2016-06

台北・牛肉麺「十三香」

 台湾グルメはいろいろあろうけど、昨夜(第221夜参照)はフカヒレ責めにあったので(自分で責められに行ったんだけどね)、本日のお昼はあっさり行こう。ホテルのすぐ裏側には台北101というランドマークがあるのだが、これが今の台北を象徴するような近未来的なタワーで少し前まで東洋一の高さだったらしい。その近くに、四四南村というレトロな元軍人村を保存しているエリアがあるというのでまずはそれを見に行くことにする。

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 ここは戦後に中国大陸から渡ってきた軍人たちが住んでいたそうで、今は文化財として保護されているのだそうだ。昔ながらのエリアをいまどきの感覚でリノベーションしたカフェや雑貨屋には、若い人たちが群がっている。台湾版懐古趣味である。日本の町屋をリノベーションした施設に人が集まってくるのと一緒で、往時の建物の雰囲気や生活スタイルが若い人だけでなくかつて経験した人にも新鮮に映るのだろう。なにより、こういった昔の建物を壊してしまうと、もう二度と同じようなものは建築されないだろうから、今となっては貴重な文化財である。平屋が連なる屋根からは台北101が見え、こういう新旧があっけらかんと共存しているのが、台北のモザイク的な魅力なんだろうなと思う。

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 四四南村のさらに奥は呉興街という入り組んだ路地が連なる空間で、歩いているだけで妙に楽しく、迷路に迷い込んだような感覚になる。小さな公園や店先では、近隣の人や犬たちがくつろいでいる。煙草をうまそうに吸っているおじいさんなどを発見すると、私もベンチの端っこに座り、へらへらと一緒の空間で煙草を吸わせてもらう。そんな道草を楽しみながら、ぶらぶら歩く。朝ごはん抜きだったので、さすがにお腹がすいてきた。地図上ではもう少し南の方に、麺が美味しいという店がある。直線距離では八百メートルぐらいなのだが、歩いても歩いてもたどりつかない。が、歯をくいしばって、とにかく歩く、歩く。やがて崇徳街という大きな通りに出た。ここから和平東路という幹線道路をひたすら西へ。朝から歩きっぱなしでさすがにへとへとであるが、ようやく目的の店の看板が見えてきた。

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 店内はガラガラである。冷たいビールを飲みたいのを我慢し、まずは席に陣取る。手渡されたののはメニュー表である。麺の種類が羅列してあり、値段もその横に書いてある。食べたいものを選んでテーブルに備え付けてある鉛筆でチェックを入れたら注文完了というシステムである。これはいい。非常にわかりやすく、指差しよりずっと確実であるな。

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 しかし、漢字の判読にたいへん苦労する。台湾は中国本土と違って繁体字なので、ほとんどの漢字が読めるのであるが、それにしても、これだけ種類があると・・・ううむ。こういうときは、自分の勘に頼る。食べてみたいのは、台湾名物の牛肉麺。

 さんざん迷った挙句、「紅焼半筋半肉麺」というのをセレクトした。予測では、牛スジと牛肉が半分ずつ乗った麺であろう。牛肉麺は台湾では非常にポピュラーであると聞いた。紅焼の他に麻辣と清椒とついた牛肉麺もあったが、字面から想像するにどちらも辛いに違いない。紅焼はよくわからないけど、まあ、なんとかなるだろう。あくまでも勘であるが。

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 やってきた麺には案の定牛スジと牛肉が入っている。ひと口スープを飲むと、醤油ベースの中に心地よい辛みがある。かすかに香るのは八角の風味。悪くないね。牛スジはよく煮込まれてい、トロトロ直前の絶妙な食感である。麺は細め。これがまた、スープと相性良く食べやすいのである。かつて北京や上海で食べた麺が私にとってはことごとくハズレだったので(とくに紫禁城の前にある店で食べた麺はひどかった・・・コシがなくふにゃふにゃで失望したことは今でもよく覚えているし、それが、なあんだ、本場の麺ってこんなものなのかという気持ちにもつながっている)、正直台湾であってもそんなに期待はしていなかったのだが、こういう麺なら話は違う。細麺ながら、それなりにコシもあり、辛めのスープにもよくなじむ。

 ドカンと一発で満足する日本のラーメンタイプではないが、適度におなかがすいたとき、お昼ごはんとしてサッと食べる。で、また昼から一生懸命に働いているうちに夕餉の時間になり、気がつけば良い具合におなががすいている。そんな胃に負担を感じさせない麺である。

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 いかんと思いつつ、スープも半分以上飲み干したのだから、うまい麺である。しかし。気づかなかったが、テーブルには「白菜獅子頭麺」のPOPが置いてあり、これはこれで美味そうである。写真から想像するに、獅子頭というのは肉団子であるらしく、たっぷりの白菜も添えられている。絶対こっちの方が好みである。「紅焼半筋半肉麺」を完食したばかりである。さすがにもう一杯は無理であるので、次回は獅子頭にチャレンジしようと固く誓った(笑)。

2016-06-27 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

台北「頂上魚翅燕窩」

 九份の夜景を堪能し、そろそろ帰ろうかとバス停に向かうと雨がぱらぱら降ってきた。バス停の前には長蛇の列。いや、大蛇の列である。とてもじゃないけど一、二台くらいのバスじゃあ全員が乗れそうにない。台北まで立ったままのぎゅうぎゅう詰めなんて想像するだけでも目眩がしそう。なのでタクシーを探す。雨が降っているので争奪戦である。何台もに断られるが、そこは年の功で食い下がり値段交渉をする。瑞芳まで500元と言う。高い。じゃあ台北へは?と聞けば1000元で行くと言う。台北から瑞芳まで台鐡で小一時間もかかっているから、1000元という価格設定は妙にリーズナブルに感じる。もともと相場もわからないし、雨はどんどん本降りになってくる。日本円にすれば4000円少しである。よし、乗る。金はこんなときにこそ使うのだ。

 漢字表記にしたホテルの名をポストイットに書き、運転手に見せる。頷いた運転手は恐ろしい勢いでタクシーを走らせ、瞬く間に高速に乗り、猛スピードで台北を目指す。いやん、怖い。しかし、それを中国語で伝えられないのがもどかしい・・・。が、そのおかげで30分ほどでホテルに着いた。

 まだ8時過ぎである。九份でお茶を飲み、名物スイーツ芋圓もちゃっかり食べているので、さほど空腹ではないが、初台湾の夜である。ガイドブックをぱらぱらめくっているとフカヒレ専門店に目が止まった。フカヒレでは台湾随一の店とある。しかも頂上という名前だ。ううむ。別にフカヒレそんなに好きじゃないけど、なんだか面白そうではないか。電話してみると一人でもOKというので、速攻タクシーに乗った。頂上作戦、開始である。

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 その店がそうであることは遠くからもわかった。なにしろ、燦然と輝いているのである。店の名は正式には頂上魚翅燕窩専売店という。英語ではゴールデントップ・レストランである。ゴールデントップというある意味ストレートかつファンキーなネーミングを選択した感覚がベタで良いではないか。しかもスーパーのようなガタイの良い男性が外で睨みを利かせている。一人で入店しようとすると訝しげに誰何されたが、予約していると告げると途端に満面の笑みになる。

 何組かの客はいるにはいるが、けっこう店内はガラガラである。夕食の時間としては少し遅めなのだろうが、少し不安になる。インテリアも、ちょっと悪趣味なファミリーレストランのようである。本当にここで台湾ナンバーワンのフカヒレが食べられるんだろうか。大丈夫か?

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 メニューを見るとフカヒレの(單)というのがある。想像するにこれは一人前であろう。3950元。タクシーで九份まで二往復できる。しかし、せっかく来たのであるから、名物を食べないわけにはいかないだろう。酒は全てボトルらしいので、台湾ビールをまずは注文。「台湾啤酒」という銘柄は、すっきりと軽く、亜熱帯の台湾にはふさわしいと思える清涼さである。九份から忙しなく帰ってきた身体にすーっと染み渡る。そういえば沖縄で飲んだオリオンビールも爽やかで旨かった。暑いところで作るビールは、やはりその土地にふさわしい味わいになる。

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 ビールでリフレッシュした後、頂上フカヒレの(單)、それに頂上チャーハンを注文する。待っているあいだ、店内を観察していると少し様子がおかしいのに気づいた。妙にざわざわしているし、何やら従業員がわらわらと客席に出てくるのである。そのうち、思い思いの客席に座って食事(賄い飯)を始めたのである。さすがにこれにはびっくりする。ここって、高級店じゃないの?普通、厨房とか見えないところで食べるんじゃないの?唖然としている間にも、彼らは悠然と食べている。凄いな。マネージャーとか支配人クラスも混じってるんだろうか。さすがは、ゴールデントップ。

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 そうこうしているうちに、直径25センチほどの土鍋がやってきた。頂上フカヒレ(單)である。フカヒレの姿は見えず、まるで別府温泉の坊主地獄のようにぐつぐつ煮えている。香菜をぱらりとかけてレンゲですくうと、鍋の中はフカヒレだらけである。しかも、ヒレの姿のまま入っている。これ、姿煮ではないか!ふうふうしながらまずはひと口熱いのを行ってみる。ううむ、フカヒレの塊を、歯でコリコリさせながら噛んでみる。ヒレの一本一本がしっかり立っていて、プチプチ弾ける感触。それがしっかり出汁の効いたとろみのあるスープに絡んで、馬鹿馬である。だいたいレンゲひとすくいに通常日本で食べるフカヒレスープの三倍くらいフカヒレが入っている。いやあ、これは値打ちがあるわ。汗をかきながら、フカヒレをふうふうすくい、ときどきビールで舌を冷まし、またフカヒレ。

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 すくっても、すくっても、フカヒレ。
 これでもか、これでもかと、フカヒレ。
 フカヒレ、マトリョーシカ状態である。

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 頂上チャーハンもやってきた。米粒はねっとりして、ほとんどおこわ状態である。大きなシイタケがでんと乗っており、細かく刻んだ貝柱(だと思う)の繊維が混じっている。これもしっかりシイタケや貝柱の出汁がきいており、すこぶるうまいのである。フカヒレスープを飲んで、チャーハンをひと口、またフカヒレスープ。そして、はた、と気づく。チャーハンにフカヒレスープをかけると旨いのではないか。そう。さすがにすくっても、すくってもフカヒレ攻撃にこちらの戦意が萎えかけ始めた頃である。むっちりおこわ状態のチャーハンに、フカヒレスープをかけ、口に入れた瞬間に、フカヒレの新次元な美味しさが生まれた。いやん、フカヒレスープも、チャーハンも、こんなの一人じゃ絶対無理と思ったのに、もういくらでも食べられるじゃないのん。

 もう、野戦状態である。チャーハンをよそっては、じゃぶじゃぶスープをかける。ガツガツ、食らう。あの高級食材を、飯場めしのようにたらふく食べるなんともファンキーな状況。ええやん、こういうの。眠っていた野生が目覚める。獰猛になる。最後の最後の一滴まできれいに飲み干し、大量と思えたチャーハンもひと粒も残さず、完食した。いやあ、期待以上であった。一生分のフカヒレを食べたという感じがする。もう10年くらいフカヒレ、食べなくったっていいや。

 頂上作戦、コンプリート。重畳至極。

2016-06-20 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

台湾九份「九份茶坊」

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 どちらかと言うと日本茶派だ。普段飲んでいるペットボトルは「綾鷹」か「伊右衛門」、あるいは「生茶」。週末に淹れるのは一保堂の「芳泉」という煎茶で、時間に余裕があれば玉露を楽しんだりもする。「鶴齢」とか太っ腹の時は「天下一」(めったに買えないけど)だ。もちろん、抹茶も気が向けば点てることもある。これもだいたいは一保堂で煎茶と一緒に買う。お茶の先生が稽古場で使っているのは、三丘園の「豊昔」。紅茶は、「マルコポーロ」というのを缶で買っているが、あまり飲まないので、たいていそのまま古くなってしまう。中国茶は今となっては皆無である。

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 いや、20年ほど前一度だけハマったことがある。大昔上海に行ったとき、江蘇省宜興(ぎこう)で作られる紫砂茶壺がどうしてもほしくていくつか買ってきたことはある。紫砂茶壺とは江蘇省で採れる土(これを紫砂という)を使った茶器で、独特の色をしている。が、このときも、茶というよりは茶器にハマっただけで、買った当初は珍しさも手伝い烏龍茶などを淹れてはみたものの、結局使いこなせず、ほとんど茶を淹れることもなく茶壺はキャビネットの中に鎮座している。

 だから、台湾といえば台湾茶と聞いても、ふーんという感じであった。それがである。九份を訪れ、むくむくと台湾茶への興味が再燃してきたのである。

 九份は台北を訪れる観光客の定番人気となっている観光地だ。台湾北部の山間にあり、日本統治時代には金鉱山として栄華を極めたらしいが、やがて金や石炭の生産量が減り続け、1971年には閉山、しばらく衰退の時代があったという。それが1989年に侯孝賢監督の映画「非情都市」のロケ地となったことで再び注目されるようになり、さらに宮崎駿監督の映画「千と千尋の神隠し」はこの地で着想を得たという噂(スタジオジブリは公式に否定しているらしい・・)が広まって、台湾人だけでなく日本人にも人気の場所となっている。

 瑞芳(前夜参照)からタクシーに乗り10分ほど。ここだと降ろされた場所から少し歩くと急勾配の細い階段があった。たしかガイドブックではもっと緩やかな道が紹介されていたはずと思うが、しんどい思いをして登ればそれはそれでお楽しみも待っているだろう。しかし、階段を登り続けるなんて普段あまりしないので、途中何度も休憩してしまう。ひーひー言いながらやっと提灯が連なる小径に出た。

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 狭い階段に赤い提灯を掲げた店が軒を連ねた独特の景観である。レトロというのか、異次元というのか。たしかに「千と千尋の神隠し」を彷彿とさせる空間が広がっている。下世話なのに、幻想的。猥雑なのに、神秘的。これは、マニア(何の?)にはたまらないだろうな。ここは夜景が素晴らしいのだそうである。提灯に明かりが灯されるまでにはまだ少し時間がある。うろうろしていて気になる茶藝館を見つけた。「九份茶坊」というのであるが、外に並んでいる人がいるくらい繁盛している。インテリアもかなり洗練されていて、ここで夕刻まで過ごすことにする。

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 どうせなら夜景が見えるテラス席をとリクエストする。席があくまで中をいろいろ見せてもらうことにした。入り口はお茶や茶器を売っている販売コーナーで、整然とセンス良く茶葉が並んでいる。奥は喫茶空間になっていて、階段を下りていくとギャラリーのように茶器がずらりと展示してあり、その奥でもお茶が飲める。左奥には作家ものの茶器などを販売する本格的なギャラリーもある。うーん。ここ凄いなと心のなかでつぶやきながら、テラス席に着いた。

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 注文を聞きに来たのでメニューを見せてもらい、阿里山の金萱というお茶にした。金萱茶は何度か飲んだことがあり親しみがあったのと本物のミルクのような香りを試してみたかったからである。やがて白い茶器が盆の上に乗せられ運ばれてきた。茶葉はくるくると丸まっている。茶葉を入れた急須へ目の前でシュンシュンと湯気を立てている薬缶から熱湯を注ぐ。待つこと1分。湯のみに注がれた水色は、淡い黄色である。ふわっと柔らかな香りが立ち上ってきた。そっと口をつける。やさしくほのかなミルクの香りと、ほんのりとした甘みの後に、柔らかいのにぐーっと奥行きのある滋味が舌に残る。これはうまいわ。上手く淹れられた玉露にも引けを取らない美味しさである。しかも、三煎でも四煎でも楽しめるという。一緒にやってきたのはこちらのオリジナルのパイナップルケーキ。今まで食べた(と言っても全て台湾土産で食べたものだけど)もので旨いというのに出会ったことがなかったので、これにもびっくりした。

 パイナップルケーキをつまんで、二煎、三煎めをゆっくりと楽しむ。金萱茶の香りは少しずつ薄まっては行くのだが、独特のミルクのような甘い香りは鼻腔にまとわりついている。これ、「回甘(フェイカン)」と呼ぶらしく、厳密には舌の付け根に残る香りの余韻を言う。阿里山は台湾の中部にある高山で、阿里山金萱茶は土の質がよく一日の最高気温と最低気温の差が大きい海抜1500メートルくらいのところで栽培されているため、甘味を含んだ強い清涼感が茶葉にしっかりと凝縮されるのだそうだ。こういうのを清香というのだろうか。文字通り、清々しい気持ちになる。

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 やがて、少しずつ日が傾き、テラスから見えるすぐ下の坂にある茶藝館の提灯(ランタンと言うべきか)が灯り始めると、あたりは一瞬にして幻想的で妖しい雰囲気に満たされる。この赤い色にやられるんだな、みんなきっと。一度しか観たことがないけれど、たしか「千と千尋の神隠し」の映像もどこか奇々怪々な異次元の象徴として赤い灯りを効果的に使っていたのではないか。みな、その残像を現実の九份という町に重ね、そこにある赤い灯とともにそのイメージを脳裏で増幅させているのだろう。たしかにここは人を呼び寄せてしまう隠微な魅惑に満ちている。

◎追記

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 金萱茶も素晴らしかったが、茶器があまりによくできていたので、さっそくワンセット買って帰った。木の盆まで一式同じものを買ったので、後は淹れ方の技術だけであるが、中国茶は日本茶ほど温度に厳密ではないし、茶碗に注ぐ頃にはほどよい温度になっているので、まあ初心者でも手軽である。茶葉は、台北の王徳傳という店で見つけた。阿里山金萱茶はさすがにそんなに安くはないが、「九份茶房」を再現するために、小さな缶を買って帰った。こちらの店は赤い茶缶が目印で、その色に惹かれてつい入ってしまい、ああそうか、まだアタマの中にあの赤いランタンが灯っているのかと納得してしまった。赤い残像のインパクトはあまりにも強い。

2016-06-14 | Posted in 千夜千食Comments Closed 

 

台湾瑞芳「阿霞龍鳳腿」

 台湾、である。

 初・台湾だ。意外だとよく言われるのだが、どうしてだか今まで機会も、興味もさほどなかった。以前一緒に仕事をしていたT君が、台湾が大好きでしょっちゅう行っていたことはよく知っていたが、彼を魅了している台湾の魅力を聞いたことすらなかった。今となっては迂闊としかいいようがない。

 そもそもは、ゴールデンウィークがいつもより休みの重なりが多く、久しぶりにどこか旅したいと思ったことがきっかけで、それでも当初は鳥取から島根にかけての旅を計画していたのだが、泊まりたかった宿が取れず、それなら沖縄でも行こうかとホテルを調べればべらぼうに高く、こんなに払うんだったら海外に行けるではないかと思ったのである。そして、沖縄の少し先には台湾があることに気づき、JALで航空券の値段を調べると意外とリーズナブルであったのである。その上、ハイアットのゴールドパスポートのポイントを使えば、台北のグランドハイアット二泊分が無料になることも後押ししてくれた。

 いろんな偶然と思いつきが重なり、ついに決行と相成ったのである。

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 昼前に台北に着き、ホテルで旅装を解き、まずは初観光らしく、九份へ行こうと思い立った。ガイドブックによると最寄りの駅は瑞芳で、そこまでは台鐵(台湾鉄路管理局の略称)のローカル線で約50分、そこから九份へはバスもあるし、タクシーでも10分くらいとあった。ホテルからてくてく歩き地下鉄MRTに乗り、台北で下車。隣接している台鐵の台北駅で切符を買い、瑞芳をめざす。

 何を隠そう。私は、けっこう乗り鉄なのである。台鐵のローカル線(正式には區間車という)は古めかしさが絶妙な按配で、子供のときに乗った予讃線とか高徳線を思わせる郷愁を誘う佇まいである。列車は、台北の街の中を縫って走り、やがて郊外に出ると懐かしさを感じさせる風景が車窓に広がった。子供のように窓に向かって膝座りしたくなる衝動を何度となく抑えつつ、こういう状況を体験するだけで台湾に来た値打ちがあったと心の中で快哉を叫ぶ。

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 瑞芳到着。九份行きのバスを探そうと駅前に降り立つと、真正面に「待ってました〜」とでも言いたくなるような屋台が立ち並んでいる。その奥にはちょっとした市場も見える。これは行かずにはおられんだろうて。

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 屋台の中にひときわ繁盛している店があった。行列が凄い。何を売っているのかよくわからないけど、こんなに並んでいるのだから旨いものに違いない。こういう勘はいいのだ。時間もたっぷりある。並びながら看板を見ると、「阿霞龍鳳腿」とある。腿はわかる。阿霞はうーん、わからない。龍鳳は何かの肉であろうけど見当もつかない。たぶん、鶏か鴨の腿をどうこうしたものであろうと推量する。

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 しかし列は遅々として進まない。ひっきりなしにバイクで乗り付け、大きなビニール袋を受け取り去って行く人が多いせいである。あれは予約しているのだな。ううむ、「阿霞龍鳳腿」いったい何なんだろう。30分は並んだ。少しずつ列は進み、ようやく屋台の中で作業しているのが見え始めた。正面には山になった鶏だか魚だかわからないパテ状の物体。その中には刻んだキャベツや人参のようなものが見え隠れしている。それを適量とって網脂でくるくる巻き、串を刺し、油が入った鍋の中に投入する。きつね色に揚がったものは、見るからにぷりぷりして、旨そうである。屋台の柱には、新聞記事や台湾の有名人らしき人が推薦している雑誌記事も貼ってあった。期待が高まる。

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 いよいよ順番が来た。とりあえず、そのぷりぷりを指でさし、「サン」と3本指を立てる。1本10元。日本円にして40円程度である。さて、この熱々をどこで食べよう。椅子はまわりにはない。仕方ないので、バイクや自転車を停めてある店の軒先で、おそるおそる熱々にかぶりつく。ぱりり、と皮がはじける。わ〜お。なんだ、これ。台湾風さつま揚げの出来たて。馬鹿馬ではないか。ぷりぷりの弾力である。網脂で巻いているのを見て、ぎとぎとかもと少し心配していたが、からりと揚がっている。おばちゃんが上からかけてくれた特製のたれがまた旨い。パテ状のものはたぶん魚のすり身であろう。キャベツや人参がほんのり甘く、素朴でやさしい味わい。揚げ物なのにくどくなく、3本はあっという間であった。

 屋台にしてこのレベル。懐かしい風情の列車にごとごと揺られ、到着した町で食べたのは昔おばあちゃんが作ってくれたおやつを彷彿とさせるようなやさしく、あたたかい味。これで、私は一気に台湾にハマってしまったのである。

 後日談。

 台鐵のガイドブックにこの店が載っていた。瑞芳駅前の「阿霞龍鳳腿」。龍鳳腿は、このへんの漁村でよく作られている郷土料理で、新鮮な魚のすり身に、キャベツ、人参、タマネギなどを刻み、豚肉も少々混ぜ、豚の網脂で巻いたものを弱火でゆっくり揚げる。見た目がチキンレッグのようなので、龍鳳という名がついたのだそうだ。現地では知らない人がいないくらいの超有名店であるらしい。阿霞というのは店主の名前であった。

2016-06-02 | Posted in 千夜千食Comments Closed