スタートは11時である。ところがナイルが開くのは11時半。一回目の幕間はお昼とかぶるのでナイルは混んでいる。

 で、私はどうしたか。

 11時スタートの一度目の演目に行かずに、11時20分にはナイルの前に並ぶのである。開店と同時にムルギランチを食し、その後こっそり歌舞伎座の席につく。このような悪習がついてしまったのである。ときには30分の幕間に猛ダッシュで入店し、「ムルギランチ大特急で!」などとやっているうちに、すっかり顔を覚えられてしまったのである。

th_写真[3]

 以来15年。最近では、入店すると同時に「インドビールね。それにあれね」と自動的に出てくるようになった。インドビールは、マハラジャという銘柄。あれ、というのはすっかりお気に入りになった卵クシンバー(インド風スクランブルエッグ)のことである。卵をギーというインドのバターオイルで炒めており、クミンシードの独特の香りがしてビールとの相性が抜群なんである。そのペアをぼちぼちやりながら、ムルギランチが出てくるのを待つ。

th_写真[11]

 ナイル名物ムルギランチ。

 入店するといちおうメニューは手渡されるが、一階に座ろうものなら番人である(失礼、支配人です)ナイルさんに強制的に「ムルギランチね」と決められてしまう。初めてであろうお客さんの100%(断言)はメニューを見る前に「ムルギランチ、もう決まってるよ」と言われ、何がなんだかわからないうちにメニューを取り上げられる。これが、ナイルの儀式。だけど、そのムルギランチは一度ファンになると病みつきになる味なのである。15年間ずーっと病みつき。

 そして、ムルギランチが運ばれてくる。

 もうひとつ、儀式がある。

 それは、目の前でナイフとフォークを使って、鶏のもも肉を解体して食べやすくバラバラにしてくれるのである。

 しかも。

 ムルギランチを構成するのは、7時間も煮込むという地鶏のもも肉、キャベツ、マッシュポテト、イエローライス、でその上にたっぷりカレールーがかかっている。これを「ぜぇんぶ、グチャグチャに、全面的に混ぜてね〜混ぜれば混ぜるほどおいしいからね」と全面的に混ぜさせられるのだ。この風景、ナイルの風物詩でもある。

 だけど、私は食べながら少しずつ混ぜたい。何と言われようと、自分の好きなように食べたい。何回も頑なに抵抗しつつぐちゃぐちゃにせず食べているうちに、全面的にあきらめてくれるようになった。

 ムルギランチ。こんなに美味しいものが、たったの1500円である。

2014-11-02 | Posted in 千夜千食No Comments » 

 

銀座の割烹「奥田」

 基本、東京で和食を食べようという気にならない。何軒か行った店がたまたま悪かったのか、それとも別に東京で美味しい和食など求めていないからなのか。何軒か好きな店はあるけれど、和食は大阪でも京都でも名店があるからそれでじゅうぶん。むしろせっかくの東京なら関西にはない江戸前の鮨とか天ぷらとか蕎麦がいい。そう思っていた。だが、この千夜千食のアドバイスをもらうのに食事することとなったK氏のリクエストが和である。すぐ近所に面白い和食もあったが、この日はNG。ダメ元で電話したこちらに運良く席があった。元々一度はこちらの本店には来てみたかった。セカンド店なら試してみるにはうってつけ。意気揚々と、期待しつつでかけた。

th_写真[1]

 めざす店は、銀座エルメスのすぐ裏手。階段をトントンと降りた地下一階にある。のれんをくぐると、左手に白木のカウンター。そして私たち以外は外国人。先日の京都でもそうだったが、昨今某タイヤメーカーのガイドブックのせいか、星をとっている和食には外国人が押し寄せる。そしてみな神妙に料理の説明を聞き、実に楽しそうに食べているのだ。そんな時代になったのだなとうれしく思う。

th_写真[2]th_写真[3]th_写真[4]th_写真[5]th_写真[6]th_写真[16]th_写真[14]th_写真[8]th_写真[13]

 グラスシャンパンで乾杯した後、黒龍のしずく酒「火いらず」をボトルで頼む。さすがに黒龍、四合瓶などあっという間である。こちらの料理は盛りつけに斬新な工夫がある。最初のひと皿は、貝殻に盛られたたいらぎと16種の春野菜の和え物。たけのこ、こごみ、野蒜、あぶらな・・・ああ、もう思い出せないが、それら春野菜が立体的に盛りつけられたインパクトあるひと皿。続いて煮物碗。私はこの味で、その店との相性をはかる。私が愛する京都のそれに比べると多少の塩気は感じるものの醤油くささはなく好きな方向の味である。ここがクリアできれば、がぜんこの後が楽しみになってくる。造りは淡路島の鯛に徳島のアオリイカ、横輪。塩と醤油、好みでどちらでもという趣向。わざわざ神戸から来て、東京で淡路島の鯛を食べる。今さらながら、築地で手に入らない素材はないのだとしみじみ思う。焼き物はたけのこと鰆。うーん、東京で鰆の焼き物が食べられるとは。これも驚きである。申し分のない鰆である。続いての蒸し物は桜餅を模した餡かけ。このへんから酒がすっかりまわってしまい、最後の方の記憶がない(笑)。

th_写真[7]th_写真[11]th_写真[10]th_写真[9]

 ただし、デザートのイチゴのソルベだけは鮮烈に覚えている。だって、凍らせたシャリシャリのイチゴにロゼシャンパンをしゅわしゅわ注ぐんだから。

 料理の味だけでなく、趣向も含めて楽しませてくれる店である。カウンター越しの会話にしても、立ち入ってもよい話とそうでないのをちゃんとわきまえていると思わせる節度を感じ、とても気持ちがよい。いい意味でのサービス精神が横溢している店である。また来る機会をつくりたい。そう、私が愛するのはこれくらいの規模のカウンター割烹。目の前で料理人の包丁さばきを見られるという点で、今もっとも贅沢で、もっとも旬で、もっとも信頼できる形態ではないだろうか。

2014-11-01 | Posted in 千夜千食No Comments »