2018-09

五反田「グリルエフ」

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 撮影の仕事のときは五反田のビジネスホテルに泊まる。商品のサンプルルームが五反田にあるので、打ち合わせに便利なだけでなく、ロケバスが停まりやすい場所でもあるので、いつの頃からかここになった。私は長くてもせいぜい4日とか5日程度だが、社員によったら一週間から10日ほど滞在ということもあるので、みんな口を揃えてこのホテルがいいと言う。なんで?と聞けば、洗濯乾燥機が部屋についているから、なのだそうだ。うん、確かに夏場の撮影だと、ドロドロに汗をかくし、その日のうちに洗って乾かせられれば、快適に違いない。持って行く着替えだって少なくて済む。ミニキッチンと電子レンジもついているので、ちょっとした食事をつくることもできる。こういうのが現場の声なのだ。

 撮影スタッフはみんな私たちが五反田に泊まっているのを知っているので驚かないが、仕事以外の知り合いに五反田に泊まっているというとけっこうびっくりされる。五反田というファンキーな土地柄のせいなんだろう。たしかに、ホテルのすぐ横に歓楽街があり、客引きの数だって半端じゃない。最初は、うっ、と引いたりしたが、ウロウロしているうちに、飲食店は充実しているし、コンビニも薬局も足裏マッサージも隣にあって深夜まで開いているし、お気に入りのバーも見つけたし、滞在するのにこれほど便利な場所もないのでは、と思うようになった。

 会食の予定がないある日の夕方、今夜はどこで食事しようかと歩いていると、クランクのようになった路地があり、ふらふらと入ってみれば、古色蒼然とした店の看板が目に入った。外から窺うに、どうやら洋食屋であるようだ。こういうときは、勘が働く。絶対に間違いのない佇まい。看板をしばし眺め、意を決してドアを開ける。おお。中もええ感じ。昔から、頑に洋食を作り続けている店の匂いがぷんぷんする。

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 カウンターに案内され、何にしようかとメニューを開けば、美味しそうなものがズラリ。けっこうな品数である。おもいっきり迷うが、初めてであるので、オーソドックスにポタージュスープとチキンサラダ、メインにビーフカツを注文した。大正解!であった。どの料理も、丁寧に誠実につくっていることのわかるしっかりした味で、そんな姿勢でつくるものがまずいわけはないのである。こちらの名物はハヤシライスであるらしく、一人客で常連らしき人たちのほとんどが注文していた。よし、次回はあれを注文するぞ。

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 ハヤシライスにつられ、日をおかず再訪した。もちろん、迷わず注文する。玉ねぎと牛肉、マッシュルーム、それにグリーンピース。さらさらのソース。これが昔ながらの鈍く光る銀色のソースポットにあふれんばかりに入っているのだ。うやうやしく白ごはんの上にかけて、いただく。旨い。じんわりと肉のうまみがソースにとけ込んでいて、玉ねぎの甘みがまたいい塩梅。これは、ランチにもよさそうだ。

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 さらに、気になるメニューでカニクリームコロッケというのがあったので、また後日注文してみたが、この先がきゅっと桃のように尖ったカタチが何とも愛らしく、だけどコロッケの味わいは絶妙とでも言うべき塩加減で、ソースも何にもなしで、これだけで美味しく食べられるようちゃんと計算されている。一人のときは、しばらくは、チキンサラダのミニとカニクリームコロッケ、ライス添えというのが定番になりそうである。

2018-09-28 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

白金鮨「いまむら」

 ほんとうに予約が取れない。東京行きのスケジュールがもっと早くわかっていれば、なんとかなるのだろうけれど、半月前とかではなかなか難しい。何度か振られて、ほぼ一年ぶり、久々の訪問である。今日は会社の仕事仲間と東京在住の仕事仲間の三人。彼らの反応が楽しみである。

 こちらのお鮨は、赤酢と塩を効かせたシャリが特徴で、私が行く鮨の中ではダントツにキリリと尖った味である。エッジが効いているというのか、押しが強いというのか、とにかく独特のシャリに厳選されたネタが合わさって、どこにもない「いまむら流」とでもいうべき個性が光っているのだ。79夜88夜で攻めてくる鮨と表現したが、その姿勢はまったく変わっていない。

 まずは出羽桜とともにツマミをいただく。こうして写真を並べて見ると、ツマミがいかに充実しているかがよくわかる。コリコリのマコガレイ、柔らかく煮たアワビ、とろとろの茶碗蒸し、絶妙の按排に香ばしく焼いた穴子、これぞ江戸前の仕事という仕上がりの白ミル貝、ねっとり官能的なカツオ、皮のパリパリ加減まで計算したのどぐろ・・・。海鼠釉の唐津のぐい呑に痺れつつ、杯を傾ける。

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 東京在住のS氏が、シャリの酢の具合がすこぶるよいと褒める。今まであまり食べたことのない味わいだと言う。ま、大阪出身の人にとったら、こちらの赤酢の効いたシャリは江戸前の中でもかなり際立つものだと思う。私自身も、もともとは関西の甘めの鮓飯に慣れていた。それが通い出した近所の鮨屋がキリリとした辛めの鮓飯(赤酢は使っていない)を使ってい、次第にそれに慣れるようになってからは、いわゆるザ・江戸前のシャリにも違和感なくなじむことができるようになった。ここのシャリは私も超好みであるので、S氏と共に盛り上がる。

 そしてお待ちかね、いよいよ握りへと突入だ。

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 全部で12カン。第88夜と比べるとよくわかるのだが、基本的な構成はほとんど変わっていない。初っ端はイカ。相変わらず端正な切れ目が入っている。そして金目鯛。今やすっかり定番のネタである。かすごの昆布締めに施された包丁仕事の美しさといったらどうだろう。マグロのヅケ、大トロは安定感のある旨さで、何よりもシャリとの相性は抜群だ。コハダ、ミル貝と続いて、トロたくの巻きが出る。こういうの、箸休めじゃあないけれど、握りの連続の中にちょっと小休止が入るのがなかなかよい感じ。一息ついてリラックスしたらいよいよクライマックスへ。まずはアジ。この艶姿ももうおなじみになってきた。車海老、雲丹、穴子。盤石の安定感をキープしつつ、口中を盛り上げるいまむら三部作。

 いやあ、いつ来ても、基本変わらないということの貴重さをしみじみと味わいつつ、今度はいつ来られるだろうかと手帖を睨む。こういうとき、関西に住んでいるのがうらめしい。

2018-09-23 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

北杜市「ギャラリーTRAX」

 山梨県北杜市というところにやって来た。カタログ撮影のためだが、東京近郊の自然光スタジオはもういろいろ行き尽くしており、いつもと違う新鮮な場所を求めたらこんなに遠くまで来てしまったというわけだ。とはいえ東京から中央自動車道に乗れば2時間半ほど。八王子、大月、山梨、甲府、甲斐を通り過ぎれば北杜市で、じゅうぶん日帰りできるロケーションではある。

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 八ヶ岳南麓。ここに、インテリアデザイナーが保育園を改装してギャラリーにしたという空間がある。もともとあった建物をセンスの良いラスティックな感覚でリノベーションしていて、スタジオとしてはもちろん、イベントやライブにも貸してくれるそうである。伺った日は、奥の空間で現代アーティスとの個展をやっていた。

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 スタジオの予約をするとき、お昼はどうされますか、と聞かれた。ここは、事前にお願いすれば、ランチも作ってくれるというのである。だいたいの人数を伝えておいたが用意されたテーブルを見て驚いた。これはもうちょっとしたレストランのレベルではないか。オーナーの女性とお話すると、80年代にはパートナーの方と大阪でお仕事をされていたのだそうだ。お二人でこちらに移住して来て、ギャラリーを開いてからはけっこうあたりまえのように料理も供して来たのだと言う。どの一品も野菜をふんだんに使った大皿料理で、スタッフ一同おなかいっぱいになるまで食べた。

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 どうですか、このラインナップ。写真いちばん下の右側のように、お皿にめいめいで好きなものを取り分けていただくスタイル。野菜がシャキシャキで味が違うとか、お漬け物も美味しい、持って帰りたいとか、大好評であった。どうもご馳走さまでした。

2018-09-12 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

中目黒「歩路庵」

 歩路庵。ポジアンと読む。正式な店の名は、ポジティブアンバランス(positive imbalance)というので、今どきの省略をすればポジアンで、それに当て字をしたと考えられる。

 飲み友達のヨシヒコが、地元でちょくちょく行っていた旨い店で、そこのシェフが東京に移住し同じ名前で店を出しているから一回行ってみと言うので、機会を作ってみた。中目黒の駅から歩いてすぐの雑居ビルの二階。この辺のエリアも東京での行動半径の中に余裕で入るので、レパートリーのひとつになればいいなと思ったのだ。

 いや、ここ、いい。

 店内は、オープンキッチンをぐるりとカウンターが取り囲んでいて、料理を作っているのが見える今どきのレイアウトである。魚介類が中心であるが、肉や野菜もしっかり充実していて、和×フレンチ×イタリアンの和洋折衷バトルロワイヤルメニューがなんとも魅力的なのである。

 初めて訪れてからというもの、会社の子と行ったり、昔のクライアント様を誘ってみたり、撮影スタッフと行ったりと、いろんな状況で行く店となった。コースを頼んでも、アラカルトでも、シェフにお願いするといつも臨機応変にメニューを考えてくれるし、肉と魚と両方食べられるので、どちらかが苦手という人を連れて行っても大丈夫なところもいい。

 この日は、昔よく一緒に仕事した人を交え、会社の連中と行くことになった。相手が何が好きだったか確認せずとも、ここなら何でもあるので安心である。とりあえず予算を伝えてコースを考えてもらう。海鮮も大好きということだったので、最初から海鮮のオンパレードである。

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 海ぶどうやもずくと一緒にいただくヒラメ。鯛の焼霜造り。ねっとりしたイカ。こういう三品が出てくるのに、ちゃんとお造り盛り合わせもやってくる。軽く炙った金目鯛、タコ、こちらも皮をパリッとさせたカツオ、マグロにトロ・・・なんとゴージャスな一皿だろう。アジの刺身もやってくるし、牡蠣もおでましになった。もう、海鮮好きにはたまらないこれでもか攻撃である。

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 そして。いくらの上に、大きく立派なぼたんえびを置き、その上にウニを載せた一品。これだけでもたいがい凄いのに、このあとはカニ酢である。シーズンを考えるとトレトレというわけにはいかないけれど、これだって立派なズワイガニだ。

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 この日は鱧しゃぶを用意してくれた。蛤で出汁をとった贅沢なお鍋である。もうおなかが海鮮でいっぱいになるという幸せな時間。しかも、その後にですよ、ステーキも出された。三切れとはいえ、これはこれでしっかりとボリュームがある。

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 最後にデザートのようなきれいな顔をして、焼き寿司がやってきた。どうです、このビジュアル。これはのどぐろ丸ごとを捌いて、鮨にして、皿に並べて焼いた一品。こちらの名物なんであるが、焼かれることによって酢飯とネタが不思議になじんで、酸味がまろやかになる。おなかパンパンなのに、これなら食べられるというのもいかにもデザートのようである。

 この後、すぐに別の機会でまた伺った。こちらも、だいたい同じようなラインナップとなったが、女の子ばかりのグループだったので、全体に少なめでお願いし、焼き寿司も半身にしてもらい、かわりに茶そばのペペロンチーニ風というのをもらった。

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 面子によっていかようにも組み立ててもらえる(もちろん、自分でも組み立てられるが、シェフにゆだねたほうがダンゼンよい)創作キュイジーヌ。東京ばかり行かずに、家の近所にある店にも一度は顔を出してみたい。

2018-09-12 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

大阪北新地「万卯」

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 囀り。さえずりと読む。口篇に舌と書くこともある。

 大阪名物、くじらの舌である。いわゆる関東炊き(かんとだき)の種のひとつで、就職したての頃同僚が梅田の食道街にある関東炊きの名店で、これを食らうと息巻いていたことをよく覚えている。当時からその店は繁盛しており、はじめて食したさえずりというもの、さほど旨いとは思わなかったのは、私の舌がまだ子供だったからに相違ない。

 こちらの店は、北新地で今や一大勢力となっている加賀万グループのひとつ。茶懐石をメインとする日本料理、割烹、湯豆腐、天麩羅、鮨・・・。いわゆる和食というもののすべてが北新地のど真ん中のビルすべてに詰まっている。すでに懐石料理のかが万(第5夜)は早々と紹介したが、春海バカラや永楽善五郎などの素晴らしいうつわで供される茶懐石は見事であった。

 だからおでんとはいえ、かなり高級バージョンである。(あ、すでに何度かは来ている。不思議な縁があって、クライアント様以外にもこちらの店長と親しいという人とも一緒にお邪魔しているし)メニューから食べたいものを注文するというシステムはおなじみのおでんスタイルではあるが、一品一品、シブいうつわに入れられ、たっぷりの出汁と一緒に出されるのである。

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 まずは、突き出し。茄子の煮浸しにもろこ。続いてお造りの盛り合わせ。そうして、看板メニューの囀りの登場である。見るからに滋味あふれる出汁の中に、囀りが浮かんでいる。刻み葱がたっぷりと散らされていて、まず一口。ううむ。こんなに旨い具合に柔らかいところとこりこりしたところを共存させる按排はさすがにプロの仕事である。普通ではなかなかこうはいくまいと思ふ。唸りながらも気がつくと出汁もきれいに飲み干している。

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 豆腐の上にはとろろ昆布がたっぷりかかってい、こちらの出汁もずずっと飲み干す。蓋物がやってきた。中身はフカヒレである。こってりしたあんかけの中にひそんでいるトロトロに煮込まれたフカヒレ。何だろうな、この食材って。そのものに味があるわけじゃないのに、美味なる液体の中にひとたび投入されればうまみを吸収しつつ、なじんでその存在を主張する。ショウガが効いたあんもきれいにいただく。ロールキャベツもこちらでは必ずいただく一品。よく煮込まれたトマトと一緒にフハフハ言いながら食す。厚揚げと菜っ葉の炊いたんも、おでんといえばおでんの一種か。王道の卵、ひろうず、間違いのない盤石さ。鱧の梅肉のせも考えてみれば、出汁で炊いたらおでんと言ってもいいのかもしれない。そして、えびの団子。それぞれ出汁が美味しいので、すべて飲んでいるうちに、おなかもいっぱいになってきた。

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 シメには、小さなおにぎりをいただく。これ、いろんな味を小さく握ったひと口サイズなので、もう無理と思いながらも入るのである。あいまにお漬け物をほうりこみ、しじみ汁をいただいて、ああもうおなかぽんぽん。このおでん、ミシュランの星がついている。星つきのおでん屋さんって、たぶんそうそうあるまい。

2018-09-12 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

横浜「勝烈庵」

横浜で撮影の仕事である。たいていは午前中に終わるので、ランチは昼時の混雑が始まる前におめあての店に入れることが多い。そして、たいていは中華料理に行くことが多い。ほぼ90%の確率である。

ところがこの日に限っては、いつもの中華エリアに行くには少し時間がかかる場所での撮影だったので、ここにやってきた。とんかつにはあまり食指が動かぬのであるが、ここは店に入った途端気分が上がった。

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まず、看板の文字が良い。どことなく、民藝の匂いがする。で、中に入るといきなり棟方志功の『無事』という扁額が掲げられているではないか。どうやら民藝大好きな店のようであるのだ。調べてみると、こちらの先々代が濱田庄司の窯を訪ねた際、宿泊した旅籠に飾られていた棟方志功の作品に感銘を受け、その縁で濱田庄司が棟方志功を紹介してくれることとなり、以来交流を深めたというのである。こちらの店名も、もちろん看板の文字も、棟方志功の手になるのであった。民藝の匂いがするって、いや、モノホンのバリバリの民藝なのであった。どうもすみません。

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各自メインは勝烈定食というヒレかつ定食にする。それにみんなで少しずつつまめるようシーフード串揚げというのも注文する。創業以来の味を受け継ぐ秘伝のソースをたっぷりとかけ、かぶりつく。サクサクの衣と程よく揚がった豚肉とのワイルドなマッチング。勝に烈という意味も字面もはげしい文字を選んで組み合わせいるだけあって、勢いのある味わいである。ソースが美味しいので、大盛りのキャベツもどんどん入る。定食にはシジミ汁もついており、こちらも特製の黒味噌が使われている。あっという間に完食した。

たまには、ガツンと、トンカツ。というのも、なかなかよいもんだ。

2018-09-12 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

福山「メゾン・ドゥ・シェフ」

待ち合わせは、広島県福山市。尾道へは何度か行ったが、福山は初めてである。高校が岡山県倉敷市にあり、当時実家が福山の子たちも多かったので、地名自体にはなじみはある。が、考えてみれば一度も行ったことがないのに今回気づいた。なので、ちょうどいい。夜の食事をするレストランに集合で、その後みんなで福山に一泊し、明日は鞆の浦あたりを観光して夕方解散であるという。こういうイベントでもないと、福山に来ることなんてない。

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午後6時に「ビストロ・メゾン・ドゥ・シェフ」というフランス料理店に集合である。時間きっかりに店の前に立ち、ドアを開けると、ものすごい音が耳に飛び込んできた。いや、これは音というのではなく、ノイズという種類のものだろう。おばちゃん連中が口々に騒ぎ立てている凄まじいノイズ。店内にはわんわんとその雑音がハウリングしている。思わず、周りを見渡すが、他に客はいない。貸切だと聞いて、ホッと胸をなでおろす。

いや、とにかく、おばちゃん連中が集まると喧しいのなんのって、いやほんま、これ、ほとんど公害である。貸切にした幹事の良識は評価してあげなくては。こんなの貸切じゃなかったら、どんなに迷惑であろう。しかし、貸切とはいえ、この騒音を聞きつつ料理をつくるシェフや給仕する人もたまったものではないなと同情する。

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そのうえ、全員がおしゃべりに夢中で、料理をゆっくりと味わうどころではない。心からシェフに同情しつつ、まずは前菜に手をつける。マグロ、サーモン、アボカドのサラダ。もうひと皿は、生ハムと葉野菜のサラダ。ブラッドオレンジの甘酸っぱさが、生ハムの塩加減を引き立てる。フォワグラのステーキは、可愛らしいピーターコーンと。魚介の皿は、貝柱と白身に色鮮やかな二種類のソース。メインは、ミディアムレア状態が見た目にも美しいローストビーフ。びっくりしたのは食事である。そういえば、パンが出ていないなと思っていたのだが、シメの食事はなんと炊き込みごはんと若布とお揚げのお味噌汁。うん、いいよ。こういうの。ごはんにはうまい具合におこげも混じってる。デザートは、クレマカタラーナ風のプディング。

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こちらのシェフは、大阪、広島、東京で修行した後、子供時代を過ごした福山で独立開業。地元の素材をストレートに生かすことで、フランス料理の計算された味と多くの先輩方から学んだ味を伝えることを目指しているという。今、地方都市でこういったUターンやIターンで頑張っている店が増えている。良い傾向だと思う。

シェフ、とっても美味しかったですよ。うるさくて、ごめんなさい。

2018-09-12 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

大阪本町「時分時」

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今宵は、大阪の国立文楽劇場で催される文楽鑑賞教室へ初心者2名を連れて行く。鑑賞教室と名前が付いているのは、演目の前に三味線や太夫、人形遣いの人たちがそれぞれをわかりやすく教えてくれる解説付きだからで、そのせいかなかなか人気が高い。二晩ほどは夜6時半から始まる「社会人のための文楽入門」という日があり、仕事が終わってから余裕で観に行けるのだ。演目は、近松門左衛門の名作「曽根崎心中」である。これは何度観ても(聞いても)良いし、初心者でもわかりやすい名作中の名作である。終演は9時少し前なので、夕食は少し我慢して終演後に行くことにする。

さて、どこに行こうか。9時過ぎというのは微妙な時間である。いろいろ考えていて、思い出した。第200夜で東京からのお客様を連れてったら、たいそう喜ばれたあのお店。あそこがいい。あの人気店なら2回転目に入れるかも。予約の電話をかけたら、すんなり9時半ぐらいなら、と取れた。

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まずは、磯自慢で乾杯する。今夜の「曽根崎心中」についての感想をいろいろ言い立てる。なにしろ、最前列のかぶりつきである。クライマックスの心中シーンなど、目の前で観たので、そうとうに感情移入し、泣かされたのである。なんでお初徳兵衛は心中という方法しか選べなかったのだろうか。そういう時代だったから?身分制度というものの中にがんじがらめにされていたからか?好き勝手な解釈をあれこれ言いつつ、酒の肴にする。

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ぷりぷりの海老のサラダに、おすすめの串焼きからスタートである。この貝柱の上につぶつぶの畑のキャビアとんぶりを乗せた一品、椎茸フォワグラバターも相変わらずの悪魔のような旨さ。たまらず、二杯目の日本酒黒龍を所望する。サラダでも食べているのに、またぷりぷりの海老を串焼きでかぶりつく。とろけるような脂が入った牛肉は、口に入れた途端すーっと溶けていく。田楽風の一品は、もちもちの生麩。外側の香ばしさがたまらない。

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海苔をくるりん巻いて食べる軽く炙った穴子。山芋とアボガドのソテー。カイノミステーキ&ガーリックのソテー。淡路の玉ねぎのステーキ。これを純米の冩楽と一緒に食す。ああ、もうどの一品も素材の旨さと調理法が見事にマッチしていて、もういくらでも食べられそうだ。

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今日は三人いるので、シメの炭水化物は三種類。まずは、そばめし。これは関東の人にはほとんどなじみがないと思うので説明しておくが、焼きそばをごはんと同じ長さぐらいに鉄板の上で刻み、焼き飯状にしたものである。もともと神戸発祥と聞くが、たしかに神戸の下町のお好み焼き屋のメニューではおなじみのものである。しかしこうやって、クオリティの高い牛肉などを具にしてしまうと、B級のそばめしも立派な一品である。お次は、もやしそば。シャキシャキのもやしと白髪葱をたっぷり盛ったい一品。そして、ここに来て食べないわけにいかないのが、豚玉である。この垂直にすっくと立った厚みを見よ。

やっぱり三人ぐらいで来るといろいろ食べられるし、シメの炭水化物がこんなにも充実する。また、すぐに来たい。

2018-09-12 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

二期倶楽部「ラブリーズ」

今年も「山のシューレ」の季節になった。一昨年、昨年と参加したので、当然のように今年も申し込む。ただし、今年はどう調整しても月曜は休めないので、一泊だけである。

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二期倶楽部で一泊しかしないのなら、夕食はメインダイニング「ラブリーズ」でフレンチを楽しむというのが王道のコースであろう。意気揚々と予約をしたが、なぜかフレンチではなく和食の店に変わったという。180度の転換である。なんでそういうことになったのか聞く機会がなかったのだが、フレンチをサーブしているときと空間のインテリアは基本変わってはいない。

料理はメインを三種類の中から選べるプリフィクス。日本酒のリストが大変充実しているのと、やはり和食であるなら私は日本酒派なので、喜々としてリストを眺める。栃木の地酒がずらり。どれも飲んだことのないものばかりで胸が高鳴る。で、まずはメニューのいちばん上にある小山の若駒酒造の若駒。絶滅しかけた酒米「亀の尾」で作った無濾過生原酒で、何と精米歩合が80%という贅沢な酒である。

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これを前菜である、冷湯葉茶碗蒸しと平目の昆布締めと一緒に飲る。茶碗蒸しの雲丹の上には、いくらととんぶりが仲良く並んでい、出汁の風味がみずみずしいジュレとともにふるふるの卵をすくう。そこに、生原酒の清冽を流し込み、さらに紫蘇や大葉、山椒の和のスパイスをまとった昆布締めを口中に放り込み、さらなる甘露で後を追う。八寸らしき五種盛りは、左上から無花果の胡麻酢かけ、冬瓜、伽羅蕗、新じゃがいもの唐揚げ、鮎の塩焼き。続いて出てきたのは、蛤のスープと鰻と新牛蒡の炊き込みご飯である。料理が進んだところで選んだのは、宇都宮の井上清吉商店の澤姫ひとごこち 斗瓶囲いのおりがらみ、純米大吟醸である。かごに盛られているのは、手前は高原野菜の天ぷら、向こうには筍の山椒煮焼き。メインは、栃木和牛のサーロインしゃぶしゃぶ風をチョイスした。澤姫をおかわりしつつ、ちびちびと飲りながら、しゃぶしゃぶ風の柔らかな和牛をいただく。

冷蔵して飲む繊細なタイプが増えてきて、ワイングラスで飲むスタイルがすっかり定着しつつある日本酒。それはそれで悪くはないけれど、私はやはり徳利と盃で楽しみたい派である。贅沢を言うなら、その土地で焼かれた杯やぐい呑にその土地の地酒を注ぎ、ためつすがめつ眺めながら、さすり撫で回しつつ、ちびちびと飲みながら至福の時間を過ごす。そういうのが理想ではあるが、ワイングラスを傾けつつ飲るのもラブリーズならではの体験ではある。

二期倶楽部では、ずっと前からあたりまえのように栃木県産の食材を使っていて、それはここラブリーズでも、もうひとつのレストランでも洗練された地産地消スタイルを楽しめるのであるが、ラブリーズが和食になったおかげで今度は地酒まで楽しめるようになったのは、僥倖と言えよう。

2018-09-12 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

二期倶楽部「バー ラジオ」

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 ちょうど一年前にもこのバー(第94夜)を紹介した。チーフソムリエの金子さんにいろいろなお酒のことを教えてもらいながら、ときおり伝説の尾崎さんの話を伺うという至福の時間。

 ところが、今年はなんとその伝説のご本人がカウンターに立つのだというではないか。タイトルは、『バー・ラジオ 尾崎浩司の時』。メニューもスペシャルな3日間限定のものである。

 たとえば、シングルモルトスコッチのところには、『伝統ある蒸溜所のカスクから、インディペンデントボトラーのモダニズムを味わう』とある。愛好家の間で熱狂的に支持されているインディペンデントボトラーズ(独立瓶詰業者)によるスペシャルな熟成によって、ラフロイグもボウモアも新たな味わいを生み出されるらしいのである。うーん、これは是が非でも飲んでみたい。極上のシングルモルトがショット2000円からというのは、かなりお値打ち価格であろう。ブランデーの部には『シングルヴィンテージのコニャックが放つ芳醇な香り 19世紀のパリを逍遥する』とある。プリントされているメニューを眺めるだけで、心地よく酔いそうになるラインアップだ。なかでも『一生に一度であるかの極希少 山のシューレの思い出に』というLHERAUDレロー家のグランド・シャンパーニュ1836年などは本当に一口だけでも飲んでみたいという誘惑にかられる。が、すでに日本酒がかなり入っている。

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 それよりもなによりも、伝説のバーテンダー尾崎さんである。シングルモルトもコニャックもたまらなく魅惑ではあるが、ここはやはりマティーニを飲まなければいけないだろう。さっそく注文し、尾崎さんの手元を凝視する。ジンとドライベルモットをミキシンググラスに注ぎ、鮮やかな手つきでステアする。カクテルグラスに注ぎ、オレンジビターで香りをつけたら、オリーブをそっと入れる。すーっと目の前に置かれたグラスをゆっくりと持ち、口をつけてみる。ひと口含むと、透明の液体がエレガントに香る。きりりと冷えて、ほどよくドライ。つくる所作から含めて惚れ惚れする出来栄えと美味しさである。

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 そして、カクテルの旨さ以上にうっとりするのは、カウンターに立っておられる美しい佇まいや、若いバーテンダーに所作やダンドリについて嫌味なく指示するその采配ぶりである。カウンターに座っている客が帰った後、席を移動したい客がいるときは、何をまっさきにすべきなのか。見えるところでして良い所作と、見えないところですべき動作。バーテンダーとしての振る舞いをこれほど美しく伝授している場面を見たことがない。若いバーテンダーにとっては、一生の宝物になるような指南であろう。いろいろなご経験を積まれてきたようであるが、所作の美しさは茶道を嗜んでいるところから来ているのかもしれない。ご自分でも、ずいぶん役に立っているとおっしゃっていたし、何より「もてなす」という行為を洗練させるために茶道を極めようとされるなんて只者ではない。

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 カウンターには、大きなガラスの花器が置かれ、中にはみずみずしいミントやバジルが入っている。二期倶楽部の中で採れたハーブで、これをふんだんに使ったモヒートも作っていただくことにする。気前よくミントを入れた夏らしい一杯。これをマティーニのチェイサーにしつつ、尾崎さんの素敵なお話を聞く。

 最高の、山のシューレの夜がふけていく。

2018-09-12 | Posted in 千夜千食Comments Closed