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獄花
【獄】ゴク ひとや うったえる
言は神に詛盟すること。二犬はその犠牲として当事者の双方から提出されるもので、これによって裁判が開始される。金文に「從獄」という語があり、獄訟に連なることをいう。獄舎のことは古く夏台・などといった。1・ひとや、牢。2・うったえる、うったえ、さばく。3・つみ、つみする。(白川静『字通』より一部抜粋)
瞳花
【瞳】ドウ ひとみ
声符は童(どう)。[玉篇]に「目の珠子なり」とあり、眸子をいう。[淮南子、脩務訓]に「舜に二瞳子あり、是れを重明(重瞳子)と謂ふ」とあり、また項羽も重瞳子であったという。1・ひとみ、まなこ。2・瞳焉は無知のさま。(白川静『字通』より一部抜粋)
志花
【志】シ こころざし しるす
[詩序]に「詩は志の之(ゆ)く所なり。心に在るを志と為し、言に發するを詩と為す」とあり、それで志を「心の之往(ゆく)する」意の会意とする説もある。古くは誌・識の意に用い、むしろ心にある意こそが初義であろう。1・心にあるもの、本心。2・しるす、心にしるす、おぼえる、かきとめる。3・こころざし、のぞみ、ねがい、めざす。4・しるしのもの、はた。5・記録する、記録。6・識・志と通じ、しるす。(白川静『字通』より一部抜粋)
歌舞伎座「桟敷シャンパン」
恵比寿でフレンチを食べた前回がとても楽しかった、またやろう。そんな声を聞いたので、せっかくなのできちんとした倶楽部にしようということになった。どうせなら、名前もつけよう。どうせなら、松岡師匠の縁で知り合った者同士なのだから、師匠に名前をつけてもらおう。すったもんだしたあげく、すみやかに師匠にお伺いをたて、倶楽部の名前は「回會(KAIKAI)」と相成った。松岡師匠がネーミングに要した時間は、ほぼ五分。うーん、と唸りながら、いきなり「かいかい!」と叫びながらこの字を書いてくれた。かいかい?奇々怪々?快快?掻い掻い?面妖な名前である。みんなで「かいかい、かいかい」と言っていると、師匠が「一回會、二回會、三回會・・・」と呟きながらにやにやするのである。「なるほど〜面白い!」今ではもうこの名でなくてはならないくらいなじみ、愛すべき名前になった。
回會のルールは3つ。一・着物を着る。二・美味しいものを楽しむ。三・日本的なことを経験する。このご時世にハードルが高いものが三つも入っている。だが、そういった遊びを通じて何かが生まれたり、新しく気づけることもたくさんあるだろう。大切なのは、「実際にやる」ということである。
二回會は歌舞伎に行こうということになった。ちょうど九月の歌舞伎座では「花形歌舞伎」と銘打って海老蔵新作の「陰陽師」をやることが決まっている。決行はそのタイミングに合わせてということになった。
ない藤のわかだんから連絡があり、「いっぺん、桟敷席でシャンパンを飲みたい」という野望が明かされた。いいね、いいね。私もそんなのやったことない。やろうやろう。新たな展開につき、急遽桟敷席を抑えることに。だが、私の歌舞伎界ゴールド会員枠では枚数が足りない。しかし、そこは大きな声では言えないが祇園の特殊ルートという太いものがあったのである。 だが、当日までに新たな問題勃発。まず、3階の吉兆が桟敷に弁当を運べないというのである。また、わかだんに頼る。歌舞伎通の姐さまから、おすすめの弁当をつくってくれる店を紹介してもらう。後、調達するのはシャンパンと、グラスと、弁当と・・・。シャンパンは当日買えばいいし、グラスは会社にあるプラスチックだけど見た目は本当のシャンパングラスに見えるものがあるので、それを持ち込む。弁当の手配も完璧。するとまたわかだんから連絡がはいる。「あのね、シャンパンはハーフボトルがおサレなようで」と通筋からのアドバイスがあった模様。なるほど、桟敷みたいなただでさえ目立つ場所でのフルボトルはいかにも無粋。なーんも考えんとうれしげにフルボトルを持ち込むとこだった。やはりそれなりに歳取ってくると、何事もこうして周囲からさまざまなアドバイスをもらえ、眉を嚬められたり後ろ指をさされるようなこともないのである。
満を持してその日がやってきた。三浦さんとは定宿が同じなので、一緒にタクシーに乗り銀座へ向かう。待ち合わせは歌舞伎座横の凮月堂。今回のメンバーは、三浦さん、ない藤のわかだん、東さん。スペシャルゲストは今をときめくアートアクアリウムのプロデューサー木村さんである。
新作歌舞伎「陰陽師」は言わずと知れた夢枕獏のあの名作である。魑魅魍魎が跋扈する平安の都。謎の怪事件が都を揺るがす恐るべき陰謀へとつながり、都を闇が覆うとき、一人の男が立ち上がる・・・・その名は安倍晴明・・・。陰陽師安倍晴明を染五郎、源博雅を勘九郎、そして平将門を市川海老蔵、興世王を片岡愛之助、俵藤太を松緑、桔梗の前を七之助、滝夜叉姫を菊之助が演じるという、これからの歌舞伎界を背負って立つ花形によるきわめて贅沢な舞台なのである。幕間を二度挟んで三時間あまりの通し狂言である。
最初の幕間は35分間。いよいよ弁当&シャンパンタイムである。桟敷席にかくしておいた冷えたシャンパン(注・ハーフボトル)を2本出し、シャンパングラスをみなさんに配る。音がしないよう注意深く、シャンパンの栓を抜く。しゅぽっ。それでも一段高くなっている桟敷席なので、シャンパンを注いだりしていると下からの視線を感じる。ご注進はこれだったのね。ハーフボトルにして正解。それでもやはり目立つ。あくまでも控えめに乾杯して、弁当をいただく。こちらも銀座の名店の仕出しにふさわしく、立派でたいへんに美味しい。いいねえ。桟敷でシャンパン。気分はお大尽。
軽く酔いがまわっての観劇も、新作歌舞伎のわかりやすさと面白さゆえ、誰一人落ちることなく最後まで楽しめたのは幸いである。終了は8時半。この後は銀座のとあるバーでしばし歓談。本日のスペシャルゲストである木村さんプロデュースの「アート・アクアリウム」を日本橋コレドでやっているというので、着物姿のままぞろぞろと出向く。
アートアクアリウムとは、世界中から集められた金魚が泳ぐ水槽に、最新かつ奇想天外な演出により度肝をぬくような世界を作り出すアート展覧会。予備知識なしに行ったものだから、そのスケールと場のしつらえ、音楽と光の演出など、すべてにあんぐりと口をあけたまま状態だった。真っ先に心配したのは金魚たちのストレスだが、木村さんによるとそれは何の問題もないとのこと。私がいちばん驚いたのは金魚の種類の多彩さだ。中国で改良に改良を重ね生まれ、鑑賞するためだけに人の叡智を集めて生まれた魚。愛好家にはたまらないのだろうが、私はなんだか切ない気持ちになった。
このアートアクアリウム、今年はついに入場者数が300万人を超えたそうだ。金魚の妖艶な美しさが木村さんの手によって今年はどのようにプレゼンテーションされるのか、興味深いところである。
さて、回會はまだまだ続く。アートアクアリウムの会場を出て、さてこれからどうしよう、ということになった。時刻はそろそろ12時に。とりあえず、有楽町まで行けば深夜店がありそうということでタクシーに乗り移動。有楽町に降り立った面々は、ガード下の居酒屋を物色し、焼き鳥屋に入った。といってもここは路地をうまく利用して店の外に机や椅子を置いている。煙草も誰はばかることなく吸い放題。またしても一同は一回會に続いて、着物姿でビール&焼き鳥を楽しんだのである。
フレンチも、シャンパンも、最期の〆のラーメンや焼き鳥にはかなわないのか。いや、それも含めての企画になりつつある回會。うん悪くない。
恵比寿「ロブション」
松岡正剛師匠がナビゲートするNARASIAセミナー。最終回の第三講は根津美術館で遠州流お家元の講義を聞くというスペシャルな趣向が明かされた。一緒に参加していた三浦さんに「次回はやっぱり着物やな」と持ちかけたところ、「もちろん」という返事とともに、どうせ着物を着るんやったらその後フレンチに行くのはどうやろという提案があった。オーケイ。コーディネイトはまかせてと私もふたつ返事で引き受ける。メンバーはない藤の若旦那、東さん、西井さんの5人が名乗りをあげた。
さっそく、ロブションを予約するも、ガストロノミーとラターブルとふたつある。値段がまったく違う。が、ここはやはりガストロノミーだろうなとメニューを見るも、さすがに世界に冠たる三ツ星の価格である。三浦さんにおそるおそるコースはどうする?おすすめはデギュスタシオンで36,000円なんだけど・・・と遠慮がちにメールすると、即座に「デギュスタシオンでいいでしょう」との返事。なんと剛毅なことか。よっしゃ。そういう気なら、とことん行くでとでデギュスタシオンを5名分予約した。
もひとつ剛毅なことに東さんはこの日のために京都で羽織袴まで新調した。コーディネイトしたのはない藤の若旦那である。西井さんの貸衣装、そして当日の着付けまでアレンジしてくれ、晴れて全員が着物でそろった。
待ち合わせは恵比寿のウェスティンホテルロビー。目の前には燦然と輝き、聳え立つ「ジュエル・ロブション」
女一人に男四人の着物姿。一体全体こやつらは何者?という見るからに怪しげな集団はゆるゆるとロブションに入り、入り口で記念撮影の後、羽織をクロークに預けた。外から見るだけだったお城は、内側もまた異次元の世界。うやうやしく案内されたのは、その異次元ゴージャスなガストロノミーの中でもど真ん中の丸テーブル。否が応でも視線の集まる場所である。そして、私たち以外はほとんどがカップルだ。
ソムリエがにこやかな笑みをたたえてやってくる。うやうやしくワインリストが配られると思いきや、なんと手渡されたのはiPad。リストはすべてこの中に入っているのだった。まずは景気づけにシャンパンをボトルで注文。みんなで威勢良く乾杯をする。
いよいよデギュスタシオンが始まった。アミューズは、ひとりひと缶のキャビア。もうこのまんま。何も足さず、何も引かず、そのまんまスプーンですくって食べる。ああ、なんとシャンパンと合うことか。ひと缶独り占めの幸福にクラクラする。しょっぱなから、もうれろれろである。続いて、ウニを使った三種のオードブル「特選ウニ3変化」。ロブション風ピュレと共に食べるウニ、ブランマンジェになったウニ、マリネされキュウリと大根の上に乗ったウニ。ねっとり、まったりと、口腔にからみつくウニの風味を異なる食感と料理法で堪能する。なんだかここまででも、もうじゅうぶん幸せな感じである。
お次は、北海道産インカのめざめをマリネしてカルパッチョ仕立てにした一皿。たっぷりのトリュフがかかっている。そして「旬の甲殻類3変化」は、たらば蟹、ラングスティーヌ(手長海老)、甲殻類のブイヨンの三重奏。もう、何がなんだかいちいちわからないのだが、どれも感動的な美味しさで、ワインが進むったらありゃしない。続いてホタテと根セロリとフレッシュトリュフのサラダ。三浦大根のヴルーテとフォアグラのポワレ。まだコース半ばですでにキャビア、トリュフ、フォアグラの御三家が出払ってしまった。この後何が出てくるのだろうと不安、いや期待はいやがうえにも増してくる。それにここまで出るのにかれこれ一時間半くらいは経っている。ない藤の若旦那が、「今日はこのへんでええかも。僕、この後ラーメンでもええわ」と恐ろしく魅力的なことを言う。「じゃあ、今日はここで締めてもらって、明日また途中からはじめてもらう?」そんな客はいないだろう(笑)。
ところで、最初のキャビアやウニには、お皿と一緒にカラープリントした写真がついていた。聞けば、シェフの趣味であって、素材がひとめでわかるというので好評であるらしい。遊び心というものか。テーブルセッティングのまわりには、大粒のダイヤモンドがさりげなくごろごろと撒かれており、「これ本物かしら、一粒持って帰ってもいいかしらね」などと馬鹿げた冗談も言い合えるようになっている。
さて、後半戦。
ゴルゴンゾーラピカンテはエスプーマ仕立て。どうしたらチーズをこのように料理しようという発想が浮かぶのだろう。萩からやってきたという甘鯛はうろこ付きのまま香ばしく焼かれている。旨い。一皿一皿は小さめだがすでに八皿が出されている。九皿目は特選和牛のロースト。黒胡椒の香りを効かせ、ロブション風ピュレの上に可愛らしく乗っている。いい案配の焼き加減である。そしてまた写真とともに出されたのは旬の野菜たちを小さなココットに入れエチュベ(蒸し煮)したもの。野菜の滋味にほっとしながら、十皿目を終了。ここからはデザートである。まずは、グリオット(さくらんぼ)のマリネ。上にはピスタチオのアイスクリームが乗っている。爽やかな甘みである。そしてピンクのダリア。なんと美しい色とカタチだろう。中身はライム風味のチーズケーキなのである。最後の最後まで、シェフの遊び心と技量の連打に酔わされる。
大満足である。ご機嫌である。ご満悦である。申し分ない。ご満腹でもある。
ガストロノミーの隣には、妖しく艶やかなバーがある。その名もルージュ。赤を基調にしたインテリアは淫靡で退廃的ですらあるのだが、お腹ぽんぽんの一同、ここで食後のウイスキーなどを嗜み、しばし歓談する。
勘定をすませ、店を出るときに驚いたことがある。クロークにずらり並ぶこの羽織を見よ。退出する私たちのためにきちんとたたんでくれているのである。壮観である。さすがに三ツ星グランメゾン。
さて、この話にはまだ続きがある。
アフターロブション。まだ飲み足りない。いや、食べ足りない?ロブションから歩いてすぐのところには、私の深夜の御用達店「ちょろり」があるのである。「ちょろり行く?」「うん、行きたい」「行こ、行こ」もちろん、いつも清く正しく明日も朝から仕事があるという三浦さんは、ちゃんと帰った。残りの不良4名はフレンチを食べた直後に、着物を着たままぞろぞろとちょろりへビール&ラーメンを食べに行くという暴挙に出たのである。
ラーメンを一口すすった若旦那がひと言。「ああ、やっぱりラーメンや」
ジュエル・ロブションが泣いている。
※デギュスタシオンとは、(仏語・degustation)元々は、試食や試飲を意味する言葉。レストランではシェフが全体の流れやバランスを考えながら、ひと皿を少なめにして幾皿もの料理を提供するコースのことを意味します。
◎追記
この記事を書くため、当日もらったメニューをずーっと探していたのだが、どうやら紛失してしまっていた。もしやと思い、ロブションに電話した。「一年半も前のことなんですが、その日のメニューがどんな内容だったかわかるでしょうか?」わかったのである。名前を言うと、下の名前までフルネームで記録が残っており、「たしかにその日いらしてますね、お待ちください」と即座にメニューが出てきたのである。ファックスが読みづらかったので、メールにメニューを添付して送ってもらった。
完璧な顧客管理である。
電話に出たレセプションの女性の対応も迅速かつ丁寧で舌を巻いた。つまり、一度でも行けばその情報が記録に残っているということである。ワインのセレクトもたぶん記録しているはずである。次回行けば、そのへんのデータをきちんと把握した接客になるに違いないと思う。ここまでやれている店がどれくらいあるのかはわからないが、そこまでできて三ツ星というのなら、やはりここは最高のフレンチレストランであろう。
NY鮨 「sushi of gari」
昔、ニューヨークアッパーイーストに住む友人の家の近くに「ガリのすし」という店があった。店名がいかにも面白そうなので友人に「ここどうなの?」と聞くと「おいしいらしいよ」とは言う。だけど彼女の行きつけの店は他にあって、一緒に鮨といえばそこへ行くのだった。だから、名前に惹かれながらも、のれんをくぐる機会はなかった。
二年前のことだ。別の友人が「sushi of gari」に行きましょと何度も誘うので予約してもらい出向いた。少し変わった鮨と聞いていたので、正直そんなに期待はしていなかった。行ってみて気がついた。「sushi of gari」は、あの「ガリのすし」だったのだ。店内は日本人だけでなく、ニューヨーカーで賑わっている。予約もかなり取りにくいという。店名のガリというのは、てっきりショウガのガリだと思っていたが、これはオーナーである杉尾雅利さんの音読みニックネームであった。そのガリさんが握ってくれるのは、カウンター前わずか3席のみ。予約するときは「ガリさんの前のカウンター」と指定しなければならない。
で、肝心の鮨だが、ここの鮨は完全オリジナルである。江戸前とか、いわゆる日本の鮨を期待していくところではない。そのかわりガリさんだけのアイデアあふれる、びっくりするような鮨が食べられる。
からすみ大根や鯛の昆布締めくらいは、想像できるだろう。だが「ヤリイカの耳を漬け込んだものにうずらの黄身をのせる」鮨の味をイメージできるだろうか。「鯛の中落ちに温泉卵で和えたサラダをのせて、その上に揚げた蓮根をつぶしてクリスピー状にしたものをかける」鮨はいったいどんな歯ごたえなのか。「カンパチに刻んだハラペーニョ」をのせた鮨は、一体全体辛いのか、旨いのか。ひとつとして普通の鮨は出てこない。徹頭徹尾、創意に満ちた鮨のオンパレードだ。これが、「もう食べられない」とストップをかけるまで、延々と出される。
初めてカウンターに座って、初めてガリさんの鮨を味わったときの衝撃は未だに忘れることができない。「えっ、凄い創作系」とまず見た目で思って口に入れ、素材と素材が口の中で合わさりまったく別の素材を食べているようにダイナミックな変化を遂げるのを味わう驚き。想像するに、ガリさんがニューヨークに来た頃は、今のように流通もよくないし、日本の鮨を握るには素材に限界があったのだと思う。だから、築地にあるような本マグロの大トロの食感を出すためにこちらのマグロの上に雲丹をのせたり、大味なひらめに昆布をのせてみたりしたのではないか。当初は代替的に作っていたものが、それはそれで面白く美味しく、やがてガリさん自身が考える鮨のベースとなって、ネタに不自由しなくなった今はそのダイナミックなアソートの技が磨かれ、ガリさんだけが握る鮨に昇華した。勝手に私はそんなふうに思っている。
江戸前は日本に戻れば死ぬほど食べられる。だけど、ガリさんの鮨はニューヨークに来ないと味わえない。つまり、私にとっては年1回のスペシャル鮨なのだ。
実はこの日、ガリさんはもう引退したという噂があって、二番手の人が握ると聞いていた。友人もそれなら行かないと言い、結局一人で出向いたのだった。ところが、行けばカウンターにガリさんの姿があるではないか。「え〜ガリさん引退したって聞いたけど」と言うと、満面笑みのガリさんは「俺のこと、殺さないでよ〜」と言いながら、風邪を引いていたので店に出るかどうか予約の時点ではわからなかったのだと説明する。ああ、よかった。これで今回も来た甲斐があったと胸を撫でおろす。後で友人にそのことを伝えると、とても悔しがったのは言うまでもない。
★ここの鮨は記録しておかないと絶対憶えられないので、
今回はしっかり記録した。23貫。ああ、お昼抜いてくるんだったと後悔。
1・からすみ大根
2・鯛の昆布締めにさらに昆布をのせて
3・あぶった銀だら
4・ずわい蟹に雲丹をのせたものを炙って
5・づけのサーモン(皮がカリカリ)
6・ヤリイカの耳を漬けこみ軍艦にして、うずらの黄身をのせて
7・ぶり(すんごい脂)
8・西海岸のぼたん海老に柚子味噌をのせて
9・大トロに昆布パウダーをかけ、その上から醤油を落とす
10・サンタバーバラの雲丹にイクラをつぶしたソースをかけて
11・毛ガニを軍艦巻きにし、溶かしバターをかけて
12・鯖に胡麻和えソースをからませて
13・鯛の中落ちに温泉卵で和えたサラダをのせて揚げた蓮根をつぶしてクリスピーに(残念ながら撮り忘れる!)
14・マグロをユッケ風に味つけして、海苔の天ぷらの上に
15・金目鯛の上に乾燥芽かぶを刻んで
16・カンパチに刻んだハラペーニョのせ
17・ホタテに梅マヨネーズ
18・バター焼きした太刀魚
19・ミル貝にあん肝をつぶしたソースがけ
20・牡蠣のせグラタン
21・縁側に鶉のポーチドエッグをのせ、トリュフオイルをかけて
22・大トロ炙りにニンニクショウガたれ
23・白菜漬物に雲月の小松昆布刻み
MOMA「THE MODERN」
MOMAが谷口吉生氏の新たな設計によって蘇ってからはや10年。リニューアル当初はいつ行っても長蛇の列で、MOMA自体に行くのがうんざりするほどであったが、ここがあることを知ってからはMOMAを素通りしてでも通うようになった。歩き疲れちょうど時分になったので、試しに入ってみたのが5年ほど前。以来、ニューヨークにいるときは必ず一二回は訪れる店のひとつになった。
魅力は三つほどある。
ひとつは、やはりそのアメイジングな美味しさだ。勢いのあるシェフならではのチャレンジと工夫にいつも満ちあふれている。それにプラスして素材×食感×盛りつけの三位一体パワーにも毎回驚嘆させられている。ふたつめはなんと言ってもロケーションである。美術館の中にあるというのはこたえられないアドバンテージだと思う。それに大好きだった「Sex and the City」の映画版でキャリーがビッグとの結婚を報告するシーンで使われたというのもポイントが高い(笑)。みっつめは、インテリアも含めた雰囲気。なにしろダイニングルームからはMOMAの彫刻の庭がきれいに見渡せる。冬しか行ったことがないが、晴れの日だけでなく、雨の日も雪の日も経験済みだ。
中はダイニングルームとバーとに分かれている。バーはカウンターも含め予約がなくても比較的スムーズに入れるが、ダイニングルームの方は予約がないとなかなか座れない。それぞれメニューが違うので、どちらも経験することをおすすめする。
今年はまずMOMA鑑賞の日のランチにバーを攻めた。
メニューは1・2・3のゾーンに分かれていてそれぞれから好きなものを選ぶというカタチになっているが、一品だけでもかまわないというのが気軽でよい。だけど、いつもつい欲張ってしまう。で、アペタイザーはツナのタルタル。上にかかったカリカリしたスパイスがツナと合わさって、予想外の食感を生み出す。ちょとしたことだろうけど、いつもこの異素材ミックスというのにガツンとやられてしまう。メインは白身の魚らしい向かいの人が食べていたのを指差して(笑)。ソースには葱が入っているが、この色の組み合わせは日本人としては度肝を抜かれる感覚だ。だが、カリッと揚げられておりとても美味しい。これで終わるつもりだったが、視床下部が我慢してくれず追加でチョリソーを頼む。こちらは、ザワークラウトとの相性が抜群だった。いつも何年かかけて全メニュー制覇しようと目論むのだが、結局毎回同じようなものばかり食べてしまう。帰りに明後日のダイニングルームのランチを予約する。
翌々日のランチ。
今回案内された席は、バーを背にして中庭を正面に見ることのできる最高のシート。しかも椅子ではなく大好きなハイバックのソファ席。クッションを思いっきり後ろにはさんでリラックスする。そしてまずはシャンパン。旅しているときの楽しみのひとつが昼間に飲むシャンパンだ。大型のフルートグラスに気前よくなみなみとついでくれるところも気に入っている。アミューズはグリーンのスープ。この微妙な量が食欲を増進してくれる。アペタイザーは、ローストしたロイヤルマッシュルーム。この斬新なスクエアフォルムを見よ。ムール貝やトーストしたアーモンドなど異なる食感が、アリッサソースでまとまっている。イベリコ豚がスプーンにささって添えられているのがご愛嬌だ。お次ぎはエルサレムアーティチョーク(キクイモ)のスープ。聞いたことのない野菜だが、ラディッシュとアーティチョークを足して二で割ったような味で悪くはない。スープ中にはふわとろの卵が隠れてい、卵好きにはたまらない悪魔の味だったし。メインはローストポーク。脂とブラックベリーソースのマリアージュを楽しむ。こちらのパンは、山羊のバターと普通のバターの両方を味わうことができるのも素敵なのだ。いつも交互に楽しむ。デザートの完成度も言うまでもない。
シェフはジャン・ジョルジュで腕を磨いたガブリエル・クルーザー。フレンチをベースにしたアメリカン・キュイジーヌであるが、世界中の素材という素材を集め、使いたいものを選び、自由な発想と卓越したテクニックでひと皿ひと皿を吟味しているという印象がある。それが、世界中の最新が集まってくるここニューヨークの近代美術館の中にある。かつてTHE MODERNと呼ばれたMOMAに代わってここがTHE MODERNと名付けられたのは当然と言えば当然なのかもしれない。
NY「CAFE SABARSKY」
オーストリア料理というのにほとんどなじみがない。ウインナ風カツレツとかザッハトルテくらいしか食べたことはない。
NY訪問歴もけっこう長いのに、ここを知らなかったのは迂闊としかいいようがない。ノイエギャラリー。グッゲンハイムから歩いて2ブロックのところにある20世紀はじめのドイツとオーストリアの美術品を集めた邸宅美術館である。クリムトの金の時代の代表作「アデーレ・ブロッホバウアー」やエゴン・シーレの作品コレクションで知られているという。知らなかった。
カフェ・サバスキーはそのノイエギャラリーの中にある。ランチの予約は取らないので、列に並んで順番を待つ。時刻はちょうど昼過ぎ。だが、そんなに待たずにテーブルに案内された。どのテーブルにも、見慣れぬ美味しそうな皿があり、お腹がぐーっと鳴る。メニューはドイツ語(?)と英語の両方で書いてあるので、なんとなくは想像できる。あれこれ悩んで、周りのテーブルも盗み見しつつ、まずはスパイシーエッグのサンドイッチ。カンパーニュ風の田舎パンの上に、スパイスで和えた卵がみっしり乗っている。ピクルスの上にゆで卵、さらにパプリカパウダーがかけられておりかなり美味である。メインにはハンガリアン・ビーフ・グヤーシュというシチューを注文した。これは予想通りの味で、牛のすね肉がごろごろ煮込まれてい、田舎料理の体をなしてはいるがなかなかじんわり旨いのである。この皿にはシュペッツレというパスタのようなものがついてくる。卵麺の一種らしいのだが、イタリアンパスタをイメージすると見事に裏切られる。ひと口食べると歯応えも何もなくゆるい食感で拍子抜けするのだが、食べ続けているとそのふにゃり具合が妙に心地よく、ハーブをからめた味付けもよく、これはこれで味わい深いと思えてくるのだ。
シュペッツレについて調べてみた。卵、小麦粉、塩をこね、ゆるい生地の状態で茹でるのだという。ドイツ、オーストリア、アルザス、南チロルなど広い地域で、ソースやグレービーをたっぷり使った肉料理に添えられることが多いのだそうだ。そういう意味ではクスクスなどにも使い方は似ている。シンプルなものだから、塩味だけでなく、フルーツと混ぜたり甘みをつけデザートにすることもあるようだ。乾麺のシュペッツレもあるようだが、こちらは生に比べるとやや固めであるらしい。
日本でも小麦粉を使う麺はうどんだけではない。私なんぞ、うどん県の生まれと育ちなので、コシのない麺など食べたくはないがコシを求めない麺というのも日本にはいろいろあるようだ。大昔九州大分で「やせうま」という麺を食べたことがある。うどんの5〜6倍もの太さの平たい麺にきなこと砂糖がまぶしてありおやつの一種なのだが、あれを味噌仕立てにすると「だんご汁」になる。山梨の「ほうとう」も食べたことはないが、こちらもほとんど捏ねないので、食感は柔らかいらしい。「すいとん」なども同じような食感だろう。「伊勢うどん」にいたっては太麺を一時間近く煮込んで、あのふにゃふにゃの食感にするらしい。どれも昔からその土地の人に親しまれ残っている麺であるから、それはそれで地域の人にとっては愛すべき食感なのだろう。(私がうどんのコシを愛するように)
シュペッツレの食感があまりに面白かったので、つい、いろいろ連想してしまった。
カフェ・サバスキー。来年も行こう。
新地の懐石料理「かが万」
かが万本店。ここはもちろんとくべつに連れて来てもらうところである。
廊下の脇にある戸を引くと、異空間が現れる。もともとはちゃんとした四畳半の茶室だったのだろう、床も躙り口も残されている。異質なのはその空間を半分に割り、真ん中にカウンターをしつらえていることである。客はカウンターに向かい畳に腰掛けられるようになっており、カウンターの向こう側には小さな厨房がある。つまり、この空間はきわめてエクスクルーシブな完全個室なのである。専属の料理人が目の前で料理をつくってくれる。メニューはなく、その日のおすすめの食材や、ゲストの体調などを細かく聞いてくれ、当意即妙で料理を組み立てていくという贅沢さなのである。
そしてこの空間には、ここだけで使ううつわが棚にずらりと並んでいる。
この日は永楽善五郎の酒器で日本酒をいただいた。松の絵柄に金を施したおめでたい柄である。向付けは織部に盛られた明石の鯛。ねっとりと弾力のある歯応えである。煮物椀は蛤のおつゆ。磯の香りが馥郁と漲る一品だ。焼物は脂の乗った真魚鰹。唐津に盛られ、懐石風に黒文字の取り箸が添えられている。取り分ける皿も青白磁の牡丹の柄。即全の赤絵に盛られているのは松葉蟹と法蓮草の和え物。こちらは唐津の皿に取り分ける。なまこの酢の物はまだら唐津のうつわに入って。味はもちろんどの一品も素晴らしいが、それ以上にうつわが目を楽しませてくれる趣向となっている。
驚いたのは蒸し蚫を盛った大皿も取り皿もバカラだったことである。聞けばすべて春海バカラだという。夏の茶席で使われることもある金の縁取りをした春海バカラの菓子器は有名であるが、こんな皿を実際に惜しげもなくバンバン使っているのを見たのは初めてである。しかもてっきりアンティークだと思っていたら、注文してつくってもらったという。続いて出されたお椀も春海バカラである。ガラスのお椀のふたを取ると中にはしいたけの上に削り鰹をかけたもの。食事のとき雑炊と一緒に出された鰹もバカラの皿に乗っていた。
なんという贅沢か。季節は冬である。が、奇しくも本日はクリスマスイヴ。クリスタルのきらめきと金の縁取りは、こういう日にこそふさわしいのかも。
鯖街道の鯖ずし「朽木旭屋」
鯖街道を初めて車で走った。
若狭の小浜と京都を結ぶ街道のことをこう呼び、若狭で穫れた鯖を京都に運ぶルートとしてつとに知られている。小浜に伝わる古い文書の中には「生鯖塩して荷い、京へ行き任る」とあるように、昔は生の鯖を塩で締め京まで運ぶとちょうどいい塩梅になったようである。鯖街道はいわゆる総称で一本だけでなく何本かあったようだが、小浜から熊川宿を経由し滋賀県の朽木村を通り大原から出町にいたる若狭街道がもっとも盛んだったという。街道の歴史は古く「延喜式」によれば若狭の国は「御食国(みけつくに)」と呼ばれ、すでに藤原京や平城京に租庸調以外に贄(にえ)を貢いでいた国として記録されている。つまり、朝廷に税として塩や塩漬けした魚介類を納めていた歴史は奈良時代まで遡れ、大和朝廷にとっても特別な意味を持つ道だったのである。
そういえば、奈良東大寺二月堂の「お水取り」は有名であるが、それに先がけ小浜には「お水送り」という行事があることを思い出した。「お水取り」で使う「お香水」は若狭の遠敷川(おにゅうがわ)から10日間かけて二月堂の若狭井に届くといわれている。これは天平の昔、修二会に参列される神々の中で、若狭の遠敷明神だけが川漁に時を忘れ遅参したので、その詫びをかねて若狭より二月堂の本尊へお香水を送る約束をされた故事にならっているのだそうだ。「お水取り」の由来ひとつとっても、若狭と奈良との関係の深さが見て取れる。
鯖街道に戻ろう。
さすがに鯖街道というだけあって、走っていると鯖ずしの看板がやたら目につく。脂ののった鯖ずしはむろん大好物である。京都市内ならやはり「いづう」に軍配があがるとは思うが、せっかく鯖街道を走っているのである。どこかおすすめは?と運転しているMさんに問うてみた。「うーん、有名なのは花折とかやけど、僕のおすすめはここ」と連れて行ってくれたのがこちらのお店。鯖の旨みを出すために大吟熟成仕込みという製法でつくっているそうな。入ってびっくりしたのだが、ランクによって値段の幅がかなり違うのだ。2,808円の「松」から上は12.960円の「真幻」まで。お店の人が初めてなら「朽木」というポピュラーなのでじゅうぶんおいしいとすすめてくれる。しかし、その上の「極」というのは最大サイズの鯖を使用し丸々しており、厚みが違う。そのまた上の「まぼろし」は極厚の極上の脂のりだと言う。最高級の「真幻」にいたっては究極の鯖を使い、あまりもの身の厚さに絶賛する人と抵抗を示す人があるというほど凄いらしい。ホームページでは「極み」クラスを召し上がってからご購入くださいとある。た、食べてみたい。「まぼろし」で値段は「朽木」の倍、「真幻」にいたっては三倍だ。やっぱり、ここは豪勢に「まぼろし」あたりを行っとこうかどうかさんざん手に取り迷ったあげく、やっぱり普及品の味試しをしてからでも遅くはないと気を取り直す。
夜、さっそくいただいた。普及品とはいえずっしり重く、鯖の厚みもなかなかのものである。まずは一切れ口に運ぶ。う、旨い。身は生の鯖に近いのに、酢の自然な酸味がほどよく染みており、鯖の脂がすうっと心地よく溶けていく。これが例の大吟熟成仕込みのなせる技か。もうぱくぱくといくらでも食べられる。あっという間に一本を完食した。せめてあと一、二本買っておくんだったと後悔。だけど、ホームページを見るといつでも注文できることがわかり、胸を撫で下ろす。次回はひとつ上のランク「極み」を注文しようと心に誓った。
京都郊外静原「御殿の昼餉」
三回會(回會記)の帰路である。
都合が悪く今回参加できなかった京都の若旦那のお宅に立ち寄りランチをご馳走になることになった。何年か前、京都市内から郊外の静原という処に引っ越ししたとは聞いていたが、その静原がこんな場所にあるとは知らなかった。住所は一応京都市左京区ではあるらしい。全150戸あまりの小さな集落である。さすがに歴史は古く、天武天皇がこの地に赴かれたとき、身も心も静かになったとして、以後静原と称するようになったと伝えられているそうだ。古い歴史のある静原神社をはじめ、愛宕講や烏帽子儀などの貴重な風習、美しい川、田園風景など日本が失ってきたものがたくさん残されており、心が清らかになるような里である。
めざす御殿は山の中腹に鎮座している。堂々たる平屋の日本家屋である。
開放的なリビングには心地よい冬の陽射しが降り注いでい、ゆったりとした心地になる。大きなリビングテーブルに腰掛け、ウェルカムシャンパンをいただく。昼間のシャンパンはとてもとても気分をよくしてくれる。若旦那からうやうやしく本日のメニューを手渡される。タイトルは「ヤーヤーヤー 回會が静原にやって来た」である。テーマは「酉の歌を食べる」である。すべてに関係者が関わるイベントなどの暗喩があり愉快な遊び心を感じるし、手書きのメニューにはそれぞれ工夫を凝らしたタイトルがついている。
スタートは「ようこそ よろコブカルパッチョ 野菜仕立て」である。鯛の昆布締めにパリパリの水菜がのせてあり、オリーブオイルをたらした一品。木の葉を描いた藍のうつわもセンスがよい。当然シャンパンにもよく合う。続いてパンをトースターで焼きながら、ささっとつくってくれたのは「出会ったス 街道サンド 古漬けは母の味」。鯖サンドである。しめ鯖に大葉、そしてポイントは古漬けたくあんを挟んでいること。お母様が漬けたという古漬けのポリポリした食感がほどよく浸かった鯖と小気味よくマッチして、もういくらでも食べられる。こちらは緑釉あざやかな織部のうつわに盛られて。そして「お得意様ご繁盛 ゑびすパスタ笹入り」。カルボナーラかなと一瞬思うのであるが、実はこの白いのは酒粕である。祇園のゑびす神社の前の酒屋さんで販売されているという縁起物である。これに蕎麦の実をパラパラとふっていただく。ねっとりと甘みのある酒粕がこんなにパスタに合うとは知らなんだ。カルボナーラよりずっと身体によさそうだし、これは自分でも一度試したいと思った。
聞けば店でのまかないは、若旦那自らがいつも腕をふるうという。キッチンに立つ姿が自然でサマになっているのも、むべなるかな、である。しかも、カウンターの中に立ち、ゲストである我々とシャンパンやワインを飲み喋りながら、ゆるゆると料理していくスタイル。事前の下ごしらえは必要だろうけど、シェフのように目の前で一皿ずつつくってくれるなんて、普段から慣れていないとできないことだ。とくべつさを感じさせずに、とくべつなことをする。こういうもてなしを受けると、気持ちがほっこり、まったりして、とくべつな心地になる。
こんな旦那、最高やね。奥ちゃまがうらやましい。ご馳走さまでした。
南森町の割烹「宮本」
会社のすぐ近所にお気に入りのカウンター割烹がある。が、予約困難であるために、ロケーションは近いけど遠い。行くときは早めに予約しなくてはならない。今回は、久しぶりの訪問である。
先付けに炊きたての新米が出て来てハッとさせられた。水分をたっぷり含んで、つやつや光る新米が一文字に盛られている。口に含むと、甘く、みずみずしい。杯に振る舞われたのも新酒。
そうして、はた、と気づく。新米、新酒の季節なのだ。
新嘗祭は11月23日。一般的には勤労感謝の日ということになってはいるが、戦前まではこの日は新嘗祭だったのだ。
新嘗祭とは、その年に収穫された米を神様に捧げる祭りのことで、天照大神が豊葦原中国(とよあしわらのなかつくに)に降って行かれる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に稲を授けたことを起源とするという。天皇陛下は今でも「豊葦原の瑞穂の国」の祭祀を司る最高責任者として、その年の新穀を天神地祇に供え、収穫に感謝されるとともに、御自らも召し上がっておられる。宮中祭祀のなかでも、新嘗祭は非常に重要とされる祭祀なのである。
そう考えると供された新米と新酒がこのうえなく神々しく有り難みのあるものに思えてくる。新米と新酒。ボジョレーヌーボー解禁などというミーハーな習慣が定着して久しいが、よその国のぶどうの新酒を祝う前に日本人としてすることがあるのではないか。そうなのだ。私たちは新嘗祭が終われば、新米を食し、新酒でその年の豊穣を祝うべきなのである。
折しも和食がユネスコの無形文化遺産に登録された。以下の4点がその特徴である。1・多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重。2・栄養バランスに優れた健康的な食生活。3・自然の美しさや季節の移ろいの表現。4・年中行事との密接な関わり。この4の年中行事との密接な関わりというのに、新嘗祭もぜひ加えたいところである。日本政府も伝統的な社会慣習としての新嘗祭にスポットを当て、「新嘗祭が終わると新米と新酒の解禁日」とするくらいの心意気がほしいし、JAや酒造会社もキャンペーンを大々的にやってみてはどうだろう。
ボジョレーヌーボーの解禁日は11月の第三木曜。2014年は11月20日だ。一方新嘗祭は11月23日。わずか3日違いで、フランスの酒造メーカーを喜ばすのと、「新米&新酒祭り(仮称)」をするのとどっちがよいのか関係者の方はよく考えてほしい。これは文化にも関わってくる話だと思う。
料理は、その新米・新酒に始まり、しんじょのお椀、氷見のぶり、真魚鰹、海老芋の煮物など旬の美味が活きたものばかり。あざやかな紅葉が描かれた乾山写しの向付にハッとさせられ、深まる秋と来る冬の一瞬のあわいを味わうという贅沢を楽しんだ。
宮本さんのような料理人は、新嘗祭をはじめとする年中行事を知悉し、伝統の食文化、食習慣の知識も豊富でなければ務まらないだろうし、日々の仕入れの中で季節の移ろいにも敏感だろうと思う。問題はそこへ出向き、和食をいただく私たちの文化リテラシーがそれについてゆけるかどうかだろう。こういったお店を心底楽しむためには、季節の風物を愛でる心の余裕はもちろんのこと、旬の食材や調理法についての知識、うつわへの理解、見立てを楽しめる素養など、日本文化の心得があればあるほど素敵だろう。何事も「通暁する」というのが文化を味わう秘訣である。ひと昔前の旦那衆というのは、たぶんそういう人たちだったのだろうと想像した。
ファンキー中華「萬来園」
そもそもの話をまずしよう。
ある夜「なんか、面白くておいしい店ないかなあ」とよく行く白金のビストロでつぶやいた。するとカウンターに入っているMくんが「萬来園っていうのがいいらしいですよ」と言う。「えっ、どんなとこ?」「すっごく汚い店らしいけど、夜は高級中華になるらしいですよ」「あ、その店聞いたことある!」早速次の日に電話してみた。「あのう、○月○日の夜予約できますか」と問うと「ウチのこと知ってます?夜は高いですよ」ときた。「はい、わかっています」と返すと「カードは使えませんよ」とさらに無愛想な物言い。高飛車やなあ。高いですよってどんだけ高いんや。チャレンジ魂がふつふつと燃えたぎってくる。
高いの上等。お手並み拝見。
友人と東京を食べ歩く会「松山倶楽部」というのをつくっている。このところのテーマはファンキーである。おいしい高級店はいっぱいあるけど、おいしいだけでなく、辺鄙なところにあるとか、大将がユニークであるとか、なにか面白い落差がほしい。場所は大井町。まさにうってつけのロケーションではないか。しかも昼と夜とのギャップがあるというのも大いに期待できる。
待ち合わせのメールにはこう書いた。「さてさて、引き続きのファンキーツアーが迫ってきましたが、なかなかファンキーなお店が予約できました。今回は大井町というファンキーな場所にあるほんまにファンキーなお店です」
19時現地集合。少し早めに着く。外観は昔から商店街にあるような古びた佇まい。ギューザやラーメン、ニラレバ炒めが美味しそうな雰囲気。だがお世辞にもきれいとは言い難い。本当に大丈夫だろうか。噂に踊らされたのではあるまいか。とても、とても、心配になってくる。意を決して「こんばんは」と中に入る。10人ほどが座れるカウンターのみ。いちばん奥に座る。店内もかなり殺風景である。
お店は大将と奥さん、息子さんの三人でやっている。料理の鉄人に出演したせいで大忙しとなり、無理しすぎた大将は少しの間入院していたという。復帰したばかりであまり予約も取っていない状態なので、この日は私たち以外誰もいないという。おう、いぇい。偶然とはいえ、貸し切りという贅沢なシチュエーションとなったのである。
ほどなく友人登場。期待通り、店の雰囲気にびっくりしている。この人はいつも社用車で来るのだ。運転手が本当にここですか?と何度も問うたそうだ。さもありなん。
二人そろったところで、本日の食材についての説明がある。今日使える野菜や海の幸、山の幸を示し、調理法のアイデアを披露してくれるプレゼンテーション。こうしてほしいと言えば、その通りに料理してくれるのだ。好きなものを好きなだけ好きなように料理してもらうなど、中国の皇帝にでもならない限りなかなか叶うものではない。
前菜の盛り合わせからスタートする。ひとつひとつていねいな仕事をしており、しょっぱなから味覚中枢をぐいっと鷲掴みされる。瓶入り紹興酒が進む、進む。
そして、いよいよ大将の華麗なる中華鍋シリーズが始まった。
シャキシャキのインゲン豆。旨い。黄ニラと卵の炒め。旨い。海老の唐辛子炒め。旨い。衣笠茸の中に金華ハムを入れ煮込んだもの。旨すぎる。マコモダケを和牛で巻き揚げたものをあんかけで。旨い。旨すぎる。友人は行儀悪いけど汁吸っていい?とあんを飲み干す(笑)。いしもちの中華風蒸し。旨い。骨をちゅうちゅうと吸う。蚫と野菜の煮込み。旨い。シラスと青菜のあんかけ。旨い。またしてもあんを奪い合って吸う。上海蟹。まだ少し細いけど旨い。蟹ごはん。旨すぎる。海苔そば。旨い。全12品でお腹がパンパンになった。ただし、デザートの杏仁豆腐は別腹である。こちらも旨い。
あまりの旨さと、あまりもの矢継ぎ早攻撃に、完全にノックアウトされた。それに大将のチャーミングなことと言ったら!旨いものをつくり食べさせてあげようという気持ちにあふれてる。それを絶妙のタイミングでフォローする息子さんも素敵だし、ときどき茶々を入れる奥さんもいい味を出している。三ヶ月後の予約をして帰る。なんで三ヶ月後かというと、カロリーと値段の高さで早々は来れないと判断したためである。
三ヶ月後。
またしても偶然が重なり、貸し切り状態となる。今日は少しずつねと念は押してはみるが、張り切る大将のプレゼンテーションが凄い。もうおまかせで、どんどん出してちょうだいとあえなく降参だ。前菜。あいかわらず旨い。筍の蒸し物。旨い。菜っ葉を煮たもの。旨い。ぴちぴちのやりいかとアスパラガス炒め。旨い。金華ハムと菜の花の炒め。旨い。酒で蒸した海老。う、旨い。岩のりと豚肉の煮込み。旨い。汁もきっちり半分こして吸う。水餃子。旨い。蚫の炒め。旨い。ごぼうときのこの炒め。旨い。酢豚。旨い。ホタテの蟹あんかけ。旨い。あんは当然吸う。全13品プラス杏仁豆腐。ふう。前回より一皿頑張れた。
「ああ、死にそう」とお腹をさすると「もう!そんなに食べられないのに、どんどん作って」と奥さんは少し大将に怒っていた。いえね。大将だけが悪いんじゃない。こちらも、あれ食べたい、それ食べたいとワガママ言ったのだから。
それにしてもこういう店を知ることが幸福かといえば、この年になるとそうとも言えないのである。とにかく旨い。旨すぎる。食べ過ぎてしまう。厳選された素材を目の前で料理人につくってもらうという最高の贅沢も味わえる。なにより、大将や息子さんと素材や調理法について、さらには料理の味に関する応酬をカウンター越しにできるというのが無上の喜びだ。なにしろ中国皇帝スタイルだからね。レベルが高い。カロリーも高い。値段も高いの三高だけに、そうしょっちゅうは来られない。そのことが、知ってしまった今となっては、とてつもなく不幸とも言えるのである。
犇花
【犇】ホン はしる ひしめく
[広韻]に「牛驚くなり」とあり、牛が驚き奔る意。猋(ひょう)、驫(ひょう)と同じ造字法で、その声も似ている。[集韻]に[説文]を引いて「奔は走るなり」とし、「古、犇に作る」というが、奔は金文にもみえる字である。1・はしる、おどろきはしる。2・ひしめく。(白川静『字通』より一部抜粋)










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