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古伊万里の色絵皿。

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 とても気に入っている皿である。熟練した手ではない。線もゆがんでいるし、同じような図柄を描こうとしているが、微妙にふぞろいである。ある意味稚拙と言ってもいいのだが、それでも全体として見ると調和がとれている。緑や黄の釉薬の色は、古伊万里というよりは、古九谷を彷彿とさせる。

 古九谷は実は伊万里で焼かれていたというのは、現在の陶磁史では定説になっていて、正式には「古九谷様式」というらしいのだが、日常使う分には古伊万里でも古九谷でもどっちでもかまわないし、よしんば違う産地であってもなんら不都合はない。だけど、中央の四角の縁取りの中にびっしりと亀甲や丸を埋め、色を絶妙に変えながらもうまくまとめている絵心というか、その感覚にはなかなかのセンスを感じるのである。色の配分を考え、図柄を工夫しながら、「お、ええ感じや」とにんまりしている。そんなに神経質でなく、どちらかといえば大らかで大雑把、だけど、コーディネイト感覚が優れてる。そんな愛すべき職人の姿を思い浮かべてしまうのである。濁し手風の白の余白も、とてもよい按配だし、これを瑠璃釉の皿などと組み合わせて使うと、食卓がいっきに華やかになる。

 元々は父が所有していたものだが、とても気に入ったので養子にもらった。ステーキなどを、どん、と豪快にのせるのがよく似合う皿である。三枚しかないので、大事に使っているが、すでに縁が少し欠けている。こういうのに金継ぎをすれば、またそれはそれで味が出るだろう。

2015-03-25 | Posted in うつわ数寄, にほん数寄 | No Comments » 

 

「雪の科学館」でランチ

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 中田宇吉郎を知ったのは、松岡正剛師匠の「千夜千冊」によってである。記念すべき第一夜が、中谷宇吉郎の「雪」なのである。

 師匠が「雪」を読んだのは高校生の頃。雪という主題に一心に向かっているところがロマンティックかつ一途だと思っていたそうだ。ところが、ここを訪れ、少しその印象が変わったという。中谷宇吉郎がいかにダンディズムに富んだ生涯をおくったか。館内に展示されている研究遺品や生活用品のひとつひとつが粋で、その粋が雪の科学に通じる粋だと感じるのである。そして、改めて「雪」を読み、高校の時にはわからなかった「言葉の態度」というものの美しさに気づくのだ。以下、抜粋する。『中谷は地上の雪にはいっさいふれないで、天から降ってくる途中の雪だけを凝視しつづけて本書を書いていたことに気づかされるのだ。〜中略〜 ああ、とてもいい気分だった。読みおわるとそんな気にさせる。こういう読書を一年に二、三度はしたいものである』

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 山代温泉の宿で地図を見ていて、「雪の科学館」が意外に近くにあることがわかった。タクシーで30分くらいの距離なので、出かけることにした。建物は、磯崎新による設計。緩やかなスロープの橋を渡り、雪をイメージしたという六角塔に向かう。中谷宇吉郎の年譜コーナーには、師匠が感動した「粋」が展示されていた。ご本人の写真も確かにダンディ。ベレー帽などを粋にかぶっておられる。恩師である寺田寅彦からのハガキもあった。雪と氷の実験コーナーがすこぶる愉快な体験コーナーだった。ダイヤモンドダストやアイスフラワーを観察できたり、雪の結晶を見せてくれたり、お子様には氷のペンダントなどをつくってくれるのである。久しぶりに小学生に戻ったような気分になった。

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 科学館の中庭は博士が最後の研究をしたグリーンランド氷河のモレーン(氷堆積)の石の原。時間が来ると人口霧がたちこめる。そしてその先にはティールーム「冬の華」がある。このあたりは潟が多いらしく、この科学館も柴山潟に接した場所に建てられており、ティールームの窓の前には潟の風景が広がる。四国、関西周辺で暮らしていると潟というものにあまりなじみがないのだが、いわゆるラグーンというものである。潟から川につながり、その先は海へと続く。日本海近辺の風景の特色は潟に集まると柳田国男も書いているが、沼でもないし、湖でもない自然が作った不思議なかたちである。

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 その景観を眺めながら、マフィンセットで軽めのランチをとった。チーズとブルーベリーにフルーツの小皿とドリンクがついてくる。時間をかけて淹れる珈琲の香りにホッとくつろぐ。ゆるゆると流れる時間。目の前には柴山潟。後ろの石の原にはグリーンランドから運ばれたモレーンの石の原。ときおり、人口霧がシューッという音とともにたちこめる。本来ならありえない自然と自然のマッチング。中谷博士の最後の研究の場となったはるか遠くの土地の石は、今は博士の生まれ故郷にすんなりとおさまっている。

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◎有名な『雪は天から送られた手紙である』という言葉もロマンティックだが、「雪の科学館」ホームページトップで紹介されているこのフレーズも素晴らしい。ここに引用させていただく。

夜になって風がなく気温が零下十五度位になった時に
静かに降り出す雪は特に美しかった。
真暗なヴェランダに出て懐中電燈を空に向けて見ると、
底なしの暗い空の奥から、 数知れぬ白い粉が
後から後からと無限に続いて落ちて来る。
それが大体きまった大きさの螺旋形を描きながら舞って来るのである。
そして大部分のものはキラキラと電燈の光に輝いて、
結晶面の完全な発達を知らせてくれる。
何時までも舞い落ちて来る雪を仰いでいると、
いつの間にか自分の身体が
静かに空へ浮き上がって行くような錯覚が起きてくる。

中谷宇吉郎「冬の華/雪雑記」より

2015-03-23 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

古伊万里の白磁皿。

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 濁し手(にごしで)という言葉をご存知だろうか。古伊万里の純白の素地のなかでも、やさしくあたたかみのある乳白色の肌合いをこう呼ぶ。その代表的なものが柿右衛門様式である。柿右衛門といえば、イコール濁し手と言ってもいいくらい斯界ではつとに知られている。1650年頃には現地の陶石に特別な原料を加え、さらに独自の配合によって、この濁し手が創りだされた。柿右衛門の場合、鮮やかな色絵が映えるようこの乳白色を活かした余白を取るのが特徴で、その絵付けスタイルには日本という方法が横溢している。埋め尽くさずに、あける。あえて、余白、余地を残しておく。それにより、色絵が効果的に引き立つということを陶工や絵付けをする人たちは感覚でわかっていたのだろう。

 佐賀の方言で米の研ぎ汁のことを濁しというのだそうだ。もちろん、柿右衛門の濁し手はその色そのものを指している。精米技術が格段に進んだ今では、米の研ぎ汁が白濁すること自体少なくなったが、それでもあの乳白色には日本人の心を揺さぶるような魂が宿っているのだと思う。

 この白磁の皿も、濁し手の色をしており、なんともいえないあたたかみがある。高台に少し高さがあるので、なます皿というよりは高坏のような趣もある。和菓子はもちろんのこと、写真のようにカラフルなマカロンや洋のスイーツを乗せても似合うし、ちょっとしたお惣菜や酒の肴(からすみの薄切りを大根にはさんだものとか、チーズ盛り合わせとか)を盛ってもよい。

 これが、同じ白でもジノリやウェッジウッドではそうはいかない。和のものを盛るとやはりかなりの違和感があるのだ。ところが、この皿だと、和でも洋でも(中華でも)しっくりとなじむ。米は、和でも洋でも中華料理にも合う。その研ぎ汁を連想して生まれた濁し手というだけあって、ジャパンホワイトには大らかな包容力と懐の深さがあるのである。

2015-03-20 | Posted in うつわ数寄, にほん数寄 | No Comments » 

 

山代温泉「あらや滔々庵」

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 山代温泉源泉発祥の地である。江戸時代から十八代続く老舗の宿である。何より北大路魯山人と縁が深いということでもよく知られているのである。もちろんそれがやってきた理由のひとつである。

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 宿の玄関に入ると、左手、真っ先に目につくのが「暁鶏の衝立」。魯山人の作品である。お湯で傷を癒やす烏を行基が見つけたというのが山代温泉の始まりであるらしく(行基開湯伝説はけっこういたるところにあるが)、北陸ではいちばん古い湯だという。その烏を迷いなく自由闊達に描いているのが、魯山人らしいといえばらしいのか(酔った勢いで描いたらしい)。

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 魯山人は独学で書と篆刻を学び、朝鮮や中国で修行した後、京都や長浜で看板を彫るのを生業とし、その過程で金沢の数寄者と出逢う。この頃の名は福田大観という。その彫りの腕前に惚れ込んだ金沢の料亭や山代温泉の旅館の主人、陶芸家の須田菁華と知り合い、それをきっかけとして山代温泉での滞在が始まるのである。「吉野家」「須田菁華窯」などの看板をいくつも彫り、ここあらや滔々庵にも「あらや」という魯山人の手になる看板が残されている。仕事部屋として魯山人に与えられたのが、あらやのすぐ近くにある「魯山人寓居跡 いろは草庵」である。地元の旦那衆の庇護の元、魯山人は看板を彫り、旦那衆と書や美術について語らううちに、加賀料理や懐石料理を学び、やがて料理そのものを作る楽しみを覚え、さらには須田菁華(初代)の手ほどきを受け、焼き物に目覚めていくのである。山代温泉を中心とした加賀の文化と旦那衆と巡りあわなければ、あの魯山人は生まれていなかったかもしれないというくらい影響を与えた地なのである。

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 趣味人だったあらやの15代目当主も魯山人と親しく交わり、書画や看板などを注文してその生活を支えたという。宿のフロントの壁に飾られている看板の文字は、その頃に彫られたもので、たしかに並々ならぬ才能を感じる魯山人らしい大胆さがある。ロビーや廊下のそこここにも、部屋の床の間にも魯山人のうつわや書が飾られてい、目を楽しませてくれる。廊下には中川一政の書もあった。魯山人好き、日本美術好きにはたまらない宿なのである。

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 当然、食事も期待できるに違いない。源泉に浸かりながら、浴衣姿でくつろいでいると、そろそろ夕餉の時間である。菊の花びらをちらした地酒をまずはいただいて、先付けである。さすがにうつわが渋い。先付けを何種類か乗せた織部の傾いていることよ。数寄なうつわである。日本酒は「農口」という生原酒。能登杜氏四天王の筆頭と言われるあの農口尚彦氏がつくる旨酒である。お椀にも菊がちらされている。蓋の裏の蒔絵が美しい。お造りは北陸の海の幸。天然の塩を入れた小皿は色鮮やかな九谷。のどぐろの焼き物も、沈んだ色合いの九谷に盛られている。鴨のロースには、マスカットといちじくが添えられている。これを入れたうつわがまた渋い。この貫入だらけの枯れた風情はたまらない。あわびの味噌和えは、乾山写しの紅葉の皿で。夏の名残の毛蟹は、大好きな山本長左さんの藍九谷に乗せられて(加能蟹の本場で毛蟹を食すというのも乙である。ま、まだズワイの季節ではないからね・・)。そして、トマトの入ったすき焼き。食事はとろろごはん。デザートは水ようかん、メロン、きなこのアイスクリーム。若い仲居さんがていねいに運んでくれて、こちらの質問にすらすらと答えるとまではいかなかったが、ひたむきな誠実さには好感が持てた。そう、足りないものを補うのは、一生懸命さなのである。

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 食後は、有栖川山荘という別棟へ。山庭をまたぐ渡り廊下を抜けると、ほのかに明かりが灯る隠れ家のようなバーが現れる。樹齢数百年もの木々に囲まれた風情ある木造の一軒家。明治初期に天皇来館の命を受け、釘を1本も使わずに数年がかりで建てられたという。贅を尽くした意匠に囲まれ、食後のカクテルに酔う。

 北陸の食の旬は、やはり冬であろう。が、今は夏の終わり。タイミングを外した気もするが、それを差し引いても料理はどれも美味しいし、うつわはさすがに素晴らしいものばかりである。何より好きな人にとっては、この宿や山代温泉で語り継がれている魯山人の物語はこたえられない魅力であろう。私ももちろんその一人である。

2015-03-19 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

山代温泉「蕎麦処上杉」

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 蕎麦といえば茶色っぽい蕎麦色というイメージがあるのだが、蕎麦の実の中心部分だけを使うと真っ白になるのだそうだ。それを教えてもらったのが、ここ蕎麦処「上杉」である。その純白の蕎麦を「御前そば」と言う。

 蕎麦の実を断面にしてみると、中心はもろくて白い部分、そのまわりに固く茶色い部分、甘皮、そして外側に蕎麦殻がある。蕎麦の実を挽くとき、通常は製粉能力の高い臼で挽くわけだが、これを弱めて挽くと中心のもろくて白い部分だけを粉にすることができ、これが一番粉と呼ばれる白い蕎麦粉である。「御前そば」はこの粉だけを使う。蕎麦の名称については、地方によっても、店によっても微妙に違いがあり、いちがいにこれだとは言えないのであるが、東京の更科系有名店によると御前そばと更科そばが同義であったり、更科のなかでも厳選された御前粉だけを使うものを御前そばと呼んだり、実にまちまちなんである。

 蕎麦粉専門のメーカーのホームページをのぞいてみると、蕎麦粉の種類の多さに驚いてしまう。挽きぐるみ、二八蕎麦粉、超粗挽き粉、石臼挽き、韃靼そば粉、アメリカ産玄蕎麦、御前粉・・・エトセトラ。御前粉は御前という名前がついているくらいだから、元々は「御前」と呼ばれるような身分の高い人に献上するためのスペシャル蕎麦だったのではと類推される。黒黒とした太い蕎麦のことを田舎蕎麦と言う。それはそれで風味豊かで旨いのだが、さすがに貴人には田舎蕎麦は出せない。せめて、できるだけ白く精製した一番粉でつくる蕎麦でもてなすというのが、当時の礼儀であったことは想像に難くない。

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 おすすめの「ふたみそば」というのにした。おろし蕎麦も食べたい、とろろ蕎麦も食べたい。天ぷらも食べたい。そんな人向けに、二つの味を少しずつ。で、「二味(ふたみ)」蕎麦というのである。おろし蕎麦は少し色のついた玄そば、こちらはワイルドな蕎麦の風味を感じさせながらも、端正な仕上がりで文句なしに旨い。御前そばにはとろろがかかっている。初めて食べた御前そばの味は、雑味がなくすっきり爽やか。つなぎには地元の葛を使っているらしく、独特のコシがある。どちらの蕎麦も、なかなかのレベルである。うどん県出身なので、蕎麦の味を云々するほど食べてはいないし、これだという基準も自分の中にはない。あくまで、自分の舌がおいしいと感じ、また食べたいと思うかどうかだけである。で、「また食べたい」と思った。

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 こちらでは、つゆは北海道利尻の昆布に上質なかつお節、秘伝のかえし醤油で仕上げているのだそうだ。塩は能登地方で伝統的な製法で作られる天然塩、天ぷらの一部は店主自らが採りに行く季節の山菜。お茶やそば湯に使う水は地元の山奥で湧き出る天然水。こだわりの蕎麦屋であることは間違いない。

 山代温泉に来るときは、また寄りたいと思う。

2015-03-16 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

六甲道「アムアムホウ」

 オープンしたときから、六甲ではちょっとした評判であった。「あそこは旨い」「四川系のピリ辛が最高」「特製XO醤が馬鹿馬」「香港系デザートも捨てがたい」エトセトラ。元々は香港系点心で人気が出て、裏メニューで出していた四川系も評判となり、メニュー化されたと聞く。実際何度か行って、その味のレベルにも、メニューの多彩さにもまいってしまった。店があるのは三宮とか梅田とかのマチナカではない。六甲道ローカルの駅近く。席数も少ないので、当日の予約を取るのはほとんど無理と言っていい。早めに予定を立てないと行けない店なのである。で、しばらく足が遠のいていた。

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 久しぶりである。何年かぶりである。店のインテリアも雰囲気も何も変わらない。メニューにはおすすめ料理と辛さの段階が丁寧に書かれている。昔からこんなメニューだったっけ。だけど、おすすめが親切に明示されているのは非常によろしい。名物よだれ鶏の旨辛ソースをまずは注文。四川省瀘州(ろしゅう)名物の蒸鶏であるらしい。これを食べなきゃアムアムホウは始まらないし、これを初めて食べるとその味にきっとノックアウトされることだろう。秘密はやはり、旨辛ソースか。おすすめだけあって、ちゃんと瓶に入れられ持ち帰れるように販売もしている。察するところ、XO醤を軸に胡麻、花椒、山椒くらいが入っているのは何となくわかる。しかし、何だろう一体全体この味は。旨味と辛味と深味と滋味とが渾然一体のカオスとなって、舌を複雑に痺れさせ脳幹をエロティックに刺激するのである。骨抜きになるとはこの感覚であろう。よだれ鶏もしっとり柔らかい。ふうう。

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 くらげの和えものはタスマニア産粒マスタード風味。しかし、これはよだれ鶏より先に食べるべきであった。連れは、旨いと言ってくらげにもよだれ鶏の旨辛ソースをつけて食べる始末。店側もそこんところをちゃんとわかっていて、よだれ鶏の皿を下げたあと、ソースを最後の最後まで味わい尽くせるよう別のお皿に入れて持ってきてくれるのである。そうこうしていると、上海蟹入りフカヒレスープがやってくる。蟹の味噌がちょこっと入っているだけで、スープのコクがまるっきり違う。そして、海鮮と季節野菜の塩味炒め。これは典型的な広東系。ストレートに美味しい。酢豚は酢豚だが、なんとイベリコ豚の干しいちじく入りである。ほのかな甘みに心地よい酸っぱさが加わり、またしても味覚がカオスの淵に立つ。小籠包は黒トリュフ入り。これがまたなんとも言えないよい香り。地鶏と揚げ豆腐の土鍋煮は中国アンチョビ風味。餡のなかにくったりじんわりまったり浸かっている鶏と揚げ豆腐の肢体のセクシーなこと。これもこたえらない味なのだ。シメはおこげの海鮮あんかけ。このゴージャスな海鮮を見よ。徹頭徹尾、馬鹿馬の連打である。デザートは、香港竜沙包(ラウサーパオ)という、中にとろとろの卵バター餡の入ったおまんじゅう。これもこちらの名物である。

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 香港飲茶系、四川系、広東系。各地の中国料理のいいところだけをうまい具合にピックアップして、日本だからこそ調達できる贅沢な食材に現地の香辛料などを組み合わせたアムアムホウならではの方法。こんなにエッジの効いた編集ができる料理人が六甲にいるというだけで、妙に嬉しくなってくる。意外に知られていないが、六甲界隈はチャイニーズの激戦区。だけど今のところ、私にとっては、ここがダントツである。

2015-03-13 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

恵比寿「リュ・ファヴァー」

 9月に入った。今月から少し気合を入れて軽めの食事制限、そしてウォーキングをしようと誓いを立てた。ご存知のように、日々好きなものを、気のおもむくままに食べるという生活をしている。時間帯は夜から深夜に集中している。それがどういう結果をもたらすかは身を持って知っている。知っているにもかかわらず、そういう生活がやめられない。過去二度ほどつらい食事制限で10キロ以上痩せたが、結局食生活が変わらないのでゆるゆるとリバウンドしている。このままでは本当にいけない。

 が、過去にはダイエットに失敗もしているが、成功もしているのだ。やると決めれば半年くらいは集中できる。だが、食事を制限すると、絶対にその反動が来るのは自分の性格上よくわかっている。なので、腹八分をめざし、そしてガンガン歩くということを課してみた。

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 この日は昼から打合せ。いつもだったら、午前中はへらへらしてしまうのだが、水と林檎を持って、恵比寿4丁目から目黒川まで下り、川沿いに中目黒まで歩いて、再び恵比寿まで帰ってきた。全長10キロ弱。途中で水は飲んだが、異常に空腹である。とりあえずホテルに戻ってシャワーを浴びて林檎を食べよう。そう思いながら信号待ちしていると、目の前にこのカフェがあった。いや、あるのは昔から知っている。が、店の前を通るのはたいてい深夜だし、デザートに二度ほどケーキを買ったことはあるのだが、ここで食事するというイメージはまったくなかった。

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 横断歩道をまっすぐ渡り、ランチメニューの黒板に吸い寄せられた。よし、ノルウェーサーモンのポワレにしよう。パン抜きで。意を決して店に入る。一階はケーキの入ったショウケースのみで、二階三階がテーブル席である。座ってみて気づいたが、ここのインテリアはなかなかガーリッシュでセンスがよい。パリの下町にある小粋なカフェというイメージだ。窓からは街路樹が見え、通りを行き交う人の姿を眺められる。左は恵比寿ガーデンプレイス、右は加計塚小学校。

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 スープとパンが運ばれてきた。じゃがいもとカブの冷たいスープ。ああ、美味しい。汗をかいた後の身体にしみわたる。パンは我慢。メインはノルウェーサーモンのポワレである。一口食べてみて、驚いた。なんと絶妙な塩加減。サーモンもしっとりとしており、底に敷いたキャベツもくったりしながらちゃんとキャベツの香りを放っている。パセリと、サフランなどが、さりげなく散らされた盛り付けもなかなかの心憎さである。時間をかけてゆっくりと楽しんだ。デザートは涙をのんでパス。ランチメニューは魚、肉、パスタ、ご飯物、プレートの5種類。シェフのおすすめプレートというのを気にしながら、ホテルに戻った。

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 翌日は日曜である。今日は南青山まで歩く。なので、シェフのおすすめプレートぐらいは食べてもいいだろう。と、連チャンで店の階段を上がる。プレートは4つに分かれてい、昨日と同じサーモンのポワレ、豚ヒレのソテー、キッシュ、サンマときのこのスパゲティが少量ずつ。こういうアソートは楽しい、嬉しい。この後歩くので、デザートのプチティラミスもいただいた。

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 ひとりでランチするのもいいけれど、このレベルなら夜は夜でそれなりに楽しそう。気のおけない友人や、スタッフの女の子たちとごはんを食べるのにちょうどいい雰囲気。一階にはケーキのショウウィンドウがあって、ケーキだけでも買えるというから、デザートのおいしさは折り紙つきに違いない。携帯の食事グループに、電話番号をしっかりインプットした。夜は予約したほうがよさそうだ。きっと、人気店だろうし。

 タクシーで移動していると見過ごしてしまいがちな小さな店。だけど、自分の足で歩いていてふと出逢うと、記憶にしっかり刻まれる。この店の前はしょっちゅう通っていたのである。灯台下暗し。ウォーキングには、そんなささやかだけど、素敵な発見がいっぱいあるのである。

2015-03-11 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

目黒の「八雲茶寮」

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 前回、訪れたのは三月だった。茶事のような洗練された流れで供されると書いたが、夏葉月はどういうしつらえで楽しませてくれるのか。期待が高まる。

 食事に誰かと行くとき、私はたいてい現地待ち合わせ、というスタイルにする。約束の時間に遅れることは滅多にないが、あまり遅れてしまうと店にも相手にも迷惑をかけてしまうので、その歯止めになるということもある。何より、時間を逆算して現地に向かうときから、仕事であれプライベートであれ、食事の時間は始まっているのである。

 もともと茶事では、「待合」という場が整えられており、客はそこで定刻の15分ほど前に待ち合わせる。連客全員がそろったところで亭主側に知らせ、白湯や香煎をいただいた後、腰掛け待合へと進む。つまり、周到な二重の待合というものが用意されているのだが、それはたった一度しかないその機会を気持ちよく過ごすためのノウハウともいえる。一座建立というのはまさしく、この段階から始まっているのである。

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 こちらには、そんな待合のような空間がある。相客がそろうまでここでお茶などをいただけるのである。そろったところで席に案内されるという段取りである。こういう場があると、現地待ち合わせは格段に心地よくなる。海外のレストランにもウェイティングバーというのがあるが、あれも意味としては同じだろう。残念ながら、日本の和食空間で待合のある店は料亭をのぞけば限られてしまうが、一軒だけ鮨屋なのに待合があるという店を知っている。(これは回會メンバーである三浦さんところの仕事なので、当然茶室風の待合をつくるなんぞお家芸ではあろうが、スペースのゆとりがないとなかなかできないことである。発注した側の志が高いのであろう)そして、ここ八雲茶寮も茶寮と名付けられているくらいだから、志はそうとう高い。

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 席入りした後は、本日の食材のプレゼンテーションである。季節は晩夏。来る秋の象徴である松茸の顔見世である。涎が出る。太刀魚も巨大である。茄子やアスパラガス、みょうがもぴちぴちでみずみずしい。

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 しょっぱなのお皿は、茄子とアスパラガスである。ほとんど新鮮な状態のものをスペシャルなソースに漬けていただく。(残念なことに、写真を撮ったはいいが、料理の詳細の記録を失ってしまった・・・ディテールは割愛させていただく)。続いて鱧三種。落とし、押し寿司、パリっと炙って唐墨をふりかけたもの。こういうアワセ・キソイ・ソロエは紛れもなく日本の方法である。日本酒は特別純米酒「姿」。時代を経た色絵のように見えるぐい呑でいただく。こちらのうつわのほとんどを作っている岡慎吾さんの作品である。お椀のかわりに出てきたのは、すっぽんのスープ。どこまでも澄んでいるのに、滋味深い。お造りは鯛。関西では状態のよいものを活かってる(イカッテル)と言うが、まさしくそう。痺れるほど枯淡な味わいの白磁の皿がまたよい。二皿目はマグロ。赤身、中トロ、大トロとこちらも三種盛り。芥子でいただくというのも乙である。日本酒の杯が進む。辛口純米の「真野鶴」。マグロ独特の味を、すっきり流してくれる。そして、豪快にも松茸の天ぷらが登場した。魚の姿造りというのはあるが、松茸の姿揚げは初めてである。厳密には天ぷらではなくフライであるが、すだちをきゅっと絞って、さくっと噛めば麗しい香りが立ち昇る。続いてのお肉も火の入れ方が絶妙。桃の練乳がけで口直しをした後は、太刀魚のしゃぶしゃぶ仕立て。たっぷりのねぎとミョウガと一緒に出汁にくぐらせて。これ、家でも試してみたい。太刀魚をこんなふうにいただいたのは初めてである。食事はそのしゃぶしゃぶを卵でとじたものと一緒に。二回目も非常に満足である。

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 食後のデザートは、茶房と呼ばれる空間に移動して、その場でつくってくれる和菓子を味わう。まずはきんとん。続いては、瞬く間に桔梗が形作られた。職人さんの手わざを見ているだけで楽しいし、何よりできたての和菓子をいただく贅沢さよ。抹茶をいただいて、ゆっくりと茶寮を後にした。

 こちらでは、四季折々の和菓子を紹介する「和菓子の愉しみ」、「茶歌舞伎」という遊びを体験できるイベントや、私が待合と(勝手に)呼んでいるサロンでも陶芸などを中心にした企画展が行われている。夜は紹介制だが、朝餉、昼懐石、ティータイムは誰でも入れるとのこと。時間や場面に合わせて、いかようにもスタイルを替えることのできる融通無碍な場である。

2015-03-09 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

伊予灘ものがたり

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 九州のクルーズトレイン「ななつ星」が話題になっている。豪華鉄道の旅といえば、オリエント急行を思い浮かべる世代であるが、日本では「カシオペア」以降久々の豪華鉄道である。しかもその豪華の度合が半端ではないところが、たまらなく旅情と憧れをかきたてる存在になっている。が、ゴージャスすぎるゆえ、「ななつ星」に乗るのは狭き門である(いつかは乗ってみたいとは思うけど)。

 ところが、今回内子行きを計画しJRの時刻を調べていたら、四国にも「伊予灘ものがたり」という鉄道が走っていたのである。区間は松山・八幡浜間。お値段も1,930円とリーズナブル。これなら、内子から大洲に移動して観光した後に、松山まで乗れるではないか。車両は2号のみで、全席グリーンシートである。路線は4つあって、それぞれ時間は決まっている。松山に夕方につく道後編というのを購入した。他の路線は昼頃の運行なので、予約しておけば土地の有名レストランの豪華弁当が食べられるらしいのだが、残念ながら道後編は時間が遅いので弁当はなし。だけど、まあ何かあるだろう。

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 大洲のホームで待っていると、定刻通り黄金色の車体が滑りこんできた。2号車である。「伊予灘ものがたり」の列車は二両編成。1号車は伊予灘のクライマックスである夕日をイメージした茜色、2号車は太陽と愛媛の柑橘類の輝きを表す黄金色。その2号車に意気揚々と乗り込んだ。車内は海を向いた展望シートと、食事ができるボックスシート、一段高くなった2名用の対面シートである。母と妹は向かい合わせの対面シートに、私は在来線と間違えて大洲から乗ってしまったおじいちゃんと一緒である。そりゃあ列車が来たら、知らずに乗ってしまう人もいるだろう。こういう人にも車掌さんがやさしく接しているのが、微笑ましい。1号車との間にはバースタイルのカウンターがあり、ここでちょっとしたオードブルやアルコールも注文できるのである(しかもアテンダントがテーブルまで持ってきてくれる)。時刻は5時に差しかかろうかというトワイライトタイム。適度なアルコールは、ロマンティックな夕日を眺めるのに不可欠であろう。

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 まずは日本酒「梅錦」が作っているビールに、内子豚のハムや燻製卵、チーズのオードブルを注文。ビールのボトルには、列車がデザインされているし、ビールグラスにもロゴが入っている。新幹線の食堂車(帝国ホテル派だった・・・ビーフシチューがお気に入りであった・・)が大好きだった身としては、ちゃんと列車の中でアルコールやおつまみが供されるのはたまらないのだ(自分で買って持ち込むんじゃなくてね)。車窓の風景を眺めながら、ゆっくりと味わう。メニューにはスイーツもあって、母たちはそれを注文していたが、私は魚肉ソーセージというのも発見してしまった。なにしろ、このあたりは「じゃこ天」の本場である。魚肉ソーセージも旨いに決まっている。で、梅錦と魚肉ソーセージというなかなかファンキーな取り合わせも注文した。列車に揺られながらいただく日本酒と酒の肴は最高である。目の前には伊予灘のおだやかな海景がある。心地よくならないわけがない。

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 「伊予灘ものがたり」は途中何箇所かで、走る速度を落とし風景をゆっくり見せてくれたり、駅に一時停止したりする。アテンダントと呼ばれる乗務員による沿線紹介のアナウンスもある。さらには、途中の駅で駅員さんやご近所の人たちが手を振ってくれるというサプライズもある。それに勇気をもらい、今度は車窓から沿線にいる人たちに手を振ると、田んぼで作業している人や車に乗っている人が手を振り返してくれる。走る列車に向かって手を振る、振り返すというそれだけの行為が、なぜこうも胸を熱くするのだろう。昔は鉄道に手を振る光景はよく見られたものである。だけど、見知らぬ者同士が触れ合うこと自体がどんどん少なくなっている。電車に乗っていても隣に座っているのは赤の他人。挨拶もしないし、口も聞かない。そのほうが安全だし、厄介事も起こらない。そんな時代だからこそ、見知らぬ者同士のいっときの交歓が、こちらの琴線にぐーっと触れ、なんだか涙ぐみそうになるのである。

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 わずか1時間半あまりであったが、見知らぬ人と触れ合う旅情というものを感じさせてくれる旅だった。おまけに酒が飲める。ちょっとしたおつまみやスイーツも食べられる。おだやかな伊予灘の風景も堪能できる。移動することそのものを楽しむ鉄道の旅。ときには急がずに、ゆっくりのんびり行こう。それも旅の醍醐味である。

2015-03-04 | Posted in 千夜千食 | Comments Closed 

 

オーベルジュの朝食

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 オーベルジュの朝ごはん。

 すがすがしい空気を吸いながら、ダイニングルームへと歩く。目覚めのジュースは、トマトにセロリ、小松菜にリンゴ、バナナをミックスしたもの、そして愛媛のみかんの三種類。どれもしっかりと濃い。それを適量グラスに入れて出す。これなら全部おいしくいただける。朝どれの野菜や果物をすべて味わってほしいという心配りであろう。

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 パンも枇杷の葉、くるみ、トウキビ、もち麦、ジャバラと内子の素材を使った焼きたてが出され、どれにしようか悩んでしまう。もち麦の入ったトーストの美味しさは格別だし、昨夜シャーベットでいただいたジャバラはパンに入るとまた独特の果実味が味わえる。野菜のコンソメスープの後は、これも地元の新鮮な野菜やキノコのサラダに、内子豚のベーコン、有精卵のポーチドエッグ。野菜ひとつひとつに本来の味があって、もともと野菜ってこういう味だったんだと改めて驚く。都会に住む野菜嫌い(嫌いというわけではないが、あまり積極的に自分では買わない)は、こういうとき素直に感動するのである。毎朝、こんな食事をすると、きっと身体も変わるのだろう。

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 朝食の量もちょうどよく、その配慮にも感心する、旅館などに泊まると食べきれないほどの量を出されることが多いが、今は質の時代。美味しく食べられるちょうどよい量の見極めも大事なことだなと思う。

 けっして過剰ではない。押し付けがましくない。だけど、控えめな中に、ちゃんと自分たちの哲学のようなものがある。それがさりげなく、施設のそこここに、感じられるオーベルジュである。来年も文楽の時期にまた来たい。

2015-03-02 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

オーベルジュ内子

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 オーベルジュ内子は、内子の町並みを見下ろせる丘の上に建っている。入り口は素っ気ないくらいのさりげなさで、そこがとてもいい。エントランスへと続く小道には、季節の草花が生い茂っている。ロビーは、木の香りが漂う、あたたかさに満ちた空間になっている。客室はわずか5室。全室離れで、部屋は広々としたスイートである。地元の和紙を障子やライトにあしらい、内子の伝統建築を模した「透き」をデザインしている。テレビも時計も、部屋にはない。リビングルームに面したテラスには夏の光が降り注ぎ、青々とした桜が濃い影を落とす。

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 オーベルジュというスタイルは日本でもすっかり定着したが、やはり魅力はその土地の食材を使った料理に尽きる。夕食はこちらで、とチェックインのとき案内されたダイニングルームは木とガラスをうまく組み合わせた開放感のある空間である。ひとふろ浴び、部屋でくつろいでいるうちに、夕食の時間になった。ダイニングルームの照明は落とされ、テーブルには和ろうそくが灯され、幻想的な雰囲気である。そう、ここ内子は木蝋で財をなした町なのである。和ろうそくはその木蝋からつくられる。インテリアの雰囲気づくりに、土地の名産品が貢献するなんて、しかもそれが和ろうそくだなんてなんと素敵なのだろう。灯りもどこか誇らしげに揺らいでいる。

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 内子産のワインがあるというので、まずはそれで乾杯する。内子夢ワイン。ピオーネやベリーA、ロザリオ、やまぶどうなどから、赤白ロゼを作っており、世界でいちばん小さなワイナリーなのだそうだ。軽く、爽やかなぶどうの香りがする。料理1品目は、内子豚で作った生ハム。パイナップルのサワークリームにいちじくが添えられている。山の湧き水を飲んで育つという内子豚は、柔らかな肉質で、しっとりした食感。花オクラのお皿には、宇和島御荘で穫れた岩牡蠣。赤ワインとエシャロットのソースがかけられている。こっくり豊かな味わいの牡蠣である。スープは夏らしくコンソメジュレ。中には隣町の五十崎の工房で作られているリコッタチーズ、フォワグラ、オクラが入っている。そして隣の市である大洲の肱川という鵜飼で有名な川の天然うなぎ。天然のうなぎなど、そうそう食べる機会はない。力強い歯ごたえと、滋味豊かな味わいに唸る。続いては媛っ子地鶏のソテー。これも愛媛県産のブランドである。伊予路軍鶏の血を引いているだけあって、ぷりぷりした歯ごたえが心地よい。口直しのシャーベットはこちらの特産品であるジャバラ(柑橘系の一種で、花粉症などの抑制に効果があるとして注目されている。独特の甘酸っぱさがおいしい)。メインは伊予牛ロースのソテー。言うまでもなく、旨い。しっかりした肉の味がする。デザートは茄子のコンポートである。茄子を赤ワインとシロップで煮ているのであるが、これもたいへんに美味であった。

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 契約農家から届くとれたての有機野菜。内子夢ワイン。内子豚。宇和島の岩牡蠣。五十崎のリコッタチーズ。肱川のうなぎ。媛っ子地鶏。伊予牛。ジャバラ。どれも内子に足を運ばなければ食べられない地元のものばかりである。志の高い生産者たちが、自然のままの栽培方法に真摯に取り組んで、そこで作られたきちんとしたものを地元のオーベルジュが料理という完成形にして出す。理にかなった素晴らしい循環である。こうした取り組みは今さまざまな地方で行われているけれど、ここ内子にはそのきわめて洗練されたひとつのスタイルがあると思う。地方の豊かさは、地方の底力でもある。内子の「身土不二」、それを味わいにまた訪れたい場所である。

2015-02-27 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

愛媛内子「かわせみ」

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 4月に金毘羅歌舞伎を観に行ったときに、内子文楽の案内チラシを配っていた。土日開催なので、週末を利用すれば簡単に行けることに気づき早速チケットを申し込む。ついでに母と妹も誘い、家族旅行も兼ねることにした。金曜の夜から実家に帰り、当日の朝高松から松山行特急いしづちに乗る。途中の駅で妹とも合流し、一路松山へ。松山で特急宇和海に乗り継いで約30分。内子の駅はローカルにしては立派な駅舎である。駅前には文楽の幟がはためいている。

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 文楽の前にまず腹ごしらえである。タクシーで八日市護国の町並みへと向かう。ここは江戸時代には大洲と松山をつなぐ街道で、お遍路道や金毘羅参詣道をも兼ねていたという。江戸期には和紙、江戸後期から大正にかけては木蝋の生産で栄え、莫大な富を得た商人たちが建築に競って投資し、その町並みが今も残っているのである。江戸後期、明治、大正とそれぞれの時代の建造物が建ち並び、白壁と浅黄色の壁には大いなる時が刻まれている。海鼠壁(なまこかべ)、虫籠窓、うだつ、鏝絵(こてえ)、懸魚(けぎょ)など伝統的な造形美もそここに見られ、観光客相手の店もあるにはあるがさりげなく古い町並みにとけこんでいる。

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 めざす店は、その通りの中ほどにある浅黄色壁の古民家。やきものや民芸が好きなのだろうことは、置いてある本や調度品を見ればすぐわかる。店内を見渡していたら、吉田文雀さんと竹本住大夫さんの揮毫を発見した。お店の人に尋ねると、最初文雀さんが書かれたものを飾っておいたら、それを見た住大夫さんが「わしも、書く」とおっしゃったのだそうだ。「寿」とある。おおらかで伸びやかな字に、お人柄が重なるような気がした。それにしても、はるばる文楽を観に来て、入った店が文楽の人たちが通っている場所だとはなんという偶然なのだろう。いや、これも必然として呼ばれたということなのだろうと思うことにする。僥倖である。

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 こちらの食事は昼も夜も予約制である。地元の朝市で売っている野菜、自家製のお味噌などを使った素朴な郷土料理というのを出す。うつわも昔はそうそうこんなお皿で食べたよねというような、なます皿や塗りのお椀。近くの川で穫れる鮎の塩焼きや紅しょうがの入ったお寿司、かぼちゃや山菜を炊いたもの、焼き茄子とオクラ。どれも、懐かしくなるようなにほんのお惣菜である。素性のちゃんとわかっている地元の食材を使い、きちんと丁寧に作ったものを食べる。こういうのこそが、今の時代にはひとつの贅沢なカタチではないかと思う。デザートは栗がゴロゴロ入ったきなこのアイスクリーム。これも懐かしい味がした。

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 知らない土地で出逢う食やモノ、そして人との交流がどれだけ旅を豊かにしてくれるだろう。文楽に興味を持たなければ内子という土地を訪れることはなかったかもしれない。旅というもの、何がきっかけになるかはわからない。だからいつもアンテナを全開にし、ぴん、と立てておかなければいけないのである。

2015-02-24 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

京都祇園「千ひろ」

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 年がら年中賑わっている京都ではあるが、私が秘かにシーズンオフだと思っている季節がいくつかある。ひとつは、祇園祭が終わって五山の送り火が始まるまでのわずか二週間、もうひとつは紅葉が終わり年末にさしかかるやはり二週間ほど。兎にも角にも暑いのと、底意地が悪いとしか思えないほどの底冷えがするという、どちらも観光にはあまり適さない時期である。が、ちょっと歌舞伎を観に行って帰りにごはんを食べるとか、古門前や二条あたりで骨董屋をのぞきたいとか、寺町の三月書房でマニアックな本を探したいとか。この時期を選べば、道路は空いててタクシーはすいすい走るし、修学旅行生も集団の観光客もほとんどいないのである。せっかくの古都を楽しむのに、誰もわざわざこんな季節に来ようとは思わないのである。神戸から日帰りで行くには、それがちょうどよい。

 この店に行くのはは、たいてい南座とセットになっている。歌舞伎が終わってから直行するというのが近頃のパターンで、ご主人も「観て来たんですか」といつも尋ねてくれる。で、猿之助(亀ちゃん)など観て来たと言おうものなら、その後いかに先代の猿之助が素晴らしかったかという話になる。なにしろ、祇園育ちのご主人である。子供の頃から歌舞伎を観ているので私なんぞとは年季が違うのである。京都が恐ろしいと思うのはこういうときである。たいていの祇園の店には、南座のポスターはむろん、芸妓さんや舞妓さんの千社札やうちわ、都をどりなどのポスターが必ず貼ってある。彼らにとっては、祇園のお茶屋も歌舞伎も日常なのであって、特別なものではない。代々続いている店に生まれたならば、子供のときから南座に連れて行かれるし、年頃になると祇園のお茶屋にも行くのであろう。歌舞伎の話ができてあたりまえの環境なのである。ほかの土地ではなかなかこうはいかないし、こればっかりはお金では買えない文化資産とでもいうものだろう。

 さて、観光はシーズンオフではあるが、食材は旬のオンパレードである。

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 まずは蓴菜、雲丹、穴子、きぬさや、湯葉、パプリカ、椎茸のカクテルゼリー。こっそり入っている丸いのは、なんとデラウェアである。そう来たか、と唸る。フルーツをさりげなく忍ばせるというのはこの店のお家芸なのである。続いて、お盆に小皿を乗せた楽しいスタイル。左から時計回りに、鱧の子、鯛、松茸とおじゃこ、鯛の子のゼリー寄せ、枝豆のすり流し。これを肴にちびちびと日本酒を飲るのである。そして、鱧の造り。初めていただいたとき、鱧を刺身で食べられるなんてと感動したことはよく覚えている。関西でも鱧はやはり湯引きが定番で、刺身を出す店は少ない。ご主人が鱧の骨も一緒に細かく切る音を聞いていると、ああ千ひろの夏だなとしみじみ思う。骨切りされた刺身は、何ともいえない歯ごたえである。丸い輪っかは、鱧の浮き身である。コリコリしたグミのような質感だ。これもここで知った部位である。こちらの刺身は、お醤油でも、細かく刻んだ塩昆布でも食べられる。こういったスタイル、近頃ずいぶん多くなって入るが、こちらはこれが昔からの流儀である。お造り二品めは炙ったトロ。底にすった山芋が隠れてい、これにのりをはさんで一緒に食べるのが好きである。

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 真打ちのお椀は、まさしく季節の先取り。鱧と松茸である。この組み合わせ、昔は夏を惜しみながら、来る秋の豊穣を連想させたものだが、最近は松茸が早く出回っているのか、夏の盛りでも食べられるようになった。食いしん坊にとってはありがたいことである。焼物は鮎。いつも笹の葉を描いたこの皿で出される。右端に添えられたのは煮たバナナである(これもなかなか)。白いのは湯葉に絶妙な味わいの出汁を足し漉してとろとろにしたものである。で、この中には、桃が隠れている。桃のみずみずしい甘みと、まったりした湯葉の味わいが、ひとつに溶け合うセクシーさ。揚げ物は贅沢にも松茸のフライである。うん、松茸って何をされても、ちゃんとその存在感ある香りは失われないのね。すだちをキュッと絞って、さくさく食べる。そうしてまたまた焼物は琵琶湖の鱒である。希少な魚である。独特の香りはやはり京都人が愛する琵琶湖産ならではなのだろう。最後はこれも名物の焼きなすである。胡麻と海苔をたっぷりかけて。〆の食事は鮎ご飯と冷たいお味噌汁。本日も大満足。

 鱧、松茸、鮎、鱒。鱧の子、鯛の子、雲丹。たまりませんなあ、この素材。シーズンオフの冥加である。

2015-02-23 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

芦屋鮨「㐂一」

 芦屋になかなかよい鮨があるらしい、と飲み友達のツネヒコ情報である。何でも、苦楽園の「まつもと」の弟さんが独立したというのだ。「まつもと」はかなり前に一度だけ伺ったことがある。凛としていて、エッジの効いたなかなかの鮨であった。店主が若かったことに驚いたのをよく覚えている。若いといっても30代ではあろうけど(こっちが歳とってくると30代でも若いと思うようになる)、面構えに非常にビシッとしたものを感じたものである。そのとき、弟さんは奥にいたのだろうか。あまり顔は覚えていない。が、ストイックに修行を重ねてきたのではないか、と思わせる店であったので、噂を聞いただけでうずうずしてきた。早速予約する。

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 場所は芦屋の打出と聞いた。ここはたいそう歴史の古い場所で、神功皇后の皇子たちが打ち出た場所であるとか、昔から交通の盛んな場所であったことから旧西国街道が初めて海に打ち出たところとか、はたまたすぐ近くに打出小槌町もあるので、例の打ち出の小槌に由来しているという説まである。近所には業平(なりひら)や公光(きんみつ)という地名もあって、こちらは伊勢物語に登場する在原業平やその物語に憧れた若者の名前がそのままついている。こういうことを語りだすと芦屋には、鵺塚(ぬえづか)とか親王塚、古墳まであり、とにかく古い場所であることがよくわかる。

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 目指す鮨は打出の駅よりは、芦屋駅に近かったが、公光町の隣の大桝町というところにある。現代的なビルの中に突如白木の引き戸と暖簾が見える。ガラリ。中は凛とした清浄な空間。カウンターの真ん中あたりに座る。大将は物静かな雰囲気であるが、決して無愛想ではない。朴訥かつ穏やかな印象である。
 まずはツマミから。雲丹と蓴菜。ありそうでなかなかない取り合わせである。悪くない。あこうはねっとりと口腔にまとわりつき、つぶ貝はコリコリで、うん、と頷く歯ごたえである。炙ったイワシはこたえられない旨さ。続いてタコ、そして漬け込んだ牡蠣。白いのは竹豆腐である。この後、握りますかと聞かれたので、もう少しツマミをと所望する。出されたのはホタルイカの干物とアワビのひもを和えたもの。これは酒の肴であるな。いや、嫌いじゃないけど、もっと肴、もとい魚はないのかしらん。ないのであろう・・・。ツマミをこれでもかと出すタイプの店ではないようなので、握ってもらうことにする。初めてのときは、店の流儀に素直に従う。

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 最初はキス。瀬戸内育ちの私は、この魚けっこう好きである。イカは細かく刻まれた弥助スタイル(第70夜参照)。たしかお兄さんの店に伺ったときにも、その弥助スタイルについて会話し、尊敬する鮨職人さんですと言っていたような記憶が蘇ってきた。それは、ちゃんと弟さんにも引き継がれている。素晴らしい。こういうの大好きだ。数寄の伝承。鯛もただの鯛ではなく、メイチダイ。極上の白身、高級魚である。アジ、中トロ、トロときて、大好きな鰆の登場である。神戸で鰆はなかなか食べられないのである。それが芦屋にある。そして新子。これだって、昔はお江戸に行かなきゃ食べられなかったものだが、最近はちゃんと関西であたりまえのように出てくるのである。流通と流行に感謝、である。で、鮎の棒寿司が出されるところなど、渋すぎる。続いて、軽く炙った鱧。あいだには、酢味噌が仕込まれている。変化球である。アワビもなかなかの出来栄え。シジミにも驚かされる。普通は椀種で、しかも身は食べない。カッコつけて食べないのである。だがあの滋味たっぷりの出汁を出す貝なのである。旨くないわけがない。そこに目をつけたのだな。う〜んと唸る。もちろん、きちんと仕事がしてあり、たいへんによろしい。車海老、穴子、雲丹。どれも申し分がない。旨い。そして、そして、最後は意表をつく助六が登場する。

 ツマミ好きなのでもっとツマミの品数があるほうが好みではあるが、それを差し引いてもネタのバリエーションと構成にアイデアと工夫がある鮨だと思う。トータルで十二分に満足する流れがある。何より、まだ若い店主。これからどんどん進化していくだろうと思わせる余地があり、そこがたいへんに好ましい。

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 最後の助六の巻きずしがあまりに美味しかったので、つい追加で所望した。お土産に持って帰りたくなるくらい旨い巻きであった。

2015-02-17 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

蛸唐草の地図皿。

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 このファンキーな伊万里も父のところから我が家にやって来た。本来は皿であるので使うべきであるだろうが、今のところこれに何を盛るのがふさわしいのか考えあぐねているので、もっぱら飾り皿としてのみ存在している。正式には「蛸唐草の地図皿」という。いちおう、憧れの蛸唐草の入った皿ではある。

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 江戸天保年間には、こんな日本地図が描かれた地図皿がたくさん作られた。真ん中に簡略化された日本地図。まわりの海は蛸唐草でびっしりと埋め尽くされている。地図の部分は型押しによりぽっこりと盛り上がっており、そこに国名が描かれている。この絵柄は19世紀の典型的な流行だったらしく、寺子屋の普及や伊勢参りなどの流行によって大衆文化に勢いがあったこと、さらには伊能忠敬による日本地図の完成などを背景としておおいに流行ったのだという。当時の庶民たちはこういうのを見ながら国の名前とだいたいの位置を知ったのだろうかと思うと、実に興味深い。

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 絵付けした職人も実際にその地に行っているわけではないだろうから、地図あるいは先に作られた地図皿を見ながら描き写したに違いない。当時は「行基図」という最古の地図があり、どうやらそれに倣ったらしいのだが、「小人国」とか「女護国」などありもしない国名がありもしない位置に描かれている。薩摩の横に突如として現れる大和。これはどう考えても大隅の間違いであろう。京都の場所には平安城、江戸には戊辰城とあるのも、どういう基準で描かれているのだろう。デフォルメされた四国のカタチや微妙にズレている加賀と能登の位置、淡路島と三宅島の大きさがほぼ同じだったり、八丈島にいたっては淡路島より大きい。細かく見ていくと間違いやあれれ?というのがいっぱいあって、眺めていて飽きないし、そのアバウトさが微笑ましく、それゆえに惹きつけられる皿である。

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 まわりの蛸唐草も典型的な19世紀の描き方で、ぐるぐるっと渦を描いた後、ちょんちょんと蛸の足を簡略化している。私が憧れている伊万里初期の蛸唐草ならば、蛸の足にきちんと輪郭を描き足の中は少し薄い色で塗りつぶす濃淡があり、それはそれは美しいのである。それが、100年、150年経つとこのように簡略化されていくというのも面白い。それだけ大量生産され始めたということでもあるし、ま、空いたスペースとりあえずぐるぐるで埋めとこか、てなイージーさで描いたのではないだろうか。

 なんとなく作業場のおおらかな雰囲気と職人たちの能天気さまで想像でき、実に愉快な皿である。

参考サイト
「戸栗美術館」学芸の小部屋

2015-02-13 | Posted in うつわ数寄, にほん数寄 | No Comments » 

 

ベーグル&ロックス

 ベーグル&ロックス。ロックスはROCKSではなく、LOX。イディッシュ語で鮭の切り身のことをこういうらしい。転じて、スモークサーモンのことを欧米ではロックスと言うのだと教えてもらって、早幾年月。

 ベーグルを初めて知ったのはニューヨークでだった。もうかれこれ30年近くになろうか。当時ニューヨークの友人が住んでいたコンドミニアムの近くにおいしいパン屋さんがあり、そこでベーグルを売っていた。ドーナツをふくらませたような形なのに、中身はもちっとしていて密度が濃い。半分にスライスしてもらい中にクリームチーズとスモークサーモンをはさんでもらう。そのスタイルをロックスと呼ぶのである。

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 ベーグルが面白いのはその製法である。小麦粉を練り発酵させたあと、その生地を茹でるのである。で、オーブンで焼く。この特殊な製法により、外側はカリッとしているのに、中がもっちり、みっしりしたあの歯ごたえが生まれるのである。バターも、卵も、使わない。小麦粉と水だけのストイックなパンなのである。ユダヤ人の多いニューヨークで少しずつ広まって、もはや朝食メニューには欠かせない一品となっている。当時はまだ日本ではほとんどベーグルを売っていなかったので、帰国するとき大量に持ち帰り冷凍しておいたり、一度などは友人が航空便で大量に送ってくれたこともある。ニューヨークや西海岸の食のトレンドが日本で浸透するのに、今でこそほとんど時差がなくなっているが、当時はやはり4、5年はかかった。それが、今ではスーパーでも普通に売られているし、先日などは会社の近くにある超庶民的な天神橋商店街でも専門店を発見した。もうすっかり日本の朝食メニューのバリエーションとして食卓になじんでいるのである。

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 私は半分に切ったものをカリッとトーストして食べるのが好きで、そこにバターを溶かし、クリームチーズをたっぷり塗った上に、さらにスモークサーモンを乗せる。愛用しているバターはゲランドの塩がジャリジャリ入っているもので、クリームチーズはよつ葉がないときは、キリでもよしとしている。スモークサーモンは成城石井特製。うまい具合に週末にさしかかり、スモークサーモンを土日でちゃんと食べきれそうなときだけ帰りに買って、ベーグル&ロックスでブランチにする。初日は控えめにサーモン二切れであるが、翌日はサーモン三切れ盛りにする。さすがの食べごたえ。ひとり暮らしのささやかな贅沢を噛みしめ、幸せな心地になる。

 

2015-02-12 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

瑠璃釉の皿。

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 古伊万里の染付を近頃集めていると骨董好きの父に話したら、瑠璃釉もなかなか捨てがたいぞとこの皿をくれた。もう二十年くらい前のことである。八寸皿と呼ばれる使いやすい大きさで、まさしく瑠璃の色をしている。三枚しかないというのも気に入った。

 瑠璃釉は瑠璃呉須とも呼ばれている。呉須を直接刷毛で塗り、その上に石灰釉薬をかけまた呉須を塗る。これを何回か繰り返し焼くことで、瑠璃の色を表現するのである。何度も塗ることから、塗り呉須とも呼ばれているそうだ。

 この皿をはじめて見たとき、海の色だと思った。私は瀬戸内海に面した高松市で育ち、(といっても実際は県外の学校から帰省するときにはじめて、瀬戸内海のおだやかさと美しさに気づいたのだが)海といえば真っ先に瀬戸内海の何とも言えないやさしいブルーを連想する。が、これは瀬戸内海というよりは、むしろ日本海の力強く深い青を連想させる色である。いや、実際は、玄界灘を望む地で作られたのだ(ろう)から、日本海から東シナ海を含む大海の色であろう。当然、対馬海流も含まれており、その青は深く底知れない。単純な青ではないような気がする。日本と朝鮮半島の境界にある海。そこには歴史の底に横たわり、葬られて来た小さな物語がたくさんあるだろう。あるいは朝鮮から連れて来られた陶工たちが古里の海の色を偲んで再現しようとしたのかもしれない。そんなふうにこの青は、想像の翼を広げさせてくれるのだ。

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 ところが、この青を陽の光にあててみると、印象はまたがらりと変わる。底知れなかった深い青は、たゆたう春の海のようなやさしい風情になる。均一だと思っていた表面には、とろりとした水の流れのような景色が現れ、伊万里の柔らかな肌合いとあいまって、何とも言えない優美さが生まれる。こんな効果を意図して釉薬を塗ったわけではないだろうけど、ふとしたときに作為のない美しさが出現するというのが無垢な手仕事の力なのだろう。

 この皿も普段の食事に何気なく使っている。たいていは休日の夜であるけれど、光にあてると古里の瀬戸内海のようなやさしさが現れるのなら、早起きして朝ご飯を窓辺でいただくのに使ってみたい。

2015-02-10 | Posted in うつわ数寄, にほん数寄 | No Comments » 

 

油面イタリアン「メッシタ」

 イタリアは二度しか行ったことがないし、いずれも駆け足だったので、リストランテの食事しか体験がない。それはそれでどの店も感動したけど、もう少しくだけた食堂っぽい店にもチャレンジしたかったなと思う。だけどこの店を知ってからは、わざわざイタリアに行かなくても、予約さえ取れれば、気取らずカジュアルで、美味しいものが食べられるのである。この雰囲気、映画の「かもめ食堂」に似ているような気がしている。あれは和食のお店だったけど、いい素材をあたりまえのようにざくざく使って、自前のレシピと目分量で大胆につくる。店主役の小林聡美が余裕綽々で繰り出すメニューの数々は、シズル感満点で、おなかがぐーっと鳴ったものだ。この店はそのイタリアンバージョンみたいな感じ。私にとっては「鈴木食堂」である。

 メッシタという名前は、イタリア語で酒場という意味だそうだ。そうか、食堂ではなくって酒場なのね。近所にあるみんなが気軽に入れる食堂兼酒場。ワインを飲みながら、その日食べたいメニューを選んで、わいわい楽しむ。そんな雰囲気をイメージしてきっと名づけたのだろうなと思う。ネーミングだけとっても、オーナーシェフの鈴木美樹さんの頑としたこだわりが感じられる店である。

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 初めて行ったときの感動は第89夜を読んでもらうとして、今回参ったのは前にもましての骨太さ。前菜はマグロのカルパッチョなのであるが、なんとクスクスが添えられているのである。「こんな取り合わせ、はじめて食べた」と言うと「シチリアじゃ、リストランテの賄いでポピュラーなので」と返ってきた。ふーん。こういうのを彼の地では賄いで食べるのか。マグロは大胆なぶつ切り。それにまるでチャーハンと見紛うばかりのクスクスが添えられている。が、チャーハンのように重くなく、あくまでも軽い食感。それにしても意表を突く組み合わせである。イタリア人の手にかかるとあのマグロがこうも逞しくなるのかという新鮮な驚きもある。これだけで行ったことのないシチリアを旅している気分になってくる。

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 続いて驚かされたのは、名物メニューのひとつであるハムカツ。え?これがハムカツ?日本のハムカツの薄くてペラペラしているのをイメージしていると、ものの見事に裏切られます。ハムが立方体。イタリアンな体型のハム。それをカツというよりフリッターみたいに揚げている。ぺらんじゃなくて、ゴロン。凄いボリュームなんである。ところが、衣はもっちりしながら、サクサク軽い。あらら、これならいくつでも食べられそう。ハムの微妙な塩気もいい塩梅。これも彼の地では賄いメニューなのだそうだ。この二品だけでも、私の知っているイタリアンとはずいぶん違う。

 鈴木シェフは、都内イタリア料理店に務めた後イタリアでも修行。それを2回繰り返しているが、日本で三度目の修行をした後、再びイタリアへ。三ヶ月で120軒を食べ歩き、帰国してこの店をオープンさせた。知られざる料理法、裏方ならではの工夫、素材との向き合い方を武者修行にも似た食べ歩きで再確認、元々修行していたイタリア料理の腕に、独自の発見が加わったら、怖いものなしである。リストランテのシェフの実力がありながら、庶民的なイタリアの普段のごはんを提供する。これぞ、筋金入りのシェフであろう。その姿勢に惚れる。男だったら嫁さんにしたいと思うだろう(笑)。

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 さてさて、〆のパスタもこちらの名物ミートソース。これも想像していたのとはまったく違う。ミートソースというよりは肉の細切れが乗っかってるという感じの大胆不敵さ。しっかり塩胡椒されたジューシーなお肉が、太めの麺にしっかりからんで、こたえられないガテン系。トマトのミートソースだけが、ミートソースじゃないことをしっかりと教えてくれるひと皿である。

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 この日、お隣に座っていた某俳優さんが、美味しい赤ワインを振る舞ってくださった。こういうときは流れにさからわず、素直に有り難くいただく。彼も、鈴木シェフの繰り出す料理のファンであることは、ひととき同じカウンターに座っているだけでよくわかる。

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 デザートにはクリームブリュレ風のカスタードクリームをいただいた。名前をなんと言うのか失念してしまったが、イタリアのお母さんが作ってくれるスイーツとはこのように甘美なものかと痺れる美味しさだった。

 次はいつ行けるだろうな。こんな店があると、東京に住むのも悪くないなと思ってしまう。

 

 

 

2015-02-09 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

大阪南森町「めん坊」

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大阪北区紅梅町。昔からずーっとあるうどん屋さんである。独立するまでは勤めていた会社のすぐ近くにあったので、残業するたびに週二三回は通っていたと思う。ここのメインはもちろんうどんであるが、うどん県でもないのになかなかコシのあるいいうどんを打っている。なので、昔からここのうどんだけは普通に食べている。

きつね、卵とじ、昆布、五目、鳥なん、けいらん・・・。ひと通りのうどんはあったのだが、ある夏の日突如として「冷やし焼き豚うどん」というのが出現した。冷やしうどんにトッピングされているのはわかめに温泉卵、気前よくざくざく切った焼き豚にたっぷりの刻みネギ。これにはすっかり参ってしまい、ひと夏中夢中になって食べた。やがてこのメニューは定番化し、ロングセラーとして定着した。

いつの頃からか、残業するときの食事を近所の店に頼むようになったので(第86夜参照)、ここは水曜オンリーの店になった。それと同時に、30年という月日の間に客の利用の仕方も変わり、和の定食や鍋なども充実し、ちょっとした居酒屋感覚の店になってきた。もちろん、我々はいつも残業のための食事をするので、酒は飲まず、サッと入店して、サッと食べ、サッと出る。食べるのは、たいていは丼ものか、焼き魚定食といったもので、もう長年「冷やし焼き豚うどん」があることなど忘れていたのである。メニューもめったに見ることはない。

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それがある日、珍しく注文に悩んでメニューを見ていたら、うどんの部に懐かしの「冷やし焼き豚うどん」を発見したのである。さっそく、注文。昔と少し変わったのは、よりヘルシーさを追求してサラダ菜やトマト、玉ねぎのスライスなどが追加されているくらいで、後はなんにも変わらない。焼き豚は噛みしめると、じんわりと肉の旨味を感じる仕上がり。自家製なのだろうか。ていねいに作っていると思われる堂々たる味である。

身体がすこぶる快調で、おなかもそこそこ空腹で、冷たいうどんが食べたいけど、それだけじゃちょっと物足りない。そんな日にぴったりの「冷やし焼き豚うどん」。焼き豚の量があまりに多いので、最近は焼き豚の量だけ半分にしてもらっている。そんなところが、やっぱり歳か(笑)。

2015-02-05 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

「杉本文楽」&「宮本」

 友人のガラスアーティスト孝子さんが、杉本文楽に誘ってくれた。なんでも、いい席を取ってくれるお知り合いがいるらしい。で、一枚チケットが余ったので、回會メンバーなら一人くらい誰か行くかしらんと誘いのメールを放った。

 ところが、メンバー全員が行くと言い出したのである。

 チケットをあと三枚無理してとってもらい、全員参加なら「四回會」ではないかと気づく。幸い、大阪の割烹「宮本」の内装は三浦さんところの三角屋さんの仕事である。一度は三浦さんと行きたいと思っていたのである。当日の次第としては、杉本文楽鑑賞の後、我が社のサロンでしばし休息をとり、夕刻「宮本」へ。その後は都島にある秘密バーを予約した。

 回會の掟その一は、「着物を着る」である。一回會のとき、貸衣装だった西井さんは、この日のために着物を誂えるという。ない藤の若旦那が今回もコーディネイトして、西井さんのファースト着物が間に合った。一緒について行った東さんも今後必要になるだろうからと単衣を誂えたそうだ。素晴らしい。そう、単衣があると6月と9月にも回會が開催できる。まことにみなさん、素晴らしい心がけと男気である。

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 杉本文楽は、大阪フェスティバルホールでの上演。メンバー全員が初文楽だったが、なにしろ松岡師匠が文楽は見ないといけないと常日頃おしゃっているので、全員気合いが違う。本来なら伝統的な文楽を先に見るべきであろうが、杉本文楽は三月現在のトレンドになっているし、今の文楽では上演しなくなっている観音廻りを復活させたという意味でも話題になっている。何であれまず見る、行くということが大事である。

 舞台は漆黒の闇である。そこにひとり遣いの人形がすうっと浮かぶ。本文楽では人形遣いの顔は見えるのであるが、杉本文楽では黒装束で顔は見えない。なんでも、人間国宝であろうが顔は隠してもらいますと言ったとか、言わないとか。だから主人公であるお初(人形)だけが闇の中に浮かんでいるのである。バックにはアーティスト束芋によるイラストレーションが動く。観音廻りは注意深く聞くと、韻が重なり、独特の文章であることに気づく。文楽の大夫さんは、歌舞伎とはまた微妙に違っていて、語りが上手い。いわゆる浄瑠璃である。が、節回しも独特だし、この観音廻りを耳だけで理解するのはきわめて難しい。しかし文楽には床本というテキストがあり、わからなくなればこれを見るといいのである。よくできている。(ちなみに本文楽では、ちゃんとこの床本が字幕スーパーで舞台の上に出る。心強い)

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 杉本文楽、演出はご存知現代美術家杉本博司さんによるものである。本文楽を観たことがない身としては、一体全体舞台が良いのか悪いのかの判断のしようがない。だけど、演目の「曾根崎心中」を歌舞伎では何度も観ているので、筋も展開もわかっている。それをよすがに舞台を観ると、何と言っても物言わぬ人形の表情の豊かさよ。歌舞伎ではお初といえば坂田藤十郎丈で、この人はいくら名優とはいえもう相当なお歳である。近くで観るとビジュアル的にはかなりきついものがある。ところが人形のお初は永遠に年をとらないのである。うつむく姿のいじらしさ。いやいやするときの愛らしさ。遊女とはいえ十九歳の娘の可憐さが感じられるゆえに、ラストで徳兵衛に殺してと乞う素直な一途さが際立つ。そこに絶妙な大夫の語りがかぶされば、もうすっかり文楽にイチコロになる状況はそろっているのだった。

 終演後、しばし私のオフィスに移動し、杉本博司さんの写真集や著作を見ながら現代アートについて歓談。時分になったので連れ立って割烹「宮本」へとゆるゆると移動した。入店する前に、全員自前の着物姿を撮影。カウンター8席しかない宮本、回會メンバーにゲスト3名のちょうど8名で貸し切りとなった。都合がよい。多少、騒いでも(騒がないけど)他のお客様には迷惑をかけることがない。

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 三月の宮本。週が開けると四月なので、もうお膳はすっかり春である。赤貝、鳥貝、みる貝。柔らかな筍に山菜・・・お酒はお気に入りの新政のナンバー6をみんなでぐびぐみ。8人もいるからまたたくまに一升瓶があいてしまった。続いて出されたのが裏鍋島という凝った酒。鍋島という文字を裏にしているラベル。判じ物のようであるが、これは隠し酒ということである。わざわざそれを言わなくても、ラベルでそれがわかる人にはわかるようになっているのが、日本のものづくりの面白さ。これもぐいぐいと飲む。みんなで楽しく、調子よく、飲っていたので、ひとつひとつの料理の記録を取り忘れてしまった。今となっては、何をカウンターで話していたかの記憶もおぼろげではあるのだが、大勢での楽しい時間とはそういうものかもしれない。カウンターだと横一列になるので、途中何度か席替えというのもあった(ような気がする)。宮本さんとも、料理のこと、店のしつらいのこと、うつわのことなどいろいろ話したような気はするのだが、それも覚えていない。が、たいそう充実した時間だったことだけは、確かなことである。

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 すっかり気分よく出来上がった面々は、今度は秘密のSバー(第53夜・109夜参照)へと繰り出した。この日はお休みであったが、8名で伺うからと無理を言ってお店を開けていただいている。せっかく回會メンバーがそろっているので、あのジントニックを試していただきたいという魂胆である。もちろん、みなさんジントニックの味にも、マスターの語りにも満足していただき、三浦さんなどは予想通りデザートのケーキも美味しいと食べたことは言うまでもない。

 杯を重ねた後、京都組はタクシーで帰っていった。大阪泊まりの残り二名におつきあいし、もう一軒バーをはしごして、四回會も無事に終わった。さすがに、今回はシメのラーメンとかの赤提灯系はなかったことに胸を撫で下ろす。

 やっぱりフルメンバーだといいね。気合も、意気地も、違う。

◎追記

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 今回、全員の足元がご存知「祇園 ない藤」御製であるが、右端二人、そして真ん中の私を置いて左の方々がはいているのが、今話題のビーチサンダル『JOJO』である。ビーチサンダルとは思えない出来栄えで、このようなちょっとした遊びのシーンの着物にだって、似合ってしまう。さすがに女性の着物のときはカジュアルすぎるだろうけど、夏の浴衣にはバッチリだし、私はむしろ夏の普段のカジュアルウェアに合わせている。現在、国内だけでなくアメリカ西海岸のセレクトショップでも売られているし、パリでもデビューしている。本体の色、前ツボ、花緒を4色から自由に選べるだけでなく、今年は新色も登場している。

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ビーチサンダル『JOJO』のサイトへ

2015-02-03 | Posted in 回會記 | No Comments » 

 

恵比寿「ラ・ベイエ」

 5月に続いて今年二回目(第78夜参照)の訪問である。カウンタースタイルの店の楽しみのひとつに、椅子に座ってふうっと一息ついて、「さてと」と、黒板メニューを眺める時間がある。それは、まるで歌舞伎の演目と配役を確認し、うん、この段は気合を入れて観なければと、姿勢を正すのとよく似ている。書かれたメニューからその皿の内容をいろいろ想像したり、どの皿とどの皿を組み合わせようかとあれこれ思案する時間の楽しさよ。シェフにおすすめを聞くのもいい。どんなふうに料理するのか具体的に教えてもらうのもいい。組み合わせるメニューを言ってみて相談するのもいい。いずれにしてもこの作業、その日の食事を盛り上げるためのプレリュード。外せないのである。

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 前回堪能したアジのマリネを黒板に発見した。前は千葉のアジだったけど、今回は静岡のである。玉ねぎや人参が入っているのは変わりがないが、アジは少し小さめ。シメ具合もキツめ。で、なんとペルノソースで和えられている。ペルノとはアニス系リキュール。水を加えると白濁するヤツで、独特の香りがある。フランスのパスティスとかギリシャのウーゾとか、すべて同じ系統のものである。これをソースにするとなかなかイケる。何より、シメたアジに不思議にマッチするのである。さすが風見シェフ。メニューに変化球を隠し持っている。

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 スープは冷たいコーン。ていねいに裏ごしして作った一品。本当にトウモロコシって美味しい、としみじみする旨さである。春巻きの中に入っているのは稚鮎である。パリパリの皮の中に初々しい苦味が隠れてい、タルタルソースのほのかな甘味がそれをやさしく包む。うーん。いいね、これ。日本の食材を使い、日本人シェフが作るのだから、美味しくないわけがない。完全なるジャパニーズ・フレンチ。最後は、イカ墨のリゾットアスパラ添え。(ま、パスタとかリゾットがあるなら、フレンチじゃなくってイタリアンじゃないかという疑問は置いといて)このスクエアな皿がまた心憎い。イカ墨の黒と、皿の白、アスパラガスのグリーン、ベーコンの赤。自然の素材だけが表現できる豊穣の色が皿の中にあふれている。イカ墨の微妙な塩気が半生の米の食感にまとわりついて、そのまったり具合をときおりアスパラガスでシャキッと正気に戻す。そんな感じのひと皿だ。

 あ〜今日も美味しかった。今日もデザートはお預けである。

2015-02-02 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

ベロ藍の印判手。

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 古伊万里は断然、染付がいい。赤絵とか金襴手は華やかすぎてどうも苦手だ。買い始めた頃いくつかは手を出してはみたものの、結局長いあいだ愛用しているのは藍色の染付なのである。どうしてこんなに染付に惹かれるのだろう、と考えたことがある。「藍」という色は、日本の藍染めをたやすく連想させる。淡いのに深く豊かな色は、なにか日本的心性の奥底にあるものを揺さぶるのである。藍染めに使う藍は植物で、染付の色を表現するのは鉱物という違いはあっても、同じ日本の手仕事の色だからだろうか。

 染付の色を出すのには呉須という藍色の染料を使う。多くは中国から茶碗薬という名で輸入されたようだが、原料となる呉須土は瀬戸近辺でも産出されたと聞く。原石を砕き、粉末にし、磁器に文様を描き、釉薬をかけて焼くとあの独特の藍色が現れる。主成分は酸化コバルトで、鉄やマンガンなども含んでいる。中国では染付を青花と言うが、その色は藍ではなくむしろ鮮やかな青、完璧な青という感じがする。日本の染付に淡く枯れたような味わいがあるのは、同じ染料を使っていても釉薬に使われた植物の微妙な違いによるものだろう。景徳鎮はシダの葉を、伊万里はゆすの木の皮を使ったという。まさしく、日本の風土から生まれた枯淡のジャパンブルーなのである。

 ところが、主張するクリアなブルーが現れた。明治三年にドイツから安価な酸化コバルト(ベロ藍)が輸入されるようになると、伊万里は一気に大衆化し、大量生産品としてベロ藍の印判手が出回ったのである。ベロ藍とはどうもベルリンの藍がなまったものらしい。呉須より鮮やかなブルーで、パッと目を引く軽妙さがある。印判というのは、江戸期の手描きではなく、銅板、型紙での転写によって柄をプリントするのである。手作業で転写するので、柄にムラが出たり、ズレたりしているのが、かえって味になっている。こんにゃく印判というのもある。まさか本当にこんにゃくに型を彫ったわけではないだろうが、こんにゃくに彫ったとしか思えないようなスタンプ風プリントのことをそう呼ぶ。だが、この大雑把さがよいのである。適当さにホッとする。これはこれで、コレクターもたくさんいるのだ。私も骨董屋めぐりをしているうちに、面白くてつい何枚か買ってしまった。

 写真の三枚のうち、左はベロ藍を使った染付、右の二枚はベロ藍の印判手である。なんとか手描きのように見せかけようとしているが、微妙どころか大幅にズレた図柄は印判バレバレである。だけど、そんな細かいことを気にしてないところが、なんともヌケていて、微笑ましく、愛嬌たっぷり。私も何も考えず無造作に使っているが、まったくびくともせず、割れもしない。あろうことか、ときどきは猫の餌皿にもなっている。実に愛い奴である。

2015-01-30 | Posted in うつわ数寄, にほん数寄 | No Comments » 

 

神戸三宮「良友酒家」

 関西に住んではいるが、そんなに頻繁にお好み焼きは食べない。だが、三宮元町にあるお好み焼き店は好きで、昔はちょくちょく食べに行った。近頃は三宮自体に行くことがめっきり減っているので、年に一度か二度行けれればいいほうである。その年に一二度のチャンスも、定休だか臨時休業だかはわからないけど駄目になってしまった。すっかりお好み焼きの口になっているので、これを他のものに替えるのが非常に難しい。思案しながら歩いていると、中華の看板。お好み焼きから中華への変更はまだなんとかできそうである。それに、この店は前から気になっていた。ひとりでも大丈夫かしらん・・・

 ひとりでもまったく大丈夫であった。

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 ひと皿ひと皿は中華にしては小さめであることをまずは確認する。街場の中華と高級中国料理、前者を0に後者を10にした場合、7.5ぐらいの感覚か。メニューに海鮮如意巻というのを発見した。如意巻というネーミングに感じ入る。うーん、確かに何でも巻こうと思えば巻けるしねえ。見た目もたいそう美しい。芯にはアスパラガス、海老とイカをすり身にしそのあいだに海苔をはさみ、さらに湯葉で巻いて、揚げるという手の込んだ一品である。中華でありながら、半分以上和の領域に踏み込んでいる。塩でいただくというのもなかなかよろしい。はっきり言って旨い。スターターとしては上々である。続いて蒸豆腐餅。これは豆腐のミンチ蒸しであるが、ふわふわの豆腐の中にミンチが隠れてい、葱といい醤油ソースといい、こちらも和のエッセンスが色濃く漂う皿である。何より、豆腐でつくっているというだけで、妙に健康的な雰囲気がするし、軽い食感なのでぱくぱく食べられる。ここまで大正解である。めったに飲まないビールも進む。

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 〆は海鮮冷麺。やはり夏は冷麺が食べたくなる。こちらのはほうれん草のヘルシー麺に海老、イカ、ホタテ、わかめ、クラゲ、にんじん、きゅうり、もやし、サラダ菜がびっしり乗っており、麺が見えないほどの充実ぶりである。黒ゴマだれをたっぷりかけていただく。うん、なかなかよろし。麺の食感も、たれの味も、私好みである。惜しむらくは海鮮のレベル。この価格でフレッシュを使うのは無理であるのはよくわかっている。もちろん、冷凍ものを解凍しているであろう。それはそれでいいとして、戻し方である。若干ではあるが、ホタテや海老に独特の匂いを感じてしまったのだ。具はひとつひとつ立派で、イカなど丁寧な切り込みが入っている。ちゃんと素材を大事に扱っていることがよくわかるだけに、それだけが残念であった。もちろん、あかん、というレベルではない。あくまでも私レベルのわがままである。

 総合力としては、なかなか素晴らしい店であると思う。そこそこの人数で来て、手当たり次第注文してワイワイ言いながら食べまくる、ということを久々にしたくなった。そういうの、昔はよくやったけどね・笑。

2015-01-28 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

南森町の割烹「宮本」

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 大阪の夏は暑い、暑すぎる。汗だくになって暖簾をくぐる。カウンターの背には床の間がある。掛かっているお軸は、滝。それだけですーっと汗がひくような気がするのだから、まったくもって和の室礼というのは凄いと思う。わずかな空間が演出する季節の涼。そこにある主題を読み解き、季節に重ね合わせ、その日の趣向を推し量る。こんな芸当、日本人にしかできないであろう。

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 お軸で涼しい気分になったところで、涼感たっぷりの先付けの登場である。ガラスのお皿には、雲丹と夏野菜のゼリー寄せ。雲丹というのはそのままでも、冷たくしても、あっためても、炊いても、焼いても、煮ても、食える奴。素材としての軸がしっかりあるから、どう扱われてもその存在感はそこなわれない。たいした奴である。お椀はいつものお出汁と違って、はまぐりのお汁。こくのある海のエキスがたっぷり。シンプルに三つ葉だけというのがまたよい。お造りは城下鰈、ハリイカ、まぐろ。金彩を施した切子のうつわが素晴らしい。目に涼しく、気持ちにゴージャス。和食というもの、ほんとうに四季折々のうつわで楽しませてくれる。「滝」というお題が、ちゃんと素材とうつわに連なっている。そして夏といえば、鮎。清流を泳いでいたカタチにちゃんと焼かれ、芭蕉をイメージした葉ののうつわに盛られている。蓼酢でいただく季節の味わい。みずみずしい苦味を楽しむ。意表を突かれたのは毛蟹のお鮨。関西で蟹といえば断然冬のずわい蟹だが、夏の毛蟹はやはり旬であるから外せないのであろう。この漆のうつわがまた素晴らしい。漆黒に朱赤。真ん中にこんな小さな一品をぽんと置くだけで、目にも綾なご馳走が完成する。冬瓜のすり流しでちょっと一休み。いよいよ八寸である。視覚の記憶にさきほどのうつわの朱赤がくっきりと残った状態で、今度はほおずきの赤が連打される。鮮やかで、涼やか。表面にはていねいに霧が吹かれている。もうこれだけでご馳走であるのに、ひとつひとつのほおずきの中には、クラゲの酢の物や鱧の子の卵とじ、焼き茄子と海老の和えものがそれぞれ入っているのである。ガラス器のなかには、タコとそうめん南京とオクラの酢の物。自然のカタチも和食では季節を映すうつわになるのだと感嘆。いよいよ〆であるが、ここで関西の夏のもうひとつの代表選手の登場である。そう、鱧だ。クレソンと一緒に鍋仕立てにしていただく。鱧は出汁にくぐらせると歯ごたえに凄みが出る。お出汁と一緒に熱々をいただく。デザートはフルーツのジュレと、ふるふるのわらび餅。最後に小さなお茶碗でお薄が出る。すべていただいた頃には、汗もすっかりひいてゆったりした心地になっている。

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 「夏はいかにも涼しきように」

 利休七則のひとつであるが、昨今のたとえようもない激しい暑さに参っている気持ちが、こちらのカウンターに座り料理をいただいているだけで癒やされた。このまま襖を引くと、よく冷えた隣のお座敷に布団が敷いてあって、そこでうたた寝・・・そんな妄想が頭をよぎった。それがやりたきゃ、旅館に泊まらなきゃ・笑。

2015-01-26 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

神戸鮨「城助」

 110夜目にして、とうとうの写真NG店である。別にとくべつに大将が偏固なわけでもなく、高飛車ということでもない。が、写真は撮らせてくれないのである。

 ここを教えてくれたのは祇園にある鮨屋の大将である。神戸ならここへ行くと教えてくれたうちの一軒である。同業が休みの日に訪ねる鮨が悪いはずはないし、その祇園の鮨も気に入ったので行く気になった。二回ほど訪れ、キレのある鮨だなと思っていた。ところが、しばらくして電話が通じなくなり、そのうち店を移転したという噂が聞こえて来た。今までは生田門筋から歩いていける場所だったのが、神戸の北野という少し上の方に変わったという。何回電話しても出ないので、しばらく遠ざかっていた。ところがある日、ショートメールが送られてき、そこには「またお待ちしています」というメッセージがあったのである。

 それならば。早速、新しい店に出かけることにした。

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 神戸北野。異人館通りに面したビルの一階。さすがに移転しただけあって、店構えは前に比べると格段に洒落ている。一見さんは少し入りにくいくらいの上品な威圧感。引き戸を引くと、蹲があり、その先にもまた引き戸。間をじゅうぶんに取っており、期待を高めるつくりになっている。中は広々としたカウンター。奥には個室もあるようである。舞台は上々。重畳至極。

 ツマミはいきなり、真子鰈の肝巻きからである。肝を身で巻くという変化球。これは、わくわくしてくるではないか。日本酒はおまかせである。奈良御所の篠峯という大吟が出される。限定流通という手に入りにくい酒であるらしいが、これがまた真子鰈によく合う。続いて、たこ。これはもう正真正銘明石のたこである。歯ごたえが違う。そして、あん肝を裏ごしした一品。ここですでに一合が終わってしまう。次に出されたのはキレのある奥丹波。天才杜氏のつくる酒である。貝の出汁が入った茶碗蒸しも旨い。鯖の胡麻和えは、上品な脂に香ばしさがからむ悪魔の誘惑。こういうツマミを出されると、ほんと、酒がぐいぐい進むのだ。で、カラスミの炙り。あきまへんな。ほんま、あきまへん。イワシ、サヨリと続いて、たまらずまた一合。石川の天狗舞五凛。あきまへん。ここまででも、かなりの充実度である。大将は、もともと淡路出身で実家は魚屋であると聞く。淡路の魚屋。こんな太いルートはないだろう。鮨屋にとっては至上のバックグラウンドであろう。

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 握りは、イカ、アジ、カツオの薫製、キス、かすご、蛤、白えび、のどぐろ、金目鯛と続いた。どれもキリッとした江戸前の握りで申し分ない。そして〆には、鮨飯を揚げたものが出される。これだけは、さすがに撮らせてもらったが、酢飯の味わいがカリカリした食感の中に隠れてい、なかなか旨いのだ。癖になる。

 鮨を「寿志」と表記しているのが、大将の気概の現れか。一見とっつきにくい感じもするのだが、話しかければちゃんと気さくにしゃべってくれる。毎日遅くまで店に残り、鮨を研究したり、いろいろなネタを仕込んでいるという。そういう意味では、つねに進化し続けている鮨なのであろう。いずれ、東京進出も考えているという野望も語ってくれた。うーん。やっぱり職人系の人たちは、東京が最終目標になるのだろうかね。こういう店こそ神戸にあってほしいけど、それはこちらの勝手。神戸の鮨にめっきり縁遠くなってしまった今としては、行かないでと言える立場でもない。夜10時以降も入店可能であるらしいので、せめて、半年に一度ぐらいはその進化の方向性を確かめに来なければいけないとな思う。

2015-01-22 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

微塵唐草の古伊万里。

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 古伊万里の蕎麦猪口を手に入れてから、どうも古伊万里の染付が気になるようになった。雑誌「緑青」や「太陽」などを読み漁り、京の新門前や古門前の骨董屋をのぞいたりし始めた頃、中島誠之助氏の本に出合う。まだ「なんでも鑑定団」で世に知られるずっと前のことだ。中島氏は蛸唐草の名品をたくさんお持ちでグラビアページを眺めているだけでクラクラしたが、すでに江戸期の蛸唐草には高価な値段がついていて到底手が出ない。それに蛸唐草は柄の個性が強烈過ぎて、大事に飾っておくなら別だろうけど日常使うには難しいように思えた。花唐草や萩唐草というのもあったが、私が目をつけたのはみじん唐草である。みじんはあの木っ端微塵の微塵である。江戸も少し時代が下がってくると、花唐草を単純化した文様として出回ったらしい。この記号のような文様はたぶん幕末から明治にかけてのものであろう。これだったら普段に楽しむにはうってつけのように思え、なます皿や猪口などを少しずつ揃えていくことにした。

 手前のなます皿と呼ばれるサイズのものは、小ぶりではあるが、それなりの深さがある。なます皿というネーミングからもわかるように、なますを入れるのにちょうどいいのである。江戸の庶民たちが気軽に使っていたカタチというのがよい。私も食卓でおひたしとか、冷奴などを盛るのに愛用している。カステラとかケーキ、和菓子などを盛ってもなかなか具合がよろしい。なにしろ、このカタチ、別名「くらわんか」であるからね。

 くらわんか。食らわんか。

 そう、このなます皿は別名くらわんか皿とも呼ばれている(茶碗状のものはくらわんか椀)。伊万里やその隣の波佐見でうつわが大量生産され始めると庶民にも出回って、挙句の果てには淀川の飯屋が小舟で川を渡る客に「飯、くらわんか。酒、くらわんか」と呼び込みながら、こういったカタチのうつわに酒や餅などを入れ売っていたのである。客は、食べ終わるとその皿をどぼんと川に捨てるのである。今で言う使い捨ての感覚であろう。まったく、なんという大らかさであろうか、皿を川に捨てるなんて。ひと昔前まで、淀川の川底をさらえばこのくらわんか皿がざくざくと出たこともあるらしい。

 ま、このみじん唐草はいちおう唐草であるので、さすがにくらわんか手ではないだろうが、そういった使い方の歴史を知ると、たしかに江戸時代と平成の今も日本は地続きなのである。淀川の底には今もまだ少しはこの手の皿は埋まっているのだろうか。

2015-01-19 | Posted in うつわ数寄, にほん数寄 | No Comments » 

 

大阪「Sバー」

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 ここのことを堂々とは書けない。あくまでこっそりと書いているつもりである。なにしろ紹介制だし、どうも店主のSさんのお眼鏡にかなわなければ、紹介してもらってもそう気軽には出入りできない感じがする。ま、お酒が飲めない人は駄目ですね。あと、騒ぐ人。なので、せいぜい一人か二人、ゆっくりお酒を飲みたいときとか、酒好きな人にスペシャルな心地を味わわせてあげたいとき専用の店である。

 今宵は仕事の相棒と。噂のジントニックに感動してもらおうと、取引先のきれいどころも誘っていたのだが、急な体調不良で二人だけとなった。相棒もこの店ははじめてなので、それはそれでよしとする。なんといっても、まずは、例のジントニックに感動してももらわなければ。それにしても、Sさんのつくるジントニックの素晴らしさといったらどうだろう。「森へ散歩に行く感じ」とご本人は表現されるのだが、それだけではない。柑橘の爽快さと高貴な甘さ。そこへ杜松の実の清々しいスパイシーさが合わさって、立体的な針葉樹の森が立ち上がるのである。

 前回(第53夜)スペシャルな手作りケーキも美味しいと書いたが、実はサンドイッチも凄いのである。もちろん、事前に今日はサンドイッチもお願いしますと言っておけば、ちゃんとパンも、卵やチーズやバター、野菜も、しかるべきところから仕入れて作ってくれるらしいのである。当然、予約をしなければいけない。ところが、この日もともと4名で予約を入れていたものだから、もし注文があればと、軽い準備だけはしてくれていたのである。そして。「トマトサンドイッチくらいならできます」という幸せな御神託が下ったのである。「二人前ね!」という私を相棒が制し「一人前でじゅうぶんやろ」。え〜、後悔してもしらんけんね。

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 サンドイッチを一口齧ったときの驚きよ。このできばえの素晴らしさを写真だけで伝えるのには無理があろう。そもそもメインの具がトマトというだけでも、意外であるのに、トマトが立派なメインの具になっているのである。もちろんトマトの吟味というのは必須であろうけど、あんなにある意味みずみずしいものを、パンにはさんで料理として成立させるとは。軽く玉子やハムもはさんではいるが、あくまでメインはトマト。カリカリにトーストされたパンとまたこれが凄い相性なのである。相棒は「もう一人前いけたな」とつぶやく。だから、言ったでしょ。もう遅いわ・・・とぶつぶつ言う私。さほどに、衝撃的なトマトサンドイッチであった。これで、事前にいろいろお願いしていたとしたら、一体どんなサンドイッチを食べさせてくれるのだろう。

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 この日もレアもののモンテゴメリーズのシングルカスク、アドベッグ・オールモストゼアをちびちび飲りながら、チーズの盛り合わせをいただく。この盛り合わせも凄いのだ。なにしろ、黒板メニューのところに<危険!チーズ盛り合わせ>と書いてあるのだから。もちろん、危険というのは酒が止まらなくなってしまうという意味である。しかも〆に特製ケーキまでいただいてしまった。というか、この店でケーキを食べないわけにはいかないでのある。今夜は、シンプルなパウンドケーキ。てっぺんのレモンシュガーの風味の絶佳なことよ。

 この店に連れてってほしい人は、こっそり直メールでリクエストくださいまし。

2015-01-16 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

小鹿田焼の皿。

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 まだ民藝というものを意識する前に手に入れた皿である。こちらも湯布院で出会った。古伊万里とは対照的な素朴さと力強さがあり、そのどっしりとした存在感に惹かれ、大小の皿と、緑釉のかかった深めの皿をそれぞれ二枚ずつもとめた。

 「打ち刷毛目」と「飛び鉋」。小鹿田焼(おんたやき)は刷毛や鉋を使いうつわに独特の文様を刻むのが特徴で、飛び鉋の本歌は宋の修式窯飛白文壺であると言われている。焼かれているのは大分県日田市の山間にある小鹿田地区であることから、この名前がついている。窯が開かれたのは江戸時代。三百年以上の歴史があり平成七年には窯場として初めて国の重要無形文化財に集団指定されているにもかかわらず、陶工たちは作品に銘を入れない。

 柳宗悦の「日本民藝美術館設立趣意書」にはこう書かれている。

 『 概して「上手」のものは繊弱に流れ、技巧に陥り、病疫に悩む。之に反し名無き工人によって作られた下手のものに醜いものは甚だ少ない。そこには殆ど作為の傷がない。自然であり無心であり自由である 』

 反復の作業を続けていくうちに、その繰り返しの仕事が陶工たちの手の熟練を促し、自我が入らない無心の美をもたらしたのだとしたら、このうつわたちはまさにそれを体現している。手に入れてから三十年以上になるが、普段の食事を盛るのにどれだけ使ったか。何を入れてもなじみ、荒っぽい扱いにもにも耐え、一枚として欠けていない。代々その家で使い続けられていくうつわとはこのようなものかもしれないし、これこそが「用の美」というものだろう。

 奇しくも、これを書いているときに、日曜美術館新春スペシャル「にっぽん、美の旅」で井浦新が小鹿田の窯元を訪ねる番組を観た。現在ではわずか14軒、そのうちの10軒が昔ながらのやりかたで今も焼ものを作り続けている。この地に伝わる形や模様をたんたんと守っているのだ。小鹿田の土を使い、川にある水車を使い唐臼で土を打ち、その土を女たちが何度も漉し、きめ細かく粘りのある土をつくるのである。陶土にするには、乾燥させ一ヶ月以上かかるという。そうやって女たちがつくる陶土を、今度は男たちが引き取って、形作り、文様を入れ、焼き上げる。気の遠くなるような作業は、紛れもなく家内制手工業である。ひっそりと、たんたんと、無心に、作り続けているのである。ある陶工の言葉が印象的だった。「自然体のみで成り立っているので、自分たちが自然に合わせていくんです。薪も二年以上乾燥させるんで大変ですけど、作業がときに神や仏の領域に近づくことがあって、自然界から教えてもらうことは多い」その陶工の名前は、「工」というのだった。

 この飾り気のない「用の美」を、これからも、日々の暮らしのなかで使いこんでいきたい。

 

2015-01-12 | Posted in うつわ数寄 | No Comments » 

 

海老さまLOVE。

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 タクシーで歌舞伎座へ向かっていたときのことである。運転手さんが「歌舞伎を観に行くお客さんをよく乗せますけど、海老蔵はやっぱり昔の役者に比べるとまだまだらしいですねえ」と言う。「え、どなたがそんなこと」と問えば、年配の見巧者からよくそういう風に言われるのだそうだ。そして必ず同時に語られるのが例の西麻布の事件のこと。真相もいきさつもよくは知らないし、第一そんなことはどうだっていい。役者は舞台の上で感動させてくれれば私生活など関係ない。そもそも、歌舞伎役者は傾いてこそ値打ちがある。

 運転手さんにはこう話した。「新之助時代の終わり頃から熱心に見ているけど、格段に成長しています。もう観られない昔の役者と比べることはできないけれど、新之助から海老蔵、そして團十郎へと大きな役者になっていくのを見守るのがファンというもの。なによりその成長の過程を同時代人としてリアルに感じられる喜びは格別ですよ」すると運転手さんは感に堪えない様子で「お客さん、凄いなあ。この話、タクシーの詰め所でみんなに言っていいですか」と言う。ふふ。どうぞ、どうぞ。私の心意気にまいったか。ファンとはそういうものである。

 海老蔵なんて、とマスメディアのイメージだけで語る人は多い。だけど一度でも海老さまの舞台を観たらそんなことは言えなくなる筈だ。まだまだオールマイティとは言えないし、精進の過程にあるにはあるが、海老さまにしかできない演目はずいぶんと増えてきたように思う。

 市川宗家の十八番と言われる荒事、鳴神や毛抜、助六や勧進帳なのスーパーヒーロー役などはもうすっかり海老さま独自の世界が構築されていて安心して見ていられるし、先代の猿之助に教えを乞うて作り上げている伊達の十役、義経千本桜の四切などはもうほかの役者の追随を許さないレベルにきているのではないか。新作の石川五右衛門や「色悪」と呼ばれるたとえば源氏店の与三郎や女殺油地獄の与兵衛なども彼独特の容姿もあいまってぞくぞくするほどの色気がある。最近では七月歌舞伎の「夏祭浪花鑑」の団七に鬼気迫るものがあった。間近で観ていて真剣に人間の心に潜む闇というものの怖さについて考えさせられてしまった。

 近頃はABKAIと銘打って積極的に自主公演を企画したり、歌舞伎×オペラ×能とのコラボレーション舞台にもチャレンジしている。こうも矢継ぎ早にいろんな舞台を企てているその裏には、このままにしていたら歌舞伎を楽しむ人がどんどん減っていく。若い世代を取り込んでいかなければ歌舞伎の未来はない。なんとかしなければ。そうした切迫したおもいが潜んでいるように思う。團十郎さんが逝って一年と半年。市川宗家の伝統歌舞伎をしっかり守りながらも、利用できるメディアはしっかり利用させてもらっていずれ若い人たちを舞台に呼びたい。海老様はきっとそう思っているはずだ。

 たぶん、今はもう少し海老蔵としてやりたいことすべてにチャレンジしながら己れを磨き、精進し、研鑽を積み、満を持して来るべき十三代目の襲名を迎えるのだろう。その日まで、活きのいい海老が跳ねるのを思う存分に楽しみ、味わい尽くしたい。

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◎海老様の本はいろいろ出ているが、村松友視氏のこれはなかなかよい。
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◎茂木さんとの対談集も。
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2015-01-09 | Posted in かぶき数寄 | No Comments » 

 

アジアン食堂「チャムチャ」

 田原陶兵衛さんの萩焼と出逢って(第106夜参照)、30年前の記憶が鮮やかに蘇ってきた。旅の相棒としてさまざまな場所に一緒に取材に出かけた彼女のことである。当時一緒に仕事していたカメラマン・通称おじいちゃんのアシスタントだったなおちゃんである。アシスタントといってもおじいちゃんが信頼している右腕のような存在で、おじいちゃんの人柄もあって彼がリタイアするまでつねに傍らにいた人である。

 当時、我がクライアント様もかなりの太っ腹で、情報誌のためにどこでもいいから海外取材してくれと今では考えられないようなオファーをくれていた。ジャマイカ、スペイン、マルティニーク・・・。そのうち、インドネシア、シンガポール&マレーシアなど近隣諸国にはなおちゃんとふたりで行くようになった。萩行きもその一連で訪れた。行きたい場所を決め、全体構成をつくり、取材して写真を撮る。私が後に自分でも一眼レフカメラを持ち、ひとりで取材に出かけるようになったのはなおちゃんとの旅の経験なくしてはありえなかった。その頃、なおちゃんがプライベートでもよく行っていたのがバリ島である。バリ島取材のとき、インドネシア語も含め、アジアへの知識に舌を巻いたことをよく憶えている。そのうち、インドネシアからインドやネパールにも興味を広げて行ったと聞く。

 おじいちゃんがリタイアすることとなり、なおちゃんはそれを機にカレー屋をやりたいと開店の準備を始めた。それからしばらくして店をオープンしたとの案内ももらっていたのだが、本当に不義理をしてしまい長い間訪れることができなかった。それが、萩焼と30年ぶりの邂逅を果たし、急になおちゃんと行ったあの旅のことを鮮明に思い出し、店というよりなおちゃんに無性に会いたくなったのである。

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 店があるのは西天満。えべっさんで有名な堀川戎神社のすぐ南にある。2年ぶりぐらいに会うなおちゃんは、昔と変わらないノーメイクとヘアスタイル。真剣に調理台に向かう表情はカメラに向かっていた昔と変わらない。変わったのは光を調整する露出計を持つ代わりに、包丁やフライパンを握っているということくらいか。ランチにいただいたネパールカレーは想像以上にスパイシーで美味しかった。一緒についてくる豆のスープをカレーにかけると、また味わいに深い奥行きが出る。ネパールカレーの辛さはひと方向への単調なものだと思い込んでいた私の先入観は、なおちゃんのカレーで見事にくつがえされた。

 ランチは、3種類のカレーの中から選べ、野菜のスパイスサブジ、サラダ、自家製ピクルス、ターメリックライスでなんと700円である。夜は、カレーだけでなく、なおちゃんがアジア各地を食べ歩いてこれは、というものを彼女独自のアレンジで食べさせる。インド豆のせんべい、ネパールのポテトサラダ、タイの春雨サラダ、ネパールの小籠包、ネパール風豆のパンケーキ、海老の春巻き、チャウメン…。お酒はネパールのラム酒にインドワイン、マッコリまである。

 夜は夜で、ちゃんと来てみたい店である。なにより、露出という光の調整をいつも真剣にやっていた人が、今はキッチンでスパイスや調味料をじつに見事に加減しているのだ。その料理がおいしくないわけないもんね。

アジアン食堂chamchaのサイトを見る

2015-01-06 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

長門駅前鮨「はしもと」

 どこに行っても鮨屋があれば、つい行きたくなる。鮨屋には地元で穫れる魚がある。地酒もある。その土地ならではの作法や独特の食べ方もある。鮨を通じてだって、日本の文化人類学は楽しめるのである。地方でも都市ではなく、こういった鄙びた駅前(失礼)の鮨屋とはいったいどういう具合になっているのか知りたくてたまらない。

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 文楽終了後、長門駅発の電車に余裕があったので、タクシーの運転手さんに駅の近辺に鮨屋があるかどうか聞いてみた。すると「はしもと」を推奨され、横付けしてくれたのである。時間はまだ早いので予約なしでも大丈夫であろう。むろん、店内はガラガラで私一人だけだった。家族経営らしく、おかあさんのような人が相好を崩し、どうぞ、どうぞと招き入れてくれた。カウンターの中程に陣取る。

 さてと。店内を見渡すと獺祭があるではないか。さすがに磨き二割三分はないがちゃんと純米大吟醸の50というのがある。たしかに、地元の酒が地元で飲めないのなら地酒の意味はない。「音信」でも、磨き二割三分は宿泊者二本限定で販売していた。さっそくグラスで所望する。

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 おかあさんが、「私のつくった鯵の南蛮漬け、食べてな〜」とスペシャルな一品を出してくれる。こういう出合はたまらない。はしもとさんちの鯵、もとい味。たまねぎなんぞざくざくと切られてい、酢加減もきわめて素朴なおふくろの味。こういうお惣菜を鮨の前にいただくと舌が違う方向に行ってしまうよと思いながらも、ご好意に甘える。これをアテに獺祭を飲むというのはご当地ならではのファンキーなスタイルではなかろうか。

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 鮨の前にやはりツマミ系は行きたいので、おすすめの刺身を盛り合わせにしてもらう。はまち、ヒラメ、鯛、カワハギ、ホタテ、金目鯛・・・。とくべつにこの辺だけで穫れる魚はないけれど、この椀飯振舞っぽいひと皿を独り占めできるのはお大尽気分である。そして上握り10カン。シャリは少し少なめにしてもらったが、けっこうなボリュームである。きわめて真っ当な握りの盛り合わせ。それでも軍艦の中にヒラメの縁側が入っていたりすると、おおうなんだかこのスタイルご当地ねえという気分になってくる。

 こういったはじめての店にひとりで入り、酒を飲んでいると、たいていはこの女何者かと誰何されることが多い。もちろん近頃のことであるので、そうあからさまに聞いてくる訳ではないのだが、それでもどうしてこんなところで飲んでいるのか、何のためにこの地に来たのか、鮨はどこどこに行っているのかなど、けっこう質問攻めに合うのである。こういうのは、居合いのようなものだと思っている。饒舌にならず、言葉少なに、こちらの正体をうまい具合に想像させる。今回は文楽を鑑賞しに神戸から来たというと急に態度がフレンドリーになった。というのも、こちらの大将は神戸でも修行をしていたとのこと。話をしていると共通の知っている店があったりしてそれはそれで愉快であるし、長門の文楽というのは今や夏の風物詩であるらしい。それだけで距離がぐんと近くなったりする。

 カウンター後ろの座敷に入って来たカップルが、あ、こっちも獺祭をとリクエストしながら、しきりに近頃獺祭が気軽に飲めなくなっていることを嘆いている。今や、地元でも手に入りにくくなっているらしい。こういう現象、獺祭だけじゃない。大間のマグロだって地元の人はほとんど食べられないらしいし、松葉ガニや越前ガニ、関サバとか、旨い、美味しいと言われるものはクオリティの高いものから中央に行ってしまう。値段にはプレミアムがついてしまう。いいものは高くても売れるというのは資本主義社会としてあたりまえのことだし、それに価値を見いだす人がいる以上その現象を否定するつもりもないけれど、地の利ということがないとその土地は報われない。その土地に足を運んでこそ、得られる、経験できるもの。そういうコトやモノがもっともっとたくさん地方にキープできればよいなと思う。それでこそ地産地消ブームが本物になる。

 というわけで、また獺祭を飲みに(もちろん文楽も観に)来年の夏来たい。

◎追記

 獺祭は、かわうその祭りと書く。かわうそは、摑まえた魚を川岸にずらりと並べる習性があり、獺祭というのはこのことを指す。私がこの興味深い話を知ったのは向田邦子さんの名著「かわうそ」というエッセイによってである。この短編は何度読んでも、圧倒され、恐ろしく、心に刺のようにささって、まさしく向田邦子さんを代表する名作だと思う。

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2015-01-01 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

古伊万里の蕎麦猪口。

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 もう三十年以上前のことだ。湯布院に取材にでかけ、帰る前に立ち寄った小さな骨董屋でみつけた古伊万里。時代はそれほど古くはない。高台は直径に比べるとかなり小さい、いわゆる蛇の目高台。せいぜい幕末ぐらいであろうか。だけど、それは小さいのにとてつもなく光って見えた。たしかひとつ一万二三千円だったように思う。当時の私にはとても高価に感じられた。だけど、ほしいという気持ちと、これを手に入れることで少し違う世界に足を踏み入れることができるのではないか。そんな期待感があった。悩んだあげく、矢羽根と格子を二つずつもとめた。はじめて自分で買った小さな骨董である。立原正秋の小説を読みふけっていたおかげで、すでに伊万里や唐津、李朝などのうつわについての多少の知識もあり、いつかは身銭を切って買ってみたいという気持ちもあった。今から思えばたいした金額でも行為でもないが、まだ二十代だった私にはなにかひとつ境界を超えたという妙な意識の高ぶりがあった。

 今見てもこの蕎麦猪口は愛おしいし、何度眺めても、触っても、心が震える。色あせた呉須の線はきっぱりと潔く、意図せずゆがんだ線には、職人の作為のないのびやかな精神が息づいているような気がする。ためつすがめつ眺め、手のひらで弄び、お茶もそばつゆもほとんど入れることなく、ただただ愛でているうちに三十年が経ってしまった。だけど、この蕎麦猪口を見るだけで、あの日の湯布院で店主と交わした会話すら蘇ってくるのである。人生の中に、あざやかな句読点を打ってくれた買い物である。ひとつはうっかり落とし口の部分を割ってしまった。すでに金継ぎセットも買っているのだが、いまだに手をつけられないでいる。

 もう少し先。仕事も一段落して、趣味の世界に心ゆくまで没頭できるようになる余裕ができたら、毎日料理を楽しんで、うどんやお蕎麦のつゆを入れるのはもちろん、ぬたを盛ったり、白和えなどを入れ、普段の食卓に活躍させたいと思う。こういう手のこんだちょこっとした一品を入れるのに「おちょこ」はちょうどいい。

2015-01-01 | Posted in うつわ数寄 | No Comments » 

 

長門湯本「別邸音信」

 「杉本文楽」がきっかけとなり、文楽にもとうとうハマってしまった。ちゃんと本文楽も観るようにとの松岡師匠のお言葉もあったし、「曾根崎心中」という演目にもすっかり魅せられてしまった。文楽友の会にさっそく入会した。すると7月に山口県長門市で「曾根崎心中」が上演されるという。しかもドナルド・キーン氏の講演つきである。これは行かずにはいられないだろうて。さっそくチケットを手配した。

 公演があるのは日曜の午後である。金曜の夜は豪徳寺でイベント参加の予定があった。土曜日まる一日あるので移動は何とかなるだろうと高をくくっていたら、東京から長門までは恐ろしい時間がかかることがわかった。さて、どうしよう。いろいろシミュレーションしつつ、羽田から福岡まで飛行機で飛び、福岡から新幹線&在来線を乗り継ぐことにした。ついでにいい宿はないかと探していたら、雰囲気のよさそうなところが見つかった。予約する。

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 移動日当日。福岡から新幹線で厚狭(あさ)という駅まで約40分。ここから美祢(みね)線に乗れば長門までは約1時間。宿はその二つほど手前の長門湯本にある。厚狭駅に降り立ち感動したのは、美祢線が単線でしかも一両だけのワンマンカーだったことである。ローカルのたまらない風情にみちみちている。レールのまわりは草ぼうぼうで、山の中を縫うように走り、ノスタルジーに満ちた鉄道の旅が楽しめるのである。小学生のように運転手の横で飽きもせず立ち尽くし、あっという間に長門湯本に到着した。

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 長門湯本は温泉町。迎えのバスに乗り5分もすると今宵の宿である。大谷山荘の別邸「音信(おとずれ)」。名前がいい。近くに音信川というのがあり、そこから取っている。茶室コーナーに案内され、お菓子とお薄をいただく。すると。お薄の入った茶碗に何やら見覚えというか、手覚え(こんな言葉があるかは知らないけれど)があるのである。どこか懐かしいような感覚。うん、確かにこの茶碗の手触り、質感を知っている。あ。「このお茶碗、陶兵衛さんじゃないですか?」と聞いてみれば、「そうですよ、窯が近所にありますよ」と返事が返って来た。その瞬間、30年も前の記憶がありありと蘇ってきた。

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大昔、萩に取材に行ったときのことだ。取材を終え、せっかくだから何か気に入ったものを探したいと、とある店に入った。そこで出会ったのが田原陶兵衛さんの茶碗である。手にすうっとやさしく添い、枇杷色の肌がなんとも言えずあたたかい。両の掌でつつみこむように抱えていると、自分のものにしたくてたまらなくなった。しかし、店の人が「それは高いですよ」と言うのだ。思わずムッとして「高いって、一体いくらですか?」と聞いたが、本当にその当時の私には高かったのである。よう買わんかった・・・。だけど、その茶碗の肌合いを30年経っても憶えていたのである。萩はここからは遠いと思っていたのに深川窯というのは長門湯本にあるのだそうだ。しかも、田原陶兵衛、坂倉新兵衛、坂田泥華、新庄助右衛門、坂倉善右衛門という錚々たる顔ぶれの窯を擁する。不覚にも、迂闊にも、そのことをまったく知らずに来たのである。

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 早速、深川窯に出かけることにした。そして、田原陶兵衛窯であの懐かしい枇杷色に再会し、一通りほかの窯もまわった挙げ句に、また戻り、とうとうそれを手に入れたのである。当代の陶兵衛さんは個展で不在であったが、奥様とずいぶんお話をさせていただいた。偶然に導かれ、30年という年月を経て再会し、必然となった陶兵衛さんの茶碗。物語はもう30年ぶん、蓄積されている。

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 さて「音信」である。ここのエントランスからロビーへと続くインテリアは和と洋の大胆なミクスチュア。空間の広がりは南国のリゾートホテルの感覚であるが、庭は本格的な和の世界。この微妙なアイダをプレゼンテーションする匙加減がなかなか洗練されていると唸る。ただし、部屋の家具とテキスタイルのセレクトは、私の好みではあんまりない。コルビジェのカウチチェアなんぞ、一度入れるとそうそう交換はできないというのはよくわかるが。

 お待ちかねの食事である。

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 こちらの夕食は三土料理(土産・土法・土食)を基本にしており、大寧寺風典座(てんぞ)料理、一品出しの喰切会席、町家料理という三つのスタイルで供される。大寧寺は曹洞宗の古刹で、ここ長門湯本温泉のシンボルともいえる寺。西の高野山とも呼ばれている名刹でもある。その寺にちなんで典座料理は、黒い塗りの応量器で出される禅宗スタイルの精進料理。『飯』は新蓮根飯、『汁椀』は冷やしとろろ汁、『香皿』は須々保里漬、『坪』は胡麻豆腐、『平皿』はかんな冬瓜。その土地ならではのプレゼンテーションである。一気に気持ちが引き締まる。が、次からはお肴(あて)しだいと名づけられた喰切会席。()の中に献とあるのがうれしいような、楽しいような。もちろんここは山口であるので、獺祭の磨き二割三分がある。うん、満悦至極。前肴(初献)は八寸に相当する皿。鱚の風干し黄身焼、鱧と胡瓜の胡麻酢漬け、菱かにと蓮芋の琥珀寄せ、郷土料理という鯨南蛮煮、水前寺菜のおひたし・・・。獺祭が進むったらありゃしない。吸物(二献)は鱧の葛打ちである。清く、美しい味わい。生もの(三献)はきじはた洗い、焼〆とろ、車海老。また獺祭の杯を重ねる。焼物(与献)は和牛フィレのステーキ、、留肴(五献)は冷やし菊川素麺、そして食事となる。最後に町家料理と称して春巻きも出された。

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 ここでしか味わえないキャラクターと創意工夫。宿において何か大事かをきちんとわかった上での明確な差別化である。また来年、長門文楽のときは訪れたい。なにしろ、名前も音信(おとずれ)だもの。それに、偶然選んだ宿で30年前の必然がかたちとなり、うつわにも料理にも陶然とさせられた。そのうえ、ここのオーナーは二期倶楽部の北山さんとも親しいらしく、山のシューレに参加されたこともあるのだそうで人の縁という意味でもつながった。長く生きているとこんな経験もあるのだと感嘆しながらも、人生、いまだ旅の途中である。
 

2014-12-28 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

神戸東灘「生粋」

 神戸の鮨である。ロケーションは神戸ではあるけれど、ここは江戸前スタイルである。銀座とか、銀座とか、銀座にあってもおかしくないレベルであると思う。それが、神戸にあるのである。しかも三宮ではなく、東灘にあるのである。この感覚、東京で言うと、中目黒あたりにある感覚だろうか。

 生粋。何と言ってもネーミングがいい。秀逸である。これを鮨屋の名前にするというのは、よっぽど腕に自信と覚悟がないとなかなかつけられないであろう。神戸には「守破離」という居酒屋もあるらしいが、こちらにはまだ行ったことはない。守破離とはこれまた大胆な名前をつけたものである。だがどうやら守破離から想起されるようなイメージではないらしい。むしろ名前は凄いけど、という文脈で私のまわりでは語られている。さほどに、店のネーミングというもの難しい。そこへいくと、生粋は名前負けしていないし、なかなか唸るネーミングである。実際、唸るにふさわしい内容であると思う。

 神戸の鮨で江戸前のスタイルを取るというのは、二つアドバンテージがあると思う。瀬戸内海育ちで、今も神戸に住んでいると、あたりまえのように瀬戸内海の魚を食べる。だが、長じて行動半径が広がりいろんな土地で鮨を食べるようになると、目の前の海で穫れる魚がいかにクオリティが高くおいしいかということに気づかされる。明石や鳴門の鯛や蛸、穴子。家島の鯵や鯖。由良の赤雲丹。沼島の鱧。枚挙にいとまがないが、こうした播磨灘の精粋の扱いに慣れているというのはこの土地ならではの利点であろう。冬はここにふぐやズワイガニなども含まれる。そのネタを江戸前のスタイルで供するのである。これはもう今の鮨のスタイルとしては全国的なトレンドであろう。実際、赤酢の利いたシャリに慣れてしまうと、関西の甘めのシャリでは物足りなくなってくる。瀬戸内海ネタメインで握る江戸前鮨。この意味において、この店のアドバンテージは揺るがない。

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 本日の抜粋ネタ。まずはもずく。これから出て来るツマミを堪能させるため、口中をリフレッシュさせるという効果がある。あこうと真子鰈の昆布締め。申し分のないイカり具合である。噛むとじんわりと旨みがある。舞鶴の岩牡蠣。つるりと納まり、噛むとミネラルたっぷりの柔らかな滋味が広がる。金目鯛の蒸し物。このネタはこのへんのではないだろうが、料理としての完成度が高い。鮎の一夜干し。こういう発想があったのかと驚く。苦みと旨みがバランスよく主張する味。蒸しアワビには肝ソースをかけて。これには続きがあって、アワビをいただいた後のソースの上に、な、なんとシャリを置いてくれる。肝ソースを最後の最後まできれいに拭い堪能し尽くす工夫である。こういうアイデアにも唸る。ううむ。岩のりとじゅんさい。これで再び口中を爽やかにして、たこ、貝柱、しゃこを。たことしゃこは、もちろん瀬戸内海産。こういうネタを食べ慣れていると、どこへ行っても苦労する(苦笑)。そして、みょうがの海苔巻きで小休止。いよいよ握りである。キスの昆布締め。キスも子供のときよくいただいたおなじみの魚である。昆布締めにすると旨みが増幅される。剣先イカ。マグロのづけ。中トロ。大トロ。このマグロ三連発は、江戸前スタイルである。コハダ。煮あさり。このネタの連打も完全江戸前スタイルであるのだが、逆にそれが神戸ではかえって新鮮に感じる。そして、真打ち、由良の赤ウニ。相当な雲丹好きであるが、由良の赤雲丹に出会っててからというもの、この小粒でたっぷりの旨みを備えた雲丹には参りっぱなしである。で、北海道の紫ウニ。両者の違いは歴然であり、これを食べ比べるという趣向である。

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 東京ではいつも江戸前を食べているし、地方に行けばたいてい一度は鮨にチャレンジする。それでも、やはり地元にこういう店があるのは、なんと心強く有難いことだろう。人気店なので直前の予約はすっかり取りにくくなってしまったが、それでも時間があるときは訪れたい店である。

2014-12-22 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

観音屋「チーズケーキ」

 神戸元町の三丁目といえば、昔はそれなりに賑わっていた。私がまだ大学生の頃だ。「観音屋」という名のなんとも形容しがたいインテリアの喫茶店があった。いわゆるアンティーク調というのだろうか。だけど中には観音様が鎮座していて、そのキッチュさが当時はいかにも怪しげであった。そもそもキッチュという感覚もまだなかったような頃である。名物のチーズケーキというのがあり、一二度口にしたことがあったが、その当時の私には「え?」という味だった。というのも、元町商店街から正反対の東に行けばモロゾフの本店があり、こちらのチーズケーキのリッチ&スイートさに比べると、デンマークチーズケーキの味はチーズの塩気と素っ気ないスポンジケーキの組み合わせにしか思えず、とうてい若い味覚には合わなかったのである。

 ところがである。

 JR大阪駅で久々に目にした観音屋というロゴ。やがて新神戸駅でも売るようになり、やたら赤いパッケージが目につくようになってきた。キャッチフレーズは「すべらない、神戸土産」である。「ふーん、すべらないねえ・・・」と思いながら、長らく買うことはなかった。それが新神戸駅で、ふと、魔が差した。あまりにキャッチフレーズが目につくので、「どれぐらいすべらんか試したろか」的ないちびり根性がむくむくとアタマをもたげてきたのである。

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 観音屋のデンマークチーズケーキは、トースターで3分から5分ほど焼いて食べる。すると表面のチーズがとろ〜りとなり、その熱々をいただくという一風変わった食べ方をするのだ。デンマークの純正チーズ(チーズに純正があるというのは知らなんだ・・・)を使い、ひとつひとつ手作りしているのだそうだ。大昔もそうやって食べたかどうかは定かではないが、家に帰って早速レンジのオーブンで焼いてみた。上に乗っているチーズがとろけて、表面がぶつぶつしてきたのを取り出しいただく。すると。大昔はなんだか今イチだと感じていた味が、妙に味わい深く美味しいと感じるのである。ホームページには「きめ細かくふわふわのやわらかいスポンジケーキに、デンマーク直輸入、最古のレシピを使った純粋の生チーズをオリジナルブレンドしたチーズがとろ〜り。焼きたて特有の芳醇な薫りがふわ〜とあたりに広がります」とある。

 第22夜で浅草「アンヂェラス」のバタークリームケーキについて書いたが、近頃濃厚なスイーツに辟易しているのは事実だ。私自身も年齢を重ね、濃さや甘さがツーマッチすぎるものがしんどくなっているというのもあるのだろう。デンマークチーズケーキ。最古のレシピとある。昔から伝えられてきた素材と素材のシンプルな組み合わせ。今となっては新古の魅力というべきか。味覚の復古というべきか。素直なその味が、今とても美味しい。

◎追記

デンマークチーズケーキだけではない。昔から何ひとつ変えず作ってきたものの美味しさに改めて気づくということが、近頃多くなってきた。シンプルな素材で、奇をてらわず素直に、誠実に作り続けているもの。スイーツでいうと、とらやの夜の梅。泉屋やウエストのクッキー。豊島屋の鳩サブレ。凮月堂のゴーフル。空也のもなか・・・・。地方にはもっと豊かなその土地ならではのスイーツがある。なくしてはいけない昔ながらの味。普段の暮らしの中で何気なく食べ、愛し続けたいと思う。

2014-12-18 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

大阪北新地「サーレペペ」

 ここは大昔にクライアント様に連れて来てもらった大阪は北新地のど真ん中にある店である。場所柄、早い時間帯にはいわゆる同伴スタイルのお客様も散見されるが、なかなかエッジの利いたイタリアンを供している。北新地は仕事上のおつきあいで食事するといったシチュエーションのときしか最近は来ないので、美味しいと知ってはいるがなかなか機会がない。だから、本当に久しぶりなのである。こちらのコンセプトは「素材が呼吸するイタリア料理」。吟味した新鮮な素材を使い、ひと皿の中にいろいろな素材や食感を散りばめる工夫をしているという。

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 たとえば、ビシソワーズには桃のジェラートが乗っている。しかもスープの中には桃の果肉が隠れている。じゃが芋の塩気に桃のみずみずしい甘みが利いた絶妙の甘辛具合。カリッと揚げた細切りのじゃが芋が新鮮な食感をプラスしている。前菜は、宮崎のマンゴーにサンダニエーレ産の生ハム、トリュフのブルスケッタにフォワグラのせ、ソルトブッシュラムのソテー、あこう、白アスパラのプレート。サンダニエーレ産生ハムとかオーストラリアのソルトブッシュラムとか、垂涎の素材を使い異なる食感になるよう工夫し、フレンチと見紛うばかりの美感あふれるデコレーションにしている。目で味わい、舌でも楽しむ至福。魚介類は、海の恵みの二大巨頭アワビと雲丹のオーブン焼き。アワビの殻にゴロゴロと豪快に盛ってサーブされる。贅沢と野趣のミクスチュアがよい。パスタはトマトを練りこんだギターラに九十九里のハマグリ。ポピュラーなアサリを使うのではなく、あえてハマグリで勝負しているところにシェフの気概を感じる。メインは、鴨のローストとフォワグラのソテー。トリュフがたっぷりかかっている。もうこの段階になるとおなかがいっぱいなのであるが、鴨とフォワグラの異なる食感を堪能する。食感と美感が、この上ない食の快感を生み出しているコースなのである。

 エッジーなイタリアンやフレンチでは、このような感覚の料理はすっかりポピュラーになってきているように思う。だが、このレベルが大阪のこの店にあるということを評価したい。聞けば、シェフは北新地で一世を風靡した「ジジ」出身なのだそうだ。この店は若い頃によく行ったが、カジュアルで気取らないのに本格的なイタリア料理を出すとあって、老若男女に愛され、いつも行列ができていた名店だった。シェフは「まだ夢ですが、いずれ東京に店を出したいですね〜」と語る。え〜、そんな!なんでも東京に一極集中することがよいとは思わない。だが、腕に覚えのある料理人ならそう思っても仕方のないことなのだろう。願わくば、この地でずーっと頑張ってほしいと思うのはこちらの身勝手か。年に一回来るか来ないかの客が何を言うかということではあるけれど、あのたかじんだって上岡龍太郎だって最終的には東京へは行かなかった。大阪には大阪のよさがあるのである。この店は「ジジ」ほどカジュアルではないが、それでも深夜にパスタだけ食べに来るとかピッツアをテイクアウトするとか、使い方のバリエーションはいろいろある。せいぜい通って、東京行きを阻止しなければ。

2014-12-15 | Posted in 千夜千食 | Comments Closed 

 

白金「モレスク」

 連泊で上京すると一度は行ってしまう店である。どうしてだかわからないけど、いつも気がつけばふらふらっと立ち寄ってしまう。たいていはひとりである。ひとりの方がなんだか楽しい店なのである。第39夜でこの店に漂う素敵な空気の正体は「feel cozy」だと書いたが、足繁く通ううちにそれだけではない、実に多彩な「気」で満ちているような気がしてきた。

 流行っている店、居心地のよい店にはその場所ならではの活気がある。適度なざわめきと言い替えてもよいのだが、くすくす、わははは、へへへという笑い声、ときにきゃあという嬌声、ざわめいているしゃべり声。ぽん!とシャンパンの栓が抜かれる音、からんと食器にカトラリーがあたる音。じゅっと肉の焼ける音、そして旨そうな匂い。皿と皿がカチッとあたる音。客同士が挨拶したり、ハグしたり、ぎゃあぎゃあ騒ぐ声。グラスとグラスがコン、と挨拶する音。しゅぽっ。煙草に火をつける音。そして煙草の匂い。香水のよい香り。客が入れ替わり立ち替わるたびに新しい音や匂いが生まれ消えていく。カウンターに座っているだけで、自分自身の思考が店の活気によって自在に動き、臨機応変にその場の空気になじんでいくのがわかる。大人が集うパリのカフェって、こんな感じなのだろうか。(残念ながら、パリは2回しか行ったことがないが・・・)

 この活気を生み出している張本人は、もちろんオーナーである福島さんではあるけど、それだけではない。シェフも一応料理担当ではあるが、ときに接客もするし、酒をついでくれることもある。福島さんも、積極的に皿を下げたり、酒を注いだりと、いつも縦横無尽に立ち動いている。役割が固定されていないのである。接客する側が自在に立ち働いているというだけで、店全体にライブな動きが生まれている。彼らが醸し出す接客へのめくるめく才気と、常連客たちが放つさまざまな分野の才気がぶつかりあい、融け合って、この空間ではいつも「モレスク」にしかない景気をつくっている。料理も会話も素晴らしいけれど、私はきっとここにあふれているこのエクスクルーシブな景気というものに魅せられているのだと思う。

 こんな店はなかなかない。美味しい黒板料理を食べに行くビストロとして。シャンパンやワインを楽しむサロンとして。ウィスキーをちびちび飲るバーとして。ナイトクラビングの仕上げととして。予期せぬ出会いを期待する社交場として。この奥行き、ちょっとはかりしれないアナログなソーシャルネットワークを生む場所である。クラブとサロンというものについては師匠松岡正剛の千夜千冊第1502夜を読んでもらうとして、まあここからいろんな面白いコトがどんどんディスチャージされればいいなと思っている。

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 おっと、本題の千夜千食に入ろう。今宵は、冷製グリーンピースのポタージュとコンソメのカクテルからスタート。こういったアミューズ的な一品はいつも充実しているが、季節的にも目に涼しい。豆の独特の香りとコンソメのゼリーのマッチングが絶妙である。いさきのカルパッチョゆずドレッシングとレンコンと海老の焼きテリーヌはいつものようにハーフ&ハーフにしてもらう。そしてなんと、カウンターに丸のまま置いてあった加茂茄子はグラタン仕立てになった。白金で加茂茄子を食べられるなんてね。メインは、牛ステーキをサッと焼いてもらった白アスパラ添え。こういう美味しい料理を食べながら、ワインだけでなく泡もスコッチも飲めて、食後にはウォッシュ系チーズなどもいただける店。そのうえ、煙草も吸い放題。

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 白金のサロンといえばちょっと上品な感じであるが、私は「モレスク部」に入れてもらって、たまに遠方から部室に遊びに来る準部員って感じかな。この場は一見は閉じられているかのように見えるけど、ひとたび中に入ってしまえば限りなく開かれている。

2014-12-13 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

銀座鮨「一柳」

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 こちらは、ホテル西洋銀座撤退のあおりで、移転を余儀なくされたのであるが、明日でちょうど新装開店一周年となる。ホテルの中から路面店へ。「真魚」から「一柳」へ。前の店でも休みはお盆明けや連休明けとか数えるほどしかなかったが、大将の一柳さんは店をオープンするにあたり、ひとつ決め事をした。

 一年間、一日も休まず昼も夜も握り続けること。

 365日フル稼働である。もちろん、従業員には交代で休みをとらせたというが、本人は本当に一日も休まずカウンターに立ち続けた。健康でなければ務まらない。その日の天気や海の状態によってネタは変わる。毎日築地に仕入れに行き、その差異を自分の目と舌で見定め、下ごしらえするだけでも大変なことである。日々が真剣勝負である。風邪なんてひいてはいられない。気合と根性も必要だろう。いつも同じ肉体と精神のコンディションを保つことの難しさを、彼は軽々と超え、あくまでも軽妙である。たまに、羽目を外したい日もあっただろう。ゆっくり朝寝したい日もあったに違いない。元高校球児で、出身高校は甲子園の常連校である。ピッチャーだったと聞いた。その経験は、たぶん今に活かされているだろうと想像する。試合でよいピッチングをするためには、それまでの調整というものが大事だと聞く。肩の筋肉やインナーマッスルを鍛えるように、ネタを見極める。シャドウピッチングの要領で、日々下ごしらえをする。そうして、店のオープンと共にカウンターに立つ。

 正直、心配していた。身体が持つだろうか。風邪とかひかないだろうか。だけど、それは杞憂に終わった。本当に彼は、365日昼夜、通算730回登板して、完投したのである。

 「もう、ここまで来たら、店によってそんなにネタとかって変わらないと思うんですよ。となれば、あとはいかに技術を磨いていくかと、握る人間の気合いとか根性だけじゃないですか」その言葉に、自分自身を振り返る。頭が下がる。一度決めたことを継続する。精神状態もつねに一定に持続させる。そうしたものだけが、存続できるということなのだろう。彼の姿勢に学ぶものは、実にたくさんある。

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 一周年のツマミは、じゅるっと飲み干すじゅんさい。コリコリの真子鰈。舞鶴の牡蠣。勝浦のカツオ。特製あん肝。たこのやわらか煮。桑名の焼き蛤。余市の馬糞雲丹と紫雲丹。千葉白浜のアワビ。毛蟹。全10品。握りは、真子鰈。縞鯵。いさき。ヅケ、中トロ、大トロのマグロ三連発。アオリイカ。コハダ。アジ。キスの昆布締め。函館の紫雲丹。車海老。穴子。トロたく。

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 あいかわらずツマミは充実しているし、握りの連打も申し分がない。この先、どんなふうになっていくのか、大将からも鮨からも目が離せない店である。

 夏休みには、大峰山に修行に行くらしい。

2014-12-11 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

京都祇園「千ひろ」

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 祇園に名店はいろいろあろうけど、ここがいちばんと決めるのはなかなか難しい。だが、初めて行っていいなと思えば、しばらく通ってみるということは必要だと思う。和食の場合はとくに季節ごとの素材によって都度都度印象は変る。ただ、ファーストインプレッションでいたく感動した店はだいたいいつ行っても、その感動をキープできる確率は高い。前はそうでもなかったのに、突然よくなるということはほとんどない。

 ここの煮物椀をはじめていただいたとき、その味に驚いた。限りなく水のようで(厳密には白湯だが)、ほのかに旨味を感じる絶妙の味。これが京都の出汁か、としみじみと思ったことはよく覚えている。京都が好きな母をはじめて連れて行ったとき、「あ〜私長い間生きているけど、こんなおいしいおつゆは生まれてはじめて飲んだ」と言わしめた味である。カウンター割烹のつねとして、ほとんどの下ごしらえは奥の厨房でなされ、最後の盛り付けや造りだけを目の前のカウンターでご主人がさばく。だが、煮物椀の出汁だけは、目の前で何度も吟味しながら実に細かくつくっている。母が「あんなに何度も味見して、あの味になるんやね」と言ったが、まさしく季節やその日の温度や湿度、前後の料理に合わせてその加減を微妙に変えているということだろう。丁寧かつきめ細かな微調整は、いつもぎりぎりまで行われる。

 この作業を見るたびに、煮物椀がいかにその店を代表する一品であるかを思い知らされる。そして今のところ、私はここの味がいちばん好きである。いちばん好きということは、他の店に行ったとき、ここの味が基準になるということでもある。

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 さて、初夏の「千ひろ」である。広島のじゅんさいの上に雲丹が乗っている。じゅんさいの中にはデラウェアが隠れている。デラウェアというのに驚くだろうが、こちらは葡萄とか桃とか果物をうまく使う。美しい藍の皿には白バイ貝。堂々たる歯ごたえがある。中国童子が踊っている絵皿には蛸のやわらか煮。織部に盛られているのは鳥貝の酢味噌和え。先付けがひと皿ずつ出てくる趣向である。三つの小皿は上からはまぐり、白味噌に漬けた鯛、一寸豆。造りは、鯛、たいらぎ、マグロである。マグロの下にはとろろと海苔が重ねてあり、お好みで一緒に食べる。細かく切った塩昆布は、鯛によく合う。

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そして、本日のお椀は間人(たいざ)の夏すっぽん。すっぽんが種なのでいつもの出汁ではないのだが、間人ものをいただけるのであれば文句はない。口福にくらくらしつつも、最後の一滴までずずいと飲み干す。焼き物は時不知(ときしらず)。春から夏にかけて穫れる貴重な鮭で、脂が乗っているのにすーうっと舌の上で溶けていく。たっぷりかけられた白いのは生湯葉を擦ったもの。下にはキイウィとレッドグローブという葡萄が隠れている。果物第二弾。笹の葉が描かれた角皿には安曇川の稚鮎。琵琶湖の鮎はやはり京都では最上とされる。なんとよい苔の香りなのだろう。付け合せがバナナというのもこの店ならでは。最後は名物の焼き茄子。白胡麻たっぷりのたれでいただく。お椀がすっぽんだったので、最後はすっぽん雑炊。おなかがパンパンなのに、これも食べずにはいられないし、全部きれいに平らげてしまう。なんとも贅沢な初夏のコースであった。デザートはおなじみのリンゴとオレンジのジュース。

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 京都では新しいカウンター割烹も増えており、機会があれば行ってみたい名店も何軒かはまだあるのであるが、やはり一軒というなら私はこちらである。まだ、この店を超える煮物椀の味を私は知らない。

2014-12-10 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

風間商店の「カステラ」

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 この店は煙草を売っている。夜に何度か買ったことがある。看板自体が強烈な下町感を漂わせており、大きく<手づくりの和菓子 自家製のカステラ>と書いてある。そうとう年季が入っている。昔の下町にあったような風情なのだが、中はわやくちゃである。写真からもわかるように、ダンボールがところ狭しと積み上げられてい、肝心のお菓子が入った陳列ケースは外からは見えない。

 中に入り陳列ケースを覗いてみると、どら焼き、カステラだけでなく赤飯も売っている。どれも、実直に作っている感を漂わせており、たしか試しにどら焼きを買ったことを覚えている。シンプルな美味しさだった。しかし、煙草と和菓子ねえ・・・なかなかファンキーな昔ながらの商店である。

 向かいのビストロ「アトリエ・ド・アイ」で、この店の話題になった。ご主人がコワいので興味はあるが誰も行ったことのない店なのだという。別に誰でも入れるけどと返すと、いっときテレビで取り上げられたとかで、人が集中した時期があって「へんこ」なご主人に売ってもらえなかった人がたくさんいると言うのである。これは、まあ一種の都市伝説的な流言であろう。だけど、そういうのを聞くと、まさかそんなと思うのと同時に、私にはよもや売らんとは言わんやろうなとむくむくと根拠の無い自信のようなものが頭をもたげてくるのである。「やめといたほうがいいですよ」との助言を無視し、早速、「アトリエ・ド・アイ」で勘定を済ませた後、迷わず店に入った。

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 深夜に近い時間だったので、一切れずつ個装したカステラしか残っていなかった。「ホールはないの?」「ないよ、あるだけ」と言われたので、5切れほど買った。少々ぶっきらぼうではあるけれど、別に普通の対応である。ほらね。噂というもの、だいたいこんなもん。売ってるのに、売らないなんてありえない。翌日家に持ち帰り、珈琲と共にいただいた。卵のほのかな風味が香るやさしい味がした。

 この店は白金北里通り商店会というのに属している。昔からある豆腐店や青果店だけでなく、今も残るレトロな建物をうまく改装したバーやレストランなども参加し吸引力のある通りになっている。すぐ近くにはプラチナ通りがある。あちらはスノッブさがウリであろうが、こちらは親しみやすい庶民感覚。新旧がうまくミックスされた土地は、人を惹きつける魅力にあふれている。私のお気に入りの蕎麦も鮨も、深夜御用達マッサージも、ときどき行くバーも、全部この通りにある。

2014-12-09 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

白金「アトリエ・ド・アイ」

 ここは昔「シェトモ」というフレンチだった。野菜を少しずつプレートに乗せたプレゼンテーションが当時としては革新的で、そのうえプリフィクスメニューの値段が驚異的にリーズナブルだった。店のある白金界隈でいつもうろうろしているので、ある日思い出し電話してみた。すると、名前が「アトリエ・ド・アイ」になっているではないか。

 店自体の経営は変わっていない。名前を変え、サービスのスタイルをアラカルト形式にしたのと深夜2時過ぎまで営業するようになったのだという。いいではないか。何度か訪れるうちに、ニソワーズとクスクスのファンになってしまった。ニソワーズは野菜をあまり積極的に摂らない私が唯二注文するサラダのひとつである。(もうひとつはシーザーズサラダである)

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 ニソワーズ。それはニース風サラダのこと。トマト、オリーブ、ツナ、いんげん、じゃがいも、ゆで卵。そこへアンチョビにオリーブオイルを加えたソースで和えるというサラダで、ニューヨークの「バルサザール(上の写真)」でこの美味しさに目覚めた。野菜がゴロゴロ入ってい、このひと皿だけでおなかがいっぱいになるくらいのボリュームがあり、当然ツナはフレッシュを使っている。その味とボリュームに遜色がないくらい、「アトリエ・ド・アイ」のニソワーズもいけるのだ。こちらもツナは自家製。なので、これは外せないメニューになっている。半分にしてというオーダーも聞いてくれる。

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 もう一品のクスクスは、クスクスロワイヤルという(野菜だけでも作ってくれるらしい)。羊や豚、鶏肉のプロシェットに野菜がたっぷり。これにフォンドボーのスープがついてくるので、クスクスにじゃばじゃばかけていただく。アリッサソースで、自分でいろいろ味を調整できるのもうれしいのだ。(残念ながらクスクスの写真がない・・・)伺ったのは限りなく深夜に近い時間帯。ニソワーズのハーフ。牛肉のカルパッチョハーフ、クスクスをあきらめ、鴨肉のローストにした。と言いながらも、デザートは別腹である。最近、少し閉店時間が早くなったらしいので、行く機会がめっきり減ってしまったのだが、また久々に伺いたい。

 お気に入りの一品、名物の一品がある店というのは、しばらくご無沙汰していてもまた行かなきゃという気になる。「あの店のあれでなきゃ」と思わせられるかどうか。それが店のキャラクターや魅力ということなのだろうし、これは料理だけでなく仕事でも同じことだと思う。

2014-12-08 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

駅カレーLOVE

 駅カレーが好きである。どうしてなのかはわからない。ある日、はた、と気づいたら、あたりまえのように駅カレーを食べていた。いちばんよく通ったのはJR大阪駅構内にあった「インド倶楽部カレー」である。長いコの字型カウンターを囲む典型的なスタンドカレーで、照り焼きチキンカレーごはん少なめというのが定番だった。そのうちおばちゃんにすぐ顔を憶えられ、「あ、いつものね」と大声で言われるのには閉口したが、さんざん通い詰めた。が、駅の改装に伴いある日忽然となくなってしまった。新大阪駅の端のほうにどうやら系列らしき同名の店があるので、一二回行ってはみたがどうも勝手が違う。なので、現在は大阪駅を出たところにある「ピッコロ」というカレー屋に行っている。ここは就職したての頃は東梅田駅に向かう地下街の中にあり、5席しかない名店で知られたが、いかんせんカレーとしてはかなり甘めの欧州風。かろうじてチキンカレーもあるのだが、そう頻繁に通うにはいたってない。

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 品川駅構内には、大阪駅の「インド倶楽部カレー」と同じようなスタンドタイプのカレーがあって、こちらは入り口で食券を買うスタイルだった。ここのタンドリーチキン黒カレーというのも好きで、日帰り出張が入ると、このカレーを食べる時間を逆算して新幹線に乗っていたものである。ところがここも品川駅の改装でいつのまにかなくなってしまった。リニューアルするかと楽しみにしていたがその願いはかなわず、代わりに出現したのが「野菜を食べるカレーcamp」である。いわゆる駅カレーという意味では少々毛色が違うのであるが、野菜たっぷりというのとキャンプ場で食べるようなしつらえが愉快なので、ここも時間調整して通っている。こちらでのお気に入りは、たまねぎときのこのチキンカレー。それに温泉玉子をトッピングしてもらう。

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 東京駅からカレーどきに新幹線に乗ることはめったにないのだが、92夜〜96夜まで過ごした二期倶楽部の帰りに久々に行ったのは「ドン・ピエール」という店である。東北新幹線の出口から近いキッチンストリートにあるのは知っていたので、この日は妙にカレーが恋しくなっていたのである。こちらも基本は欧風カレーだが、タンドリーチキンカレーというのがあるのである。駅カレーにしては堂々の1000円超えというのが少々気に食わないが、スパイスがしっかり利いた黒カレー系の好きな味である。

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 改めてこうして書いてみると、カレーはカレーでもビーフではなく圧倒的にチキンカレーが好きなことに気づく。ナイルでもムルギランチはチキンだし。あ、新大阪駅でときたま食べる「たむらのカレー」だけはチキンがない。食べるのは「焼き肉カレー温泉玉子のせ」である。それと最近発見した新神戸駅の自由亭でもステーキカレーを食べる。要は駅にあるカレーだったら、何でも好きっていうことか。それにしても行きつけのカレー屋がいろんなところにあるのは楽しい。

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 あ、駅カレーではないけれど、もう一軒おいしい店があった、昨夜食べちゃった「モレスク」のスパイシーカレー。これはスープタイプの大人の味であるので、深夜の〆にはちょうどいい。

 しかし、カレーもそうとう好きだったんだな、私。

2014-12-07 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

二期倶楽部の「海鮮丼」

 山のシューレのシンポジウム終了後、遅めのランチを食べて帰ろうとガーデンレストランを訪れた。メニューを見ていると、そこに海鮮丼というのがあった。正確なネーミングは憶えていないが、二期倶楽部ならではの海鮮である。だけど、この海鮮丼がすこぶる美味で驚いてしまった。去年のことである。

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 鱒が入っている。アボガドが入っている。生野菜も入っている。そう、これは那須という土地柄を生かした海鮮丼なのである。イクラや海老は、少し遠いところから来るのかな?山の中でいただく海鮮丼。この意外性が最高だと思い、ひと口食べて、いやこれはやっぱりここでしか食べられないオリジナルだわとその味に感嘆する。

 今年もチェックアウトした後は、こちらで海鮮丼ランチを食べることは当然のように予定に入っている。私は、しつこい粘着質の女なのである。好きなもの、気に入ったものは、何度でも繰り返し食べる。好きになったら、めったに飽きない。

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 しかし、万が一、メニューの刷新が行われていたらどうしよう。去年、これは通年メニューですかと聞いただろうか。聞いたような、聞かなかったような。不安になりながらメニューを見ると、あった!ほっと胸を撫で下ろす。ま、昼間とはいえ、今日は帰るだけだから、ワインも一杯行っちゃおう。

 一年ぶりの海鮮丼は相変わらずのゴージャスさであった。来年の山のシューレでも、最終日にいただこう。なじみのメニューをなじみのスタイルで食す。こういう習慣をいっぱい作っておくと、人生はどんどん楽しくなっていく。うん。

◎追記

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二期倶楽部は豊かな自然の中にあるスモールラグジュアリーな滞在型オーベルジュ。自然と建築が一体になった施設そのものも素晴らしいし、インテリアも素敵だし、食事ももちろん良いのだが、ここのいちばんの魅力はやはり「人」であると思う。本当に心地よいサービスとは何か、滞在しているとそんなことをいつも考える。オーナーの北山ひとみさんがこんな素晴らしい本を書かれている。どんな経営にも明確な哲学というものが大事であることを気づかせてくれる一冊だ。

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2014-12-06 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

二期倶楽部の「ディナーⅡ」

 二期倶楽部には1986年のオープン時に建てられた本館と、コンラン&パートナーズがデザインしたモダンな別荘スタイルのパビリオン東館のふたつの宿泊施設がある。それぞれにレストランがあるのだが、去年は本館のメインダイニング“ラ・ブリーズ”しか体験出来なかったが今年は2泊するので、今夜はその東館のガーデンレストランでのディナーである。

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 泊まっている部屋は、本館の竜胆。東館に行くには少し歩くのだが、渓流にかかる木の橋を渡るとアッと言う間に到着するのだ。森の近道。初めて滞在したとき敷地内をいろいろ散策したおかげですでに大好きな場所がいくつかあって、この橋へ降りて行くルートはとても気に入っている。雨の音、せせらぎの音。階段を下りるトントンという足音を自然のリズムに同調させながら、歩く。(露天風呂へと続く道は、夜遅くだとちょっとした肝試しもできてもっと大好きだ)

 ガーデンレストランへ入ると、左サイドは全面ガラス窓。昼間は素晴らしい風景が見渡せるのだが、夜は夜で雑木林の中に点在する東館のパビリオンの灯りが見える。レストラン内も映りこみ煌めいている。こちらのコンセプトは、シンプルでヘルシーなモダンキュイジーヌ。自家菜園「キッチンガーデン」からは毎朝新鮮な無農薬野菜が届けられ、魚介類や肉などはグリル料理が中心だという。

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 ソーヴィニヨンブランの白をいただきながら、アミューズを待つ。小さなコンソメスープとカツオのスモーク、ベビーコーンのグリル。素材の味がしっかり生きている。オードブルは、春野菜のカラフルテリーヌ。どうです、この彩りと盛り付け。あまりにも美しいので、この千夜千食のイメージ画像として使わせてもらっているひと皿である。野菜のピューレとハーブのドレッシングがまた利いているのだ。目で愛でて、舌で味わって、心が震える。まさしくそんな一品だ。パスタは春野菜とからすみのスパゲティー。これはパスタ、スープ、寿司からセレクトするのだが、からすみと書かれてあるのを見ると迷わない(本当に、卵という卵、卵巣も、精巣も、肝も全部好き)。魚は鱒と茸、蓮根と白身魚をムースにしたものを春キャベツで包んでいる。これがね、おいしいのなんのって。頬っぺたが落ちるとはまさしくこういうことね。ベルモット風味のバターソースをきれいに、きれいにパンで拭う。メインは65度の低温調理で仕上げた幻のポーク“梅山豚”。日本にたった100頭しかいない原種豚と言われているらしいけど、それはそれはきれいなピンク色のお肉。ポークの下にはキノコのソースが隠れてる。デザートはピスタチオのムース、桜ヨーグルトソルベ添え。もう少し、ストレート勝負なのかしらと思っていたけれど、素材を活かしつつもひと手間かけた料理は、見た目も味も大満足できるもの。洗練カジュアルという言葉を料理に使うことを許してもらえるなら、まさしくそんな印象であった。

 いやあ、これは本館のラ・ブリーズと甲乙つけ難いわあ・・・41室しかないのにこんなレストランがふたつもあるなんて、二期倶楽部恐るべし。

2014-12-05 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

二期倶楽部「バー ラジオ」

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 山のシューレの会場となる二期倶楽部・歓季館の傍らに、そのバーはある。毎年夏のシューレの開催期間だけオープンするバー。世界広しといえども、こんなスタイルでやっているところはほとんどないだろう。

 カウンターは、どっしりした分厚い一枚板。これは、かつて神宮前にあった「バー・ラジオ」のカウンターを移築したものだという。オリジナルの「バー・ラジオ」の誕生は1972年。70年代後半から80年代にかけ、東京の文化人が集まる夜のカルチャーサロンとして知られ、杉本貴志さん率いるスーパーポテトによる初期の傑作としても名高いまさしく伝説のバーなのである。そのオーナーかつバーテンダーの尾崎さんといえば、バー業界では神様のような人。残念ながら神宮前のバーは2002年に休業となったが、30年間活躍してきたカウンターは神宮前の喧騒の時代を終え、那須の自然の中にゆったりと納まっている。

 昨年、歓季館でのシンポジウムを終え、隣にバーがあることに気づいたので、部屋にチェックインする前にこちらでカクテルでも飲もうと入ったのが最初である。料金を部屋付けするお願いをして苗字を名乗ると、バーテンダーが私の下の名前を諳んじているので驚いてしまった。珍しい名前だったので、チェックインのリストを見て覚えていたのだという。それにしても凄い記憶力。いや、こういうのもスタッフの能力の高さであろう。こういう出来事は、宿泊客にとってはたまらない魅力である。かくいう私もそのホスピタリティ精神にすっかり参ってしまったのだから。

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 食後にここを訪れることも、山のシューレに参加する楽しみのひとつとなった。ここでスコッチやカクテルを振る舞ってくれるのがチーフソムリエの金子さんである。物腰柔らかく、正統派バーテンダーという空気をまとっている。今年は、ストラスアイラというスペイサイドの最高に旨いスコッチを二晩続けて楽しんだ。その金子さんに伝説のバー・ラジオの話や尾崎さんについていろいろ伺えるのも楽しく贅沢な時間なのである。今年は「バー・ラジオ」のカクテルブックというのを見せていただいた。これが凄い本なのである。世界中のカクテルのレシピだけでなく、尾崎さんがつくったカクテルのレシピも載っている。しかもグラスはすべて尾崎さんの私物、写真のカクテル制作はもちろん、コーディネイト、アートディレクション、フラワーアレンジメントまでご本人の手になるもの。写真は大輪眞之さんと繰上和美さん、ブックデザインは細谷巖さんである。当代随一のビジュアルブックである。関西に帰るやいなや、アマゾンで取り寄せたことは言うまでもない。

◎追記

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 伝説の「バー・ラジオ」は休業しているが、86年には青山にセカンド・ラジオ、98年にはサード・ラジオができ、現在もサード・ラジオは健在である。しかも、私はサード・ラジオにそれとは知らず連れて行かれ、伝説の尾崎さんにもお会いしていたのである。これがまた話せば長いが、たしか青山スパイラルでの連塾の帰り道である。回會メンバーにくっついて行ってカクテルを二杯ほど飲んだことをはっきりと思い出した。そのとき尾崎さんは、もうしばらくしたら京都に戻るのですとおっしゃっていたような気がする。この歳になると、いろいろ出会う人との不思議な縁を感じてしかたがない。どんな出会いも、けっしてそれだけでは終わらない。それが、セレンディピティというものなのかもしれないけれど。

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2014-12-04 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

二期倶楽部の「朝食」

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 普段はめったに朝ごはんは食べない。だが二期倶楽部のようなリゾートに来ると自然と早起きになるし、何よりここは朝食だって素晴らしいのである。昨年の山のシューレで一度だけいただいたが、那須の野菜のみずみずしさと卵かけごはんが秀逸だったことが忘れがたい。むろん、今年も朝ごはんが楽しみである。

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 昨夜ディナーをいただいたメインダイニング“ラ・ブリーズ”。この時期は庭とのガラス窓が開け放たれ、自然と一体になるかのようなシチュエーションで朝ごはんがいただける。残念ながら雨が降ってはいたが、それでも高原の空気はみずみずしいご馳走だ。まずは、野菜ジュース、宇和島川村農園のみかんジュース、八坂特産完熟リンゴジュース、こだわりの豆乳の中から好きな飲物を選ぶ。旬の採れたて野菜も好きなのを選んで、好きなドレッシングをかける。小さな大根やラディッシュも葉っぱつきである。いがいがのついた胡瓜は金山寺味噌につけ、ポリポリ食べる。もうこれだけで、高原に来ているという感満載である。普段めったに食べない野菜に心なしか身体も喜んでいるような気がしてくる。

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 朝食にメインがあるのかどうかわからないけれど、やっぱりこのお重はメインという感じがする。「朝餉のにき菜重」。ふたをあけると、焼き魚、野菜の煮物、出し巻き卵、自家製豆腐。これに、二期倶楽部の滋養卵“純”は食べ放題(笑)。去年は、この卵で卵かけごはんをなんと二杯もいただいた。お漬物、焼き海苔、南高梅の梅干しもたっぷりついている。そしてお味噌汁に大田原産コシヒカリの炊きたてごはん。ひとつひとつのお菜が実にていねいに料理されていて、さらにはそれをこんな素敵なお重に入れてくれるのである。味と素材とうつわの三位一体。こちらも、ゆっくり時間をかけて、ていねいにいただこうという気持ちになる。

 食後のデザートは、季節のフルーツにヨーグルトのゼリー。ジョセフィンファームのヨーグルトも一緒にいただく。

 ご馳走様でした。さて、これから部屋に戻って一服した後、山のシューレ2日目だ。

◎追記

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 部屋に戻って出かける準備をしていたら、屋根の上でどんどんと音がし、目の前の庭にあった日よけの大きなパラソルが倒れた。何事かと外を見ると、サルが二匹いる(一匹は小ザルを抱いている)。那須に住む野生のサルたちだろう。ガラス越しに見ると、やはり野生の動物というのは、神々しく堂々としており、思わず見入ってしまった。後でスタッフの人に聞くと、山の方からときたま降りてくるらしい。ま、ホテルの通路とかではあんまり遭遇はしたくないけど、ここは高原。山の方では餌が少くなっているのだろう。それはそれで切ないことである。

2014-12-03 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

二期倶楽部の「ディナー」

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 二期倶楽部の北山ひとみさんとは、松岡師匠のイベントでお近づきになった。その後、「山のシューレ」のご案内をいただいて興味津々だったのだが、スケジュールが合わずに断念していた。やがて一年がたち、再び「山のシューレ」の季節がやって来た。行こうと思えば行ける。3日全日参加は無理だが土日ならなんとかなりそうだ。尊敬する原研哉氏の講演もある。迷っている私の背中を押してくれたのは松岡師匠のハイパー企業塾でご一緒している山口氏である。毎年奥様と参加されていると言う。なにより、「あそこは、食事がいいですよ」と言うではないか。食事がいい!そのひと言で、即、申し込んだのであるから、我ながら笑ってしまうほど現金である。食べ物に釣られている。

 そうして参加した去年の二日間があまりにも充実しており、イベントとしての用意周到さや、きわめて真っ当な内容にも感動したが、二期倶楽部そのもののホスピタリティにもすっかり参ってしまったのである。なので、今年は一日休みをとって、全日参加することにした。

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 山のシューレとは、二期倶楽部を舞台に毎年夏の三日間開かれるサマーオープンカレッジ。シューレとはドイツ語で学校を意味する。山の中で自然に耳を傾けながら、哲学、経済学、生物学、文学、デザイン、建築学、音楽、日本学などさまざまな物ごとについて学び、領域を超えて交差し語り合い、思想を深めあうという催しである。なんと壮大かつ魅惑的であることか。昼間はシューレ。夜は宿泊施設としての二期倶楽部のホスピタリティを堪能するという、きわめてエクスクルーシブな大人のイベントなのである。

 もちろん舞台の中心となるのは、二期倶楽部。4万2000坪という広大かつ豊かな敷地の中にある部屋数わずか42室の滞在型ホテル。一流ホテルのしつらえでありながら、上質のオーベルジュでもあり、リゾートホテルでもあり、日本流旅館のホスピタリティも持ちながら、自然の光や風を感じることのできる希有な場所である。

 はじめてここのディナーをいただいたとき、ワインリストを見せてもらったが、その分厚い充実ぶりに驚いたことをよく憶えている。膨大なストックがあるということはそれを注文する顧客が継続的にいるということでもある。料理もたしかな味であった。何より、那須近郊や栃木で取れる素材ベースの地産地消でありながら、きわめて洗練されていて、実に見事で美味なるフレンチなのである。今回もそれを楽しみにやってきた。

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 メインダイニング“ラ・ブリーズ。高い天井と大きなガラス窓のインテリアが心地よい空間である。まずは、”筍の洋風茶碗蒸しアオサのコンソメスープ、桜海老のガレットを添えて。筍やアオサとかの食材に驚いてしまうのだが、れっきとしたフレンチになっている。和の食材を使いながらも、コンソメがブレずにくっきりと立ち上がっていてそれだけでシェフの力量と遊び心を感じるひと品である。“春宵の富貴寄せ”旬鮮魚と山菜のマリネ 東風薫るクレソンのソースも、アソートを吹き寄せに見立て、さらには吹きと素材の富貴さを重ねているのが心憎い。盛り付けは完全にフレンチのテイストである。クレソンの香りと味はこっくりと濃い。鮮魚のポアレとホワイトアスパラガスには、軽くグラチネした白ワインソースがあしらわれ、山菜のフリットが添えられている。香ばしさと芳醇なソースとの相性に唸る。ううむ。メインは酵素熟成“ドライエイジング”。今やすっかり定着しつつある熟成牛である。肉の滋味を噛み締める。新じゃがのピュレとトマトのダッチオーブン焼きもシンプルにして奥行きのある味わい。那須の山の恵みがひと皿の中に凝縮されている。 デザートはミルフィーユ。チョコレートとキャラメルソースがたまらない。食後の珈琲をいただきながら、本日のシューレについて思いを馳せる。

 オープニングは「聖なる場所の力」というお題で宗教人類学者植島啓司先生による講義であった。倭人というのは実は海の民だったという仮説から龍神信仰へといたる話が面白く、そもそも一体龍とは何なのか、想像がふくらんでいく。伊勢と諏訪はたしかに龍神信仰でつながっているのだ。パート2はその植島先生とランドスケープデザインのハナムラチカヒロ氏、美術史の伊藤俊治さんの鼎談。那須という聖地で、そもそも聖地とは何なのか展開していく。人間の移動の記憶をひとつの場所に封じ込めたものが聖地ともいえるし、共同の磁場としてとらえる未来的アプローチもあった。伊勢神宮は人工的な聖地であるという指摘は腑に落ちた。夕方からは安田昇さんによる開き舞台、イタリア能「オルフェオの冥界下り」。ギリシャ神話の物語をベースにした創作能は能管だけでなく、オペラ歌手、チェンバロや狂言、コンテンポラリーダンスとのコラボレーション。異界をめぐる話もまた、精神の聖地を探す作業なのかもしれない。

 アタマも、こころも、胃袋も、新しい刺激と満足で満たされる三日間。その幕開けにふさわしいオープニングシンポジウムと、ディナーであった。

2014-12-02 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

えび千両ちらし

 本日は東北新幹線に乗る。東京駅の東北新幹線コーナーなどそう頻繁にはいかないので珍しくてしかたがない。弁当売り場を物色していたら、「えび千両ちらし」というのを発見した。値段も駅弁にしては少しだけ高め。これは・・・旨いに違いない・・・なんだか、ピンとくるのである。

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 動き出した新幹線で朝昼兼用の食事とする。わくわくしながら弁当を手に取る。えび千両ちらしと書かれたカードのイラストがシブイですな。ひっくり返すとこれ、そのままハガキとして使えるようになっている。心憎い心配りである。そしておしながきまでついている。

すし飯・・・・・新潟米の精進合わせ
うなぎ・・・・・蒲焼きのたれ仕込み
こはだ・・・・・薄切り〆、わさび醤油からめ
蒸し海老・・・・酢通し醤油からめ
いか・・・・・・塩いかの一夜干し
厚焼きたまご・・出汁入り
海老・・・・・・むき海老のおぼろ
ガリ・・・・・・甘酢漬け

 どうです。この堂々たる書きっぷり。丹精こめて、真心こめて、ちゃんと作っているという自信にあふれている。フタを開けると、見るからに美味しそうな厚焼きたまごがびっしりと敷き詰められている。真ん中にはピンク色のむき海老のおぼろ。この色のコントラストだけで、すでにファーストインプレッションは満点である。

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 玉子をどけて中をのぞくと、うなぎ、こはだ、蒸し海老、塩いかがゴロゴロ。わあお!WOW!と心の中で歓声を上げる。うなぎは蒲焼き、しっかり弾力があって、たれも甘辛の具合がちょうどよい。こはだも〆た後にわさび醤油をからめており、これもなかなかいけるのだ。酒がないのがとても残念である。エビもいかも、それぞれ醤油味、塩味で、4つの具材ごとに味が違って飽きさせない。すし飯の上にはおぼろ昆布が敷かれている。新潟米の精進合わせというのは、クルミやかんぴょうが入っているからか。新潟は米どころ、あえて品種は書いていないが、たぶんコシヒカリであろう。素材のよさを最大に活かした上品な薄味。これは、鮨好きにも、駅弁ファンにも、いやそもそも弁当としても群を抜く旨さ。こたえられない、たまらない。

 「千両ちらし」というネーミングも秀逸である。うなぎ、こはだ、えび、いか、玉子。鮨ネタの千両役者がそろったこの顔見世弁当。新潟の新発田三新軒というところが作っていて、東京駅では東北新幹線の入り口の売り場でしか販売されておらず、販売時間も決まっている。たしか、夕方4時とか5時までだったか。品川駅を利用することが多いのと、東京駅を使ったとしてもなかなか夕方4時頃に来れないので、食べたのはこれ一回である。そのせいもあって、今やアタマの中で「えび千両ちらし」は神格化され、妄想も手伝ってどんどん肥大化している。ああ、もう一度食べたい。

2014-12-01 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

四川の「翡翠麺」

 またまた四川である。メニューをパラパラ見ていたら、夏限定というのを発見した。「四川特製胡麻風味 酢辛冷やしそば」とある。バンバンジー風味であるらしい。

 トーゼン、注文せずにはいられない。

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 やがてうやうやしく運ばれて来たのはきれいなグリーンの翡翠麺。まわりにはこちらも鮮やかなイエローの錦糸卵、そしてもやし、しいたけ、焼豚がいずれも千切りになって麺を取り囲んでいる。し、しかも、別皿できゅうり、鶏肉、くらげ、トマトがついている。胡麻だれもたっぷりガラスのうつわに入って一緒に出される。

 なんという具沢山。なんという椀飯振舞。なんという豪勢さ。

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 ふっふっふ。ひとりほくそ笑みながら、小皿から鶏肉、きゅうり、くらげ、トマトを取り、翡翠麺の上にのせてたれをかける。清楚な翡翠麺が、たちまち手だれの年増のように誘いかけてくる。ごくり。さっそくいただいてみれば、胡麻だれのコクが口いっぱいに広がり、少し遅れて辛みがやってくる。年増も年増、大年増、いやほとんど遣り手の手練のよう。もう夢中になって食べる。汗を流しながら食べる。いつまでも食べ続けていたい。終わらないでほしい。口の中が痺れてきたら、やさしい錦糸卵やみずいずしいきゅうりで一休み。そして再び胡麻だれをかけ、味の変化を楽しむ。痺れ地獄に入ってく。

 これ、夏だけしか食べられないなんて・・・。通年ある裏メニューにならないかな・・・

2014-12-01 | Posted in 千夜千食 | No Comments » 

 

油面イタリアン「メッシタ」

 イタリアンも大好きなのであるが、近場(ホテルから)になかなか適当な店がない。こういうときはモレスクの福島さんに聞くに限る。すると、僕が凄く応援している女性シェフの店があると、ここを教えてもらった。調べるとなかなか予約が取りにくそうであるが、運良く一発で取れた。こういうのも店との縁かもしれない。

 目黒通りから一本入ったところにある小さな店。カウンターが厨房を取り囲むというレイアウトはよくあるが、こちらはその逆。奥に厨房、そこに向かって3席、後はメニューを書いてある片方の壁、そして路地に面した窓側二面にカウンターがある。客はそこに腰掛けるので、厨房の前のカウンター以外、誰とも顔を合わせないという面白い構造である。そしていたるところに、おもちゃ箱をひっくりかえしたように雑貨が無造作に置いてある。きわめてカジュアルなスタイルの店である。

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 壁の黒板を見ると、どのメニューにもそそられる。一品の量がわからないので、カウンターの中の男の子に聞いてみる。前菜を二品言うと、パスタかメインかどちらかしか無理ではないでしょうかとサジェッションされた。うーん。迷いに迷い、パスタに決める。

 カウンター全10席くらいか。きわめて狭い厨房でシェフは実に鮮やかな手際で次から次へ調理してく。見ているだけで惚れ惚れする段取りである。

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 前菜一品目は生シラスのフリットオクラ添えである。うわあ。何、この大胆な一品。シラスをぐわしと団子状にしてカリッと香ばしく揚げているのである。こんなの初めて食べたよ。シラスの塩気がいい塩梅で、空きっ腹にズドンとくる。そして中は半生。火加減の具合も凄い。素揚げしたオクラも旨い。続いては、穴子の白ワイン煮。あはは。これ、穴子一匹まるまるを白ワインで煮てるんだ。しかも煮る前にカリッと炙った後にワインで煮ているという手の込みよう。穴子の下には、煮汁がしみたくったくたのじゃがいもが隠れてる。もうこの二品で完全にノックアウト状態である。

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 ラディッキオのサラダも大胆素敵。この無造作の美を見よ。フランスではトレビスと呼ばれるこの野菜、シャキシャキで、ちょっとほろ苦いチコリの仲間。この葉っぱをむしって、甘酸っぱいドレッシングで和えた一品。どうしても食べたくてメインをあきらめてまで注文したのは天然真鯛のパスタ。真鯛の身が太めのパスタにからむオイルソース系。見事な塩加減。もういくらでも食べられそう。量は決して少なくない。だけどこの味をこの勢いで食べるなら、メインも充分いけたかもと後悔するも、後の祭り。

 素材そのもので勝負しようとしている。そんな店である。ガシガシ作って、皿にどんと乗せる。見栄なんておかまいなし。だけど、そのストレートさが、かえって料理の旨さを想像させる。「どうよ。美味しいでしょ」シェフのそんな心意気が、ひと皿ひと皿を見るだけで、黙って食べるだけで、ひしひしと伝わってくる。うん、ここ大好き。とりあえず、黒板メニュー全制覇しなきゃ。

2014-11-29 | Posted in 千夜千食 | No Comments »