2015-12
大阪西天満「老松 喜多川」
クライアント様と大まかに言えば同業他社様との懇親会というか交流会である。K様主催の大宴会、いや、食事会である。メンバーは4名。
夜の街でメジャーな大阪北新地から御堂筋を挟んで東側に老松町というエリアがある。古くは天満宮の参道として栄え、今は東洋陶磁美術館が近いせいか古美術店や画廊、ギャラリーが集まったエリアとして異彩を放っている。近くに裁判所があるので弁護士事務所や司法書士事務所も多く、筋向こうの北新地とはずいぶん趣が違っている。会社から自転車でふらりと行くにはちょうどよい距離なので、昔は東洋陶磁美術館に行った後、骨董屋を冷やかしたりしたものだが、ここ十年くらいは足が遠のいてしまっている。
もともと老松神社というのがあったらしく、ご祭神は住吉大神と神功皇后であられる。現在は天満宮の境内に遷座されているが、かの神功皇后が九州より帰航の折り、巨松に風波の難を避けられ無事上陸されたことを寿ぎ、松の下に社を建てられたのがご由緒である。老松は住吉大御神が影向する松とも伝えられてい、なんとも壮大かつロマンに満ちた名前なのである。が、ここも例にもれず、旧地名を剥奪され、現在の地図上ではただの西天満になっている。
めざす店はその老松町の裁判所のすぐ近くにある。店名は「老松喜多川」。それだけでも老松という名前を大事にしていることがよくわかるし、入り口も神経が行き届いた佇まいである。
個室もあるようだが本日はカウンター。カウンターの奥や壁面にはさりげなく焼物や陶板が飾られてい、うつわが好きなんだなということもすぐわかる。どんなに腕がよくても、うつわに興味がない料理人を私はあまり信用しないので、これはもういやがおうでも期待は高まっていく。
普段あまり日本酒を飲まないというK様が日本酒をおつきあいしてくれるというので、まずは特別純米の東北泉。どんな料理の邪魔もしないという柔らかな味わい。すうっと喉を流れていく。先付けはイイダコと赤貝、小柱のジュレがけ。このうつわが渋い。続いては白魚の天ぷら。海苔で巻き、カラリと揚げられている。早々に出されたお椀も妙なる美味。貝柱のしんじょと菜の花。すでに東北泉は空いて、お次ぎは貴。山口宇部の酒。杜氏名が大きく書かれている。永山貴博の「貴」の字をとったのだな。なるほど。旨酒である。
大胆な染付には平目。塩でも醤油でもどちらもいけるので交互にいただく。この向付と小皿の取り合わせ、私の好きなセンスである。こういうのにはめっぽう弱いのだ。お造りは第二弾もあって金目鯛をあぶったものに雲丹を乗せている。こちらも菱型のほのかに枇杷の色をした菱型のうつわに入ってくる。これも好き。なもんでまた日本酒が空いて、お次ぎは王禄。超と右上にあるように、格別の純米酒である。東出雲ですねて無濾過の生酒。限定生産しているのでなかなか出まわらないというのだが、本当に日本酒は奥が深いと思う。そして、どんな造り手のどんな酒を選ぶかは、和食の店にとってはうつわ選びと同じくらい大事なことだと思う。
お造りはなんと第三弾まであった。この乾山写しの器に盛られているのはかつお。また日本酒が空いて、今度は伏見の澤屋まつもと。これはこだわりの鮨屋や和食でちょくちょく見受ける酒だが、なかなか旨いのである。そしてこれも乾山写しの丸皿に蟹の身をほぐした一品。会話と料理が上々なので、酒の進むこと。またたくまに空いて、お次ぎは小鳥のさえずり。純米吟醸。これも、落ち着きとふくらみを感じる酒である。九谷の色あざやかな色絵には、かますの焼き物。これに田酒(でんしゅ)というのを合わせる。特別純米、山廃仕込。上品な芳香は酒本来の魅力に満ちている。もうこのへんから、何がなんだかわからなくなってきているのだが、なにしろ、日本酒6種類。たぶん、四合くらいは飲んでいる。呂律も怪しくなっている。が、料理はまだまだ続く。
山菜の入ったあたたかな煮物椀。さすがにもう日本酒ははいらない。そうこうしているとごはんが炊きあがったという。見せてもらうと土鍋いっぱいに鯛がぎっしり。これは、どんなに満腹であっても別腹であろう。〆に少しだけいただく。デザートもシブい織部に入ってやってきた。抹茶のアイスクリームと苺。ご馳走様でした。
基本に忠実な全体構成の中で、奇をてらわずあくまでも正統派の料理をしっかりと作っている。見た目も味も井井として端正。料理とうつわのマッチングも私好みである。とてもよい店だと思う。たぶん連日、老松町界隈の法曹界の面々で埋まっているのだろうな。来るときは早めに予約しなくては。
南森町「すし芳」
私の下で一生懸命コピーを頑張ってくれている歩ちゃんが結婚した。とくに式や披露宴の予定はないと言う。ま、若いふたり同士、いろいろこれからの計画もあるだろうし、ウェディングドレスを着るのが憧れだったというような子でもない。すでに一緒に棲んでいたというから、日々の生活の延長上のごく自然な流れで入籍し、浮き足立たずに普段と変わらず生活している。せめて美味しいごはんでもと思い、「鮨とフレンチと和食と、あと何でも好きなところでいいけど、何がいい?」と聞けば、迷わず「鮨!」と返って来た。よろしい。鮨ね。いい趣味だ(笑)。
そうなると、会社の近所ではあるがここだ。南森町のアバンギャルド極上鮨(第30夜)。産休から復帰し頑張ってくれている同世代の美和ちゃんも誘って、三人で出かけることにした。
祝杯はもちろん日本酒である。呉の土井鉄という純吟しずく。土井鉄也という杜氏の名を取っており、蔵に湧き出る「宝剣名水」を洗米から仕込みまで使い、袋に詰めたもろみのしづくを瓶に集めた名酒である。これで乾杯をし、しばし歓談していると、目の前に雲丹の箱が並べられる。北海道のムラサキ雲丹。海の滋養をたたえた丸々とした姿、惚れ惚れする。これは、雲丹から始まるよという合図である。いきなりかよ。よろしい、受けて立つよ。まずはシンプルに漆の匙に盛った雲丹。これを大きな口をあけ、すうっと流し込む。yumyum,yummy。ふふ、馬鹿馬である。で、今度は徳島の赤雲丹を海苔巻きにしてくれる。あるようでなかなかない雲丹の海苔巻き。これを初っ端に出してくる大将は、あいかわらずの傾きぶり。
と、今度は菜の花が出され、またしても、え、え、と驚く。お口の中を春の息吹でさっぱりさせたら、平目のお造りである。大分で穫れた4キロ級。もう縁側のトコなんてコリコリ、ゴリゴリである。とっくに空いた土井鉄の次は、純吟の日高見。芳醇辛口と銘打っているように、これは鮨のために仕込まれたのでは?と思うくらいよく合う酒である。そして何気なく出されたこの物体は、紛うことなき大好物のアレであるが、4キロ級の平目にもこんな旨い部位があるのである。鮟鱇よりもあっさりしていて、これはこれで日高見が進む。続いて、炙り、握りと平目カルテットが続く。ひとつの魚を手を替え品を替え。ほんま、この編集スタイル、たまりませんな。
と、今度は、色鮮やかな四角いひと品。これは甘エビを冷凍してカルパッチョ風にしたものである。少しずつ溶けていくのを味わうのである。その向こうにあるのはケジャン風のたれと和えたもの。いちばん奥のは海老を粽風に巻いている。洋・韓・和スタイルの海老三変化。楽しいなあ。
と、シンプルな白磁に入ってまたまた大好物のアレがやって来る。白子である。別名雲子。いいネーミングである。ふわふわまったりの雲を味わうのには、東北泉純米しぼりたて。ふっふ、生には生。そして雲子を軍艦仕立てにしたお鮨。馬・鹿・馬。
こちらの酒器はすべてバカラである。そのほとんどがアンティーク。酒が変わるたびに、グラスも変わり、舌だけでなく目も楽しませてくれるのである。グラスのためにパリの蚤の市とかに出かけるという大将、そのこだわりはもはや変態の域に達している。そういう気質を持ってるからこその変態鮨。毎回、どんな編集がなされているのか、まったく目が離せないのである。
その変態ぶり、極まれり、というのが次に出た。牡蠣であるが、これに合わせる日本酒は純吟の天遊琳。なんとラベルには牡蠣限定・酸度三と書かれているではないか。牡蠣のためだけに造られた日本酒。キレのある味わいは、牡蠣にベストマッチ。蔵元は三重県四日市。ううむ、あの的矢牡蠣の産地に近いぞ。これも変態がつくったに違いない。変態の道は、変態、ということを実感する。そして、生をつるりといただいたら、今度は手を出してと言われ、こっくりした煮きりを塗ったお鮨が掌に乗せられる。旨いなあ。そして箸休め(お箸使ってないけど・・・)は福岡の蕾菜。コロンとした可愛らしいかたちでコリコリした食感がある。
続いてはマグロである。高知の甲浦で穫れたヤツ。なんと美しい赤身であろう。日本酒は開運。純米の祝い酒。まこと、本日にふさわしい銘柄である。合間にシラスなどをいただきながら、今度は握りを。大将の酢飯は、マグロとの相性が抜群である。祝いの席であるから、赤の後は白である。アオリイカに大和芋をおろしたのがかかってる。そして海苔巻き。そろそろオーラスに向かい始めている。と、今度は軽く炙った鯖。これは千葉で穫れたのだそうだ。鮨ネタいろいろ好きなものはあるが、新鮮な鯖ほど旨いものはないと改めて思うほどの状態。脂には山葵がまた合うのである。日本酒は武勇酒蔵の純吟しぼりたて。こっくりした柔らかみのある旨酒である。軽く〆た握りも悶絶しそうになるほど旨い。ふうう。のれそれの酢みそ和えで一服したら、焼穴子の出番である。生がずーっと続いたから、ラストは香ばしい穴子。この順番はやはりよく考えられていると思う。しかしラストとはいえ、軽く海苔で巻いたのも出してくれる。スペシャル玉子焼きでフィニッシュかと思うでしょ。
まだまだあるの。小柱の酢みそ和え。また、生に戻ってしまった・・が、その後はたいらぎを炙って海苔でくるりと巻いたもの。このへんでそろそろかと思っていると、なんとまたマグロであるが、これは那智勝浦産。この脂まみれのところを大胆ふんだんに使って巻いてもらうトロ鉄火。歩ちゃんのお祝いと言いながら、実は自分がいちばん楽しみ堪能したかも。でも、自分が大好きなお店で、お祝いをしてあげられたというのがとってもめでたい。
本日はこんなデザートまであった。ももいちごという大きくて立派ないちご。徳島の佐那河内というところで生産されている幻のいちごで、大阪にしか入ってこないのだそうだ。中は白くて、酸味が少なく、びっくりするくらい甘い。もう一個食べていい?と思わず二個いただいてしまった。
あいかわらずのカブキぶりで、変態道まっしぐらの大将。
いつまでも、我が道を行ってほしい。